イリシウム
続きです、よろしくお願い致します。
「おお、遺跡っぽい……」
遺跡まで到着した俺は、森の奥にひっそりと佇む遺跡を眺め、感嘆の声を上げる。
この遺跡自体は昔から存在は知られているものの、未だ特定の名称を付けられておらず、観光地として整備された際に名称を公募する事になっているらしい。
俺は改めて、遺跡を見渡す……遺跡はパッと見、神殿や寺院で有るかのような印象を受ける。恐らく本殿である建物を中心に、崩れてはいるが四重の壁が存在している。それが儀式的な物なのか、外敵に備えた物かは分からないが、頑丈な壁であり、崩れてしまったのは単純に風化によるものと想像できる。
「「綺麗……」」
愛里さんは、遺跡の醸し出す荘厳な空気に呑まれているようで、口を開けてポカンとしている。悠莉ちゃんも同じ感想を呟いていたが、こちらはちゃっかり記念写真を撮っている。
「旦那さん、こっちに調査隊のキャンプがありますよ?」
ハオカが手招きしているので、近づいてみるとキャンプの中で、調査隊らしき人達が昼寝していた。
「すいません、ちょっと宜しいですか?」
俺はキャンプの中を覗き込みながら、声を掛けてみる。すると、一人の男性が少し眠たそうに出てきた。
「ふぁ……えっと、どなた?」
「あ、すいません、私はギルドで遺跡調査の依頼を受注した者なんですが……」
俺がそう言うと、男性は俺達の到着を心待ちにしていたらしく、キャンプの中に招き入れ、お茶を出してくれた。
「この度は依頼を受けて頂いてありがとうございます。折角、遺跡の隠し階段を見つけたのに、誰も調査依頼を受けてくれなくて。ずっと交代で待機していたんですよ……」
どうやら、遺跡調査には色々と決まりがあり、今回の様に新しい場所などを調査する際には、事前に戦闘力のある者によるマッピングが必須となるらしい。
俺達は調査隊の人達と雑談を交えながら、隠し部屋調査の手順や、危険個所の判断基準、魔獣に対しての哨戒ローテーションなどを確認していく。
一通りの段取りが終わった後、到着したばかりで疲れているだろうと配慮して貰い、俺達は少し休憩させて貰う事となった。
「そう言えば、おじさん。『修行』って結局、何やったの? やっぱり、気になる」
悠莉ちゃんが「教えてよ」と俺の肩をグイグイ引っ張る。
「別に隠すほどでもないんだけどな……? まだ、上手く使いこなせないから微妙なんだよ」
俺がそう言うと、隣にいたハオカが何度も首を縦に振り頷く。
「それなら、皆で考えれば何か良いアドバイス出てくるんじゃ無いッスか?」
ミッチーも興味がある様で、「見せて下さい」と言ってくる。それに釣られるように愛里さんもサッチーも寄ってくる。
仕方なく俺は少し離れた場所にある木を標的に見立てて、新技の練習を披露する事にした。
俺は、カードをギリギリ――百分の一ミリ位まで薄くし、続いてカードの硬度を十五度位に、靭性値を十位にと念じる。そして、その状態のカードを宙に浮かべる。最後に、カードの摩擦係数を限りなく零に近づける。
「問題は、ここからなんだよな……」
俺は準備の整ったカードを木に向かって投げつける。
「あっ! 旦那さん! 消して!」
投げたカードは木にぶつかったかと思うと、そのまま木の幹を撫でる様に上に向かって滑っていく。そして、進路上にある枝を根こそぎ切り落とした所で俺は慌ててカードを消す。
「……ツチノっち、どういう事?」
サッチーは、俺が何をしたかったのか分からないと説明を求めてくる。木の側面を丸禿げにしてしまった俺は、皆と視線を合わせられないまま口を開く。
「いや、俺もいい加減、攻撃力が欲しくてさ……後輩に相談してみたんだよ。だからさ――」
俺は皆にポツポツと説明を開始する――
あの時、俺と後輩――主に後輩は、カードの攻撃力アップ方法を模索していた。その結果、後輩はカードが『名刺大』であれば良いと言う所に目を付けた。つまりはカード自体の刃物化と言う事らしい。当然と言えば当然だが、流石にそれ位は俺も考え付いていたので、以前から試していた。そう後輩に告げると。
『先輩、ただ単にカードを硬くするとかじゃありませんよね?』
そう図星を付かれ、その後は罵倒され続けた。後輩が言うには、刃物の切れ味を上げるためには大雑把に言うと、刃物と切断対象との間にある摩擦を少なくすれば良いとの事だった。
そんな訳で最初は、摩擦係数を少なくして的に斬りつけようとしたが、カードを持った瞬間に手元から滑り出し、持つことが出来なかった。その結果、宙に浮かべるスタイルとなった。
次に、宙に浮かべたカードを操作して的に斬りつけようとしたが、先程皆に見られた様に、滑って思わぬところを切断したり、上手く刺さってもカード自体が割れたりと言う結果を出してしまった。
そして、その後、硬度を上げたり靭性を上げたりした結果、現在の状態にまで漕ぎつけた。しかし、対象に対して垂直に刃を立てると言う事がどうしても出来ないため完成には至っていない。
そこまで話すと、愛里さんが手を挙げて質問のポーズを取っている。
「はい、愛里さん」
「あの……切れ味を上げるんでしたら、超音波メスみたいに出来なかったんでしょうか?」
「それも考えたんだけどさ、後輩が言うには、『超音波メスはそもそも、超音波でメスと切断対象の間の摩擦を少なくする方法らしいですから、それなら最初から摩擦係数を少なくしちゃえば良いじゃないですか』だそうです」
そもそも超音波の出し方とか、俺知らないし。摩擦係数にしても、やってみたら意外と出来たから、もしかしたら、出来るかもしれないけど……
すると、今度はミッチーが手を挙げる。
「はい、ミッチー君」
「うっす、刃を薄くするのが良いなら昔のSF小説とかであった単分子って奴は使えないんスか?」
「うん、それも言ってみたんだけどさ、後輩曰く『単分子? 先輩は使う本人の目でもどこにあるか見えない武器を制御できる自信ありますか?』って言われて却下された」
まあ、結局今の方法でも制御できてないんだけどさ。
「因みに、余りにも上手く出来ないから、騎士団の訓練所で数撃てば当たるだろって思ってやったらさ……」
俺がそこまで言うと、ハオカがその時の事を思い出したのか、ブルブルっと身震いする。
「アレはちょいした惨劇どした。あっちゃこっちゃ滑って乱反射しはる切れ味抜群の小さな刃……正直、死人が出んかったのが奇跡どす」
そしてその直後、事務長さんに見つかり土下座させられたと言う訳だ。
「おじさんって、碌な技開発しないよね?」
「ぐぁっ!」
悠莉ちゃんにバッサリ切られ、俺は思わず唸ってしまった。やっぱり、そう思われてたんだ……
俺が落ち込むのを見た愛里さんは必死に慰めようとしてくれるが、「見てて面白い」だの「一発芸みたい」だのは、決して技に対する褒め言葉ではないと思うんだよ。
「ま、まあ、そんな訳でこの技は未完成かつ集団戦闘では使用出来ないんだよ」
俺は気を取り直して皆にそう説明する。皆は「使用できなくて正解だ」と言いたそうな顔をしていた。くそ、絶対完成させてやる!
その後、休憩を終えた俺達は遺跡本殿の入り口に立っていた。
隠し部屋調査は、明日本格的に行うため、今日の所は調査済みエリアの危険個所チェックのみ実施した。
そんなに大きな遺跡ではない上に、三班に分かれて作業を実施したのだが、それでもチェックが完了したのは日が暮れた後だった。
遺跡調査一日目はそんな感じで終了した。
――明けて翌日
「さて、それだはいよいよ隠し部屋の調査をお願いします」
調査隊の人々に見送られ、俺達は隠し階段から地下の通路に降りていく。
地下通路は思ったよりも広く、明るかったが、流石に遺跡と言うだけあってちょっとかび臭い。俺は皆を集めて、現在地の確認を実施する。
「多分、遺跡の上で言うと今、この辺だよな」
そう言って、地図上の本殿辺りを指差す。皆が頷くのを確認すると、俺は静かに注意する。
「もしかしたら、罠とかあるかもしれないから、足元は慎重に照らしながら進もう」
暗い通路の中、俺達は細心の注意を払って少しずつ進む。罠が発動していない場合も、場所の情報は必要であるため、上下左右をよく確認しながら進む。
この地下通路、脇道や部屋がある訳でも無く、只管まっすぐ作られている様だ。何だろう? ただの墓とかなのか? そんな事を考えてふと足元を見る――
「うわっ」
でっかい虫に驚き、思わず後ずさる。
――シャキン
その時、俺の頭のすぐ後ろで金属音が聞こえてきた。
俺がそっと振り向くとそこには、天井からぶら下がり、振り子運動を続ける大きな鎌があった。
「え……? 罠?」
「今まで発動しなかったのに? 何でいきなり……」
愛里さんと悠莉ちゃんが、不安そうな顔を浮かべる。俺はその罠を少し観察する。今まで、発動する素振りすら見せなかった罠が発動する? スイッチらしき物は無かったが、何が切っ掛けだ?
暫く考え込んだ後、ふと思い付きを試してみる事にした。
俺は足元にあった小石を、俺達が来た道に向けて放り投げる。
――シャキン、ゴシャ、バタン
小石が通路を通過するのに合わせて、次々と罠が発動する。
「何だ、コレ? ツチノっち、コレって罠が故障してんの?」
「サッチー、多分違うッス……」
「そうどすなぁ」
ミッチーとハオカは何か察したようで、俺の方を向いて頷く。
「多分、この罠は中にいるものが外に出ない様にする為のモノだと思う」
俺は皆にそう告げる。
「侵入者を逃がさないって事ですか?」
愛里さんの質問に、「分からん」と答え、話を続ける。
「今俺が考えている可能性は二つ、まずは今、愛里さんが言った様に、侵入者を逃がさない様にする為の罠。もう一つはこの遺跡に有るモノを外に出さない様にする為の罠」
俺は指折り皆に説明していく。
「どちらにしても、俺達は進むしかない。多分だけど、こう言う罠の場合、仕掛けた人が間違って引っ掛かった時の為に、緊急措置が用意されていると思うんだ」
俺はそのまま、皆に警戒して進む様に注意する。
それから、小一時間ほど歩いただろうか。通路の先に僅かに青い光が見える。
「外に繋がっているかも!」
俺がそう言うと、皆は用心しながらもさっさと前に進む。やがて、俺達は通路の先の広い部屋に辿り着いた。青い光は錯覚などではなく、確かにこの部屋からこぼれ出していた様だ。
但し――
「アン、コウ……?」
光源は外では無く、青く光る――チョウチンアンコウを閉じ込めた水晶であったが……




