サラリーマンは周期表を破壊したい
続きです、よろしくお願い致します。
「ほぉ……、これがギルドカードか……」
三人の博士の『天啓』『拝命』は無事終了した。
俺達は三人のギルドカードを発行して貰い、近くの飯屋で、それぞれジョブの情報を確認している。ただ、ビオさんは「今日は疲れました」と言って宿にそそくさと帰っていった。
そんな中でも、寺場博士はギルドカードの材質自体が気になるらしく先ほどから指先で弾いたり、曲げてみたり噛んでみたりと何やら持ち込んだタブレットに書き込みながら検証している様だ。
「サラリーマン君、リーマン君やい? ちょっといいかな?」
「はい、何でしょうか?」
俺が寺場博士が何をしているのか気になって見ていると、衛府博士が俺に用事がある様で声を掛けて来た。
「いやいや、私のギルドカードを見ていたらスキルが有ったから試してみたいんだが、どうしたら良いかな?」
「え、スキルあったんですか?」
「んん、一個だけね。で、どうしたら良い?」
衛府博士は、早く試したくてうずうずしている様だ。
「それなら、訓練場を貸して貰えば良いんじゃない?」
「ん? JKちゃん! それはどこ?」
「え、えっと、ちょっと待って、揺らさないで! ご飯食べさせてよ!」
「ん、そうか、済まないね! さあ、さっさと食べなさい、ほら!」
衛府博士は拷問の様に、悠莉ちゃんの前の皿からご飯を掬い上げ、口に押し込もうとしている。
「こら、衛府君……。君は全く……」
「あ痛っ!」
寺場博士は「すまんね」と言って衛府博士を引き摺り、自席に正座させ、説教を始めた。悠莉ちゃんは少しむせながら「助かった……」と呟いていた。
「で、ツチノ……。訓練場に行くのか?」
ブロッドスキーさんが聞いて来たので苦笑いしながら「行くしかないでしょうね……」と答えておく。
しかし、衛府博士はスキルがあるのか……。他の博士達はどうなんだろう? ジョブ自体はこの世界に既にあるものらしいけど……。
「椎野さん、ちょっと良いですか?」
「うん? 何、愛里さん?」
「私、羽衣ちゃんとタテ君連れて先に家に帰ろうと思うんですけど……」
愛里さんは、クスクスと笑いながら俺の頭を指差す。ありゃ、羽衣ちゃん寝ちゃってる。
「あー、お願いできるかな?」
「はい、お願いされました」
俺は羽衣ちゃんを愛里さんに引き渡し、タテを呼ぶ。すると、タテの方も疲れてしまったのか、ハオカに抱っこされて眠りについていた。
「あー、ハオカ、ハオカさん……」
「へー、何どすか? 旦那さん?」
俺は、羽衣ちゃんとタテを連れて愛里さんと先に帰って欲しいとお願いする。ハオカは同じ提案をしようと考えていたらしく「問題あらしまへん」と言ってさっさと愛里さん達を連れて店を出ていった。
そして、その彼女らを追いかけようとする影が二つ――ダリーさんと栗井博士だ……。俺はダリーさんの更に後ろでコソコソしている、栗井博士の前に『塗り壁』を出してその進路を妨害する。
――ゴインッ!
「んが、な、何だ? 何かある?」
「どこ行くんですか? 栗井博士……」
栗井博士の襟を引っ張り、席に座らせる。
「き、君の仕業か? 一体何をするんだ!」
「いや、そりゃ、こっちの台詞ですよ……」
コソコソ女性の後を付け回すのは、ちょっと見過ごせない。俺がそんな事を説明すると、栗井博士は目をキョロキョロ動かし目で愛里さん達を追おうとする。
「い、いや、先ほどは誤解があったようだから、この際、もう少し愛里さんと親睦を深めようかと……」
この人、悪気はないのか……? どうなんだろう?
「親睦を深めたいなら、正面から堂々と行ってくださいませ。女性の後をコソコソ付け回して深める親睦など、女性の立場から言わせて貰えば不快以外の何物でもありませんわ!」
俺が判断に迷っていると、横で聞いていたアンさんが顔を真っ赤にして栗井博士を怒鳴りつける。因みにダリーさんは、現在もサッチーの携帯でパシャパシャと音を鳴らしながら、愛里さん達を追跡中だ……。
「サッチー、携帯、良いのか?」
「うん? ああ、最近じゃあ、俺より写真撮るの上手ぇんだぜ?」
サッチーは「俺の嫁さんすげえべ?」と言って、自慢話を始め出す……チッ!
目の前では、懇々と土下座説教を喰らう、学者様が二組……。
「おじさん……、あたしも帰って良い?」
悠莉ちゃんはジリジリとその場を離れようとする。
「ははは、悠莉ちゃん、その冗談は面白くないぞ?」
俺は逃げようとする悠莉ちゃんの足にしがみつき、必死で「置いて行かないで」と懇願する……。あ、良い足だなあ……。
「おじさん……?」
そんな事を考えていると、悠莉ちゃんから物凄い白い目で見られた。やば、『ポーカーフェイス』が通じないの忘れてた……。
――混沌とした食事を終えた俺達は、飯屋にいた他の客や店員の目から逃げる様に騎士団の訓練場に移動した。
「で? でで? 私はどうしたら良いんだい?」
訓練場に着くなり、衛府博士が物凄い勢いで俺に質問してきた。寺場博士に衛府博士を取り押さえて貰いながら、俺は自分の時の事を思い出しながら説明する。
「えっと、最初に確認ですけど、現時点でスキルがあるのは衛府博士だけですか?」
俺が三人の顔を見ると、寺場博士は「俺には無い」と答え、栗井博士も「え、う、うん、無いな」と答える。さっきのアンさんの説教が効いているのかどことなく、ビクビクしている。
「じゃ、衛府博士……。そのスキルに意識を集中してみて下さい」
「ん? それだけで良いのかな? それで使えるの?」
「いえ、スキルの効果が分かるんで、ここで発動しても大丈夫かどうか、ある程度分かるかも……しれません」
衛府博士は「分かった」と言うと、目を閉じてカードに意識を集中させる――。
「ん? んん? 何か、思い浮かんだけど、これは?」
「どうしました?」
「いや、スキルの名前と説明の様な物は浮かんできたんだが……」
衛府博士が言うには、何かスキルの説明が感想っぽくて参考にならないとの事……。
「うわぁ、そんな所までおじさんと……」
悠莉ちゃんが何か言っているが、無視だ! 無視!
「差し支えなければ、何て書いてあるか聞いても?」
「ん? そうだね、聞いて貰った方が良いかもね。じゃあ、聞いてくれるかい?」
衛府博士が話してくれたスキルの内容は――。
『xx実験』……さぁ、実験だ!
…………………………皆、その場に蹲ってしまった。
「悠莉ちゃん、ブロッドスキーさん……俺、嫌な予感しかしないんだけど……」
「気が合うね、おじさん……」
悠莉ちゃんが「あたしも」と言って、さり気なく俺を盾にしようとする。
「こう……あれだ……、何の実験が明言されてないのがまた、不安を煽るな……」
ブロッドスキーさん……。何で貴方まで俺の後ろに?
「おやっさん、こういう時は似た者同士、何かイイ感じに何やかんやしちゃって下さい……」
ミッチー、明日辺りちょっと、お話、しようか?
「うふふふふ、椎野様に続く新ジョブですか……ついて来て良かったですわ……」
アンさんがウットリしながら、俺と衛府博士を見比べている。もしかして、この人も同類なんじゃって気がしてきた……。
「え、何で? 何で、ルビ付き? パナくない?」
サッチー……。お前は変わんないな……。
「で? それで? 私はどうすれば良いのかな?」
「そうですね……、取り敢えず俺が防壁張るんで強くスキルを思い浮かべて下さい、スキルの効果と続いてどうすれば良いかが浮かんでくるんで、後は身体が勝手に動いてくれると思います」
俺が説明すると、衛府博士は「分かった」と嬉しそうに返事を返す。
「あ、そうだ! ついでだから、地球の後輩ちゃんにこの様子を見て貰った方が良いんじゃないのかい?」
衛府博士の提案で、俺はミミズの件が片付いてから後輩に連絡してい無い事に気づいた……。気づいてしまった……。
「やべぇ……」
「あーあ、あたし、知らないからね」
悠莉ちゃんの声が遠く聞こえる……。仕方ない、覚悟を決めよう。
俺は震える指で、後輩に電話を掛ける……。
『先輩……? 先輩ですか? 無事だったんですか?』
「あ、ああ、何とかな――」
ここで、俺はあれからの事をざっと説明する。
『へぇ……。それで? ボクの事をうっかり忘れてたと言うわけですか……?』
「いや、本当にごめん! ちょっと疲れてたし、ドタバタしてたしでさ……」
『――っ! お、先輩の馬鹿野郎! 社長に無い事無い事、言い付けておきますからね! 覚悟しておいて下さい!』
「げっ! だから、ごめん、ごめんなさいって!」
俺は画面に向かって、必死で土下座する。
暫く後輩からの罵声を浴び続けていたが、意外な人物から助け舟(仮)が入る。
「後輩ちゃんのお怒りはごもっともだが、少し後回しにして貰っても良いかな?」
衛府博士は俺の携帯を摘み上げると、画面の向こうの後輩に向かって、こちら側の現状説明を補足していく。同時に、向こうに調査チームが無事に着いたかどうかなども確認していく。
「ふむ? ふむふむ――」
やがて後輩と衛府博士は用件を話し終え、早速スキルの発動を試してみようかと言う事に。
「では、やるよ? 『xx実験』!」
その瞬間、ドロドロとした紫色の光りが衛府博士に纏わりつく――。
「ん? んん? こう、か?」
衛府博士は頭を傾げながら、ギルドカードに人差し指を置き、何かを弾く。すると、ドロドロとした光は更にドロドロになり、遂には衛府博士の姿を全て覆い隠してしまう。
「おいおい……。これ、大丈夫かよ……」
やがて、光がシュワシュワ音を立てながら消えると、衛府博士の手元には、透明な石が残っていた。
「ふふ、ふふふふふ……ふひゃひゃ……ひゃーっひゃっひゃ! 面白い! 何だこれ! どんな原理だ? 分からん! 全くわからん!」
衛府博士は手元の石を地面に落としてみたり、日の光に照らしてみたりと、その姿はまさに狂喜乱舞だった……。
『衛府博士? 聞こえてますか? 博士!』
後輩が叫んでみてもまるで聞こえていないみたいだ。
「はぁ……衛府君! コラッ! 落ち着きなさい!」
俺達が途方に暮れていると、寺場博士がポカリと衛府博士の頭を小突く。
「んみゃ! 痛いなぁ、もう、分かったよ……」
『それで? 衛府博士、どんなスキルだったんですか?』
「ん? んん、よく分からん!」
『えっと、それは一体――』
「ああ、説明が足りなかったかな? そうみたいだね」
そう言うと、衛府博士は咳払い一つした後に、スキルの内容を説明する。
まず、衛府博士のスキルを発動するとギルドカードにスロットのドラムみたいなものが現れるらしい。
そのドラムには絵柄ではなく、文字が書かれている。
指先でそのドラムを弾くとスロットスタート。
スロットをストップさせると、ギルドカードにストップ時の文字が表示され、スキル効果発動。
そして、最後にドロドロの光がシュワシュワ消える。
「と言う感じだね。因みに、ドラムの文字は全て二文字で、その文字をスキル名の『xx』部分に当てはめるって感じさ! 今回の場合は『抽出』だったね! つまりは『抽出実験』が行われたわけなんだよ! ただ、何が、どこから、『抽出』されたかは、全く、全然分からん! ふふふ……」
『つまり……、何が起きるか分からないスキルって事でオッケー?』
後輩の質問に、衛府博士は「うん、うん、オッケー」と答え、再び石を弄り始めた……。
「うん、まぁ、あの石が何かくらいは……俺が調べよう……」
寺場博士が「すまんね」と言う声を聞きながら、俺達の心に浮かんだのは『厄介』の二文字だったと思う――。




