それぞれの決意
続きです、よろしくお願い致します
――地球接近予想前日。
俺は現在、地球接近予想地点に向かう馬車の中にいる。
正確な接近時間が不明であるため、早めに現地入りし、準備を整えておくつもりだ。メンバーとしては、羽衣ちゃん、ハオカ、タテを含めた地球組全員と、アンさん、調査チーム、ダリーさん、ブロッドスキーさんだ。
『さて先輩、それに皆さん。いよいよ、予想接近日は明日ですが、その前に皆さんには結論を出して頂きたいと思います』
馬車の中で、後輩に電話を掛けると、俺達が今まで何となく取り上げ辛かった話題を振って来た。
「結論と言うと、地球に帰るかどうか……ですよね?」
後輩の言葉を愛里さんが確認する。
『その通りです。帰る事が可能かどうかは分かりませんから、正確に言えば試してみるかどうかなんですが、これに関してはボク達は何も口出しするつもりはありません。ご家族との相談も必要でしょうから、今日は皆さんのご家族も呼んであります』
後輩は『それでは、まずは羽衣ちゃんのご両親から呼んできます』とだけ言うと画面の前から姿を消す。
「おじさんは帰らないんだよね?」
「ああ、仕事だからな」
「そっか」
「もし寂しいなら……あたし、残ってあげようか?」
「寂しいのは否定しないけどな? 俺の慰めに残る様なら、流石の俺も怒るよ?」
「……そっか」
俺と悠莉ちゃんの話を皆黙って聞いていたが、ミッチーと愛里さんは悠莉ちゃんと同じ様な事を考えていたらしく、ちょっと気まずそうにしていた。
『先輩、お待たせしました。羽衣ちゃんのご両親――啓二さんと凛さんをお連れしました』
「ん、了解」
画面の前には、以前テレビ電話で会話した若夫婦が映っていた。
『お久しぶりです、薬屋さん。いつも羽衣がお世話になっております。先日も、羽衣に可愛らしい服をいただきまして――』
『どうも、お久しぶりです、おやっさん。羽衣、元気してたか?』
「パパ、ママ! もしもし!」
羽衣ちゃんは、ご両親に学校での出来事や好き嫌いしないでご飯を食べてることなどを報告する。
「羽衣ちゃん! ちょっと、おじちゃんもお話しに混ぜて貰って良いかな?」
「おじちゃんもパパとママとお話ししたいの? もう、しょうがないなあ」
そう言うと羽衣ちゃんは、肩を竦めた後、俺の頭に座る。俺は羽衣ちゃんに「ありがと」と言ってから、改めて羽衣ちゃんのご両親と向き合う。
「話は聞いてると思うんですが……」
『接近の件……ですよね?』
羽衣パパが真面目な顔で答える。俺も無言で頷く。
「羽衣ちゃんの処遇に関して、やはりご両親のご意向に沿う形で、と考えています」
羽衣ちゃん以外の皆は、恐らく自分がどうするべきか、自分で判断できる。
しかし、羽衣ちゃんはまだ幼すぎる。自分で先を見据えた判断が出来るとは限らないし、何より接近による移動が安全である保証はどこにもない。
俺はそんな感じの説明を画面の向こうに座る二人に告げる。
そして、その上でご両親がどうすべきか判断する様にとお願いする。
『私は、正直、羽衣に帰って来て欲しいです。でも、それ以上に、安全なのかどうかも分からない現象に、羽衣を晒したくない、と言う気持ちもあります……』
羽衣ママはここに来るまでに散々悩んだんだろう……。真っ赤になった目で『私は今回は見送って頂きたいと考えてます』と告げた。
「お父さんは、どうお考えで?」
『俺は薬屋さんから、再接近のお話を聞いた時から、ずっと決めてました……。おやっさん、引き続き羽衣を、よろしくお願い致します』
そう言うと、羽衣パパは画面の向こうでゆっくりと頭を下げた。
「……分かりました。羽衣ちゃん、今回はまだ帰れないけど、もう少し、おじちゃんと一緒にいてくれるかな?」
俺は自席に座る羽衣ちゃんに問い掛ける。
「いいよ? うい、おじちゃんのめんどー見たげる!」
「うん、よろしくな?」
『じゃあ羽衣、風邪ひくなよ?』
『ちゃんとお勉強するのよ?』
「うん! パパ、ママ、またね!」
羽衣ちゃんのご両親は最後にもう一度、俺に頭を下げると画面の前から姿を消した。
『じゃあ、次、幸さんのお母様ですね』
画面の向こうで『幸さん、どうぞ』と言う後輩の声が聞こえる。
「サッチー」
俺はサッチーに電話を投げて渡す。
「お、おう! サンキュー、ツチノっち」
サッチーは電話を受け取ると、荷台の隅の方でコソコソしながら電話と向き合う。
「母ちゃん……? オレオレ、あんさぁ――」
小声ながら微妙に聞こえてくる内容から判断すると、サッチーも帰る気はなさそうだ。
『アンッタはもう! 何を考えとんの! 父ちゃんも、爺ちゃんも心配しとんのよ? 一回くらいシャーっと帰って来たらいいじゃないの!』
馬車内に気まずい空気が流れる……
「母ちゃん、ゴメン……」
謝りながら、サッチーはダリーさんを手招きする――
そこからの会話は聞こえなかったが、サッチーがダリーさんをお袋さんに婚約者として紹介してるんだろうなと言う事は雰囲気で分かった。
「いいなぁ……」
愛里さんが呟くと、悠莉ちゃん、ハオカも同意して頷く。
「ツチノっち……サンキュー!」
携帯を放り投げるサッチーの後ろでは、ダリーさんが涙を流し、愛里さん達に「おめでとう」と言われているのが見える。
『いやぁ、幸さんやりますねぇ……ボクも後ろでドキドキしてましたよ』
「こっちは、あんまり聞こえなくてさ。どんな感じだった?」
未だ興奮冷めやらずと言った感じの後輩に聞いてみる。
『掻い摘んで説明すると、幸さんがダリーさんにプロポーズして、こっちに定住すると言った話ですね』
「へぇ……やるねぇ」
『いやあ、先輩も見習ってほしいくらいですよ』
余計な事を言うなと後輩に釘を刺し、俺は携帯を次に控えるミッチーに渡す。
『三知さんの所は、所属団体の会長さんがまた来てますね』
ミッチーは携帯を受け取ると、少し考えるそぶりを見せる。
「よし……」
そして、ミッチーは画面と向き合う。
『徹……少し良い顔になったか?』
そんな言葉から始まったミッチーの相談は、聞いてるこっちがそれで良いの? ってくらい、あっさりと終わる事になる。
「会長……自分、こっちで返す恩と、護るべき場所、果たすべき約束、託されたもの……色々、貰いました。自分は、それを全部何とかするまで、そっちには帰れないッス!」
ミッチーは画面の向こうの会長さんに剣を見せながら宣言する。
『良しっ! 分かった!』
「ウッス!」
そして、ミッチーは俺に「どうもッス」と言って携帯を返す。
「え……? 本当に、今ので良いの?」
「ウッス! 問題無いッス!」
『まあ……こう言うのもありなんじゃないですか?』
正直、微妙に納得出来ないが、俺は悠莉ちゃんに携帯を渡す。
「はい、悠莉ちゃん」
「うん……」
ずっと、悩んでいた様子の悠莉ちゃんは携帯の画面で相手の顔を確認すると、少し笑顔になった。
「おじいちゃん!」
『悠莉……元気かい?』
「うん、ピンピンしてるよ!」
いつもは気を張っている感じの悠莉ちゃんも、おじいちゃんの前では子供らしい無邪気な表情を浮かべている。
『――それで? 悠莉はどうするつもりなんだい?』
話が本題に入ったようで、お爺さんが悠莉ちゃんの意思を尋ねる。
「あのね……おじいちゃん。こっちって、コンビニないし、アイドルもいないし……最初はすっごい、家に帰りたかったの……」
悠莉ちゃん……やっぱり、無理してたのか。お爺さんは悠莉ちゃんの次の言葉をジッと待っている。
「でもね……ある人に、色々助けられて……何度も助けられて、馬鹿みたいに色々やらかすのを怒ったりしてさ……」
悠莉ちゃんはそこで、俺の方をジッと見る……
「もう少し、こっちでその人を振り向かせる努力したいの。馬鹿みたいな理由だけど……その人の横に並んで、一緒に色んな景色見て見たい……」
悠莉ちゃんはそこまで言うと、お爺さんの反応を伺う。
『ふむ……孫の成長は嬉しいんだが、ちょっと寂しいものだね。悠莉……お父さんとお母さんには上手く言っておくから、後悔しない様に頑張りなさい!』
「っ! おじいちゃん、ありがとう! あたし、頑張るから!」
悠莉ちゃんは画面に向かって投げキスをすると、俺に向かって携帯を放り投げると、ハオカに向かってダイブする。
放り投げられた携帯を受け取ると、画面から声がする。
『あの子は全く……。さて……薬屋さん、でしたかな?』
おっと、まだお爺さんいるじゃねぇか!
「はい」
『孫がいつもお世話になっております』
「いえ、こちらこそ……」
『色々と積もる話もありますが……後の方が待っておられるので手短に話します。薬屋さんは分かっておられるとは思いますが、あの子はまだ、子供です……く・れ・ぐ・れ・も、節度ある態度でお願い致します』
「……はい、分かっています」
やっぱり、言われると思った……
俺はその後、軽くではあるがこちらでの責任者としての役割をしっかり果たす事と、悠莉ちゃんを地球に帰すまでは俺を含めて、悪い虫は絶対に付けないと約束しておいた。
『先輩、わざわざ首を絞めるような約束して……大丈夫?』
「いや、情けない話だけどさ……こうでもしないと自制する自信がない……」
後輩は『ご愁傷様』とだけ言うと、最後の一人を呼び出す。
俺は、愛里さんに携帯を渡す。
「あれ? お母さんだけ?」
『ごめんねぇ? お父さん……ぎっくり腰で、動けないのよぉ』
「そうなんだ……あのね、お母さん。早速で悪いんだけどね……」
『いいわよぉ?』
早っ! まだ何も言ってないって!
「うん、そうなの……だから、もうちょっとこっちに残るね?」
えっ! 愛里さんもそれで話し続けるの?
俺がポカンと口を開けていると、愛里さんもこちらに気付いた様で少し気まずそうにしている。
「すいません、何かうちのお母さん……言葉足らずで」
「いや、それは良いんだけど……愛里さんもよく分かるね?」
「それは、家族ですから……」
愛里さんはそう答えると、俺に「ありがとうございます」と言って携帯を返す。
『椎野さんでしたっけ? うちの子、よろしくお願い致しますね?』
その言葉に「はい」と答えると、愛里さんのお母さんは通話終了のボタンを押したらしく、テレビ電話の画面が終了する。
「あ、お母さんったら……もう」
顔を真っ赤に染めた愛里さんは、恥ずかしそうにハオカにダイブする――それ、流行ってんの?




