パニックエスツ
続きです、よろしくお願いします。閑話的な話となっております。
羽衣ちゃんの入学式から暫くして、俺と悠莉ちゃんはリハビリがてらに簡単な依頼を受けようとギルドまで来ていた。
「ねー、おじさん……今日は狩り系の依頼はいやよ?」
「そうだな、って言うか俺は元々狩りは行きたくないんだよ!」
そう言いながら、何件か魔獣が絡みそうにない依頼をピックアップする。
えっと、お使いに、鉱夫、売り子に、事務……どれにすっかな。
「個人的には、事務が良いんだけどな……」
「ダーメ! それじゃあ、騎士団の仕事と一緒じゃない? あたしも出来る奴にしてよ!」
まあ、そうだな……事務の仕事受けたら、折角今日はハオカに騎士団の事務お願いしたのが無駄になっちまうよな……
「愛里さん達は、今日も狩り行ってんだっけ?」
「うん、何か色々試してみたい事があるって」
皆結構、戦闘好きだよなぁ……
何個か、手頃な依頼をピックアップして写真に撮り、それを後輩に送る。
「そういや、悠莉ちゃんは向こうの勉強は大丈夫なのか?」
「え? 今それ聞くの? うーん、正直、帰った時についていける気がしないんだけど……やっぱヤバイと思う?」
「まぁ、勉強なんかはやる気があればいつでも出来るってのが俺の本音なんだが……就職とか考えると高卒位は資格として欲しいかもなぁ? いっそのことうちの会社に入るか? 今なら口利きしやすいしな……」
「……うん、ちょっと考えてみる」
そして、そろそろ後輩がメール見終わった頃かと思い電話を掛ける。
『あ、先輩、おはようございます。メール見ましたけど、どうしましょうかねぇ。まだ、狩り系の依頼はしないんですか? ボクはそろそろ生きてる魔獣ってやつ見てみたいんですよ』
「元々したくないんだけどな……どっちにしろ今は、リハビリがてらだから、軽めの奴にしたいんだよ」
『んー、なら、売り子の依頼とか、やってみて貰っても良いですかね? この間社長も言ってたんですけど、そっちの市場調査して欲しいんですよ。ボク達はその間に次行ってもらいたい依頼をリストアップしておきますから』
そうして、本日の俺達が受ける依頼が決まった。売り子の依頼は多数あるが、どれを選ぶかは任せると言う事なので、通信終了後に俺と悠莉ちゃんとで相談する。
えっと、今ある売り子系の依頼って言うと……?
まずは、魔具屋か……行った事ないけど、家電量販店みたいってサッチーが言ってたっけ? 一応、候補だな。
次が、何屋か書いてないな……怪しいから除外っと。
お、これは……食料品と雑貨の店か……この辺が妥当かな?
「悠莉ちゃん、悠莉ちゃん、これどう? 所謂スーパーの売り子なんだけど?」
「うん……良いけど、大丈夫かな? あたし、バイトってした事無いんだよね……」
「大丈夫じゃないか? 売り子って言ってもスーパーの試食品売り場をイメージすりゃ良いだろうし」
俺達は散々迷った挙句、食料品と雑貨の店に手伝いに行く事にした。
店での手伝いは、予想通り至極簡単なものだった、まずは開店前に商品の陳列、この時に不足在庫が有ればチェックして報告、開店後はお客さんとの対面販売。初日なので、商品説明などは一応、カンペ付き……なんだが。
「い、いらっひゃいましぇ!」
悠莉ちゃんが、ガチガチになって使い物にならん! 開店準備はまだ良かったんだが、接客がもうダメダメだ……
俺は悠莉ちゃんに、今日の所は接客担当から、商品の在庫確認を担当して貰うように指示し下がらせる。
接客をしながら、俺は暇を見つけては手帳に売れ行きの良いものと、どんな食料品があるかをメモしていく……
なるほど、こっちはパン食文化だからか、油っこいものが結構売れ行き好調だな……地球から輸出するんだったら何が良いか? いっそのこと、ファストフード? いや、逆にさっぱりとした食料が良いか? 一回、寿司でも作って反応見てみるか……うん、その方が良いか……
そして俺は、更なる情報収集を行うために、買い物に来てるご婦人方にヒアリング調査を行う。そう、ヒアリングだ! 決して、別の目的はない!
「なるほど、じゃあ、ナキワオの街では甘味類が余り無いって事ですか?」
「全く無いって訳じゃないんだけどねぇ……どうにも、どのお店もこの街は冒険者……男が多いってんでツマミばかりで、あんまりお菓子の類を置かないのよ……」
あー、つまり流行ってないもしくは、需要が見込めないから供給が無いって事か……? なら、この街限定ならお菓子の類は売れるかな? 変に奇を衒わない方が良いかもな。軽く海外に輸出するつもりが良いな。後輩には、欧州相手にした時のデータが役立つと伝えとくか……
さて、食料品関連の市場調査はこんなもんか、さて、後は閉店まで接客接客♪
「えー、おやっさんって皆が言うからどんなオジサマかと思ったら、意外と若いのねー?」
「えぇ、ただのあだ名みたいなもんですよ! いやあ、そんな誤解があるなんて、俺は悲しいです……どうですか? 今度その辺の誤解を解くためにも一緒に食事にでも行って相互理解を……ブゲッ」
俺の顔面に悠莉ちゃんの蹴りがお見舞いされていた……
「ぅ、痛ってー、何すんだよ! 悠莉ちゃん!」
「あれ……? おじさんが普通だ……」
何がだよ! くそっ! 痛い……
あ、お蔭で折角のお客さんが逃げていく……
帰宅後、俺は悠莉ちゃんとハオカに正座させられていた。
「仕事中にナンパとか……おじさん、いい度胸してんじゃないの」
「旦那さん……? ついじゃおへんよ? うちが旦那様の為に働いとったんになんしてはるんですか?」
「つい……ゴメン……」
そのまま頭を地面に擦り付ける。俺こっち来てから、一体何回土下座してんだろう……
結局その日、俺は布団で寝る事を許されなかった。ついでに次の日、狩りから帰って来た愛里さんにばれ、俺は朝食時、久々に白湯と再会した……
『で? 先輩、結局市場調査はどんな感じだったんですか?』
昨日の依頼の成果を聞く後輩に、俺は昨日メモしたことを伝えていく……
『へぇ、やっぱり……生活水準の話の時から予想してましたが、人間が住める環境って事は育つ植物とかも似通るんですかね? これも報告しておきますね』
「ま、どっちにしても、輸出入はそっちとこっちで、往来が可能になってからの話だ……取り敢えずは、金を掛けない調査だけでいいだろ?」
『……ですね、まあ需要が全く噛み合わないって事は無さそうってのが分かっただけ上等ですよ』
俺達はその後、取引対象になりそうな商品をピックアップしてから、次に受ける依頼の話に移る。
『先輩、業務連絡です。次の依頼ですが、鉱山行ってもらえませんかね?』
「鉱山?」
『ええ、何と言うか、そちらで珍しい鉱物がないか、調べて欲しいんですよ……』
「ん? 何? 携帯産業にでも進出するつもり?」
『使える様なら使いますけど、それ以外にも使い道は色々ありますから』
「そっか、なら取り敢えず、これ申し込んでくるわ」
『あ、先輩可能なら、何種類かサンプルの確保お願いします』
俺はそれから依頼受注の為、ギルドに行き受付を行う。
「最近はよくいらっしゃいますね、薬屋さん。今日はどういった御用ですか?」
俺はウピールさんに鉱夫の依頼を見せ、これを受注したいと連絡する。
「鉱山のお仕事ですか、鉱山自体は街の近くですから後で地図を確認して下さい。それと、同伴するメンバがいらっしゃいましたら、早めに申告して下さいね? それと、現物で何か持って帰って良いかと言う話ですがそれは、現場監督の方と相談して下さいね?」
ウピールさんはそう言うと、依頼受注の手続きを進めていく。同伴者か、どうしよっかな……
「鉱夫ですか……私はちょっと遠慮しますね?」
「あたしもパス、何か汗臭そう……」
「うちはついて行ってもええんどすけど。どないしまひょ?」
「ああ、そうだな……今回は女性陣は留守番で良いかな? という訳でミッチー、サッチー、一緒にどうだろう? まあ、今回は別に俺一人でも大丈夫っぽいけどな」
帰宅後に皆にどうするか聞いてみたが、愛里さんと悠莉ちゃんはパスらしいし、ハオカも残って貰った方が良いか……流石に、魔獣は出ないって話だから俺一人でも良いとは思うんだけど、誰か一人位ついて来てくれないと、ちょっと寂しい。
俺が内心焦っていると、ミッチーとサッチーはついて来てくれると言う事になった。ミッチーは単純に面白そうだから、サッチーは暇だかららしい。
そして二日後、いざ鉱山に到着したんだがどうしよう、正直、もう帰りたい……
「「「「「「「ラッセーラー! ラッセーラー!」」」」」」」
目の前では上半身裸の野郎共が、鼻歌交じりに壁に向かってツルハシを振るう地獄絵図が展開されていた……
「ツチノっち、帰って良いか……?」
「自分もちょっと……」
「待って! 見捨てないで!」
現場監督によると、この鉱山では単調な作業で精神的に滅入ってしまわない様にリズムや歌に乗せてツルハシを振るったりしているそうなんだが……これ、別の意味で精神やられてないか?
「大丈夫だ! 問題はない!」
現場監督はテカテカの筋肉親父だった。最近、筋肉率高くてキツイ……
現在、この鉱山で採掘されている鉱石は幅広い用途で使われているらしいが、俺にとって嬉しいのは、この金属の一番主な用途がギルドカードであると言う事だ。
「すいません、ここの鉱山で採掘出来た物って、持ち帰ったり出来ますか?」
「おう! 依頼の報酬から天引きになるけどいいぞ! 後は、たまにだが、純度の低い宝石の原石とかが出るから、それに関しても天引きで持ち帰りオーケーだ! もちろん、限度はあるがな」
大丈夫みたいだな……頑張るか。
「ミッチー、サッチー、聞いたとおりだ。留守番連中にお土産でも確保できそうだな?」
「「おうっ!」」
――作業開始から一時間経過
「「ラッセーラー……」」
「そこぉ! 気合が足りんぞ!」
暑苦しい……何これ、熱気? 湿気? マジで帰りたい!
「おやっさん! どうしたんスか? 気合たりてねぇっすよ!」
「どうしたミッチー! 何でそんなやる気出してんの? 目がなんか虚ろなんだけど大丈夫か?」
「ツチノっち、ミッチーはもうダメだ……」
――三時間経過
「ラッセーラー……ラッセーラー……」
「「ラッセーラー! ラッセーラー!」」
サッチー……お前もか。何だコレ? 新手の新興宗教か?
――五時間経過
「「「ラッセーラー! ラッセーラー!」」」
……筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉。
「筋肉フィーヴァーァァァァァァァァ!」
「ほうっ! いい気合だ!」
――作業終了
「お前らはもう立派なマッスラオだ! さぁ、旅立て!」
「「「ラッセラッ!」」」
ビバ! 筋肉!
――帰宅後
「サチッ!」
「オレは一体……?」
サッチーが、サッチーが、取り込まれた!
俺の前ではサッチーがダリーさんに抱き着かれている。
「「ラッセラ?」」
「皆、ツチノっちとミッチーはむさ苦しさに耐えきれずに、こんな事に……」
サッチーは、俺とミッチーから視線を逸らし、そう告げる。
「じゃぁ、どうすれば良いの?」
「え? うーん、色気?」
悠莉ちゃんの疑問にサッチーが答える……
「そ、そんな事で俺が筋肉を捨てるなんて……有り得ない!」
「じ、自分も同感ッス」
ワクワク……ハッ違う、これは違う!
「えっと、色っ気って言うと……こんな感じですか?」
愛里さんが、「ウ、ウッフーン……」と右手を頭に、左手を腰に当て、腰を捻り、典型的なポーズを取る……何だそれ……?
「あ、あれ? 椎野さんが、初めて私に失望の眼差しを? え、何でですか? ダメ……なんですか?」
愛里さんはその後「あれ? でも何かドキドキします……」と新たな扉を開こうとしていたが、その時ミッチーが膝をつく。
「お、おう……自分は一体何を?」
えっ? お前……それで筋肉を裏切るのか! ふざけんな!
「ふん、俺はそう簡単にはいかんぞ!」
さあ! 来い!
「……ねぇ、おじさんもしかして、もう正気に戻ってない?」
……俺は悠莉ちゃんから視線を逸らさず見つめる。ふっ、今こそ輝け! 俺の『ポーカーフェイス』!
「ラ、ラッセーラー!」
「ま、いいけどさ……」
――ゴッ!
悠莉ちゃんはそう言うと、ニヤリといたずらっ子の様に笑うと、いきなり殴りつけてくる。痛ってぇ!
「あれ? これもダメ? あれぇ? おじさんって殴られるのが好きなんじゃないの?」
「何? その誤解! 痛いだけだよ!」
どうやら、悠莉ちゃんはとんでもない誤解をしていた様だ……全くなんて失礼な! これだから、筋肉でない者は……
――グニッ!
なんて考えていると、ハオカが下駄を脱いで、俺を踏みつけてくる!
「旦那さんは、これが好きなんですやろ?」
――グニグニグニグニグニ
「……ハッ、俺は一体何を?」
「え! 何で? あたしじゃダメなの……?」
どうやら、俺は何か悪い夢を見ていた様だ……しかし、悠莉ちゃんの誤解はいつか解かないとな。
こうして、男性陣と一部の女性陣の心に傷を残した悪夢の一日は過ぎ去った。




