マッド・レディ
続きです、よろしくお願い致します。
ミミズ魔獣の群れは、目的地に誰かがいる事が予想外だったのか、俺達を取り囲むと、一気に襲い掛かって来ずに、様子を伺っているみたいだ。
「あれが魔獣ですか……?」
魔獣が襲って来ない為か、緊張感に耐えられなくなったのか、イケメン博士が顎に手を当て観察する様に呟き、フラッシュ付きでカメラ撮影を始めてしまった。
「ジジジジジ……!」
「馬鹿ですか! 何いきなり写真なんか撮ってんですか!」
ミミズ魔獣達はそのフラッシュを攻撃と取ったのか、唸り声を上げ、こちらを威嚇してきた。
「ば、馬鹿とは失礼な! うだつの上がらない会社員なんて人種には分からないかもしれないが、研究対象の写真サンプルを撮る事も立派な研究の――」
「あんた、うっさい!」
イケメン博士が何か吠えていたが、悠莉ちゃんの拳で吹っ飛ばされると「グゲェ」と鳴いてそのまま落ちてしまった……。しかも、寺場博士まで巻き込まれて……。
「うわぁ……」
グッジョブ! と言いたいところだけど、寺場博士まで落としちゃってるし、後が面倒臭そう……。
「そんな奴よりおじさん!」
「お、おう、分かってる。出力最大で行くぞ! 『名刺交換』!」
俺が目の前のミミズ達に頭を下げると、ミミズ達は直立状態で固まる――。
「今だ、サッチー! ハオカ!」
「おうっ! 流れろ! 『落花流水』!」
「はいなっ! 『大太鼓』!」
俺が頭を下げたまま合図すると、ハオカが前方のミミズ達を攻撃し、サッチーが『名刺交換』の範囲外にいるミミズ達を、スキルの水で押し返そうとする。まずは、距離を取るつもりか……?
「んん? どうなんだろ? 地球と同じなのかな? いや、でも、うーん……」
後方のミミズ達が押し流されるのを見て、衛府博士が何かブツブツ言ってる。
「どうかしたんですか?」
「ん? 喋って良いのかな? 良いよね? うん、ミミズに雷落とすのは良いんじゃないかな? ただ……水はねぇ、押し流されるのは良いんだけど、後が怖い」
「……つまり?」
さっさと結論言えよって言葉が喉元まで来てるけど我慢だ。
「何か、守り固めた方が良いよ?」
衛府博士が言い終わるとほぼ同時に、ミミズ達がスキルの水を吸い上げる姿が目に映る。
「――っ! やっぱり、結論先に言えよ! タテ、出番だ!」
「はい!」
「「『風車』!」」
水を吸い込んだミミズ達の前にギルドカードを展開すると、タテの起こした風によって、カードがクルクルと回転を始める。
「ジジジジ!」
ミミズ達が叫ぶと、その口らしき穴から先程吸い上げた水が勢いよく吐き出される。
「うんうん、水を分散させるのは良い考えだと思うよ? けど、少しばかり、水の勢いが強すぎるかな?」
「――っ、だから結論言ってくれよ!」
「ん? 退避? いや、もう二、三重に同じの展開してみよう! それと、配置に気を使って放射状に展開だ!」
「タテっ!」
俺はタテに合図し、三重に『風車』を展開する。放射状に展開した『風車』は水の勢いを徐々にそぎ落とす事に成功する。
それにしても……。この衛府博士、さっきから、この状況で色々楽しんでないか? ジロリと睨んでいると衛府博士は、俺の視線に気づきぺろりと舌なめずりをする――。
「たち悪ぃ……」
「おじさん! そっちは大丈夫? 余裕あったら、こっちも加勢して欲しいんだけ、ど!」
声のする方を見ると、悠莉ちゃんとミッチー、ブロッドスキーさんが直立していた方のミミズに向かって攻撃を仕掛けている。
ミミズ達は硬直状態が解けてきているのか、接近する三人を呑み込もうと、穴を広げている。
「にゃあっ!」
悠莉ちゃんは迫るミミズの腹を蹴りで一閃――縦に真っ二つにしている。そのまま、ピョンピョンと飛び回り、次々にミミズを狩っていく。
「ふんっ! 『断罪』!」
ブロッドスキーさんが斧を振るうと、ミミズの頭部らしきモノが消えていく。
「ミトさん、お願いします! 『カスミソウ』……」
ミッチーが、剣を大地に突き刺すと、ミッチーの周囲に霧が現れる。
「続けて『ホオズキ』!」
ミッチーが流れる様に大地から剣を抜き、ヒュンと一振りして肩に担ぐと、ミミズ達の身体がボロボロと崩れ落ちる。
「何か……皆、強いな、そんなに心配しなくても良いか?」
「いや? いやいやいや? あそこの剣の彼……。彼の対処は問題無いと思うけどねぇ、へへへへ……」
俺が感心すると同時に安心していると、衛府博士がまた不吉な事を……。
「結論……」
「あ、ああ、済まない、済まない。私は専門で無いから、何とも言えないがミミズの中には分裂したり、つながったりする種もある様でねぇ、ほら、あれ!」
衛府博士が指さす方向を見ると、先程悠莉ちゃんに斬られたミミズとブロッドスキーさんが蹴散らしたミミズ達が合体して一匹のミミズになっている。
慌てて周囲を確認すると、他にも同じ様に復活しているミミズがいる。
「うん! つまり、斬っちゃダメって事だね!」
「本っ当に早く言えよ!」
俺は慌てて皆を呼び戻す。
「タテ……ちょっと、頑張って壁張ってくれ」
「はい、父上! ダリー姉さん、手伝って下さい」
「分かった! 行くわよ、タテ君!」
タテとダリーさんで、二重の壁を張ってその間に俺達は対策を練る事にした。
もう、あれだ! この博士の考えを全部聞くのが早い!
そんな内容の事を皆にやんわりと説明する――。
「困ったな……。俺のスキルは、潰すか斬るかしかないぞ……?」
ブロッドスキーさんは、斧の刃をコンコンと叩きながら「どうする?」と俺と衛府博士に問い掛ける。
「自分はさっきのスキルで良いんすよね?」
「あたしは、ブロッドスキーさんと一緒ね……」
ミッチーの質問には「おう、それでよろしく」と答え、早速迎撃に向かって貰う。悠莉ちゃんには「ちょっと考える」と答えてから、衛府博士の考えを聞かせて貰う。
「で、どうすりゃ良いんですか?」
「どうする、とは? あのミミズ?」
俺はコクリと頷く。遠くでタテとダリーさんの「まだですか?」と言う叫びが聞こえる。俺は悠莉ちゃんとブロッドスキーさんに時間稼ぎをお願いすると衛府博士の回答を待つ。
「いやいやいや? どうするも何も、ミミズの死に様何て、古今東西、道端で干からびるって決まってるじゃないか!」
――はぁ?
ポカンと口を開けている俺を更に不思議そうに見る衛府博士……。
「つまり、高温で焼けと?」
「うん、そうだよ?」
「どうやって?」
言ってる事は分かるが、流石にスキルで数匹単位で焼くのにも体力の限界がある……。
その辺を説明し、更に「どうやって?」と聞く。
「んん、お手軽な方法が出来るか、確認してみようか! 君、ちょっとそのカード貸して?」
そう言うと、衛府博士はポケットから手の平サイズの電圧計を取り出し、俺からギルドカードを引っ手繰ると、電圧計のクリップをギルドカードに取り付ける。
「椎野さん……。早くしないと、皆が……」
「分かってる……」
スーツの袖から愛里さんの震えが伝わってくる。俺はその手に自分の手を重ねると「大丈夫だ」と答えておく。
暫く楽しそうにカードを叩いたり、引っ張ったりしていた衛府博士は「うん、いけそう」と呟くとハオカを手招きする。その後、二人でごにょごにょやっていたが、やがて俺を見ると「準備オッケー」と指でサインを作る。
「さて、サラリーマン君にはちょっと頑張って貰おうかな? あっちの二人も限界みたいだしね」
いつの間にか、タテの『風壁』は突破され、今はダリーさんの『聖壁』だけで耐えている状態に追い込まれていた。
「まずは、あのミミズの群れを隙間なくカードで囲んでくれるかい? 出来る? 出来そう?」
「やらなきゃなんないんでしょ……? やりますよ」
俺は深呼吸を一つすると、カードで魔獣達を囲み、隙間をドンドン埋めていく――。
「――っ! 久々にキツイな……」
立ち眩みがして、膝をつくと愛里さんと羽衣ちゃんが、俺の傍に駆け寄る。
「おじちゃん……。大丈夫?」
「椎野さん! 気休め程度ですが……!」
「ん……。二人分の癒しで、もう少し、頑張れそうだ……」
俺は二人の頭をポンポンと軽く叩くと、膝をついたままカードに意識を集中させる――。
「うん、うんうんうん……。良いよ! そのまま、カードを全部つなげてこっちの雷っ娘に繋げて……そう、そうそうそう……。後は、カードの内側だけ金属状に出来る?」
「…………」
俺は作業を終えると、衛府博士に向けて親指を立てる。カードの通路に閉じ込められたミミズ達が、体当りしている感触がさっきからうるさい……。
俺のサインを確認した衛府博士はハオカに向かって「ゴーっ!」と声を掛ける。
「行きますえ?」
ハオカは両手に触れるカードに向けて、電気を流す――。
「――っ! ジジジジッ!」
通路の中でミミズ達が更に暴れている。
「って、やばい、持ちそうにないんだけど!」
「もう少しだ! 耐えて、耐えて! 耐えろ! 男の子だろ!」
――っ! カードにヒビが……!
「駄目だ! 壊れる!」
――パリンッ。
乾いた音と共にカードで作った通路が壊れる。すると、中からもぞもぞとミミズが動き出した――。
「くっ! すまん、皆……」
「いや、ツチノ……。どうやら、終わりだ」
「え……?」
ブロッドスキーさんの言葉で、動き出したミミズを見ると、焼け焦げたミミズがよろよろと前に進み……やがて、バタリと崩れ落ちた。
「終わり……?」
愛里さんが呟くと、悠莉ちゃんとブロッドスキーさんが無言で親指を立てる。ハオカも「全滅やわ」と呟くとその場に座り込む。
それを合図に、皆力が抜け、その場に次々と座り込んだ。
「うへ、うへへへへへへへへ……。もうアレ、見てきていいよね!」
只一人、元気を有り余らせている衛府博士はミミズの死骸に飛び込むと、それを切ったり突いたりしながら「ひゃっはー」とはしゃいでいた。
「何か、今回は……別の原因で疲れちゃった……」
俺達は悠莉ちゃんの言葉に皆で頷き、生気の抜けた目で衛府博士のはしゃぎっぷりを見つめ続けた。




