ピクニック・オブ・ザ・デッド
続きです、よろしくお願い致します。
――地獄の宴が開かれていたその頃
ナキワオの街のとある学校では、遠足の準備が進められていた。
「はーい、皆さん! 明日はお待ちかねの遠足の日です! ちゃんと準備は進んでいますかーん?」
教壇に立ち、子供達に声を掛けているのは、羽衣、タテのクラス担任――リエミルバ先生(ラッセラ教団所属)である。
「そんな訳でね? 今日はみんなが明日一緒に行動するチームを決めたいと思います。男女二名ずつ、四人組のチームになる様にクジを用意したから、みんな順番に引いてねーん」
リエミルバ先生の説明を切っ掛けに、クラス内がざわざわと騒がしくなる。そんな中で、特に鼻息を荒くしている子がいた。
「ねえねえ! タテちゃん! 一緒のチームになれたらいいね?」
羽衣である。羽衣はフンフンと落ち着きなく足をバタつかせながら、前の席のタテの肩を揺すぶっている。
「ひ、姫ぇ、揺らっさないでぇ」
「ひひ、タテも大変だな?」
タテが前後にグラグラと揺れるのを見て、クラスメートの一人である、ケイシーがその白い歯を見せて笑う。
タテは暫くそのまま揺られていたが、やがてクジの順番が迫ってきた事で解放される。その時にはケイシーに「大変と思うなら止めてよ!」と文句を言っていたが――
「タテちゃん! 何番?」
クジを引いて席に戻ると、羽衣が目を輝かせて尋ねてくるが、タテは「内緒でーす」と言って誤魔化す。
「うー、タテちゃんのケチンボ!」
そんな事を言って羽衣自身もクジを引きに行く。それを見届けるとタテは――
「――『微風』」
そう呟いて、小さく口笛を鳴らす。
「タテちゃん、タテちゃん! うい三番だったよ!」
羽衣が戻ってくると、自慢げに自分のクジを見せてくる。
「えぇ! 本当ですか? 僕も三番なんですよ! 一緒のチームですね! 姫!」
タテは口をポカンと開き、少し驚いたような顔を作ると羽衣にそう告げる。羽衣はそれを聞くと、タテより更にポカンとした表情で「ふぁー! やったね!」と喜んでいた。
「タテ……何かやったろ?」
隣のケイシーがジロッとタテを見るが、タテはどこ吹く風と言った感じで口笛をピューと吹く。
その後、ケイシーもクジを引くのだが、これまた三番を引く。
「ふぁー、ケイちゃんも一緒なの? よかったねぇ!」
そしてまた、ケイシーがタテを見るが、今度は「しょうがねぇな」と言う感じで、どこかホッとしている様でもある。
「はーい、みんな自分のチーム、分かったかなーん? それじゃあ今度はチームごとに集まってみよっかーん? お席はねーん――」
そう言うと、リエミルバ先生はチームごとに座席を指定していく。
「はい! じゃあ、今から先生が良いって言うまでチームのみんなで自己紹介してねーん?」
そして、羽衣、タテ、ケイシーはチームの座席でお互いに見つめ合う。
「自己紹介っつってもな……」
「僕ら既に良く知った仲ですしね」
「それを言っちゃったら、他のチームの子もおともだちだよ? タテくん!」
ケイシー、タテの言葉に反応したのは、同じくクラスメートであり、三番チームの最後の一人――カズンと言う名の女児で、彼女はその眼鏡に三つ編みと言う容姿から、いつの間にかクラスの級長となっていた。
「あ、カズンちゃん! 一緒なの?」
「うん!」
羽衣とカズンは数年振りに再開したかのように「キャー」と言ってハグし合う。
「で……? どうすんの? 自己紹介、やる?」
その様子を呆れ気味に見ながら、ケイシーが「どうすんの?」とチームのメンバに問い掛ける。
「うい! それより、お菓子のおはなししたい!」
羽衣が元気よく手を上げると、羽衣にくっついていたカズンもその瞳を輝かせて「はい!」と手を上げる。
「カズンさん、何ですかーん?」
「クフッ……タテくん、ひどい! プフフ……ごめん、えっとね、今日皆で学校終わったらお菓子買いに行こ?」
タテがリエミルバ先生の真似をしてカズンを指差す。カズンはそれが少しツボにはまったのか、お腹を押さえながらもチームメンバに向かって提案する。
他の皆もそれに目を輝かせて賛成し、皆で遠足のおやつを買いに行く事が決定する。
そこで、リエミルバ先生から「良いわよーん」と言う合図が出て、チーム会議は終了する。
「それじゃ、みんな、明日は学校じゃなくて、街門で集合だから遅刻しちゃ駄目よーん!」
――放課後
羽衣のチームはそれぞれ一旦帰宅していた。
「羽衣ちゃん、タテ君、今日はどうしたの?」
羽衣とタテを膝に乗っけてダリーが質問する。
羽衣はダリーに向かって「ヒミツのミッションなの!」と言いながら人差し指を唇の前で左右に揺らしている。
「あはは、えっとですね、ダリー姉さん。明日、学校で遠足なんですけど――」
そう言って、タテはダリーにおやつを買いたい旨を説明する。
「へえ、そうなんだ! もう、何でも買っていいわよ! 羽衣ちゃんとタテ君の欲しいものならお姉ちゃん、何でも買ってあげる!」
ダリーは今日は非番らしく、買い物について来る気満々の様だ。
「えっとね、お友達と行くの……」
羽衣は申し訳なさそうにダリーに「ごめんね」と謝り、頭を撫でる。
「そっかぁ、ちょっと残念……後で何買ったか、お姉ちゃんに教えてね?」
ダリーはそう言うと、羽衣とタテに頬擦りし、お小遣いを渡す。羽衣とタテはそれを受け取ると、「はーい」と返事してそそくさと家を出て行く――
「ああん、つれないなぁ……」
出かけていく二人の背中を見ながら、ダリーは淋しさを感じながらも「明日の準備しなきゃね」と気持ちを切り替える。
羽衣達は以前、椎野と悠莉が依頼を受けて売り子をした店で買い物をしている。
「何が良いかな」
「わたし、甘いのがいい!」
「ういも!」
「俺はしょっぱいの!」
店に陳列されたお菓子を見ながら悩んでいる羽衣達だが、そこに声がかかる。
「あれ? アンタら、おやっさんのとこの子かい?」
羽衣とタテが振り向くと、そこには恰幅の良いおばさんがいた。
「ああ、明日学校の遠足だっけ? そのおやつでも買いに来たのかい?」
羽衣達は「うん!」と頷く。すると、おばさんは何かを思い出した様に柏手を打つ。
「そうそう、いつだかおやっさんが「甘いものをもっと仕入れると良いですよ」って言うから試しに仕入れたんだけどね――」
そう言うと、おばさんは手の平サイズの箱に入ったチョコレートの様な物を持ってきた。
「いや、アンタらのおやっさんのアドバイスのお蔭で、売り上げが少し上がってね? お礼ってわけじゃないけど、これ持ってきな!」
そう言うと、おばさんは羽衣達それぞれに、チョコの箱を持たせてくれる。
羽衣達は最初は遠慮していたが、おばさんに「良いから」と言われ、最終的には「ありがとうございます」と頭をぺこりと下げていた。
――そんな事があった買い物からの帰り道。
「ちょっと! 君たち!」
羽衣達を呼び止める声があった。羽衣達が振り返ると、そこには街で見かけた事のない青年がいた。
青年は、恐らく冒険者なのだろう。レイピアの様な刃の細い剣を腰に差し、革鎧に身を包んでいる。
「……何か御用ですか?」
タテが羽衣達を庇うように前に出る。
それを見た青年は、自分が子供を怖がらせていると思ったのか、爽やかな笑みを浮かべて、両手を左右に振る。
「ああ、違う違う! 何か危害を加えようって訳じゃないんだ! 実はオレ、さっきの店にいてさ、君たち、この街の『おやっさん』って呼ばれている人を良く知ってるんだろ?」
タテは、相手の意図が読み取れないため、どう対応しようかと内心焦っていた。
「うん! おじちゃん、知ってる!」
「おうっ! この街で知らない奴はいねぇよ! あんちゃん、さてはこの街来たばっかだな?」
「入学式の時とか凄かったよねー? わたしビックリしたもん」
すると、後ろに控えていた羽衣と、ケイシー、カズンが鼻息を荒くして答える。
「いや、実はそうなんだ。この街に来たばっかで、その『おやっさん』って人の話をチラチラ聞くんだけど。色々信じられない話ばかりでさ……良く知っている人に、その『おやっさん』がどんな人なのか聞いてみたかったんだ! いきなりで悪いんだけど、ちょっと教えてくれないかな?」
そう言うと、青年は頭を下げてくる。タテは素性の知れない相手に喋って良いものかどうか迷い、今にも喋り出しそうな羽衣とケイシーとカズンを押さえている――
「駄目かな……? どんな武勇伝があるとか、どんなに素晴らしい人物なのかとか……さ?」
そこまでだった……父上の武勇伝や素晴らしさを聞きたいとあっては、タテももう黙ってはいられなかった。
――気付けば、日は傾き、羽衣は既に船を漕いでいる。ケイシーとカズンに至っては「先に帰る」と言って既にこの場にいない。
「いやあ、ありがとう。参考になったよ」
そう言うと、青年は立ち去って行った。
「…………はっ!」
気付けばタテはラッコ退治から入学式の決闘まで、椎野の事を話し尽してしまっていた。
「うみゅ……タテちゃん終わったー?」
「姫……はい……」
「もう! ういもおじちゃんの自慢したかったのに! 全部タテちゃんが喋っちゃうんだもん!」
タテは自分の迂闊さを悔いていたが、羽衣はタテが、ちゃんと全部話したのを確認すると「これでおじちゃんの凄いの、分かってくれたよね!」と言って喜んでいた。
翌日――
「はーい、みんな集まったかなーん? それじゃあ、今から出発しますけど、その前に、もう一回説明するわねーん」
リエミルバ先生は子供達の顔を確認すると、見送りに来ている保護者向けに改めて遠足の概要を説明する。
「今日はジーウの森を少し越えた場所にあるキャンプ場まで行きます。そこで、バーベキューをした後にレクリエーションして、お片付けして帰ります」
そこまで説明すると、保護者から質問の手が上がる。
「ジーウの森を通るって、大丈夫ですか?」
「はい、もちろんそこは懸案事項でしたので、今回は騎士団とギルドに依頼を出して護衛をして貰う事になっています。念の為に、ジーウの森にも事前調査を出していますので安心して下さいん」
それを聞いて、保護者達も少し安堵した様でそこかしこから、「良かった」との呟きが上がる。
そうして、保護者に送り出され、遠足は開始した。
道中は二、三チーム単位で馬車が割り当てられ、それぞれの馬車に四、五名の護衛が付く形となった。
羽衣達のチームが馬車内ではしゃいでいると、護衛の一人が羽衣達に近付いてくる。
「やあ、昨日はどうも……えっと、羽衣ちゃんに、タテ君……だったかな?」
そこには、昨日出会った冒険者の青年がいた。青年はどうやら、この護衛依頼を受けたらしく、偶然にも羽衣達のチームの担当になったとの事だった。
「あら……? 羽衣ちゃん達、その人と知り合いなの?」
青年と羽衣達が「よろしく」と挨拶をしていると、同じく羽衣達の馬車担当の護衛となったダリーが声を掛けてきた。
タテが昨日の事をダリーに説明すると、ダリーも青年に「よろしく」と挨拶を交わす。
「タテ君、安心して良いのよ? この人は結構有名な冒険者の方なのよ?」
タテが昨日、椎野の情報を迂闊に漏らしてしまったと気にしているのを知ったダリーはそう言って、慰めてくる。
「そうなんですか?」
「えぇ、何だっけ……? 又聞きで詳しい事は知らないけど、大量の魔獣の群れから、最小限の犠牲で村を守ったとか、強力な変異種と戦って仲間の仇を討ったとか……?」
「いや、そんな大した者じゃありませんよ」
ダリーの話を聞いていた青年は、照れ臭そうに頭を掻きながら「困ったなあ」と呟く。
そんな会話をしながら、一行の乗る馬車はジーウの森に差し掛かっていた。
――ジーウの森の奥の奥。
「アヌラアゲオボ、アギアナヘデラ……イオイノノコ?」
木の上で休んでいたソレは、森に近付くいつか嗅いだ覚えのある匂いに気付いた。
「……アクリメッチイニモウスオイソクス」
そして、そのまま木の枝を飛び移りながら、その匂いの元を確認するべく、行動を開始した――
数話ほど、閑話状態になります。申し訳ありません。




