キラー・ピトフーイ
続きです、よろしくお願い致します。
「変異種……」
「変異種だ……」
会場のざわめきは収まる気配すらなく、広がっていく。
「あれは……。ピトフーイ、かな?」
「衛府博士……。ピトフーイって?」
「うん? 地球にもいる鮮やかな色の毒鳥だよ」
壇上では栗井博士が得意満面と言った感じで解説を続ける。
「どうですか? 私は既に変異種を自在に造り! 制御する事が出来るのです――」
そう言うと、栗井博士は見た目が子供と変わらないピトフーイの魔獣を四つん這いにさせ、その上に座る――。
愛里は唇を噛みしめ、壇上の栗井博士を睨み付けている。
「私の故郷では『百』という文字から『一』を引くと『白』となります。まあ、そんな言葉遊びではありますが、変異し、種として真っ白な状態から人の手により、生まれなおすと言う意味も含めて今後、人造変異種の事を『伯獣』と呼称します」
栗井博士はそこまで、言うと「以上、ご清聴ありがとうございました」と言って壇上から降りる……。
「どこが「ご清聴」何だか……」
俺は未だ騒ぎの収まらない会場を見渡し呟く。
そして、栗井博士はピトフーイを引きずり、こちらに向かってくる。
「どうですか! 愛里さん! 私の素晴らしい研究――」
――パシン!
嫌悪を通り越し、憎悪を込めた表情で愛里が栗井博士の頬を叩く。
「貴方のやった事は、何一つ! 素晴らしい事なんかじゃない!」
「え……、あ、ああ、そうか、そうか! 愛里さんは小さな小鳥の方が良かったんですね? 大丈夫ですよ? ほら!」
「ピュイ……」
栗井博士が合図すると、人型であったピトフーイが小鳥サイズに戻る。
「いや、研究段階で気付いたんですが伯獣は元になった魔獣の姿も取れる様なんですよ! 更にですね――」
――パシン!
「それ以上、喋るな!」
愛里は尚、栗井博士に憎悪の表情を向ける。
「な、何でですか! わ、私は、私はこんなにも成果を上げてると言うのに!」
我慢できなくなったのか、栗井博士は愛里に掴みかかろうとする。
「はい、ちょっとストップ」
「栗井さん……。アンタ、少しは自分の言動見直した方が良いッス」
サッチーとミッチーが、栗井博士の前に立ちはだかる。そして――。
「な、何だお前ら! どけ、これは僕と彼女の――」
――ゴインッ!
俺は『塗り壁』で栗井博士の前進を止め、サッチー、ミッチーの間に立つ。
「栗井博士……。俺達はそれ以上、愛里に近付くなって言ってるんだ……」
その時、俺達と栗井博士の間で湧き上がる殺気を感じたのか、檻に入っていたはずの四匹の伯獣がこちらに駆けつけた。
周囲もそれでこちらの騒動に勘付いた様で、周りが囲まれていく。
「やんのか……?」
サッチーが伯獣達を睨み付ける。
伯獣達はそんなサッチーを警戒しながら栗井博士に近寄り――。
「アルジ……。ビオサマ、クリスニガシタイッテル」
「喋った……?」
何と、伯獣達は流暢とは言えないものの人の言葉を喋った。しかも、今「クリス」って……?
周囲のざわめきは一層大きくなる。ブロッドスキーさんやラヴィラさん、王族の方がこちらに来ようとするが、俺は目線と手で避難する様に合図する。
「あ? ああ、さっき言いかけた事ですよ。伯獣となった状態で、強力な個体を喰らわずとも倒す事で『伯獣』は更なる進化を遂げ、喋る事すら可能になるんですよ! この四匹の様にね……!」
よく見れば、伯獣達には自分の意志が宿っている様な気が……しないでもない。
「どうですか? 愛里さん、いや、愛里! 変異種を造り、支配する事が出来る私はこの世界を支配する事すら可能だとは思いませんか?」
栗井博士は既に、目が正気でない。
「私と一緒に来い! 愛里! 今ならそこの女子高生もおまけでついて来ても良い! 私と来れば、世界の女王にしてやるぞ!」
「おじさん……、この人、どっか可笑しいよ?」
「んん? うんうん、私はジョブの『マッドサイエンティスト』だが、まさか栗井博士が本職だとはねぇ……」
悠莉と衛府博士が引いている。
「さあ、どうする! 愛里!」
栗井博士……、何かもう自分に酔いまくってるな……。さっきまで、俺も皆も怒り心頭だったけど、今はもう気持ち悪いってのが一番の気持ちだな……。
すると、愛里が俺達の前に出て、栗井博士に向かってニッコリと微笑んだ。
「お、おお、愛里――」
――パシン!
同時に平手打ちを添えて……。
「貴方の様な下種には、ビンタ以外くれてやるつもりはありません!」
言うなぁ……。栗井博士はプルプルと震えている。怒っているのか、怯えているのかは知らんが……。
「ふ、ふふ、ははは! そうかそうか、ならもう良い! お前ら行くぞ!」
栗井博士の合図で、四匹の伯獣の内の一匹が大きな鳥の姿になる。
栗井博士と他の三匹はその背に乗ると、会場に集まった人達に向けて叫ぶ。
「会場の皆様! 私の研究は魔獣をも従える素晴らしいモノなのです! それを知らしめるための尊い犠牲として、あなた方には殉教の道をプレゼントしましょう!」
栗井博士が指を鳴らすと、小鳥サイズになっていたピトフーイが再び子供型に変化する。
「ふはは、そいつは体内に毒を持っている様でね! 精々苦しんで死ぬがいいさ!」
子供の姿になった、ピトフーイはカクカクとロボットの様に少しずつ動いている。
「ん? 様子がおかしい、『創獣の欠片』が足りなかったか? まあ、良いか……」
栗井博士が何かブツブツ言ってるが、これはチャンス!
「喰らえ! 新技『リーマン流 親父の拳』!」
「旦那さん、お供しますえ! 『大太鼓』!」
俺はギルドカードの硬度を限界まで上げて拳の形に組み合わせて、栗井博士に向けて飛ばす! その後に続けて、ハオカの朱雷が飛ぶ――。
「え、ひぃっ!」
拳も朱雷も確実に、栗井博士にぶつかる筈だった……が。
「アルジ、ブジカ?」
「ワレ、マモル」
栗井博士の傍に控えていた恐らく、猫……いや、虎型の『伯獣』が拳を受け止め、もう一匹、甲羅を背負った恐らく亀型の『伯獣』が朱雷を受け止めていた。こいつ等、命令無しでも動くのか……?
「ひ、ひひひ……よくやった、お前ら! 丁度良い、冥土の土産にお前らも名乗っておけ」
栗井博士の言葉に大鳥の背に乗る三匹と大鳥がコクリと頷く。
「『虎伯獣』……ティグリ」
俺の技を受け止めた『伯獣』――ティグリは俺をジロリと睨む。
「ワレ、『甲伯獣』、ゲリフォス!」
ハオカの朱雷を止めた『伯獣』――ゲリフォスは厭らしい表情でハオカを見つめる。
「『蜴伯獣』サブラ、デス」
「そして、この大鳥が、『鳥伯獣』スプリギティスです。それでは皆さん、生きていられたらまた会いましょう!」
それを最後に、栗井博士と四匹はどこかに飛び立っていってしまった。
「何だかなあ……」
「おやっさん、逃げたやつより、今はあれっスよ!」
ミッチーに肩を引っ張られて、我に返ると先ほどからカクカクとしていたピトフーイが泡を吹きだしている……。
「え、何だこの状況! もしかして、爆発……とか?」
「そんな、酷い……!」
やばい、周りの人を逃がさなきゃ――。
「はい、はいはいはい……。ストップだよ? サラリーマン君」
と、動き出そうとしたら、衛府博士に襟首掴まれて止められた。
「な、何するんですか! 急がないと――」
「いや? いやいやいや? 全く、栗井博士も専門家の癖に良く調べなかったのかね……? サラリーマン君、まずはそこの小鳥ちゃんを壁で隔離してくれないかな?」
俺が「何をのんきなっ!」と反論しようとすると、衛府博士は物凄い表情で「早く!」と叫ぶ。慌てて『塗り壁』でピトフーイを取り囲むと、衛府博士はその壁を撫でながら、呟く。
「そもそも、ピトフーイと言う鳥はね? 毒は持っているけど、それを相手に打ち込む手段がないんだよ……直接、羽に触れたり、食べたりしない限り、無害だよ」
衛府博士は「最も、地球と同じならの話だが……」と付け加えて言うと、愛里と向かい合う。
「恐らく、この子……。何かを埋め込まれている。先ほどの栗井の話だと、『創獣の欠片』って奴だと思うんだがね……」
衛府博士が言うには、それさえ取り除けば一先ずピトフーイはこちらを襲えと言う命令に逆らう事が出来る、かも、らしい。
「あの、多分ですが……」
すると、ダリーがおずおずと手を上げ、『創獣』と言う言葉に覚えがある、と話し出した。
「椎野さんも知ってると思いますけど、あのチキン野郎――羽衣ちゃん達を襲った元冒険者のクリスのジョブが『創獣士』だったので、それが関係しているかと思います」
ダリーはクリスのジョブやスキルについて説明してくれる。暫くそれを黙って聞いていたが、やがて「何とかなるかも」と明るい表情を見せてくれた。
「恐らく、ダリーちゃんの言う通り、この子の頭の中に、そのクリスとか言う奴の創った小さな魔獣がいると考えられる。なら、話は簡単だ、その魔獣を倒してしまおう!」
「それって、頭を開いて手術するって事ですか?」
愛里が恐る恐ると尋ねる。衛府博士はそれに対して、首を横に振り否定する。
「ピトフーイの毒は、そもそも、自衛の手段――食べられない様に、寄生虫にやられないようにって言う役割が強いんだ――」
そして、衛府博士はピトフーイの生態をざっと説明してから言った。
「だから、この子自身に頑張って貰おう!」
そこから衛府博士の無茶ぶりが始まった。まず、ピトフーイの持つ毒――つまり、自衛能力を強化しよう、と。
俺達がどうやって、と尋ねると「ヒントは栗井が残していった」と笑う。
つまり――。
「サラリーマン君、ちょっとそこの小鳥ちゃんとヤリ合って、良い感じに負けてくんない?」
ピトフーイをいっその事、進化させちゃおうと言う事らしい。
「は?」
「ん? んん? 聞こえなかった? だから、ヤろうぜ!」
「えっと、何で俺?」
衛府博士は親指を立てて「だって、強さ的に丁度良いかなって?」と微笑む――。
「いやいやいや? 可笑しくないか? 戦闘職って、ミッチーもサッチーもいるじゃん!」
「いや、その二人だと、接戦出来そうにないし?」
成程……。あくまで手頃な相手が欲しいと、しかも、負けろと。
「椎野さん、お願いします!」
「愛里……………………っ! ああもう、分かったよ、やれば良いんだろ!」
「っ! ありがとうございます!」
「おじさん……」
「おやっさん、ファイトッス!」
俺は『塗り壁』の範囲を広げ、その中に俺自身も入る。
「では、JDちゃんは小鳥ちゃんが死んでしまわない様に、回復スキルを掛け続けて? サラリーマン君、小鳥ちゃんはどうやらこんな状態になっても、積極的に人を襲う様な素振りを見せない。何とか戦闘状態まで持ち込んでくれ!」
「……そうは言ってもな……」
悩んでも仕方ないかと、俺はピトフーイに近付いてみる。
「もう少しの我慢だからな? 遠慮しないで俺……に?」
俺が近づいた瞬間、ピトフーイは見事なアッパーカットを俺にかまして来る……。
「あ、そう言や、ツチノっちって、あの鳥にえらく嫌われてなかったっけ?」
サッチーのそんな声が聞こえ、目の前のピトフーイが輝き出すのが見えた――。
「納得……いか……ねぇ……」
「おじさーーーん!」
薄れゆく意識の中、最後に見えたのはこちらに駆け寄る悠莉とピトフーイに駆け寄る愛里、そして笑い転げる幸夫妻と衛府博士、ポカンとするミッチーだった――。




