転職戦線
続きです。
異世界(異星?)に飛ばされ、二足歩行のラッコの化物に襲われるという怒涛の一日が終わり、新しい朝が来た。……希望の朝になるといいなぁ。
昨日、ブロッドスキーさんに聞いた話では、この世界で生きるには『ジョブ』と『ギルドカード』は、ほぼ必須との事だった。そんな訳で俺達地球人は今、それらを獲得するためにギルドと呼ばれる施設の前にいる。
生憎今日はブロッドスキーさんは、別の業務があるとの事で、今回、俺達の案内はダリーさんのみだ。
「さて、これからギルド会館に入りますが、その前に何点か注意事項がありますので、聞いてください」
ギルド前で、俺達が緊張しているとダリーさんは「オホン」と咳払いしつつ説明を始めた。
「まず、これからギルドで『ジョブ』の獲得、それから『ギルドカード』の発行を行いますが、ギルド内は結構入り組んでいますので、はぐれないように。それと、ギルド内には、喧嘩っ早い人が結構いますので、変な人に絡まれないように注意してください、特にツチノさん! 羽衣《天使》ちゃんがはぐれない様にしっかりと指定席に掴まらせておいて下さい」
ダリーさんが社会見学前の様な説明を終えると、羽衣ちゃんが俺によじ登ってきた。あぁ、俺はもう、乗り物扱いなんだ……
俺が羽衣ちゃんを肩車するのを確認すると、俺達はギルド内に入っていった。
ダリーさんが説明してくれた通り、ギルド内は人や物がごちゃごちゃしていて、気を抜いたら本当にはぐれてしまいそうだった。
「二階にジョブ手続きの受付がありますので、このまま私に着いてきて下さい」
ダリーさんに従って、二階に上がると一階よりは人が少ないように見えた。そしてある事に気が付いた。
「あれ、何か一階に比べると年齢層が低いというか……親子連れっぽい人が多くないですか?」
「はい、ジョブ手続き関連は基本的に、成人の儀式の様な面がありますので、親御さんが同伴する事が多いんですよ、ジョブ次第でどんな職業につけるか決まってきますしね……」
「あぁ、そりゃ誰だって子供の将来は気になりますよね」
「それじゃ、ついて来て下さい。今回は、事情が事情なので、特別に、支部長が手続きを予約してくれたんですよ」
そう言いながら、ダリーさんは二階奥の部屋の前に、俺達を案内してくれた。
「騎士団のダリーです。支部長からの依頼の件で参りました」
「はい、準備できております。どうぞ、お入りください」
ダリーさんが部屋をノックすると、中から甲高い女性の声が聞えて来た。ダリーさんは、「失礼します」と言って扉を開けると、俺達にも入室するように促した。
俺達が入室すると、中は占いの館という感じがピッタリの薄暗い部屋だった。部屋の奥には、先ほど返事してくれたらしき女性が座っており、俺達に向かって、おいでおいでと手招きしていた。
「本日はようこそおいで下さいました。わたくし、本日皆様方の、ジョブ手続き及び、ギルドカードの発行を担当させて頂きます。ウピールと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、俺は椎野 薬屋です」
「私は、愛里 桃井です」
「悠莉 宇津井です」
「自分は、徹 三知と言います」
「えーっと、敏行 幸っす」
「すあかり ういです!」
俺達は手早く、自己紹介を済ませ(羽衣ちゃんの名前に関しては、一応補足しておいた)本題に入る。
「さて、皆様は特別な事情で、ジョブを獲得されておられないと伺っております。また、もしかしたら本日の手続きで、ジョブの獲得が出来ないかも知れないとも……ここまでは、わたくしの認識は合ってますでしょうか?」
「はい、それで合っています」
ウピールさんの質問に、ダリーさんが答える。
「了解いたしました。それでは簡単にジョブ手続きの流れを説明させて頂きます。まずは、ジョブを獲得出来るか否か……皆様の適性ジョブを診断する、『天啓』の儀式から行いたいと思います」
「『天啓』……ですか?」
愛里さんが初耳の単語に、聞き返すと。ウピールさんは、「その通りです」と言って説明を続ける。
「『天啓』の儀式では、その人の素養から獲得できる適性ジョブの候補が分かります。適性ジョブの存在を確認できれば、そのまま次の儀式『拝命』によって、ジョブの獲得へと至ります、他に質問がなければ、早速儀式を執り行いたいのですが……」
ウピールさんの問い掛けに、俺達は「お願いします」と答えた。
「それでは、まずはどなたから行いましょうか?」
「ハーイ! うい、やる! やりたい!」
それに真っ先に手を挙げたのは、羽衣ちゃんだった。ウピールさんは、少し困った顔をして。
「ごめんなさいね、この儀式は大人にならないとやっちゃ駄目なの、今日は我慢してくれるかしら?」
と告げると、羽衣ちゃんは「イヤー! うい、大人のれでぃだもん!」と暫く駄々を捏ねていたが、俺が仕方なく。
「大人になるまで我慢したら、ご褒美にとっておきカッコいいジョブを貰えるかもよ?」
と言うと、「ホント? じゃぁ、我慢する」と言ってピタッと大人しくなってくれた。そんなやり取りがあって、俺が疲れている様に見えたからか、結局儀式は愛里さんから始めることになった。
「それでは、『天啓』を始めます。愛里さん。こちらの水晶に手を当て、目を瞑り、心を落ち着けてください」
「はい……」
すると、水晶が眩く光り出した。やがて光が収まると、ウピールさんが、愛里さんに目を開ける様に指示して話し始めた。
「あぁ、適性ジョブの存在が確認できました。愛里さんの適性ジョブは、『治癒師』と『弓兵』がありますね、どちらも既知のジョブですので、このまま説明させて頂きます」
そう言うと、ウピールさんはジョブの説明を始めてくれた。
まず、『治癒師』は、回復に特化したスキルを習得出来て、極めれば命さえ無事ならどんな怪我をしても五体満足の状態にまで戻すことが出来る、と言う物だった。『弓兵』は、弓に限らず、モノを遠くに飛ばす時、そのモノにスキルを付与して強力な遠距離攻撃を可能とするらしい。
愛里さんは、どちらのジョブを獲得するか暫く悩んだ後、ちらりと俺の顔を見ると、何かを強く決意した様に「よしっ!」と言った後に続けて――
「『治癒師』にしようと思います」
そう答えた。すると、水晶が再び光り出したかと思うと、一際明るく輝き、その光が収まると、愛里さんの手にはエメラルドグリーンに輝く金属プレートがあった。
「おめでとうございます、無事『治癒師』を獲得したようですね」
ウピールさんは、「それでは、いったんカードをお預かり致します」と言うと、愛里さんから金属プレートを受け取り――
「今お預かりしたカードが、『治癒師』のカードです。この後、このカードに色々な処理を掛けて、ギルドカードに加工するんです」
そう説明してくれた。
「さて、ジャンジャン行きましょう」
ウピールさんのその言葉に、今度は悠莉ちゃんが手を挙げ、前に進み出た。
「それでは、先ほどの愛里さんと同じ様に、水晶に手を当て、目を瞑って、集中して下さい。先ほど、見ていて気付いた方もいらっしゃると思いますが、『天啓』で適性ジョブを啓示された後、どのジョブにするかご自身で決意する事が『拝命』です。まぁ、適性ジョブが一つしかない場合は、問答無用でそのジョブとなりますが……」
そう説明してくれている間に、先ほどと同じく、水晶が眩く光り出した。
「悠莉さんの適性ジョブは、『韋駄天』と『拳法家』ですね」
そう言って、例のごとくジョブの説明を始めてくれた。
まず、『韋駄天』は、その名の如く、速さに特化したスキルを習得出来るらしいが、戦闘職ではないらしい。配達など運搬系の職に就く人は大体このジョブを持っているとの事。そして、『拳法家』は超接近系の戦闘職で主に肉体の強化に特化したスキルを習得出来るらしい。
悠莉ちゃんは、ウピールさんの「肉体の強化を……」の説明の当たりで、自分の胸をペタペタと撫でたかと思うと、勢いよく「『拳法家』で!」と答えた。
再び水晶が輝き、光が収まると、悠莉ちゃんの手にはピンクゴールドに輝く金属プレートがあった。
「おめでとうございます、『拳法家』の獲得成功です」
ウピールさんが祝福してくれる中、悠莉ちゃんは「これで、あたしもナイスバディに……」とニヤニヤしていた。それに気付いた、ダリーさんは「そんな手が……」と驚愕の表情を浮かべていた。
そして、ウピールさんは申し訳なさそうな顔をして。
「あの……『拳法家』の肉体強化は、あくまで頑丈さや反射速度を上げるものでして……美容効果があるとは、その……」
――時が止まった。悠莉ちゃんは、捨てられた猫の様な顔をして固まっていた。俺はその手から、プレートを取ると、そのまま、ウピールさんに「お願いします……」と言って渡した。悠莉ちゃん、何て不憫な……(笑)
ひとしきり笑っていたら、悠莉ちゃんがプルプルと涙目でこちらを睨んでいたので、手を合わせ「ゴメン」と言った。
「ま、まぁともかく、次は俺達男性陣だな!」
女性陣が無事ジョブを獲得できた以上、俺達でもジョブは問題なく獲得できるであろう事が証明された。こうなると自分のジョブが楽しみだな。
俺は年甲斐もなくワクワクし始めていた……
予約での投稿ですが、上手く出来ているかな……
※04/12 10:23 ルビがうまく機能していなかったので修正しました。