おやっさん、弟子を取る(2)
続きです、よろしくお願いいたします。
「お助け……?」
「うん、シノ……ちょっとおこまりしてるの……」
シノは俺とマタモさんの顔を見比べながら、肩をすくめて「やれやれ」と言った態度を取っている。
俺はそんなシノをほほ笑ましく感じながら、マタモさんへとお伺いを立てるように、顔を上げる。
「すまないねぇ、あたしからもお願い……していいかい?」
「……分かりました。聞くだけになるかもしれないけど……それでも、良いかな?」
シノは、ため息まじりに俺がそう言うと、大きな声で「うん」と答えた。そして懐をゴソゴソと探り、やがて俺の鼻先にグイッと、見覚えのある長方形の――ギルドカードを差し出してきた。
「これっ!」
「これって……ギルドカードか? あれ、でも……シノ、いくつだっけか?」
「んぅ……?」
俺が尋ねると、シノは指を一本ずつ曲げていく。その様子を見ながら、俺はしばし考える。
確か……。ギルドカードを発行する――一人前とみなされる年齢は十五歳……だったはずだ。いま目の前にいるシノは、どう見ても四~五歳。特例としては身分証明書扱い――記憶喪失や、年齢不詳と言う体――で発行してもらったモモ缶やピトの前例があるから不思議ではない……けど。
「ああ、その子のギルドカード――『天啓』は、ちょっとした事故があってね……」
「事故……ですか?」
俺が不思議に思っていることを察したのか、マタモさんがシノのギルドカードについて、話してくれた……。
その話によると、数日前――それこそ『光柱』が世界に現れた日。シノはいつものように、ミミナの『冒険者ギルド』に、この施設の同い年である――俺が見た胸の少年、肩車の少女、おんぶの少女――三人とともに遊びに来ていたらしい。
遊びに来てたとは言っても、はしゃぐなどする訳でもなく、ただ単にスプリギティスたちがいないか、チェックをしに行っていたんだとか。
そして『光柱』が現れた瞬間、周りが混乱しているなか、シノたちにも変化が起きる――そう、『祝福のメロディ』が鳴り響いたのだと言う。
「まあ、そんな訳でね。ネィム、ルゥダ、オブ、シノの四人は『ジョブ』を持っちまったんだよ。幸い、情報は洩れていないんだけどね」
どうやらその場で機転を利かせた『ギルド職員』たちと、良識ある一部の『冒険者』たちによって、彼女たちが『祝福されたジョブ持ち』であることはいまだ秘匿されているようだ。
さて、そのこと自体はマタモさんも知っているし、境遇を同じくする家族もいる。なら、なぜ、なにをシノは困っていると言うのか。
「あのね、シノ……ないの」
「ない……?」
俺とマタモさんの会話がひと段落したと見たのか、シノは先ほどから俺の鼻先に突き付けつづけていたギルドカードを、さらにグイッと押し付け――と言うか、俺の鼻にめり込ませ、ある一点を指さす。
「待って? ちょっと見えないから、あと痛いから……離してね?」
これ以上進めばザクリとなってしまいそうなので、シノの手をその胸元へと戻す。そして改めてギルドカードを見てみると…………。
「――あ、スキルが……『ない』?」
そう。シノが示していたギルドカードのスキル欄。そこには、本来――俺が聞いていた話通りなら――『ジョブ』持ちなら必ず持っているべきモノ、『スキル』がなかったのだ。それも、将来性を打ち消すように、ご丁寧にも『ない』とまで……。
「だからね……。シノたち、キッとしょうらい、『むしょく』なの……」
思ったよりも深刻っぽい――と言うよりも、四歳児がそこを心配している――と言う事態に、俺とマタモさんは、思わず顔を見合わせてしまった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「んで? あたしたちはどうすりゃ良いの?」
――グンニ。
「ふぁ……ひょっひょ、もひひぇんひょひへふへへふぁふぃ」
「模擬戦……? そないなことで、ええんどすか?」
――グニグニグニグニグニ……。
あの後、俺は救けを求めるシノに言った――「任せろ」と。
もちろん、適当なことを言ったつもりはない。シノの『ジョブ』を見て、なんとかなるかも、なんとかしたい、と考えた上でのことだ。
そしてその思いの任せるままに、食堂へと駆け込み、片付けをしている悠莉とハオカに、スライディング土下座をして、協力を求めたのだが……。つい、ちゃ――うっかり、スライディングの勢いが強すぎて、悠莉の尻にズップシとぶつかって、めり込んでしまった。
「まったく……まったくっ」
俺の背後の椅子に腰かけ、悠莉は不機嫌そうに腕を組んでいる。そして悠莉は、椅子から両脚を伸ばし、かかとを俺の両肩に乗っけてくれて、グリグリと動かしている。きっと、照れ隠しに違いない。だから、この体内を掛け巡る衝撃は気のせいに違いない……。誰か助けてください。
「旦那さん……。うちらやから、まだ、ええんどすぇ? ほかんひとに、こないなことやったら……分かっとりますな?」
ハオカはニコニコとほほ笑みながら、俺の正面の椅子に腰かけ片脚を伸ばし、顔面全体を撫でるように、足裏をグリグリと動かす………………。そんなハオカに対して、俺は屈辱に耐えながら必死にうなずく。仲間とはいえ……年下の美少女たちに踏みつけられるこの屈辱と言ったらもう……。クッ……殺せ。
「ひゃっひょう」
「ん……ひゃ。きゅ、急にねぶったらあきまへんぇ……?」
おっと、失敬……。屈辱に耐え切れず、思わず叫んでしまった。
「おじさん。肩の一個や二個、無くても良い……かな?」
「いえ……いまのは、つい。やましい心はないんです。だから、その……」
メキメキと悲鳴を上げる俺の肩を救うべく。俺は先ほどまでのそれと違い、誠心誠意、思いのたけを込めた土下座を、悠莉に披露した。
「命だけは……お助けをっ」
そう。これは決して命乞いではない。レディに恥をかかせてしまった、お詫びの謝罪なんだ……。だから、助けて?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――危機は脱した。後日、ふたりとデートの約束を交わすことによって……。
「さて、と。準備は良いか?」
と言うことで、無事に生還した俺は、軽く体をほぐして悠莉とハオカに確認する。
「うん。あたしはいつでも」
「うちも、ええどすぇ?」
ふたりはそれぞれ、チュニックと立ち襟半纏を脱いだ格好をしている。図らずも両者ノースリーブであり、色違いのお揃いみたいだな……。
「旦那さん?」
「ん。ああ、分かった。じゃあ四人とも、おいで?」
ついついふたりの腋をながめていると、ハオカが不思議そうに声をかけてきた。そこで俺は『ポーカーフェイス』を維持したまま、訝しげな表情を浮かべる悠莉と、決して視線を合わせないように、シノを始めとした四人を呼び寄せる。
「きたよ」
「よし、じゃあ、これから俺が、お前たち四人の『ジョブ』について、その『技』を見せてやる」
「「「「――えっ?」」」」
俺が宣言すると、シノ、ネィム、ルゥダ、オブから驚きの声が上がる。
「? なにを驚いているんだ? お前たちの『ジョブ』は本質は同じ……そう教えただろ?」
「で……も」
そう。俺がなんとかなると思ったのは、この四人の『ジョブ』が同じ……ようなモノであることと、俺がその『ジョブ』について、知っていたからである。
四人――と言うか、実質シノだけ――が心配していたのは、まずひとつ『スキルがない』、そしてふたつ『適性武具が聞いたことがないモノ』、そしてみっつ『そもそもジョブも聞いたことがない』ことである。
シノは『冒険者ギルド』で、『適性武具』があるからたぶん『戦闘職』とは教えてもらっていたらしい。しかし『スキル』がない、『適性武具』の名称も聞いたことがない、そもそも『ジョブ』自体が新規であることから、職員がなにもアドバイス出来なかったらしい。
「きっとシノたちは、ふりょーひんなの」
――とは、先ほどまでのシノの言葉だった。
シノとは違い、ほかの三人はまだ楽観的だったが、さすがになにも分からないってのは不安ではあったらしい。
俺がそのジョブについて知っている、と聞くや否や、こうして午前の予定をすべて投げ出して集まってきた。マタモさんいわく「ちゃんと勉強してきな」ってことらしい。
さてさて、では本題――シノたちの『ジョブ』とはなにか?
「そう言えば、あたしたちも聞いてないわね」
「たぶん悠莉は分かると思う。ハオカも――知識だけなら、知っていると思う」
「はぇ? そうなんどすか?」
「ああ、だって――」
俺はクッと口の端を吊り上げると、シノにギルドカードの『ジョブ』欄を読み上げてもらう。
「えっとね?」
その『ジョブ』は……。シノのギルドカードに記載されていたその名称は――
「『くのいち』……ってゆーの」
そう。『くのいち』『シノビ』『歩き巫女』『かまり』。シノたちは皆、なぜか『忍者』系統の『ジョブ』を獲得していたのだ。
「ふふふ……。忍びの技――っぽいナニカ。この俺が存分に見せてやるよ。そう……スキルなんざ、飾りですってなぁっ! 皆、俺に付いて来い!」
なにを隠そう、小さいころの夢は『ジライヤ』……ですから! これは気合も入るってもんよっ!
「「「「おぉ!」」」」
俺がワクワクを抑えきれず、高らかに宣言すると、シノたち――と、ハオカ――は目を輝かせて、パチパチと手をたたく。
そんななか、俺たちの熱に付いていけてない悠莉は、ひとりキョトンとした表情のまま、つぶやく。
「……ふぇ?」
――その時の悠莉が見せた、俺たちに取り残されて、不安になっているかのような表情は、結構かわいかった。
結局、長くなりそうだったので三分割です。




