ナイトメア・イン・フロント・オブ・サラリーマン
続きです、よろしくお願い致します。
――テイラ某所――
「それで? 君は命からがら逃げてきた……と言う訳ですか?」
薄暗い室内に栗井博士の声が響き渡る。
栗井博士、ビオ、クリスの前には、三つの人影が片膝を立て、首を垂れていた。
「で、ガトパルドに至っては戻って来てすらいない……恐らく返り討ちに合ってしまったと?」
「誠に申し訳ございません……」
ティグリは奥歯を噛みしめ、主の役に立てなかった事を悔い、今は亡きガトパルドに内心、腹を立てていた。
「だから言ったじゃねぇか……アレは、レベルが違うってな」
舌打ちをしながら、クリスが栗井博士を睨み付ける。クリスは自身の記憶をたどり、ラッコ男の事を思い出し身震いする。
「それに関しちゃ、こいつらのせいじゃねぇ……アンタの采配ミスだぜ? 栗井さん」
「主……勿体無いお言葉です……」
ティグリはクリスの擁護に感謝し、涙を流す……。
一方、グリマー湖から這う這うの体で戻ってきたミクリスは、その光景に違和感を感じていた。
――何故、ティグリ様はここまで主に心酔しているのでしょう?
「まあ、それに関しては素直に認めましょう? しかし、問題はサブラ……? 貴方の部下ですよ?」
「ヒッ!」
睨まれたサブラは身体を一瞬、ビクリとさせる。
「功を焦って藪をつつき、蛇を出す……。それだけならまだしも、結局『ゴミ拾い』すら出来ず、あろう事か愛里の回収も出来ないとはね……。出来ない尽くしで涙すら出ませんよ!」
栗井博士は任務達成できなかった事よりも、愛里を奪えなかった事に腹を立てていた。
「愛里はきっと、こちらに来て調整してあげれば、私の素晴らしさを理解してくれると言うのに……」
親指の爪を噛みながら、栗井博士はイライラを抑えきれなくなっていた。ビオは苦虫を噛み潰した様な顔で黙ってそれを聞き、クリスは「また始まりやがった」と呟く。
「ともかく、そこの役立たず! 今回は見逃してやるが、次は無いと思え!」
栗井博士はそれだけ言うと、三匹の『伯獣』に、その場から立ち去る様に告げる。
「お前は、情報を持ち帰っただけ、主に貢献できている……」
ティグリはそう言って、ミクリスの肩を叩き自陣に戻る。
「ったく、お前のお蔭でサブラまで良い迷惑ディスよ」
サブラは冷たい目でミクリスを見ると、ペッと唾を吐き捨て、自陣に戻っていった。
サブラのその行動はミクリスに、自分の右腕と左足を奪った白桃の少女を思い出させていた。
――おのれ……。
ミクリスは屈辱に唇を噛みしめていた。
その後、サブラの陣に戻れば、サブラからミクリスの失態を聞かされた他の『伯獣』からゴミ拾いすらできないと馬鹿にされる。
ミクリスの心の中では、主やサブラ、他の『伯獣』、そして、椎野達――特に白桃の少女に対する殺意が着実に膨らんでいった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三匹の『伯獣』が立ち去り、栗井博士、ビオ、クリスの三人は話し合いを続けていた。
「しかし……自分の判断ミスであった事は認めますが、正直予想外ですよ……」
「……ジーウの変異種の事か?」
クリスの問いにコクリと頷く栗井博士。
「あれでも、第二段階――人語を使い、知恵とスキル、そしてジョブを得た『伯獣』だったのですよ?」
「はっ! 当たり前じゃねぇか、あの化物は今よりも練度が低いつったって、俺の『創獣』が何百っつう数で襲い掛かっても傷一つつかなかったんだぜ? 今の第二段階の『伯獣』どもに同じ事が出来るか?」
「それは……」
「無理だろ?」
蹴散らす事は出来る、しかし、無傷ではいられない事は想像できる。
「クリス殿……ちょっといいですか?」
「あん? 何だ?」
ここで、ずっと沈黙を保っていたビオがクリスに向かって、手を上げ質問する。
「今後戦力を増やすにしても、それほどの力を持つ魔獣は制御できるのかと不安に思いまして……。も、勿論、クリス殿の力を軽んじているわけではないのですが……」
「まあ、そう思うのは仕方ねぇ……気にすんな」
クリスは手をヒラヒラと動かしながら「問題は無えよ」と答える。
「そうですね。私もそれに関しては心配する必要は無いと思いますよ? まあ、あの失敗作みたいに体内の毒で寄生体を処理する能力でも無い限りは、私達の悪口すら思いつきませんよ……」
「そうですか……。それならば、例のジーウの変異種に対して数で押して捕まえる事は出来ないでしょうか? それほどの力を持つなら、放っておくことも敵にするのも危険だと思います」
「しかし『創獣』レベルでは無理、『伯獣』も数が足りませんしねぇ……」
ビオの提案に栗井博士は暫く考え込んでいたが、やがて一つのプランを提案する。
――『伯獣』量産計画。
栗井博士の提案は兼ねてより試していた創獣の進化による、お手軽な『伯獣』の量産。
「でもよ……」
「ええ、何度やっても駄目だったのは分かっています。ですので、まずはクリス君のスキルの練度をサクッと上げてしまいましょう!」
「って事は、スキルを使いまくりゃいいのか?」
クリスの問い掛けに、栗井博士は口を歪め笑顔を浮かべ、人差し指を口の前で左右に振り「いいえ」と答える。
「クリス君、君自体が『伯獣』に成ればいいんですよ!」
そして、栗井博士はその懐から綺麗な装飾の箱を取り出す。
「は……? 一体、何を……?」
意味が分からない、と言った表情を浮かべるクリスを、後ろからビオが羽交い絞めにする。
「な、なんだ! 何するつもりだ!」
クリスに近付く、栗井博士が箱から取り出したのは手の平に乗る程の魔獣の触覚。
栗井博士はその触覚――チョウチンから更にナイフで一欠片を切り取り、それをクリスに近付ける――。
「おい……やめろ! 何だ! 何なんだよ!」
「大丈夫……全ては母の為に……『生態融合』」
スキルの発動光と、チョウチンから放たれる淡く青い光によって、クリスの目が虚ろになる――。
「うぁ……気持ちいい……嫌だ……」
明滅する光に反応し、涙と涎を垂らしながら、クリスの身体が二度、三度と跳ね上がる。
やがて光が収まると、そこには一見、何も変わらないクリスがぼうっと立っていた。
「……気分はどうですか? クリス君」
ニヤニヤしながら、栗井博士がクリスに問い掛ける。
クリスは自分の身体を見つめ、手を開いたり閉じたりして感触を確かめている。
「チッ……。癪だが、サイコーだよ」
――しかし、気付いていない、自分が栗井博士達から受けた仕打ちに対して「癪である」程度で済ませている事に。何より、栗井博士達と同様に、チョウチンに対して畏敬の念を抱き始めている自分に……。
そして、クリスはその手を開き、スキルを発動させる――。
「出て来い、『創伯獣』!」
何もない空間に、ウゾウゾと人型の何かが生まれだす。
「ふむ……これで、戦力の問題も解決できそうですね?」
薄暗い部屋で、ビオがにこやかに手を叩く。
――椎野達の知らない所で、悪夢は静かに動き出していた。
区切りよくするために、短くなってしまいました。申し訳ありません。




