暴走リーマン
遅くなりました、続きです、よろしくお願い致します。
あれ? 俺は……何してたんだっけ?
『先輩……業務連絡です……あそこの魔獣を……一人で……狩って……下さい』
ああ、そうか後輩と通信……してたんだっけ? あれ? そうだっけ?
「って言うか、一人で魔獣狩りとか……無茶ぶり過ぎないか?」
『社長……命令……です……』
ああ……社長命令なら……仕方ない、のか? そうだっけ? 何か、考えるのが面倒臭い……やれるだけ、やってみるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……粉砕を……」
ツチノっちは、浮かべたギルドカードをちらっと見ると、「やってみるか……」と呟いてる。
魚はチョウチンをふりふり振って、ツチノっちの方を向いて固まってる。
「椎野さん……」
愛里ちゃんが泣きながら、ツチノっちを見ているけど、大丈夫! オレ達はもうあれの戻し方知ってるし?
「愛里ちゃん、大丈夫だって! もうあんなもん屁でもねぇっつうの!」
「そうそう、取り敢えず、おじさんを思いっ切りぶん殴っておけばいいのよ!」
オレと悠莉ちゃんの言った事を聞いて、愛里ちゃんとミッチーは自分たちの頭を押さえて、オレ達の方を睨んでくる。
「さ、さっさと、ツチノっちを元に戻そうぜ?」
「そうそう、愛姉もおじさんを思いっ切り叩くチャンスよ?」
オレと悠莉ちゃんは慌てて話をそらす。
「そう、ですね……良い機会ですし」
「自分は、フォローに回らせて貰います……流石におやっさんに手をあげるのは、自分には無理ッス」
「うちも参加させて頂きたいどすな。たまには旦那さんに、痛い目に会うて頂かないと……」
皆、結構乗り気な様で一安心! てか、ツチノっち……皆のストレス解消の道具扱いだぜ?
「よしっ! んな訳でツチノっち! 後で文句言うなよ?」
オレ達は一斉にツチノっちに向かって走り出す! 早い者勝ちってやつ?
――ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!
「「「「「痛っ!」」」」」
オレ達が前に進むと、いつの間にか目の前に見えない壁がある……いや、ホントいつの間にこんなん作ったのよ?
「痛ぅ……忘れてた……おじさん相手にするって、かなりイライラするって事じゃん!」
「自分、ちょっとおやっさんを殴りたくなりました……」
「うぅ……こんなのも新鮮で良いかも……」
「厄介と言うか、姑息と言うか……我が主もって、ほんまに、ほんまにもうっ!」
「これ、下手に突っ込んじゃダメって事かよ? なら、電気ショックでも喰らわしゃ良いんじゃネ?」
「あ、サッチーはん! あきまへん!」
オレはちょっくら弱めの電撃をツチノっちに向けて撃つ。
「……『リーマン流……畳返し』!」
ツチノっちが呟くと、ツチノっちの前にカードが何枚か集まる。そしてそのまんま、オレの電撃を受け止めると、いつの間にか周りに散らばったカードにガンガン反射していく――ってかやばくね?
「「キャァァアァァァ!」」
「ウガァァァ!」
「やべっ! 吸え! 『吸魔』!」
オレは咄嗟に電撃を吸収したけど、他の三人はまともに喰らっちまった……
「ありゃ? ハオカちゃんは大丈夫なん?」
「幸い、うちには雷は効きまへんから。そやけども、ほんまに厄介な……」
オレの電撃を跳ね返したツチノっちは、表情を変えずに更にギルドカードを増やしてやがる……
「おじさんに攻撃力が無いのが、唯一の救いよね……」
「……あ、しもた……」
ツチノっちは更にカードを増やして、フワフワと浮かべていたけど、少し首を傾げた後、オレ達の方を見始めた。
「どうしたんですか? ハオカさん」
「いや、あんな、うちと旦那さんで、新技開発したではおまへんか? あれ、未完成でパーティ戦では使えへんから封印しとったんやけども……旦那さんの性格を考えると、多分、一人で魔獣に立ち向こうとると錯覚しとる今の状況なら……」
――カッ
「練習がてらに使こうてくるんやないかなと思ったんやけど」
ハオカちゃんが言い終わるとほぼ同時にカードが一枚飛んできた。
「け、剣が……」
カードはミッチーの剣に当たると、そのまま剣の先っちょを斬っちまいやがった……
「………………やばくね?」
オレが冷や汗ダラダラ流してると、何か納得いかなかったのか、ツチノっちが「何か違うなー」とか言いながら、バンバンカードを飛ばし始めた……
「こらあかん! 皆はん、後ろに下がって!」
そう言うとハオカちゃんはオレ達の前に出て、一杯雷を落とし始める。雷に打たれたカードは地面に落ちたけど、そのまんま、地面を滑ってこっちに来る。
「うぉぉぉぉ、怖ぇぇぇ!」
オレは慌てて、スキルで皆の前の地面を盛り上げて、足元のカードを弾く。
弾かれたカードは、クルクル回って地面に落ちて、漸く止まってくれた……
「はぁはぁはぁ……」
「おやっさん……もう、勘弁ッス」
オレとミッチーは大分息が上がってる。悠莉ちゃん、愛里ちゃんはまだまだ体力ある感じだけど、ハオカちゃんも疲れてるっぽいし。
「これ……当ったら、本っ当に『必殺』よね……」
「へー、同じ事を後輩はんも言うてましたね」
しっかし、どうすんだ? これ……
「ツチノっちに衝撃与えるどころか……近付けもしねぇって、やっぱり、ツチノっちって戦闘職なんじゃない?」
でねぇと納得いかねぇ!
「あたしも、そう思う……王都戻ったら絶対調べて貰おう!」
「ああ、クソッ! これがオレ達相手じゃなくて、魔獣相手だったら、羽衣も喜ぶだろうけどよ……」
「あの子なら、それでも喜びそうッスけど」
「「「「確かに!」」」」
ツチノっちは、この間も仕掛けてくることはせずに、何かうんうん唸ってる……何してんだ?
「あ、おじさんのあの空気は……碌な事考えてない感じよ! 皆気を付けて!」
悠莉ちゃんがオレ達に注意してくる。
その言葉にオレ達が警戒していると、ツチノっちはまたカードを増やして、何か集中し始めた。
「今、突っ込んだらいけるんじゃネ?」
「いえ、多分、色々と罠が張ってると思います。椎野さん、そう言うの大好きですから……」
愛里ちゃんが前に出ようとするオレ達を止める。すると、ツチノっちがこっちに意識を戻したみたいだった……
「……『リーマン流……千羽鶴』!」
次の瞬間、ツチノっちは大量のカードを折り紙の様に組み合わせて鶴を作った――何で鶴?
「あかん、あかん! サッチーはん! さっきみたいに、土盛り上げて、壁作って!」
オレは慌てて土壁を作る。
「もう二、三枚!」
言われるがままに、作る――
――ザッザッザッ
「ハオカちゃん、これで良い……ん? 何か音がする」
「ふせて!」
ハオカちゃんの合図で、オレ達はその場にしゃがみ込む。すると、さっきまでオレの頭があった辺りを鶴が通っていく……
「ダリーちゃん……もう、オレ帰りたい」
「手詰まり……ですね」
オレと愛里ちゃんは力が抜けてその場にへたり込む。
「もうっ! こうなったら、強行突破よ!」
イライラが限界っぽい悠莉ちゃんが、ツチノっちに向かって指差す!
「見てなさい、おじさん! 思いっ切りぶん殴ってあげるから!」
「ひぃっ!」
悠莉ちゃんが叫んだ瞬間、何か、ツチノっちが怖がってうずくまった様な……
気のせいか? でも、ツチノっち、頭抱えてるし。
オレがそう思っていると、ツチノっちの後ろで魚がチョウチンをふりふりする。すると、ツチノっちは頭をぶんぶんと振って立ち上がる。
「悠莉ちゃん……今……」
「うん、愛姉、もしかしたら、わざわざ殴んなくても良いのかも……」
そう呟くと、悠莉ちゃんは、愛里ちゃん、ハオカちゃんと三人で円陣組んで何かブツブツ言ってる。
「ミッチー、サッチー、ちょっとおじさん見てて!」
「うっす!」
「おぅ!」
何か、女子で対策練ってるっぽい。オレとミッチーは大人しくツチノっちの様子を見ている事にした。
ツチノっちは、またうんうん唸ってる……まだ何か試す気かよ……?
暫く唸ってたツチノっちは「よし」とまた、何か思いついたみたいだ……
「何か、おやっさんがまた碌でも無い事思いついたッぽいッス」
「「「えっ、また?」」」
女子たちが、もうウンザリと言った感じで、こっちに戻ってくると、ツチノっちはまたカードを一杯浮かせてる。
やがて、ツチノっちの周りのカードがクルクルとUFOみたいに回り始めると、ハオカちゃんが顔を真っ青にしていた。
「悠莉はん! 考えてる時間はもうあらしまへん!」
「了解! 突っ込むわ! 愛姉! お願い!」
「うん、頑張って! 悠莉ちゃん!」
悠莉ちゃんは、そう言うと愛里ちゃんから強化スキルを掛けて貰った。
「じゃあ、おじさん、覚悟して!」
悠莉ちゃんは、一気にダッシュすると、拳を前に突き出して、見えない壁を突き破りつつ進む。
おお、これいけるんじゃね?
すると、ツチノっちは慌ててUFOみたいにしたカードを悠莉ちゃんに向けて放つ――
「っ! おじさん! いい加減に!」
悠莉ちゃんが泣きそうな声で叫んでる。ツチノっちの顔は表情の変化が分からない……
「っもう! 『銅龍の系譜』!」
そのままだと、カードを避けきれないと思ったのか、悠莉ちゃんが靴とガードを外し、スカートの裾を捲り上げる。
「――っ!」
あれ? 今、カードの動きが少し止まってなかった?
「……旦那さん……」
「今……動き止まって無かったッスか?」
「もしかして……ツチノっち、悠莉ちゃんの涙に反応して……?」
オレとミッチーはハッとして、ツチノっちを見る。
ツチノっちは暫く、悠莉ちゃんの方を見ていたが、やがて「チッ!」と呟いて、再びカードを動かし始める――
「もしかして、皆で呼びかければ、正気に戻るんじゃね?」
「そうッスよ、おやっさんなら! きっと!」
オレとミッチーは、必死でツチノっちに声を掛ける、ツチノっちは暫くオレ達を見つめていたかと思うと――
――ヒュッ!
カードを投げつけてきた……
「「何で!」」
くそ、まだ諦めねぇぞ! オレ達がもう一回、声を掛けようとするとハオカちゃんがそれを止める。
「ハオカちゃん! 何で、止めるんだよ?」
「いえ、その……お二人にはえらい申し訳無いんやけど……」
気まずそうにオレ達をチラリと見ると、ハオカちゃんは「はぁ」とため息をついて、ツチノっちを見ると、半纏の裾を捲ってツチノっちにチラリと足を見せる。
その瞬間、オレ達にもう一度カードを投げようとしたツチノっちの動きが一瞬止まる……
「……悠莉はん、お願いしますえ?」
「……うん……」
頷くと、悠莉ちゃんはツチノっちに疲れた顔をして向き合う。いつの間にか、愛里ちゃんも、悠莉ちゃんの傍に立っている。
「お、おじさん! も、もし正気に戻ってくれたら……あ、あたしが良いコトしてあげりゅ!」
――ピクッ
ツチノっちが、何かに捕まれたようにピタリと止まる。
「わ、私も、い、良いコトしてあげましゅい!」
――ピクピクッ
おお、ツチノっちが震えている!
「ええです、もうひと押しや!」
「サッチー、自分、もう帰って良いッスか?」
「……オレも一緒に良い?」
オレ達がぼやいてると、向こうは止めの一押しに入っているみたいだ。
「よし、愛姉……止めの、の、悩殺ポーズいくよ!」
「う、うん、悠莉ちゃん、せーのでいくよ? せーのっ!」
「「ウ、ウッフーン」」
悠莉ちゃんと愛里ちゃんは揃って、右手を頭に、左手を腰に当て、腰を捻りポーズを取る……
「…………」
「「…………」」
「……………………………………」
「「……………………………………」」
長い沈黙の後、ツチノっちはニコリと爽やかに笑い――
「なめるなぁ!」
叫ぶと同時に、大量のカードを浮かべる。
「……まあ、仕方ないよな?」
オレがミッチーに聞くと、ミッチーは鼻血を流しながら「そうッスね」と言ってた、いや、お前、それでいいの?
相変わらず、魚は何かチョウチン振ってるし、もしかして、動けねぇの? それなら、ツチノっちの壁を突破すりゃ、後は楽なんじゃねぇの?
「まあ、ともかく、一旦振り出しか?」
オレが諦めかけていると、今度はハオカちゃんが、悠莉ちゃん達と一緒に並び立つ……
「旦那さん……これが最後どす……」
そう言うと、ハオカちゃんはツチノっちを睨みつけた――




