花見
続きです、よろしくお願いします。
屋敷から脱出した俺達は、少しの休憩を挟んでいた。
「さて、これからどうするかだが……」
ブロッドスキーさんは、俺達に三つの道を提案する。
一つ、このまま次の街に行き、調査隊の編成をギルドに依頼する。
二つ、前の村に戻り、様子を見る。
俺としては、次の街に行き援助を求めた方が良いと思うのだが……
「街を治める者としては、様子を見るためにも一度戻りたいのだが、駄目だろうか?」
「お気持ちは分かりますが……」
議長の願いにブロッドスキーさんは首を横に振り、難色を示す。
「し、しかし!」
「お、お父さん! 私もこの街を離れた方が良いかと思います……」
食い下がる議長をミトさんが宥める。
「お前は黙っていろ!」
その時、議長の様子が一変し、ミトさんを突き飛ばす。ミッチーは慌ててそれを受け止め、議長の顔を見て「自分の娘に何やってるっスか!」と一喝した。
ミトさんはミッチーに「良いんです」と言って立ち上がると、議長に「差し出がましい事を言ってすいません」と頭を下げた。
俺は暫くその様子を見ていたが、やがてふと思いついた事があり、ブロッドスキーさんに話しかける。
「ブロッドスキーさん……街に戻りましょう」
「……? どういうつもりだツチノ」
「ちょっと、考えがありまして……」
俺がそう言うと、ブロッドスキーさんに耳打ちをする。ブロッドスキーさんは暫く考え込んだ後、俺の提案を呑んでくれた。
街に戻る最中は気を紛らわすためにもたわいない話を続けた。
「……へぇ、じゃあ、ブロッドスキーさんもこの街に来るのは初めてなんですか?」
「ああ、そもそも滅多に自分の街を出る事が無いからな」
目の前にはもう、街が見えている……俺は、意を決してブロッドスキーさんに聞いてみる。
「今まで、この街の名前を聞いたことって……ありますか?」
「ん? ゴンガの街だろ?」
「いえ、そうでは無くてですね? ナキワオの街にいた時に聞いたことは?」
「ん? んん? ツチノ……そう言う事なのか?」
「え? おじさん、どういう事?」
そして、俺達は街に到着する。目の前には、街の住人達が群がっていた。
「皆……議長の名前、言えるか?」
「え? えっと……あれ?」
「ツチノっち、オレボケたのか?」
「おやっさん……! 冗談……ですよね?」
皆が首を傾げる中、ミッチーが顔をゆがませる。
「あ、ああ、あ、タスケテ」
俺達が動揺している中、住人の一人が俺達の目の前にやって来て、そして――その姿を消し、霧となった。
「霧に喰われたのか?」
「フシュゥゥゥ!」
俺達がその光景に目を奪われていると、議長が血相を変えて俺達を押しのけミトさんの手を引っ張り、住民を掻き分けて屋敷の方に戻っていく。
「ちっ! ツチノの予想通りか!」
ブロッドスキーさんはそう言うと、斧を構える。俺達もそれに合わせて、身構える。
「………………? 襲って来ない、のか?」
俺達が様子を見ていると、住人達の中の一人が前に出てくる、彼は、身体を震わせながら、こちらに助けを求める様に手を差し出し。
「た、助けて、下さい。もう、眠らセテ」
その瞬間、彼の身体が霧になる。そして、彼だった霧は再び、生物の形を取り始める……人でなく、四足の獣として。
「フシャァァァッ!」
「フンッ!」
襲い掛かって来た獣をブロッドスキーさんが斬り伏せる。しかし、斬り伏せられ霧散した獣は、再び集まり獣の形をとる。
「復活した?」
「またこの手の相手? トカゲっぽくないだけましだけど……」
愛里さんと悠莉ちゃんが、ウンザリと言った表情を浮かべる。
不死身……か、嫌でもウパ男を思い出すな、今更だけど、アレ復活したりしないよな……
「っと」
最近、考え込む癖がついて来てる、気を付けないとな。
「皆! 屋敷へ向かうぞ! ツチノ! 道を頼むぞ!」
ブロッドスキーさんの合図に合わせて、俺はギルドカードで空中に道を作る。
「道は崩して行くから、急いで!」
俺達は空の道を進みながら屋敷を目指す。
「おやっさん、ミトさんは大丈夫なんでしょうか……?」
ミッチーが縋る様に聞いて来るが、俺には「分からん」としか言えなかった。
「ブロッドスキーさん、どう考えますか?」
「恐らく魔獣の使う霧に操られているか、霧による擬態なんだろうが……前者なら獣化の、後者なら意志の存在が気にかかる……」
どうやら、精神操作の霧なら前例があるが、人を獣にするスキルは聞いたことが無い様だ。
「精神操作の効果は確実に持っていると思うのだが」
「そうなんですか?」
「ああ、俺達は今まで議長の名前を知らないことに何の疑問も感じていなかった……そして、俺は先ほどまで、スキルを使う事を忘れていたのだが君らはどうだ?」
ブロッドスキーさんのその言葉に俺達が首を傾げると、皆が何かに気付いたかの様に「あっ」と声を上げる。
その時丁度屋敷に到着したので、俺はギルドカードを取り出し、ハオカを呼び寄せる……
ハオカは顕現するなり、周囲を見渡すと俺を見て「ハア」とため息をつき、下駄を脱ぐ。
――グニッ!
「旦那さん? えらい長い間呼んでくれへんなと思っとったら、この状況は何どすか? 周りが幽霊だらけではおまへんか!」
「「「「「「幽霊?」」」」」」
俺を踏みつけながら、ハオカは「そうどす」と頷く。
「どのお人も皆、肉体と言うものがあらしまへん。所謂、魂とか精神とかそないな感じの人らばかりどす。恐らくはこの霧自体が魔獣で、それに操られとるんでしょう」
「つまり、何だ? この街の人は皆幽霊だから、精神操作に掛けられやすくて、肉体が無いから姿は自由自在と言う事か?」
俺が確認すると、ハオカが頷く……
「う、嘘だ! まさか……ミトさんが……」
今まで黙っていたミッチーが、話に耐えきれなくなった様でその場に崩れ落ちる。
「ミト言う子は、会うてへんので何とも言えませんが、少なくとも今、この辺りにいる人達に関しては残念もって、真実どす。うちは旦那さんから作られた式神どすから、ある意味では受肉した幽霊と言うてもええでしょう。そやし、分かりますえ。彼等には心はあっても体が無い……間違いなく幽霊どす」
ハオカの告げる言葉に、ミッチーは俯き歯を食いしばる。すると、俺達を追いかけて街の住人がやって来た。
「ふむ……試してみるか」
ブロッドスキーさんはそう言うと、俺達の後を追って来た住人の一人に斧を振るう。
ブロッドスキーさんの斧を喰らうと、その住人は霧にならずに光の粒となっていく。
「アアァ、アリがとう……」
その人はそう言うと、笑顔で消えていった。
ブロッドスキーさんにどういう事か聞いてみると、騎士団にそう言う鎮魂用の浄化スキルが伝わっているらしく、今まで練習や騎士団の葬式など以外では使った事は無かったが、試しにと使ってみたらしい。
「それは、私達にも使えますか?」
愛里さんの質問に、ブロッドスキーさんは「使える」と答えた、このスキルはお祈りの様なスキルであるらしく、武器を通して祈りをスキルとして発動するだけらしい。ブロッドスキーさんは、「成仏しろ!」と祈りを込めて武器を振るった様だ。
しかし、このスキルは使う人の祈りの強さが発動に関連するらしく、サッチーと悠莉ちゃんと俺は発動できなかった。
ブロッドスキーさんは「ツチノのカードで使えれば手っ取り早かったのだが……」と愚痴っていたが、それは勘弁して下さい。
屋敷に入ると住人達で一杯だった。
俺達は、俺の『塗り壁』で住人達を足止めし、その間に浄化スキルを使える人達で浄化しつつ、ドンドン屋敷の奥に向けて進んでいく。
道に迷えば、「こっちどす」とハオカが魔獣がいるっぽい場所に俺達を導いてくれる。
やがて、俺達が屋敷奥のダンスホールの様な場所に辿り着くと、そこに議長とミトさんがいた。
「……! ミトさん!」
ミッチーがミトさんに駆け寄る。すると、ミトさんの後ろから議長が飛び出し、ミッチーを突き飛ばす。
「フシュゥゥゥ!」
「ハオカ!」
「はいな! 『大太鼓』!」
議長の目は白く濁っており、とても正気とは思えない……俺は慌ててギルドカードを飛ばし、ハオカとのフォーメーションでその中に議長を閉じ込める。
「議長さん、アンタ……もう何も分からない位に魔獣に操られているんスか?」
ミッチーの叫びに議長は答えない、答えたのは――
「違います……彼は、人ではありません」
「ミ、トさん?」
ミトさんがミッチーに駆け寄り、その手を握る。その目は泣きはらした後の様で、真っ赤に滲んでいた。
「もう、知っているんですよね? 私達が、その、既に死んでいるって……」
俺達は無言で頷く。
「あれは何年前でしょうか? もう随分と……昔の事だったと思います。アレは、あの霧の魔獣は突然現れました――」
とつとつと、ミトさんは昔、何が起こったのかを話し出した。
もう何百年も前の事、ゴンガの街に四足の魔獣が現れた。その魔獣は当時、街に滞在していた冒険者が退治したらしいのだが、事件はそこから始まった。
まずは魔獣を倒した冒険者が、段々と衰弱していき、遂には立てなくなり、ある日突然、その姿を消したらしい。
被害はそこから、冒険者が泊まっていた宿の人、その隣の食堂の従業員とドンドン広まっていった。
そして、気付けば街は霧に覆われていたらしい。
ミトさんは異変を感じ、街から逃げようとしたらしいが時すでに遅く、ミトさんは街を出る直前、霧に襲われてしまったらしい。そして、ミトさんは自分の目の前で霧が集まり、それが議長の形を取った所で意識が途切れ、その命を失ったらしい。
つまり、そもそも、あの議長は霧の魔獣が擬態した存在であるとの事だった。
その後、議長の形を取った魔獣に操られながら、迷い込んだ旅人達を魔獣に捧げる日々だったようだ。
「私が、自分の意識を取り戻せたのは、数日前……ミッチーさんと会った時でした。突然、全身が痺れて、もう無い筈の心臓がバクバク動いてる気がして。本当なら、早く皆さんを街から逃がすべきだったんです。それは、分かってたんです……」
「ミトさん……」
「フシャァァァ!」
その瞬間、今まで捕えていた議長がいつの間にか、結界から抜け出していた。
「なっ? そうか、霧だからすり抜けたのか!」
「ミ、トォォ!」
議長――霧の魔獣は、その姿を人型から樹木型に変え、その霧の枝でミトさんを捕まえ、その身に取り込む。
「ミトさん!」
「ッ! ミッチー! くそ、サッチー、ハオカ、悠莉、前に出て牽制だ! 愛里、俺とフォーメーション組んでミッチーをサポートするぞ! ブロッドスキーさん、その間のフォロー頼みます!」
俺は突っ込むミッチーをフォローするために、慌てて皆に指示を出す。
しかし、魔獣に対しての攻撃は当たる事無くすり抜け、逆に魔獣からの攻撃は、俺達に確実にダメージを与えてくる。
「なら、浄化スキルで!」
ブロッドスキーさんは斧で斬り付ける。
「フシャッ!」
これは少し効いたようだが、余り手応えがなさそうだ。しかし、魔獣の方はそれでも脅威と感じたのか、ブロッドスキーさんを思いっ切り突き飛ばすと、大きく叫び、その身を震わせる。
「これは、街中の霧を集めているのか……?」
魔獣の叫びに呼応するかの様に、霧がドンドン魔獣に吸い込まれていく。
やがて、魔獣はその身に全ての霧を吸い込むと、その枝を振り乱し、俺達を吹き飛ばしていく。
「グァ、これ、厄介すぎるでしょ! ツチノっち何とかなんない?」
「無茶言うな! 何本かの枝を防ぐので精いっぱいだよ!」
「ガァァァッ!」
「「ミッチー!」」
魔獣に斬りかかっていたミッチーが俺達の方に吹っ飛ばされてきた。幸い、大きな怪我は無い様だが……
――その時。
「ウ、フシャァァァ、ミィィトッォォ!」
『ミッ、チー、さん!』
魔獣の中に取り込まれていたミトさんが、その身を上半身だけ表す。
ミトさんは暫く自分の手とミッチーの顔を見ていたが、やがて俺達に向かって語りだす。
『クスッ……私、本当にミッチーさんにメロメロなんですね、ミッチーさんが危ないと思ったら、表に出られちゃいました』
頬を染めながら、ミトさんは更に続ける。
『どうやら、少しの間だけですけど、魔獣の意識を乗っ取れちゃってるみたいです。皆さん……お願いします。今のうちに私ごと魔獣を倒してください』
「ミトさんっ! でも、自分は……」
ミトさんは、ミッチーの顔を見て、頬を薄く染めて話を続ける。
『私も、少しでも貴方と、ミッチーさんと……長く過ごしていたかった。皆が魔獣に操られて死んだ様な街でも、貴方と歩くと不思議と楽しかった。他愛の無い話でも、貴方との会話は嬉しかった……』
ミトさんの瞳から一筋の涙が流れる。
『でも、本当にもう、終わらせないと、ですよね?』
「ミトさん……自分は、自分は……」
「ハオカ、行くぞ……!」
「旦那さん、ええんどすか?」
俺は、ミッチーとミトさんの顔を見比べた後、ハオカに頷き魔獣と対面し、ギルドカードを舞い上げる。
その時、ミッチーが両腕を広げ、俺達の前に立ちふさがる。
「ミッチー……そこをどけ、もう、楽にしてやらねぇと……駄目だろ?」
「おやっさん、分かってます。自分だって、分かってます! だから、だからこそ!」
ミッチーは俺の目から視線を外さずに叫ぶ。
「おやっさん……! ここは自分に、やらせてください」
ミッチーは静かに剣を構え、目の前の魔獣と向かい合う……
『ミッチーさん……』
魔獣に取り込まれ、涙を浮かべるミトさんは、下唇を噛み締めながら精一杯笑顔を浮かべようとするミッチーを見つめる。
『私はもう、十分幸せをいただきました……貴方と過ごす事の出来たこの数日、生きていた頃より輝かしい日々でした……ですから、どうか、貴方の事を忘れてしまう前に……私が魔獣にまた意識を奪われてしまう前に、貴方の腕の中で……逝かせてください』
ミッチーはミトさんを見つめ、その光景が滲まない様に自らの下唇を強く、強く噛み締める……
「自分は……自分にとってもこの数日間はかけがえのない、輝かしい日々でした。だから、言わせて下さい。自分は貴女の全てを貰っていきます! 心も体も……思い出も……」
そして、ミッチーは全ての力と祈りをその剣に込める……それを見たミトさんは少し微笑み、一言「はい、私は死んでも貴方のものです!」とだけ言った。
「ありがとう……『サンザシ』」
そう囁くと、ミッチーは剣を両逆手で持ち直し、地面に突き立てて、スキルを発動する。
その瞬間、紅玉の光が周囲を暖かく包み込む……
『またね……?』
光に包まれながら、ミトが呟く。そして、魔獣の身体は紅玉の光と溶け合いながら、その形を変えていく。
やがて光が収まると、そこには白い花と、赤い実を実らせた木が一本、風にその枝葉を揺らしていた……
ミッチーは地面から剣を抜くと、跡に残ったその木を見つめている。
俺とサッチー、そしてブロッドスキーさんは、ミッチーに駆け寄ろうとした愛里さんと悠莉ちゃんに、ミッチー一人にしてやってくれと伝え、少し離れた場所でミッチーがこちらに来るのを待つ事にした……
「……おやっさん、皆、心配かけて申し訳ないッス」
暫くして、ミッチーはそう苦笑しながら戻って来た。
「ああ、お疲れ様……ん?」
俺がそう声を掛けると、俺の懐のギルドカードと手帳ががゆっくりと空に浮かび上がり、淡い輝きを放ちながらメロディを奏ではじめる……
そして、ギルドカードと手帳が俺の手に納まると、手帳のページが開き、そこに、一つのスキル名が記載されていた。
「おやっさん?」
俺はそのスキルに意識を集中し、その効果を確認する。そして、ギルドカードにそっと手を添え発動する。
「ミッチー、俺が出来るのはこれ位だ……『花見』!」
スキルが発動した瞬間、ミッチーのギルドカードから四枚の紅いギルドカードが分裂した。四枚のカードは木に向かって飛んでいき、その周囲をグルグルと回り始める……
「……カードで囲まれた土地に、悪意を拒絶する結界を展開するスキルだ。結界による護りの持続期間は……お前が防護対象の事を覚えている限り、だ」
俺がそう告げると、ミッチーは木の周りを踊るように回るギルドカードをジッと見つめていた。そして、目元で止めていた雫を解放し、「なら……消えないんスね」と言って笑った。
俺達はその後、街跡に残った木の下で、酒を酌み交わしながら、静かに夜明けを迎え、次の街に旅立った。




