サラリーマンを呼ぶ女
短めですが、続きです。
『早速ですが先輩、先日持ち帰った金属サンプルに関してのお話をしましょうかね?』
鉱山依頼から数日経ったある朝、恒例の後輩との早朝連絡はそんな提案から始まった。
『えっと、そもそもボクはサンプルを、こちらの指示で鉱石の選鉱しつつ、その性質を見ようと思っていたんですが……何でもうインゴット状態なんですか?』
「うん、そう言うスキルを持っている人がいたから!」
画面の向こうで後輩が溜息を付いている。うん、分かるよ俺も目の前でそれ見せられて、ちょっと引いたもん……
『まあ、良いですよ。そう言う技術があると言う報告も出来ますから……それじゃあ、次です。性質実験に関してですけど、導電性はやっぱり、確認できませんか……で、融点が不明って言うのは?』
「電流はなぁ、携帯を分解すりゃ確認する方法位あるだろうけど、流石にそれは不味いだろ? 融点はサッチーのスキルで出力を徐々に上げていって確認しようとしてたんだけどさ……温度を測ろうにもこっちと、そっちの単位変換が不明でさ」
『……はぁ、予想はしてましたけど、通話の限界を感じますね。一応、先輩がおまけで付けてくれた、地球製のスプレー缶を燃やした時の比較資料で予測は立ててみます』
結局、俺と後輩の間で、こっちの金属は不思議金属って認識に落ち着いてしまった。今度、計測機器とか無いか探してみるか……
俺は後輩との通信を終了すると、朝飯を食べるためにダイニングルームに向かう。
「あ、椎野さんおはようございます」
俺がダイニングルームの席に着くと、朝飯の用意を終えた愛里さんが挨拶してくれる。
「おはよう、他の皆は?」
聞いてみると、ミッチーとサッチーは、ダリーさんと朝の鍛錬を行っているらしい、先日の洗脳騒動以来、「サチは鍛え方が足りていないんです」と朝飯前に走り回ったり、模擬戦闘を行ったりしているらしく、ミッチーはそれに自主的に付き合っているらしい。
「はぁ、皆元気だねぇ……」
「そう言う、おじさんは良いの?」
「ん? おはよう、悠莉ちゃん。俺は良いんだよ、もう二度と鉱山なんて行かない!」
起きてきた悠莉ちゃんが聞いて来たので、「ノーモア! マッスル!」と答えておく。悠莉ちゃんは、「また、おかしくなったら今度はあたしが正気に戻してあげる!」と宙に向けて蹴りを放っていた……やばい、この子の誤解は早く解かないと……
「あ、椎野さん。そろそろ、羽衣ちゃんを起こして来てくれませんか? もう起きてご飯食べちゃわないと遅刻しちゃいます」
愛里さんに「はいよ」と答え、俺は羽衣ちゃんを迎えに行く。最近、羽衣ちゃんは皆の部屋を回って眠っている。今日は愛里さんの部屋らしい。
「入りますよー?」
本人の許可は得ているが、一応ノックしてドアを開く、すると丁度目を覚ましていた羽衣ちゃんが、俺の腹に見事なタックルを決めてくる!
「おじちゃん、おはよー」
「ゴッフ! 羽衣ちゃん、おはよう、ナイスタックルだ! 今度サッチーにもお見舞いしてやれ!」
羽衣ちゃんは元気よく「ハイ!」と手を挙げるとそのまま、俺の頭によじ登ってくる。
登頂が完了した羽衣ちゃんは、そのまま、俺が預けているギルドカードを取り出すと、タテを呼び出す。合わせて俺もハオカを呼び出す。
「タテちゃん! ハオカちゃん! おはよー」
「はい、姫、父上。おはようございます!」
「はい、お姫ちゃん、旦那さん、おはようさんどす」
「うん、二人供おはよう」
そうして、俺達がダイニングルームに戻る頃には鍛錬に出ていた三人も帰宅しており、皆で朝飯を頂く。
朝飯を食い終わり、羽衣ちゃん達を学校に送り届けた俺が家に戻ると、ブロッドスキーさんが俺を訪ねて来ていた。
「先ほど、王都からの連絡が届いた。ツチノ、以前から予想していた通り、王都に行って貰いたい」
ブロッドスキーさんに聞いた話だと、決め手になったのはやはり以前倒した『グリマー湖の変異種』の件らしい。
ここ最近、王都近郊でも変異種の発生と、それによる被害が増えているらしく、変異種の誕生を間近に目撃した俺達の意見が聞きたいそうだ。ついでに新ジョブに関しても情報を集めたいとの事。
「……羽衣ちゃんとタテの学校どうしよう?」
「それに関してだが、街の議会議長の家で預かろうかと言う申し出があるんだが? どうする?」
どうやら、話を聞いた議会議長、つまりジャックが気を利かしてくれたわけだ……幸い、息子のケイシーは羽衣ちゃんとタテと仲が良いらしく、お泊り感覚で丁度良い様だ。
「いえ、支部長。大丈夫です、私は残りますから」
「そ、そうか……ダリーがいたな」
俺がその申し出に乗ろうかと思っていると、ダリーさんが「問題なんて、何もありません!」と涎を垂らしながら力説していた。ああ、何か不安になる……
結局、ダリーさんの謎の迫力に負けた俺達は、留守をダリーさんに預けて王都に出発する事を決めた。
「王都までは結構な距離がある。道中、二、三か所ほど村や街に立ち寄る事になる。出発は明後日の予定だから、そのつもりでいてくれ」
それだけ言うと、ブロッドスキーさんは帰っていき、その日と次の日、俺達は長旅の準備に追われる事となった。
羽衣ちゃんは思ったよりも聞き分けが良かった……が。
「お土産いっぱいおねがいね? あと、おじちゃんのさいきょーでんせつをちゃんとしょーめーしてきてね?」
と、無茶ぶりをされてしまった。
――出発当日
「では、ダリー。留守を頼むぞ?」
「はい、任せて下さい。支部長もお気を付けて」
「おじちゃん、おみやげ忘れちゃいやよ?」
「はいはい、良い子で待っててね?」
こうして、俺達はナキワオの街を王都に向けて出発した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
椎野達がナキワオの街を出発する数日前――ヘームストラ王国王都では、国王と宰相の会議が開かれていた。
「では、『幻月』の接近は再び起こると?」
「はい、天文学者の話によると、前回再接近して元の高度まで戻った『幻月』が再び、その高度を徐々に下げてきているとの事です」
王が尋ねると、側近である宰相が報告書を読み上げる。
「……確か、『幻月』の接近以降、変異種による被害件数が増加したのであったな?」
「はい……」
王は一つ溜息をつくとそのまま目を閉じ、思考を巡らせる。
「挙句……『幻月』からの来訪者と言う者も現れる……か」
「……」
二人の間を沈黙が支配したその時。
――バタンッ!
「お父様! きっとその『来訪者』は、救いの使者に違いありません!」
バタバタと落ち着きなく、女性が入室してくる。
その女性――ヘームストラ王国の王女は、国王に向かって、進言を続ける。
「先ほど件の『来訪者』達が滞在している、ナキワオの街より再び伝令が参りました。どうやら、『来訪者』達は変異種が誕生する場に居合わせ、それを映像に記録し、撃退する事に成功したとの事です!」
「「なんと!」」
「妾は、一度件の『来訪者』達を王都に招聘すべきと考えます。どうか、今、この場でご決断を!」
王女は国王の目をジッと見つめる……やがて、国王が呆れた様に溜息を付く。
「娘よ……お前の目は「暇潰しを見つけたー!」と語っておるのだが?」
「それは……否定しませんけど」
王女は気まずそうに視線を逸らし、「ごめんなさい」と謝罪する。
「しかし、一理ある」
そう言うと、国王はすぐさまナキワオの街に使者を出し、椎野達はその呼び出しに応じる事となる……
その日の夜、風通しの良いバルコニーで、王女は空を見ながら一人、晩酌をしていた。
「ふふふ、月の住人かぁ、どんな人達何だろう……おとぎ話みたいじゃないか! しかも、新ジョブを引っ提げて! 早く会いたいなあ、会ってみたいなあ、早くおいで下さいな? 『サラリーマン ツチノ=クスリヤ』様!」
王女は『サラリーマン』の名を、『白馬の王子様』であるかの様に、熱のこもった声で囁く……




