鉄腕バイタァ・リターンズ
続きです、よろしくお願いいたします。
『エサ王、おみやげ、ヨロ?』
と言うモモ缶の言葉を背に受け、『西の光柱』がそびえ立つ森を出発して二日。
俺、悠莉、ハオカの三人は無事に、『ドーバグルーゴ帝国』の首都である『ミミナ』へと、到着していた。
「あ~、もう空が暗いね」
「完全に日が落ちる前で良かったな」
俺たちが『ミミナ』に入った時には、すでに日が傾いており、あたり一面がオレンジ色に染まっていた。
「ほんまに、そうどすなぁ。旦那さん、これからどないしはりますか? 宿に行かはりますか? それとも、おさきにご飯にしはりますか?」
入り口の門をくぐると、少し疲れ気味のハオカがひざを折り、屈みながら聞いてきた。さて、どうしたものかねぇ……。
「そうだなぁ……。おなかはペコペコだけど、先に宿を確保した方が良いかもな。なんか、前に来た時より、かなり人が多いしな……」
以前来た時は、そうでもなかったんだけどな……。なにか祭りでもあるのか? あとで確認してみるか……。
ふたりは俺の提案に同意するようにうなずく。そして悠莉は、しゃがみ込んだハオカの手を引きながら、俺を見て口を開く。
「んじゃ、早く行こうよ……。あたし、もう無理ぃ……。お肉、お肉が食べたい……」
ということで、俺たちは気持ち足早に、宿へと歩きはじめたんだが……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごめんねぇ……。今日はお客さんがいっぱいで、もう、全部屋埋まっちゃってるのよぉ……」
「ありゃ……ここもか」
歩き回って歩き回って、これで五軒目。ミミナに存在する主要な宿は、ここで最後だ。
三軒目の宿で聞いたところによると、ここ最近、西の森に『聖地』ができたという話が広まっており、巡礼者が経由地としてミミナに多数訪れているらしい。もちろん、モモ缶がいる森のことだろう。
ちなみに、俺が知らないうちに、『ミミナ→ジャグルゴ→西の聖地→ミミナ』の順番で回るという巡礼路が、出来あがっているんだとか。
「…………早すぎないか……?」
どことなく、バレンタインデーなどに近い、商業的な企画感がある。もしかしたら、ギャバンさんたちがなにかしたのか? この分だと、そのうち『東』『南』『北』『中央』の各『光柱』がある場所も、巡礼者でにぎわうかもしれないな。
「旦那さん、どないしはりますか? 安心して泊まれるお宿いうたら、ここが最後やと思うんどすが……。今日はもう、シロはんの中で休みますか?」
そんなことを考えていると、ハオカが困ったように聞いてきた。その視線の先では、まだ空き部屋状況を聞いていない、いくつかの――ピンク色の看板がかかった宿……。
「んぁ……。そう、だなぁ……。その方が良いかもな……」
俺の返事を聞き、どことなくホッとしたような、しかし、ちょっとだけ残念そうな表情を浮かべてうなずくハオカ。正直、俺自身もあんなあからさまな宿に宿泊して、自制できる自信はない。
「え? まだ、あそことかあるじゃない? もう少し回ってみようよ。せっかくだし、あたし、久々に温泉とか入りたい!」
しかし、そんな感じに短いやり取りで終わるはずだった、俺とハオカの駆け引きらしきナニカは、悠莉のピュアなひと言によって、ふたたび揺り起こされ、俺とハオカはギョッとして顔を見合わせる。
「……かんにんえ? そら、また今度にしまひょ?」
「ほら、せめて美味いものでも食べようぜ?」
そして俺とハオカは、不思議そうに件の宿を指さす悠莉の両わきをガシッとつかむと、そのまま引きずり、以前食事をした酒屋へと向かい始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「………………高いのが良い」
「分かった……。悪かったって……」
「あれほど人がたんとおる場所やと、さすがにうちも、旦那さんも、言えまへんよ……」
あのあと歩きながら、それとなく悠莉にあの宿がどういうモノかと伝えて、俺たちは酒屋へとたどり着いた。その結果として、悠莉は大層ご立腹――というか、すねてしまった。
俺とハオカは、そんな風にうつむき、顔を真っ赤にしている悠莉を、どこかほほ笑ましく感じ、思わず笑いそうになってしまう。
「ほらっ、早く!」
「痛っ! 分かったから……」
そんな俺たちの様子を見て、さらに不機嫌になってしまった悠莉は、俺の膝をガッシガッシと蹴りながら急かしてくる。俺は膝に感じる素晴らしい感触によって、思わずにやけそうになるが、グッと表情筋を抑え込んで、メニュー表に目を通す。
「それにしても……。ちょうどええタイミングどしたなぁ?」
「ん? あ、そう言えばそうよね」
酒屋は巡礼者たちがいるせいか、以前よりも繁盛していた。しかし幸いなことに、複数の客がほぼ同時にはけたらしく、俺たちはそれほど待たずに席に着けた。ハオカと悠莉は、そのことが少しだけうれしかったらしく、俺たちのあとに続いている行列を、どこか勝ち誇ったかのように眺めている。――恨めし気に見られてるから、あまり刺激しないでね……。
その間も、俺の膝はガッシガッシ、グッニグッニと、震動している。さて、十分に堪能したし、そろそろ注文するか。
「すみません、注文良いですか?」
俺は心持ち声を大きくして、厨房に声をかけた。すると、厨房からひょこっと、この店の店長が顔を出し、俺を見つける。
「――はいよ…………って、おぉっ? あん時の『冒険者』さんか!」
この酒屋の店長は、どうやら俺たちのことを覚えていてくれたらしい。「よぉっ」とうれしそうに、手を上げて歓迎してくれた。
「あ、どうもご無沙汰しています。それで――」
「ああ、分かってんよ。いま、ウェートレス向かわせっから!」
店長はそう言うと、パクパクと「サービスすんぜ」――多分、そう言ってる。言っててください――と口を動かす。
俺たちはそんな店長に、席に座ったままペコリと頭を下げると、そのあとはメニュー表を見ながら、次はどれを食べたい、これが気になるなどといったことを話し合っていた。
そしてそれから少しして――
「あらあら~。お待たせいたしました~……? あら~? なにをお待たせしたのだったかしら~?」
「………………は?」
どこか覚えのある声と内容に、思わず声が出る。そして、その声にハッと顔を上げたハオカと悠莉が、ポカンと口を開けて固まっている。
「う……そ?」
「なんで……?」
一拍遅れて、俺もその声の主――酒屋のウェートレスを見上げる。
そこにいたのは――
「あら~? あら~?」
背中から生えている白い翼を、パタパタと動かし、自分がなんのために俺たちの前に立っているのか、すっかりと忘れてしまったらしい女性――というかスプリギティスだった。
――って言うか、翼! 仕舞わないのかよ!
おかしいのは俺たちなのだろうか? 白い翼を隠そうともせず、店の床に羽根を散らしていくスプリギティスを、誰もがほんわかとした表情で眺めている。なかには、その羽根をこっそりと拾って、匂いを嗅ぐやつら――男女問わず――まで……。
「ねぇ、おじさん……。あたし、おなかが空き過ぎてるのかな? 変な幻覚が見える……」
「あら、奇遇どすなぁ。うちもどす……」
悠莉はこめかみを押さえ、ハオカは目頭を押さえて、ともにうなっている。まあ、その気持ちは痛いほどわかる。「あれ、しばらくは『光柱』から出られないんじゃ?」とか、「あれ、俺たちのこと……また忘れてる?」とか、ツッコミたいことは山ほどある。
「ティスちゃん、注文……ちゅ・う・も・ん」
「………………っ!」
しかし、常連客らしいおばさんに声を掛けられているスプリギティスを見ている間に、いつしか『Q:なぜですか?』『A:スプリギティス』――で、納得してしまうんじゃないかと思う自分が居る。
「あらあら、えぇっと~? ふんふん……『ゴチュウモンヲドウゾ』?」
ハッとなにかに気がついたスプリギティスは、メモ帳を片手に、俺たちにそう言った。そんな彼女の背後には、黒子姿の誰かが控えていて、どうやらスプリギティスに、仕事をアドバイスする――カンペみたいな役割を担っているようだ。
「えぇっと……。じゃあ――」
その異様な光景を、誰もが異様と感じていない、異様は雰囲気のなか……。俺は半ばやけっぱちに、注文をしていく。……異様ってなんだっけ? 分からなくなってしまいそうだ。
「では、少々お待ちくだ……さい~?」
その疑問形と、傾げた首が非常に不安になる。
案の定、スプリギティスは机の上にメモ帳を忘れてしまっている――が、その忘れていったメモ帳を、黒子姿のひとが確認して、書きこんで厨房の店長に渡していたから、たぶん大丈夫……と思う。――って言うか、もう黒子のひとをウェイターとして、雇えばいいんじゃないだろうか?
「「「……はぁ」」」
去って行ったスプリギティスと、黒子のひとを見送ったあと、俺たち三人は同時に息を吐く。
「考えても仕方がないな……」
「そうどすなぁ……」
「あとで……前と同じくらいの時間に、また待ち伏せしよう?」
そうして、俺たちはここ数日で一番の疲労を感じながら、食事をした。




