リーマン・ショック
続きです、よろしくお願い致します。
「ピギィ……?」
変異した、チョウチンアンコウの魔獣――水晶アンコウは変異したばかりの自分の手を開いたり閉じたりして、不思議そうにその手を見つめていた。やがて、足を片方ずつ、上げたり下げたりした後に、ジャンプしてその感触を確かめている様だった。
「ピギ」
やがて水晶アンコウは動きを止め、その白く濁った眼でこちらを観察する様に見始める。
そして、その手を広げ前に突き出し、未だ混乱の中にある悠莉ちゃん達に手のひらを向ける。
「ッ! 『塗り壁』!」
俺は咄嗟に、悠莉ちゃん達の前に壁を展開する。次の瞬間、水晶アンコウの手の平から、紅色の水が噴き出し、洪水となって押し寄せてくる――
「くそ、一層じゃ足りないか」
壁が破られそうなのを確認すると、俺は慌てて二層目、三層目、四層目と壁を展開していく。五層目を展開しようとした所で漸く、洪水が消えてくれた。
「今のうちに、調査隊の人達はこの部屋から退避して! ハオカ、サッチー、俺と一緒に時間稼ぎするぞ! 悠莉、愛里、ミッチーは調査隊の人達の退避を補助して!」
「「「「「了解」」」」」
「どうも。薬屋 椎野です。よろしくお願いします」
皆に指示を出すと、俺は水晶アンコウに向かって『名刺交換』を発動する。
「ピ、ピギギギギ……?」
水晶アンコウは背筋を伸ばしたまま、その動きを拘束されている様で、その鳴き声を聞く限りは何が起こったかわからずに混乱している様だった。
「いきますえ? 『祭囃子』!」
「ツチノっち、ナイス! 開け! 『地獄の窯』!」
サッチーの炎とハオカの朱雷が水晶アンコウに襲い掛かる。
水晶アンコウは朱雷によってその鱗が焼け焦げ、剥がれ落ちていくが、続く炎を喰らった際に変化が訪れた。
炎をその身に喰らった水晶アンコウは、「ピギ」と鳴き声を上げると、嬉しそうにその炎を口から吸い込み始める――すると、焼け焦げていたその身から鱗が再生し、心なしか先ほどよりも力強く輝いている様だった。
「炎を……吸収しているのか?」
どうやら、水晶アンコウは炎を糧として吸収出来る様だ。雷は効いてるみたいだが……
「おじさん! 皆、逃がし終わったよ!」
水晶アンコウの生態が一つ判明したところで、悠莉ちゃんが俺の傍に駆け寄ってきた。
「ああ、お疲れ様。皆、このまま戦闘になりそうだけど、大丈夫?」
俺の問い掛けに、皆が「もちろん」と頷いてくれる。
「じゃあ、始めるか! 俺は『門』を人数分展開するから、愛里さんはそれに合わせて強化フォーメーションを展開、悠莉ちゃんとミッチーは『門』を潜ったら、水晶アンコウに近接で攻撃、ハオカとサッチーも『門』を潜ったら援護射撃開始。それと、皆炎を使う様なスキルは禁止で」
俺は皆に、ざっくりとした指示を出すと、ギルドカードで『門』を作る。愛里さんがそれに強化スキルを施し、皆それぞれに、それらの『門』を潜る。
「うりゃ!」
「セイッ!」
前衛二人が水晶アンコウの相手をする間に、ハオカとサッチーが力を込めて雷撃を放つ。
「ピッピギィ!」
それら全ての攻撃を喰らった水晶アンコウは再び、壁に向かって吹き飛ばされていく――
「何か、ラッコとかトカゲと比べると、弱い……?」
悠莉ちゃんが首を傾げながら、水晶アンコウが飛んでいった壁を見ている。
「悠莉ちゃん……油断は厳禁ッスよ」
ミッチーが悠莉ちゃんを窘め、壁を指差すとそこにはやはり、水晶アンコウが立っていた。
水晶アンコウは、フラフラとした足取りでこちらに向かってきている。
これは、本当に弱い……のか?
水晶アンコウは、少し歩くと、ピタリとその歩みを止め、弱々しく「ピギィ」と鳴く……そして、こちらを睨み付けると、その頭上のチョウチンがピコピコと青い光で点滅し始めた。
「旦那さん! あれを見てはいけません!」
いきなりハオカが俺に抱き着き、その肉体で俺の顔を覆う。
「――っ! ぷはっ! 何すんだ、ハオ、カ……?」
流石に息苦しくなった俺がハオカを引きはがすと、愛里さんがその手から、スキルを放ち、水晶アンコウに癒しを与えている光景が目に入ってくる……
「え、何やってんだ! 愛里!」
俺が叫ぶと愛里さんは「椎野さん、今助けますから……」とブツブツ呟いている。
「セイッ!」
「危ない!」
俺が混乱していると、今度はミッチーが俺に向かって剣を振り下ろして来る。そして、ハオカはそれを防ぐと、俺に向かって言った。
「どうやら、あのお魚の頭の光を見ると、けったいな幻覚にやられてしまうみたいどす。無事に正気を保ってるんはうちと、うちがかばった旦那さんと、それと……」
「俺だな。縛れ! 『大地の抱擁』!」
俺達に攻撃を仕掛け様としている悠莉ちゃんとミッチー、ついでに愛里さんを、スキルの鎖で縛り付けると、サッチーが二カッと笑って俺の前に出てきた。
「おお、サンキュー、サッチー、助かった」
「いや、良いって事よ! それより、ツチノっち、これからどうしよう?」
さっちーは、俺を咄嗟に助けた時とは打って変わって、縛り上げられている悠莉ちゃん達を差して、オロオロと狼狽えている。
「まずは、皆を正気に戻さなきゃ……だな」
さっきは水晶アンコウを吹き飛ばしたら、正気に戻ったんだっけ?
「サッチー、ハオカ、まずは、アイツを吹っ飛ばせ!」
俺の合図で二人は雷撃を放つ、すると、鎖で縛られていた悠莉ちゃんが、拳のナックルガードを外し、靴を脱ぎ捨てた――
「不味い! サッチー、ハオカ! 急げ――「『銅龍の系譜』」」
その瞬間、悠莉ちゃんから、ピンクゴールドの光りが湧き出す。
悠莉ちゃんは自らを縛るスキルの鎖を引き千切り、そのままサッチー達に向かって突撃していく――
「おじさんはやらせない!」
走りながら悠莉ちゃんはそう叫び、拳に力を込めていく。あの魚野郎……絶対痛い目見せてやる! そう考えながら、俺は叫ぶ!
「『塗り壁』!」
――ゴンッ
「ピギィィィィィィ!」
「椎野さん!」
「おやっさん!」
水晶アンコウに雷撃が直撃すると、愛里さんとミッチーが、顔をくしゃくしゃにして叫ぶ。これ、反応に困るな……
一方、壁に激突した悠莉ちゃんはその場に蹲り、両手で顔を押さえている。そして、そのまま立ち上がると、俺を物凄い形相で睨み付けてきた。
「――っ! 痛いじゃない! 何すんのよ、おじさん!」
俺の所にやって来た悠莉ちゃんは、頭を押さえながら、俺の腹を殴って来た――――
「ゴハァッ! ゆ、悠莉ちゃん……正気に……戻った?」
「え、あれ……? あたし、何してたんだっけ?」
「覚えてないのか……でも、良かった……」
どうやら、途中の記憶はないみたいだ。
俺は状況を軽く説明すると、悠莉ちゃんの頭を撫でながら、一言謝っておく……後が怖いしな。
「ふぇぁぁ……? うん、まあ、ね? そう言う事なら、しょうがないわね! 許してあげる!」
「でも、ツチノっち、これで皆にショック与えても正気に戻せるみたいじゃん!」
「そうだな……」
俺はギルドカードを組み合わせて、即興のハンマーを作り上げる。それを悠莉ちゃんとサッチーに持たせ――
「じゃあ、これで、よろしく!」
丸投げしてみた。
「おじさん……?」
「い、いや、俺じゃあ相手の勢いを利用しないと強い衝撃を与えられないからさ……」
俺は冷や汗を流しながら、そう言い訳する。
「それに……」
「ピギィィィィィィ」
水晶アンコウが立ち上がる、その傷は既に癒えている。どうやら、愛里さんは縛られていてもスキルを使えた様だ……
俺はハオカに目で合図して、水晶アンコウを雷の檻に閉じ込める。
「俺とハオカで、押さえてるから」
個人的に、一回アレを殴りたいからとは言わずに、皆に後を任せる。
「よし、行くぞ! ハオカ!」
「はいな!」
俺とハオカは、水晶アンコウに向かって攻撃を開始する――と言っても、基本的にハオカの朱雷を俺が誘導する形だが。
悠莉ちゃん達は、ピコピコと愛里さん達の頭をハンマーで叩いているが、加減が分からず、少しずつ叩く力を強めていると言った感じだ。
「しかし、コイツ……ホントに俺でも戦えそうな位、弱いな」
弱いと言うか、今までの変異種と違って迫力がないと言うか。
もしかして、今までの変異種が異常だったのか? 王都に戻ったらその辺の事を調べてみるかな……?
そんな事を考えていたせいか、俺は水晶アンコウに焦点を合わせて、ぼうっとしてしまっていた。
「旦那さん! あきまへん!」
ハオカが叫んだ時には、もう水晶アンコウのチョウチンは俺の目の前で青く光り輝いていた――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、れ? 悠莉ちゃん……?」
「自分は……一体?」
愛里ちゃんとミッチーは、頭を押さえて漸く悪夢から戻って来たみたいだ……
「気が付いた? 二人供、あの魚に可笑しくされてたんだよ?」
「そうだぜ? 何やかんやでオレらが正気に戻したけどよ?」
オレと悠莉ちゃんは、後ろにツチノっち印のハンマーを隠しながら、二人に声を掛ける。
その時だった――
「旦那さん! あきまへん!」
ハオカちゃんが大きな声で、泣き叫んでいる。
「っ! まさか、おじさん?」
悠莉ちゃんが声のする方を見ると、魚はヘラヘラ笑って突っ立ってる様に見えるけど、その魚の前にツチノっちが立って、それに向かい合ってハオカちゃんが突っ立ってる。
「……業務連絡……了……解」
ツチノっちは何かをブツブツ呟いてたけど、次の瞬間、大量のギルドカードを自分と魚の周りに浮かべて、煙草を吸い始め――
「……粉砕を……」
そう呟いて、ゆっくりとオレ達の方に歩いて来た。




