激獣
続きです、よろしくお願い致します。
――羽衣達を乗せた馬車は、ジーウの森に差し掛かり、何事も無くそのまま森を通り抜ける――はずだった。
――ガコンッ
「な、なんだ?」
突然の揺れに、馬車の御者が動揺する。
「どうしました?」
御者の声が聞こえたダリーが様子を見に行くと、御者は馬車を止めると、「ああ、石かなんかがぶつかったみたいで……」と言って、馬車の車輪を指差す。
「あら……森の中でこの状態はちょっと、困りましたね」
車輪が外れた馬車を見てそう言うと、ダリーは馬車の中の様子を確認する。
馬車の中では、数名の子供が馬車が急に揺れた事、止まった事にビックリして泣きそうにしている。
「私は少し、周囲を哨戒してきます。他の馬車には先に目的地に向かって貰いましょう。皆は子供達の警護をしっかりと勤めて下さいね? ……傷一つ、付けるなよ?」
ダリーの言葉に騎士団が顔を真っ青にして「イエス・サー!」と答える。その様子に満足すると、ダリーはこちらの様子を伺うリエミルバ先生に先に目的地に向かう様にと伝えると、馬車から離れ哨戒を開始する事にした。
「ダリーさん、オレも一緒に行きます」
「あら……えっと、誰さんでしたっけ?」
「……クリスですよ? さっき、自己紹介したじゃないですか!」
ダリーを追い掛けてきた青年――クリスは口の端をぴくぴくとひくつかせながら、答える。
「あ、すいませんお噂は知っているんですけど、さっきは羽衣ちゃん達を見ていて忙しかったもので……」
ダリーの追い討ちに「ま、まあいいです」と答えながらクリスは一人は危険だと言う事で一緒について行く事を伝える。
正直、申し出自体はありがたかったため、ダリーは素直に感謝すると、一緒に哨戒する事にした。
――ダリー達が哨戒に出てから、三十分ほど経った頃。
「ダリねーちゃん、遅いねー?」
「ひ、姫ー、頭がゴワゴワするから止めて下さい!」
羽衣がタテの背中に伸し掛かり、頭に顎を乗せて「退屈」と喚いている。
「馬車の修理っていつ終わるんだろうな?」
「さっき、チラッとお外見たら、騎士のおじちゃん達、お顔を真っ青にして、馬車の周り囲んでたよー?」
ケイシー、カズンが馬車の床をゴロゴロしながら答える。
「他のチームの奴ら、ほとんどがもう飽きて寝ちまったしよー。暇だー、タテ、何か面白い事無いのかよー?」
「えぇ……そこで僕なんですか? ああ、姫もカズンちゃんも髪引っ張らないで! ケイシー! 笑ってないで止めてよ!」
退屈の極みに達した羽衣達はタテの藍色の長い髪を弄る事で、暇つぶしを開始する。ケイシーはその様子を見ながら笑い転げていた。
「――っ! 姫、カズンちゃん、ケイシー……ちょっと、静かに」
その時、タテの感知に何かが引っかかったらしくタテの表情が強張る――
「何だこれ……? 魔獣の気配が、いきなり……あ、だから姫、ちょっと髪いじるの止めて下さいって!」
髪を三つ編みにされながらも、タテは「カズンちゃんとお揃いー」と引っ付く羽衣を引き剥がすと、馬車の中から、外の様子をそっと伺う。
外には未だ、魔獣の姿は見えないが、タテは顔見知りの騎士に魔獣の気配がすると告げ、警戒を促す。
「ぐぁ!」
――暫くすると、突然冒険者の一人が倒れた。
突然の出来事に護衛が戸惑っていると、今度は騎士の一人が魔獣に襲われる。
「な、何だ一体!」
騎士達、冒険者達の間に動揺が走る。
すると、森の中から無数の影が姿を現す。
「な……魔獣だと! やってくる方角からするとダリー殿に見つかっているはずだが……まさか、やられたのか?」
騎士達の動揺を「知った事じゃない」とでも、言うのだろうか? 魔獣の群れは「グルるるる」と唸り声を上げながらゆっくりと馬車に向けて歩いてくる。
やがて、魔獣の姿がしっかりと確認できると、更に衝撃が走った。魔獣は紫色の太い身体をしており、その身体を支える四足は、マッチ棒の様に細くアンバランスな見た目で、逆にそれが不気味さを醸し出していた。
「タテちゃん、タテちゃん、あのまじゅー、変!」
――一部の子供達にとっては笑撃だったようだが。
「お、おい羽衣! お前、怖くねぇのかよ……」
はしゃぐ羽衣の姿を、魔獣に震えるケイシーとカズンが見つめる。タテとその様子を見ていた騎士達、冒険者達も魔獣の群れに押されながらも、その様子を伺う……
「ふぁ? だって、ダリーちゃんとか、騎士のおじちゃん達とか、冒険者のおじちゃん達が守ってくれるもん! うい、知ってるよ?」
羽衣は「なーに? 皆知らないの?」とでも言う様にケイシー達を見ている。ケイシーとカズンはそれでも、尚不安であった様だが、ここで、騎士達、冒険者達から歓声が上がった。
「ダリー殿……あなたから頂いた使命……見事果たして見せます! 良いか、お前ら! この子達に傷一つ付けさせるな! 我等は騎士だ! 国民の血税と信頼、子供達からの憧れ、自らの誇りを騎馬とする戦士だ! その名に恥じぬ戦いをするぞ!」
「「「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」」」
騎士達は、目の前に広がる魔獣の群れを、物ともしない程の士気で押し返し形勢を逆転しはじめる。
「こ、これが、『おやっさん』が言ってた、「逃げられない応援」って意味か……悪くねぇ……悪くねぇぞ!」
一方、冒険者達にも変化が表れていた。
「野郎共! 今のお嬢のお言葉を聞いたか! 普段、家にいりゃ掃除の邪魔だと言われ! 街に出りゃ顔が怖いと言われた俺らが……今、お嬢達に! こんなにも、信じて貰って、頼りにされてる! この期待を裏切ったら、俺達は本当のろくでなしだ! おやっさにも二度と顔向けできねぇ! 良いか、野郎共! 騎士連中に負けんな! この子達に魔獣共を近寄らせんじゃねぇぞ!」
「「「「「「あったりめぇだぁぁぁぁぁぁ!」」」」」」
ここから、魔獣の群れとの形勢が完全に逆転する。
魔獣の群れは、戦士達の士気の高さに気圧され、逡巡している所を次から次へと駆逐されていく――
子供を守りながらの闘いの中、決して騎士と冒険者も無傷とはいかなかったが、それでも見事、魔獣の群れを殲滅する事に成功していた。
すると、そこにダリーとクリスが戻ってくる。
「ん? お前たち、どうした?」
ダリーが馬車周辺の様子に驚き、慌てて駆け寄ると、騎士の一人が何が起こったかを説明する。
「馬鹿なっ! 私達は一度も魔獣と遭遇するどころか、気配すら感じなかったぞ!」
ダリーとクリスは、魔獣が来た方角に哨戒に出たが、一度も魔獣らしきモノと遭遇していないらしい。
ダリーと騎士達が、何がどうなっているのか頭を抱えていると、不意にタテが叫んだ。
「ダリー姉さん、危ないっ! 『呂音』!」
その瞬間、タテの笛の音が鳴り響き、ダリー達の周囲に、風が巻き起こる。
――バチンッ!
「へぇ……その歳でスキルが使えるんだ……タテ君、凄いね?」
ダリー達が振り返ると、クリスが腰の細剣をダリー達に向かって突き出している姿が目に入って来た。
「……どういうつもりだ、クリス殿……?」
ダリーは自らも剣を抜き、クリスに問い掛ける。
「いやいや、本当はさ……こんな事するつもりはなかったんだけどね? まさか、あの量の魔獣の群れを殲滅させるなんて……ね」
クリスは今までの好青年と言った雰囲気が欠片も残っておらず、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
「本当ならさぁ……騎士団、冒険者全滅! 子供達もほぼ喰われ掛けって所にオレが颯爽と駆けつけて、傷付きながらも生き残った子供達を救う! って展開になるはずだったんだけどさぁ……」
そこまで言うと、クリスは顔を醜く歪め、地面に唾を吐く。
「ったくよぉ、いい歳こいたおっさん達が、ガキの前だからってはしゃぎやがって……お蔭で俺の見せ場がねぇじゃねぇか」
「き、貴様は……たかがそれだけの事で、人を……子供達を殺そうとしたのか?」
ダリーは信じられないモノを見る様に、クリスを睨み付ける。
「それだけの事って……ははっ! いや、オレ達にとって、名声とか武勇伝って大切じゃない? 現に、ダリーさんもオレの名前は覚えてなかったけど、武勇伝は知ってたじゃないか?」
「貴様……まさか、今までの活躍は……」
クリスはそこまで聞くと、嬉しそうに自分の活躍を話し始める――
「そうだよ? オレのジョブは『創獣士』って言ってさ、まあ、魔獣モドキを作って自分の兵隊に出来るってもんなんだけどさ。最初にスキル使ったときは流石に、焦った焦った!」
クリスは昔の栄光を思い出す様にウットリしだしている。
「オレの住んでた村に大量の魔獣が押し寄せて来てさ! オレももう駄目だって思ったけど、魔獣がオレの目の前に来てピタッと整列してんの! 試しに、何体か殴ってみても列を崩さねぇ! オレは自分のジョブとスキルのお蔭だって直感したさ! で、思いついたのさ……このまま、気に喰わない奴は魔獣にやらせちゃえってさ! 一緒にパーティ組んでた奴らも、最初はイイ感じだったんだけどさぁ……あいつら、いつの間にかオレに黙ってくっつきやがって……気に喰わないから、魔獣に人型の張りぼて被らせて、変異種に見える様にしてやっちゃった! で、証拠隠滅でそいつを倒したら、いつの間にかそれが美談として伝わっちゃってさ!」
顔を赤くして、興奮しながら自らの行いを語るクリスをその場の誰もが、汚らわしいモノを見る様に見つめている……
すると、クリスがその視線に気づき、自らの頭をガシガシと掻きながら――
「あー、あー、まぁたその眼だよ……どいつもこいつも、オレの偉大さをちっとも理解しねぇ……もういいよ、お前らももう、逝っちまえ! まぁ、今寝てるガキや、気絶してる奴らは幸せだよな! オレの武勇伝を語り継ぐために生きていけるんだからよぉ!」
そう叫ぶと、クリスはスキルを発動する。すると、地面から先ほどの魔獣が再び出現する――
「本当なら、ダリーさん、アンタも哨戒中に処分したかったんだけどよ。アンタ隙がねぇんだもん、だから……数でおさせて貰うぜ?」
魔獣は次々に産まれ、ついには馬車の周囲一面を覆う程の大群となっていた。
「っ! この……クズが……!」
クリスが一言「やれ」と告げると、四方から魔獣が押し寄せてくる。
「くっ! 『聖壁』! 今、動けるものは子供達を守れ! 壁の中から魔獣を倒せ!」
ダリーは一瞬で馬車の周囲を覆うスキルを発動――余力のある戦士達に向けて檄を飛ばす。
「はは、やっぱ、アンタ凄いね!」
そう言うと、クリスは魔獣の群れの向こうからニヤニヤとダリーに向かって拍手を送る。
ダリーはそんなクリスを睨みながら、スキルを発動し続ける。
「頑張れ頑張れー、頑張らないと、みぃんな死んじゃうよぉ?」
――ガッ
「グァッ!」
その時、クリスの額に、小さな石が勢いよくぶつかる。
「何だ!」
クリスが良しの飛んできた方向を見ると、馬車の中から、羽衣、タテ、ケイシー、カズンが顔を出していた。
「こ、このチキン野郎! 自分で戦うのが怖いからってひきょーな事しやがって!」
「そ、そうよ。あ、あなたみちゃいなの! ダリーお姉さんがやっつけてくれるんだから!」
ケイシー、カズンが届かない石を投げながら、クリスに思いつく限りの罵倒を投げかける。
「チキン野郎な悪は正義に必ず敗れるって、パパが言ってたもん! うい、知ってるよ!」
「姫……どうぞ……」
羽衣がクリスに宣言すると、タテが羽衣に石を渡す、羽衣はそれを力一杯投げる、当然届きはしないが――クリスはその様子を見ながら、こめかみをピクピクとさせる。
「こ、このガキども……グァ!」
石は届かないものの、散々罵倒され、イライラしていたクリスに突然、石が届く様になる。
「なぁ、何で……?」
クリスが子供達を見ると、相変わらず届かない石を投げながら罵倒してくる。しかし、石が地面に落ちようとするその時、タテが笛を一吹きする――
「あのガキか! ちくしょうが! 舐めやがって……ん?」
クリスが子供達に気を取られている間に、ダリー達は奮闘し、大量にいた魔獣もその数を半分程に減らされていた。
「本っ当にイラつく奴らだな……大人しく、オレの糧になってりゃいいのによ!」
クリスがそう言うと、更に魔獣が追加される――
「クソッ! キリが無い……このままでは……」
「はは、そうそう、その顔だよ! オレの方が上なんだよ! お前らはそのまま、スキルの壁が切れるまでの命なんだよ!」
そして、ダメ押しに更に魔獣を追加すると、クリスは狂った様に大声で笑い始める。
「クッ……羽衣ちゃん……ごめんね……サチ……サチィ……」
いよいよ、スキルの壁が持たなくなり、ダリーがサチの顔を思い浮かべ「ごめんね」と呟く。
――その時だった。
「ダリお姉ちゃん! あきらめちゃ、や!」
ダリーが振り向くと、そこには羽衣が腰に手を当て、傍にタテを従えて堂々と立っていた。
「正義の味方はどんな時でもあきらめちゃ駄目って! あきらめなきゃ、どんなくきょーからでも巻き返せるって、パパが言ってたもん、うい、知ってるよ!」
「……で、でも羽衣ちゃん……もう、力が出ないの……スキルが使えないの……」
普段のダリーからは出て来ない様なか細い声で、羽衣に縋る様に答える――
しかし、羽衣は……羽衣自身も目に涙を溜めながら、答える。
「だって、だって、パパ言ってたもん! どんなに怖くても、どんなチキンで卑怯な奴が相手でも、目を逸らさないで吠えてやれって! そうすれば、きっと、きっとおじちゃんや、サラリーマンの神様は見捨てないって、うい、聞いたもん! 知ってるもん! だから、ういは絶対、絶対泣かないもん! こんなチキンに何か、負けないもん!」
「姫……ご立派です……」
「羽衣、俺だって、負けてやるもんか!」
「わ、私だって!」
タテ、ケイシー、カズンがダリーを庇うように、羽衣の隣に立付……四人は、ボソボソと何か話し合うと、改めてクリスを睨み付け、そして叫ぶ――
「「「「お前なんかに負けるか! このチキン野郎!」」」」
叫ぶと同時に、石を投げ、タテのスキルで勢いを増したそれはクリスに見事命中していく。
「痛っ! 痛っ! 止めろ、このクソガキ共!」
「……羽衣ちゃん……タテ君……そう、よね……あんなチキン野郎に……負けちゃ駄目よね!」
ダリーは自分の頬を両手で二回叩くと、涙を拭い、生気を取り戻した目でクリスを睨み付け、スキルの壁を再び発動させる。
「もう、弱音ははかない! お前みたいなクズのチキン野郎、この子達には指一本触れさせない!」
「「ああ、俺達だって! 負けてられるか!」」
ダリーに続く様に、騎士、冒険者が次々と立ち上がる――
「……クソ、鬱陶しいなぁ、本当によぉ」
クリスは忌々しそうに羽衣達を睨み付ける。
「もう良い、遊びは終わりだよ……お前らが力尽きるまで、作り続けてやるよ!」
そう言うと、クリスは次々に魔獣を追加し始める。
終わりの無い、魔獣の攻勢に、騎士、冒険者達は力を使い果たし、気を失っていく……
タテも参加し、魔獣を倒していくが、いよいよスキルが発動しなくなってしまい、膝をついて息を切らしている。
「はあ、はあ、負けて……たまるか……」
ダリーは限界を超えて、スキルを維持し続けているが、既に口から血を吐き、ケイシーとカズンに身体を支えられている。
「へ、どうだよ! ガキども! オレの勝ちだろ? 大人しく、オレに命乞いでもしてみろよ?」
クリス自身、スキルの使い過ぎで息を切らしているが、勝利の優越感で満たされている様に、その声は弾んでいる。
「やー! ういはチキン野郎なんかに、絶対負けないもん!」
羽衣は尚、クリスから目を逸らさず、睨み付ける。
「こ、このガキがぁ!」
いよいよ、我慢しきれなくなったのかクリスは細剣を手に、羽衣に直に手を下すべく歩き始める。
「オニオッキトノコサヅカヒキイサラブス……!」
その時、上空から何かが聞こえてきた……凄まじい威圧感と共に――
「「「「「――っ!」」」」」
その場にいた誰もが、自分の死を覚悟した。ただ一人――
「わぁ、お久しぶりだぁ!」
笑顔を浮かべた羽衣を除いて。




