ラッ混戦
続きです、よろしくお願い致します。
現在、絶賛逃亡中の俺とピトちゃんは、紫の集団を撒くために『塗り壁』で進路塞いでみたり、茂みに隠れてやり過ごそうとしてみたり、色々と頑張ってみたんだが――。
「「「チキチキチキチキチキ……」」
「なぁ、あれって増えてないかな?」
「あと、怒ってる」
何かが奴らの琴線に触れたのか、しつこさが尋常じゃない。
「良し、ここに隠れよう……」
もう何度目か分からない茂み目がけて、肩に乗るピトちゃんと一緒に飛び込む。
「何とか皆と合流出来たら良いんだけどな……」
「近くに居たら、ねえちゃの匂いが分かる……」
それに賭けるしかないか。頑張ろう……。
「チキチキチキチキチキ……」
「「――ッ!」」
そんな話をしていたら、茂みの後ろに一匹回り込んでいた……。
「やべっ!」
そして、相手の持つマッチ棒が俺達の――像に振り下ろされる……。
「チキチキチキチキチキ……?」
「ふっ……『リーマン流 霞』……残像だ!」
「チキッ!」
俺は相手の後ろにコッソリと回り込み、そう告げる……。さっきから茂みに隠れて、何か所かに仕込んでおいたんだが、薄明りのせいか結構引っかかってくれるんだよなぁ……。
「…………………………チキ?」
「ん?」
「お前、馬鹿! 何故近付く!」
「あ痛っ!」
紫の後ろで腕を組んで立ってたら、ピトちゃんのくちばしで頭を突かれた……。
「あ、そっか、つい……」
そっか、やり過ごせば良かった……。あんまりにも絶妙の位置で引っかかってくれたから……つい。
「チッ! 逃げるぞ、ピトちゃん!」
「お前、本当に死ぬぞ?」
そして俺達は再び夜の森を走り出す。後ろには気のせいか、さっきより増えた殺気立つ紫の集団……。
――羽衣ちゃん、おじちゃん頑張る!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――椎野とピトが逃げ回り始める少し前。
愛里達は椎野とピトの無事を確認し、一安心した事もあり、たき火をおこし腹ごしらえを行っていた。
「何にしても、一安心ね……」
愛里がホウッと息を吐く。
「ほんま……旦那さんも達者そうで……」
愛里から受け取ったスープを口にしながら、ハオカがげんなりとした表情を浮かべ、答える。
先程まで悠莉と共に取り乱し、みっともない所を見せてしまったと感じているのか、ハオカは心持ちその身が小さく見える。
「まあ、おじさんだし? 余計な事してなけりゃ、明日には元気な顔、見せるわよ……」
「ククッ……さっきまでボロボロ涙流してた人の言う事じゃ無いッスよ? 悠莉ちゃん」
「うん、もも缶、バッチリ見た」
「ふふ……ミッチー? アンタは何も見ていない……そうよね?」
悠莉は笑顔で足元の石を握りつぶす……。
「ミッチーはん……? 分かってますよね?」
ハオカの身体からパチパチと朱雷が迸る……。
悠莉とハオカの圧力に、ミッチーは何度も首を縦に振り、二人の逆らわないことを示す。
「もも……? お肉上げるわ?」
「もも缶、何も見てない!」
ミッチーともも缶に余計な事を喋らない様にお話ししつつ、五人はこの後、朝までどうするかを考える。
「取り敢えず、眠るところよね……? 悠莉ちゃん、荷物の中に寝袋ってあったかしら?」
「ん……確かなかった気がする……」
「適当に葉っぱでも集めまひょか? ちびっとはぬくいと思いますぇ?」
こうして、愛里、悠莉、ハオカの希望により薪を集めると同時に布団代わりに何かないかと探す事になった。
「取り敢えず、皆離れない様に注意するっスよ?」
「「「「了解ッス」」」」
若干のハプニングもあったが、椎野が無事と言う事もあり、皆、気が緩み、旅行気分で薪を集めていた。
――十分後――
「そろそろ、良いんじゃない?」
「そうッスね……戻りましょう」
「あら? どうしたのももちゃん……?」
薪と湿っていない葉っぱを集めた一行が火の場所まで戻ろうかと言う時、もも缶の顔が真っ青になっていた……。
「もも缶、油断してた……」
ブルブルと震えだしたもも缶に、皆不安気な表情を浮かべる。
――ザァァァ……。
夜の森に突如、風が巻き起こり一行の視界を一瞬、奪い去る。
そして……目を開けた時、彼女たちは息を呑む――。
「――ッ!」
愛里が驚きに目を見開き……。
「な、なんで……?」
続く悠莉がカチカチと歯を鳴らし。
「何で、お前がここにいるんスか……」
そして、ミッチーが剣を抜き、それに気付き我に返った一行は戦闘態勢をとる……。
「ラッコ野郎ぉぉぉぉぉ!」
飛び掛かるミッチーを一瞥すると、ラッコ男はスッとその身を半歩ずらし、ミッチーの斬撃を交わす。
「クッ! まだぁ!」
次々と振るわれるミッチーの剣を紙一重で交わしながら、ラッコ男はボソリと呟く……。
「アガヅオユルサヒオイナ……ドコダホノメアガワ……?」
「何、よそ見してんスか! 『ホウセンカ』!」
一行の顔を見渡すラッコ男を、隙有と見たのか、ミッチーがスキルを放つ。
しかし、ラッコ男はミッチーから放たれた楕円状の斬撃を裏拳で弾くと、ミッチーを一睨みし――。
「ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫び、ミッチーを吹き飛ばす。
ラッコ男の咆哮に、その場の誰もが呑みこまれ、身体を震わせる。
「あいつ、「我が獲物はどこだ」って言ってる……」
そんな中、もも缶がラッコ男の一挙手一投足に気を配りながら、ミッチーにそう告げる。
「「我が獲物」……? 何の事っスか……?」
「もも缶、それ、分からない、でも……」
「――っ! どっちにしても、やるしかないって事よね……?」
悠莉の問い掛けにもも缶はコクリと頷く。
「愛姉、お願い!」
「……分かったわ……」
愛里は自分を含めた五人に身体強化のスキルを施す――。
「何度でも行くッスよ! 『ノコギリソウ』!」
ミッチーがラッコ男に向かって、上段から剣を振り下ろす。
「ンイラチ……ウルニ……オソ!」
ラッコ男は何かを叫ぶと、ミッチーの剣の横っ腹を右手で叩き、その斬撃を自らの左側に弾く。
「うにゃぁ! 『三等星』!」
すかさず、地面すれすれから悠莉がラッコ男の腹に向けて拳をぶつける。
「――ッ!」
悠莉の拳は見事、ラッコ男の右わき腹に突き刺さり、そのままラッコ男を後ろに吹き飛ばす――。
「ゆうり、やったか?」
「あ、もも缶さん、それ駄目っス!」
「ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁ!」
――直後、ラッコ男が吹き飛んでいった先の木々がその根元から倒れていく――。
「ウルサギオイナチノトノメアガウィ……オリソモ……ウセモノコソ」
そう呟くとラッコ男は悠莉を見て凄惨な笑みを浮かべる。
「ヒィッ!」
思わず、怯む悠莉。ラッコ男はそれに構わず、悠莉に向けて足を進める。
「よそ見はあきまへんよ……? うちも忘れいでね? 『大太鼓』!」
そこに、上空からハオカが朱雷を放つ。
「ぶるぁ!」
ラッコ男は咄嗟に朱雷を避けると、ハオカに向けて驚いた表情を浮かべる。
「まだ、もも缶、続く」
口を開きかけたラッコ男に向かってもも缶が両手に持ったナイフとフォークを振るう。
「肉には、ナイフとフォーク!」
「ぶるぅるぁ!」
もも缶の食器とラッコ男の拳が交差する――。
「ふぅ……もも缶、ちょっと、ダメかも」
そう呟くと、もも缶はその場に崩れ落ちる。
「ももちゃん!」
「もも!」
そして、もも缶に愛里と悠莉が駆け寄り、抱きかかえる。
「相変わらず、化物ッスね……」
「旦那さん、ほんまにこれを追い払ったんどすか……?」
「アレは、見逃してもらったって感じだったスから……」
ラッコ男の頬からは血が滲んでいるが、変わらず凄惨な笑みを浮かべている。気のせいか、先ほどよりも嬉しそうにしている。
「イオリソモ、アホノムルソニオイノネラ、イラハヤ!」
「う……「やはり、アレの匂いのするものは面白い」って言ってる……」
「ももちゃん、喋らないで!」
もも缶の腹からは血が滲み、愛里がスキルを全開で発動している。
「駄目……村でちゃんと治療しないと……」
ラッコ男はゆっくりと愛里達に近付いて来ている。
――その時だった。
「あっら? 何か妙な感じ……?」
森の中から、甲高い声が響いた。
「誰だっ!」
ミッチーが声のする方向に振り返ると、そこに複数の人影が有った。
「どっもぉ、俺、『袋伯獣』のカンクーロって言います」
集団の中、一人だけ毛色の違うモノが前に出て喋り始めた。
「『伯獣』はんどすか……こないな時に……」
「ま、そう嫌がらないで下さいよぉ、俺の目的、そこの変異種なんで! アンタらには俺は、手出ししないしぃ」
そう言うとカンクーロは指をパチンと鳴らす。
「丁度いい感じに消耗してくれたみたいだしぃ、今のうちにやっちゃって? 『創伯獣』!」
すると、カンクーロの背後に控えていた紫の集団――『創伯獣』がぞろぞろとその手にマッチ棒を携え、ラッコ男に襲い掛かる。
「オウェナマニウスバ……ゴモドノマパナハ……」
ラッコ男は興が覚めたと言わんばかりにため息を一つ吐くと、黙々と『創伯獣』を蹴散らし始めたが、『創伯獣』は仲間が倒されていくのも構わずに次々とラッコ男に襲い掛かる。
「チキチキチキチキチキ……」
「――っ! こいつら、こっちにも来る!」
やがて、『創伯獣』は愛里達にも襲い掛かり始め、悠莉がそれを殴り飛ばす。
「あ、ゴメン! 俺は手ぇ出さないけどぉ、そいつらの事は知らないからぁ!」
カンクーロはけらけらと笑うと、両手を合わせて「ゴメン」のポーズを取る。
「ふざけたお人どすなぁ……『大太鼓』!」
「絶対、殴る!」
「ミトさん……もう少しだけ、お願いします……『イバラ』!」
「皆……頑張って。ももちゃんも……」
――一時間後――
「はぁ……はぁ……」
「アンタら、凄ぇなぁ?」
カンクーロとラッコ男、悠莉達の間には『創伯獣』の山が積み上げられていた。
カンクーロはそれを驚いた様に見つめ、パチパチと拍手をしている。
「いやいや、凄ぇついでに、もう一戦……いってみようか?」
カンクーロはそう言うと、自分のお腹に手を突っ込み、ガサゴソと何かを探り始めた……。
「何を……?」
「はい、追加注文でぇす!」
悠莉が口を開きかけた時、カンクーロの腹の袋からウゾウゾと出てきたのは――。
「嘘……」
再び、大量の『創伯獣』がその場に現れる。
「大丈夫! 探索に行かせてるのもあるけど、俺の手持ちはこれが最後だから! 君たちならやれるって!」
「流石に……こら、しんどいなぁ……」
カンクーロはけらけらと笑いながら、再び指を鳴らす。
一行は、再び襲い掛かる『創伯獣』を蹴散らしながらも疲労を隠せず、限界の時が訪れる――。
「――っ! 悠莉ちゃん!」
疲れで足をもたつかせた悠莉がその場に転ぶ。
「チキチキチキチキチキ……」
「――あ」
悠莉の目の前、三メートル程の所に、一匹の『創伯獣』がいた……。
その『創伯獣』はマッチ棒を振りかぶり、悠莉に襲い掛かって来た――。
「チキチキチキチキチキ!」
「やだ……おじさん……」
悠莉は時が止まったかのように『創伯獣』の動きがゆっくりと見えていた、そして、ソレが後一メートルと近付いた時――。
――ゴインッ!
目の前の『創伯獣』が盛大にすッ転んでいた。
「悠莉、呼んだ……?」
そして、その『創伯獣』の更に後ろに、求める人は現れていた。
「おじさ……んん?」
思わず二度見する悠莉、その求める人――椎野は確かに、そこにいた……。
「後ろのヤツ、何とかしてほしいなあって……思ったんだけど……お取込み中?」
――更に背後に大量の『創伯獣』を連れて……。




