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大・出・張!  作者: ひんべぇ
後日談:また会う日まで
196/204

巡礼路:西(2)

続きです、よろしくお願いいたします。

 ――キュルキュルキュルキュルキュル。


「あぁ……。これは俺の見通しが甘かったな。すまん……」


『ん、気にしてない。エサ王、会えた、モモ缶、うれしい』


 よくよく見れば栄養ドリンクみたいな色合いの『光柱』のなかで。『西の光柱』の『守護者』――モモ缶はプルプルと首を横に振る。


 ひらひらと。もしくはぷかぷかと。髪の色とおそろいの、白桃色のワンピースを翻しながら。モモ缶は『光柱』のなかを漂っている。


 ――キュルキュルキュルキュルキュル……。


 その間も常に。モモ缶の小さなおなかからは、『もの足りない』を示す音が鳴り続け、俺たちを非常に申し訳ない気持ちへといざなってくる。


「ん~……。モモ、やっぱり受け取れない?」


『ん、まだ、なじんでない? ここ、通れない……』


 悠莉は眉間にしわを寄せながら。『光柱』を殴りつけ、モモ缶からも手を伸ばしてみるようにと指示している。


 しかし、モモ缶いわく――『なじむまで出られない』らしくって、グッと泣き出しそうになっている。


「なんや、切ないなぁ……。なんとかできまへんか、旦那さん?」


「そうだなぁ……」


 ハラハラと言った感じで、ハオカが口を手のひらで覆い。キュルキュルと音を出すモモ缶を見つめ、俺に助けを求めてきた。


 当然、俺もこの状況を放っておくつもりはない。なんとかしてやらねばと、『光柱』をコンコンとたたいてみたり、なでてみたり、なめてみたりと試してみる。


『――っ! モモ缶、それ、思いつかなかった、エサ王、おいし?』


「いや……。味がしないな……」


『……そう……』


 しょぼんとしたモモ缶は膝を抱え、『光柱』にぷかりと浮かぶ。


「――ちょっと、おじさん……」


「分かってるって……」


 悠莉に脇腹をつつかれながら、俺はなんとかこの『光柱』を突破する方法を考える。――バシリッサの問題をなんとかするためにも。なにより、モモ缶をこんな状況から解放するためにも。なんとか……。


『ん……? そういえば、エサ王、ゆうり、はおか、なんで、いる?』


 ふと気がついたらしく。しばらくふくれっ面のまま。体育座りの格好で浮かんでいたもも缶だったが、ようやく俺たちがここに――地球ではなくこっちの世界にいることの不思議に気がついたらしい。


 目を輝かせたモモ缶は、その不思議に目を輝かせながら、『光柱』をペチペチとたたき――


『んっ! んっ!』


 その興奮……と言うか喜びを俺たちに必死に伝えようとしていた。


「はは……。まあ、ようやく満面の笑顔が見られたな……」


「そうだね……」


「ほんま……。良かったどすなぁ……」


『んっ!』


 しかし……。ペチンペチンから徐々にバチンバチンへと……。さらにはバンバンと変わっていく音に、少しだけ不安になる。


 ――この『光柱』。壊れたりしないよな……?


 しげしげと『光柱』をながめていると、モモ缶が俺の視線に気が付き、さらに『光柱』への攻撃――もとい……。いや、やっぱり攻撃だな……これ。


「モモ缶。喜んでくれるのは分かったから。あんまり動くともっとおなかが空くだろ? その辺で抑えておけよ」


 激しくなる攻撃に不安を覚え。苦笑しながら俺はモモ缶に語り掛ける。


『んっ! モモ缶、なんで、エサ王たち、ここにいる、しらないけど、さびしかった、から、うれしい』


「ふふっ」


 そこまで言われると――やっぱりこちらもうれしい。俺は、悠莉やハオカと顔を見合わせて、思わず笑い合う。


『ん、あと、モモ缶、おなか、へってない』


 そんな俺たちを見て、ようやく落ち着いてきたのか。モモ缶は片手を腰に、もう片方の手を前に突き出し。俺たちに手のひらを見せながら、フルフルと。「遺憾であります」と言った感じで空腹を否定してきた。


「えっ? でもアンタ、おなか鳴ってたじゃない?」


『ん、なってる、でも、へって、ない』


 ――キュルキュルキュルキュルキュル。


『ん、へって、ない』


 さて、どうしたものか……。これはモモ缶がそれなりにレディっぽく恥じらいを覚えたと言うことだろうか?


「ん……むぅ」


 ――キュルキュルキュルキュルキュル……。


「いや……。この音……」


『へって、ない……』


 どうやら主張は覆らないようだ。


「困った子ね……」


「ん~……。やけど、うそをついとる様子はあらしまへんよ?」


 威厳? たっぷりに、首を横に振るモモ缶の、突き出した手のひらと『光柱』越しに手のひらを重ねながらハオカはつぶやく。


「どうなんだろ? モモ缶、おなかは本当に空いてないんだな?」


『ん、へって、ない。でも、ごは……。ん、おやつ、ほしい』


 モモ缶は珍しく。本当に珍しく。回答の仕方に気を使ったらしい。「ご飯が欲しい」と言い掛けて、なにかが違うと考えたのか、両サイドのこめかみにそれぞれの人差し指を突き当て、小首をかしげると、「ご飯ではなく、おやつが欲しい」と。そう言い放った。


 ――結局、なにか食いたいんだ……。


 そんな無粋な言葉をグッとのみ込み。俺はさらに突っ込んで聞いてみる。


「えっと、おやつが欲しいって、どういうことだ?」


『ん……。んんっ……。おなか、へら、ない、でも、ふまん?』


 ――うん。さっぱりわからん。


 こう言う時こそ――


「悠莉、どういうこと?」


「――ぇっ? ここであたしなの? まぁ、良いけどね……。たぶん、栄養は足りてるけど、なんていうか………………そうっ! 『甘いものは別腹』ってことじゃない?」


「えぇ……。それはさすがに『んっ、それ!』……そうなんだ……」


 さすが悠莉――『モモ缶翻訳機』だ。どうやら正解らしい。モモ缶が悠莉をキラキラと見つめて物凄い勢いで首を縦に振っている。


「あぁ……。そないなことどしたか……」


 むッ……。どうやら、ハオカも納得の理由らしい。――これは俺も分かった風を装った方が良いのか……?


 そんなことを悩んでいる内に、悠莉はバンバンとモモ缶との対話を進めていく。


 そして分かったことは――


 まず……。生きていくために必要な栄養素とか、満腹感は『光柱』から供給されてくるらしい。


 しかし、『光柱』から自由に出入りするためには、もっと『力』と『体』がなじむ必要があるらしい。おかげで外に出られず、徐々にストレスがたまってきたモモ缶は、ある日ふと「甘いものが食べたい」と思ったんだとか。


 そこから鳴り始めたおなか――ってことらしい。


『ん、だから、おなか、へって、ない』


 どや顔のモモ缶は「えへん」って感じで、『光柱』のなかに立つ。


 ――なるほどねぇ……。しかし……まあ。


「だとすると、これ持ってきたのは良かったのか……無駄だったのか……」


『――っ!』


 俺が取り出した『もも缶』に、モモ缶の目がくぎづけになる。


 ――キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルゥゥゥ……。


 そしてふたたび。いや、これまでよりもいっそう激しく鳴り始めるおなか。


「おじさん、またかわいそうなことして……」


「旦那さん……」


「い、いや違うって! なんとかなんねぇかなってさ……」


 悠莉とハオカから向けられる冷めた目に、少しだけゾクゾクしながら。俺は缶詰を『光柱』の壁面にグイグイと押し付けていく。


『んっ、エサ王、がんば、もすこし、ふぁいと』


 モモ缶の期待の目が痛い。まるで俺が本当になんとか出来ると信じているみたい……ってか信じているのか……。


「おじさん……」


「あんまり期待させても、ももはんがかわいそうどすぇ?」


 ため息まじりに、悠莉とハオカが俺を止めようとしてくる。


「い、いや……でもさ?」


 ――なんか、こう。できそうな気がしないでもないんだよな。この『光柱』、微妙に材質がテンピュールっぽいと言うか……。なんか――手だけでも突っ込めそうな……。


『――っ? エサ王、め、きれい?』


「?」


 なんだか、モモ缶が「?」って感じでつぶやいた次の瞬間――


 ――グンニャァ……。


「――おっ! のぁっ?」


「えっ?」


「壁が……」


 突然……。『光柱』の壁が。俺が缶詰を押し付けていた一部分が変形してしまった。


『んっ? エサ王、これ、なに?』


「これって……神社とかの?」


「さい銭箱……だな」


 変形しきった『光柱』の壁は、いまや栄養ドリンクの色合いのさい銭箱と化していた。


「――にしては、形が変……どすなぁ?」


 しかし、ハオカが指摘するように。このさい銭箱にはおかしなところがある。――それは……。


「うん。さい銭箱型の食卓……って言った方が良いか?」


「そう……ね」


 目の前のさい銭箱には、お金を入れるための口がなく、板張りになっている。そして口の代わりなのか、中央に平らな――まるで皿の形を模したかのようなへこみがある。


「まさか……な」


 なんとなく。もしかして。そんなバカな。――そんな複雑な気持ちを抱きつつ。俺はその中央のへこみに、缶詰を置いてみる。


 すると――


「――目がっ! 目がぁっ!」


「まぶしっ」


 缶詰を置いたへこみから、目が痛くなる程の強い光が放たれる。たまらず危うい言葉を放ち、両手で目を覆う。


 それから少しして。光が止み、おそるおそる。目を開いてみるとそこには……。


『んっ、エサ王、さすが』


 缶詰を手にしたモモ缶が、モッキュモッキュと缶詰の中身――白桃を口にしていた。――食うのが早ぇよ……。


『ん、おいしい』


 ――モキュモキュモキュモキュモキュモキュモキュ……。


 まあ、さっきまでの切ない音より。寂しげな表情より……。


 こうしてモッキュモッキュと笑っているほうが断然良いけどな。


「お疲れさま……って言うか、どうやったの?」


「いや、俺はなにも? たぶん、モモ缶の食い意地が強過ぎて『光柱』と強引になじんだとかじゃないの?」


「ん~……?」


 さて、これなら次のステップに――バシリッサの問題に関しても動けそうかな?


 気のせいか、モモ缶の表情が晴れやかになった途端。空気までもが清浄な感じになった気がする。


「って言うか、なんか花まで咲いてるっ?」


「これも『光柱』ん力なんやろか?」


「どうなんだろ?」


 俺たちは、突如として周囲に咲き乱れ始めた花をながめて驚きの声を上げる。


 ――モッキュモッキュ……。


「――ま、いっか」


「――そやね」


「ビックリはいつも通りだしね?」


 しかしまあ……。慣れと言うのは恐ろしい。俺たちはうれしそうに白桃をほお張るモモ缶を見て、どうでも良いかと、ホッとして結論付ける。


「んで? おじさん、これからどうするの?」


「――おっと。そうだった」


 さて、ここからが悪だく――人助けだ。


「モモ缶やい」


 ――悠莉の教育の成果なのか……。キチンと正座して白桃をモキュモキュと咀嚼するモモ缶に、俺は声を掛ける。


『………………』


「あ、うん。ごめん、ちょっと待つ」


 無言で、「待って」と言いたげに手のひらを向けてくるモモ缶に軽く謝り、俺はモモ缶のおやつタイムが終わるまで待つ。


 そして――


『ん、いい』


 モモ缶の許可が下りたので、俺はさい銭箱の上に、新たなる兵器を投入する。


『ん、これ、は?』


「どうぞ……お納めください」


 ゲヒヒと笑いながら。俺はモモ缶にソレを――はちみつを入れたホットミルクを飲むように促す。


『ん……』


 そしてモモ缶がコキュっと、ひと口飲み。


『んんっ! これ、すごい!』


 やがてふた口、さらに、さらにとコキュコキュしていく。


「ふ……。勝った」


 ――どうやら、お気に召したらしい。これならうまいこといくかな?


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