鳥のお宿
続きです、よろしくお願いいたします。
チャッチャッチャッと、ミミナ郊外に砂利を踏む音が響く。
「……?」
その音の主――赤いロングヘアの美しい女性位が、不意に後ろを振り返り、首をかしげる。女性は背後に誰もいないことを訝しがりながらも、ふたたび前を向き、先ほどよりも速度を上げて歩きはじめる。
「………………」
女性が一歩踏み出すたびに、複数の足音が重なり響く。女性はそれを感じると、ふたたび首をかしげて進行を速めていく。
そして女性は、とうとう耐え切れなくなったのか、勢いよく振り返り、夜道に目を凝らす。
そんな女性の前に――
「はぁ……はぁはぁ……」
「……ふぅ」
「……んぁ…………」
「――っ!」
息の荒い、三つの影が姿を現した。女性はわずかに身震いし、怪しげなその三人としばし無言で対峙する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――数分後。最初に動きを見せたのは女性であった。女性は、背後にそびえ立つ建物をチラリと見たあと、キュッと口を引き絞り、意を決したようにふたたび開く。
「その~、あなた方は~?」
そんな女性の反応に、三人組の中央に立つ男から、「クックック……」と不敵な笑い声が、思わずと言った感じでもれる。
三人組は、男を中心に一歩、二歩と足を踏み出す。そして影が薄れ、女性の前に、怪しげな三人組は、ハッキリと姿を現した。
「……よぉ、久しぶりって言っても、やっぱ、忘れてるんだよな……?」
「こないな時、コラキはんたちがおったら、話が早かったんになぁ……」
「完全に不審者を見る目よ、あれ……」
三人組――そう、俺たちである。
予想通り、コテンと首をかしげ、警戒心MAXバリバリのスプリギティスに、俺とハオカが揃って項垂れる。今後も再開する度に自己紹介をしなければと思うと、正直つらい。
――いまからおよそ三十分ほど前。
俺たち三人は、いつかのように、酒屋の閉店作業が終わったと思わしき頃――酒屋から漏れ出ていた光が消えたと同時に、スプリギティスと接触すべく動き始めた。
そして裏口から姿を現したスプリギティスに声をかけようとしたのだが……。
「スキップが速過ぎだよ……」
――『チャッチャッチャッ』の三ステップで、どれだけ進んだと思う? 三十メートルほどだよ……。
それから全速力で追い掛けて、追いついた時にはすでにスプリギティスの拠点――孤児院前である。悠莉やハオカはともかくとして、息を乱してはぁはぁしながら、美女を追い掛けるおっさん……。地球だったら確実に捕まっていただろうな。――いや、そうでなくてもこの辺で誰かに見つかったら………………。
「よくよく考えてみれば、結構危ない橋を渡ってたんだな……。本当に、いい加減、俺たちのことを忘れないでほしい……」
不審者として捕まってしまった自分を想像して、思わず恐怖に震える。都会に生きる男性社会人にとって、『痴漢』『不審者』『変態』の言葉は、ナイフよりも恐ろしい脅威だ……。まあ……状況によっては『えっち』『変態』はごちそうでもあるが。
「いや、でも見ておじさん? なんか、頭を押さえて思い出そうとしてるみたい」
「――っ! まじでっ?」
そんな俺の思考を知ってか知らずか、悠莉が俺のつま先をグニッと踏んづけて、目前のスプリギティスを指さす。
「ん~……。んん~?」
「おぉ……まじだ」
見ればスプリギティスは確かに、頭を抱えている。時たま俺を見て『恩』とかつぶやいているから、なにかが引っかかっているのは間違いなさそうだ。
こうなれば、あとはもう……。
「よしっ! 応援だ!」
見守ってみるしかない。
「ファイトっ!」
「んん~……?」
「頑張っておくれやす!」
「大丈夫! できるっ!」
「ん……ぁ……?」
三人の男女が、一人の女性を囲み、励ましの言葉を贈る……。深夜でひと気がないここでなければ、間違いなく通報されそうな光景だろう。しかも、なぜか……悠莉とハオカにいたってはパンパンと拍手まで……。
――その時だった。
「やっかましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
孤児院の扉が勢いよく開かれ、なかから恰幅のいい『肝っ玉母さん』的な女性が飛び出してきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やんだよぉ……。アンタら、ティスちゃんやコラキちゃんの知り合いだったんかい?」
「――えっ?」
俺たちは現在、孤児院のなかにいる。そして『肝っ玉母さん』こと――マタモさんは、この孤児院の経営者と言うか、そんな感じのひとらしい。
どうでも良いが、ティスさんよ? 『知り合い』と言われて驚かないでほしいんだが……。地味に傷付くんだよね。
「あっはっはぁっ! ごめんねぇ? この子、忘れっぽくて困るでしょ? お蔭でコラキちゃんたちがどこに行ったかも忘れちゃっててねぇ……」
そう言うと、マタモさんは表情に影を落とす。どうやら行方知れずのコラキたちを心配しているらしい。まあ、あいつ等もここの住人だったらしいしな……。
「は、はぁ……」
どうするか? コラキたちが、わりかしその場のノリで地球に渡ったことを言うべきか? それとも黙っているべきだろうか……。
「旦那さん……」
「ねぇ、おじさん……」
迷っていると、ハオカと悠莉が、両サイドから俺の手を握ってきた。多分、コラキたちを心配するマタモさんに、タテや自分の家族を重ねているんだろう。
――よしっ。
「あの……」
「コラキちゃんはねぇ……。孤児院の女の子たちにモテモテでねぇ? 小っちゃい子から、大きい子まで、皆さみしがっちゃってね……」
黙っていよう!
「旦那さん……?」
「ねぇ……おじさん?」
俺の決意は、ふたりに漏れていたのか、握られた手からミシミシミシと、危険な音が聞こえてくる。
「わ……分かった。冗談だ、冗談なんだ……」
こうして俺のお茶目は、悠莉とハオカに理解されることなく、俺はマタモさんと、なぜかスプリギティスに、ことのあらましを説明していく。
「はぁ……『地球』――『幻月』へねぇ……」
「大変だったのね~?」
全てを聞き終ったマタモさんは、お茶をすすりつつそうぼやいた。どうやら、生きていることと、どこにいるかが分かれば、それだけでひと安心……ってことらしい。コラキ……信頼されてんだな。まあ、自分も当事者であるくせに、他人事のように感心するようなひとの面倒を見ていりゃ、しっかりもするわな……。
「まあ、うちの会社も最大限、援助するはずなので……。心配しないでください」
「おぉ……。久々におじさんがおとなっぽい……」
「旦那さん……。やっぱり子どもが絡むとしっかりしますねぇ……」
なんだか、両隣のふたりが、とても心外な驚き方をしつつ目を輝かせている。――そう思うなら、そろそろ手の破壊を止めて欲しい……。
その後、しばらくスプリギティスたちとの出会いや関係を、マタモさんとスプリギティスに説明していく。とりあえず、第三者に聞いて貰えれば今後、同じ説明は不要だろう。スプリギティスも、『食われる所を助けた』の辺りで思い出してくれたので、これまた今後、楽になるだろう。――多分……。
「本当に……お世話になってたんだねぇ……」
「あらあら~……。なんだか、申し訳ないですね~」
「いえいえ、お気になさらず」
大体全部を話し終えると、口の端を引くつかせながら、マタモさんがうなだれ、他人事のように、スプリギティスがほほ笑む。
「…………」
「……………………」
ちなみに、悠莉とハオカはジトッとした目で俺を見ている。確かに、スプリギティスを食おうとしたのが、俺たちの仲間であるモモ缶だと言うことは言っていない。言ってはいないが、助けたことは事実だし、その目は止めて欲しい。
「んんっ! ともかく、夜分遅くに申し訳ありませんでした。そろそろ、お暇いたします」
ふたりからの視線を受け流し、にこやかに告げる。すると、マタモさんは「あ」と小さくうなると、柏手を打ち、俺たちを見る。
「そうだ。アンタら、今日はうちに泊まっていきなさいな! ちょうど、三人分、部屋が空いてんだよ。――ねっ? そうしなよ!」
三人分……。コラキ、ペリ、イグルの部屋か?
「でも……」
どうしようかと、悠莉とハオカを見る。
「旦那さん。悠莉はん、もう眠ってしもてます……」
どうやら疲れが限界だったのか、気が付けば悠莉はスゥスゥと寝息を立てて、俺の肩に頭を寄せていた。ハオカは、そんな悠莉のほっぺたをツンツンと突き、笑いながら俺に告げた。
「ははっ! どうだい? 宿、ないんだろ? そんな気持ち良さそうに寝てる子を起こすだなんて、鬼畜な所業……できやしないだろ?」
マタモさんはそう言うと、バチコーンッと片目を勢いよく閉じる。
「……はは、すみません。お世話になります」
「あいよっ」
こうして俺たち三人は、この『マタモ・ラビューン・エンズェル孤児院』に厄介になることになった。
ちょっと突貫作業なので短めです。次回は長くなる……予定です。




