ハニー・ミッション
続きです、よろしくお願いいたします。
――バチバチバチ……。
「………………」
俺のろっ骨のライン回りを、朱色の縄が締め付けている。
「――おっふ……」
時折訪れる、低周波治療器のような、ビリビリとしたしびれは意外と心地よく――俺の腰に響く。――あぁ……。そう言えば『高架橋』を渡ってからしばらくの間。立っている時間とか、かがむ時間の方が長かったっけ……。
そんなことを考えていた俺はたぶん。熱い温泉につかる、江戸っ子じいさんのような。そんな弛んだ表情を浮かべていたんだろう……。
「どないしてん、旦那さん?」
クスクスと笑いながら。ハオカは床に正座している俺の、あごからもみ上げあたりまでをツツッと。優しく、ゆっくりと、そのつま先でなで上げてくれる。――主に対して、なんという……不敬!
「――お前、こんなスキルあったんだな……ハオカ」
「ん~……。スキルと言うか、旦那さんとおんなじ、『技』……どすなぁ」
ハオカは笑顔のまま。こんどはもみ上げからあご先へと。つま先をなで下ろしていく。――クッ……。
この縄……。ビリビリが適度に気持ちよくて、そう言う意味では抜け出せない。抜け出そうと言う意志が湧き上がってこない。――べ、別にあごを持ち上げられるのが良いのではない。ただ単純に……。電気あんまのような。低周波治療器のような。熱い温泉のような刺激が素晴らしいだけだ。――いや、マジで……。うん。
「――? なんでひとりで納得してんのよ?」
縛られながらも、うんうんとうなずく俺に対して、悠莉があきれたような表情を浮かべて、ため息まじりに俺を見下ろしている。
――うん。そろそろかな?
俺は、床に正座させられ、ハオカに足蹴にされると言う。――なんとも、屈辱的な状況と別れを告げるべく。俺のあご先に触れているハオカのつま先から滑るように、視線を上へ。ハオカと悠莉と目を合わせるようにと移していく。
そしてわずかな間。ふたりと見つめ合うと、深呼吸をして、口を開く。
「――聞いてくれ。どうやら俺と、お前らの間に、なんだか……そう。とてつもなく大きな誤解があるようだ」
「誤解ぃぃ?」
「よろしおす。話しておくれやす、旦那さん?」
悠莉は疑わしげに。ハオカは目を細め、深くうなずいて。俺の顔をマジマジと見てくる。
――おぉ……。ちょっと、照れくさいな……。
真っすぐに突き刺さって来る、大きなアーモンド形の瞳と、宝石のような緋色の瞳を見つめ返しながら、俺はどうしてこの店に来たのか、この店がどんな店なのか。そして、バシリッサとどんなことを話していたのかを説明していく。
「――へぇ……。町の外からの客が来ない……ねぇ……」
「ああ、せっかくだしな。――なんとかしてやれないかな……と」
いまだに、俺の行動に不純な理由があると疑っているのだろうか……。悠莉はジトッと俺を見下ろしながら、「本当に?」と、その目で訴えかけている。
――当然。俺になんらやましいことはない。……『ポーカーフェイス』。
「まさか……。疑っているのか? 俺は……」
心外だと言わんばかりに、悠莉の瞳を強く見据える。
「おじさん、あたしに『ポーカーフェイス』効かないの……忘れてる?」
「………………」
――その後。奇麗なかかと落としをいただきました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――まあ良いわよ。外見はアレだけど、ここのはちみつ、おいしいしね?」
「お、おぉ……。感謝するぞ……」
――悠莉とハオカの迫力に恐れをなしていたのか。これまでずっと口を閉ざしていたバシリッサが、声を震わせながら悠莉に向けておそらく頭を下げている。
俺は、残念ながら……。その姿を見ることができないでいる。
「――おじさん、もう良いよ?」
悠莉のからかうような。楽しむような弾んだ声に従って、俺は、俺の額と仲良くしてくれた床と別れを告げる。
「ふぅ……」
――店を訪れた本当の経緯がバレてから一時間。さすがにこのフォームにも慣れたもので、このくらいじゃ、しびれたりはしない。ふふ……。われながら恐ろしい……。
「――でもさ、協力するのは全然良いんだけど、ひと晩でなんとかなるようなモノじゃないよね?」
「んっ? あ、ああ、そうだな……」
椅子に座りながらひと伸びした悠莉は、そう言い放つと、カウンターに置かれた試供品のはちみつをひとなめする。
「やっぱりおいしいよね。――はい、ハオカ。あーん」
そのまま輝くような笑顔になった悠莉は、こんどは人差し指でひとすくいして、ハオカへと差し向ける。
「あら? ええんどすか?」
「よいよい。味わうとよい」
「ほな、失礼して……。――ぁん……。こら、はんなりとしたお味どすなぁ」
ハオカはバシリッサに許可をもらって、悠莉の指にパクリと食いつく。そして悠莉と同じように笑顔を浮かべる。
――どうやら女性陣は、ここのはちみつがお気に召したらしい。試供品のはちみつを八割ほどなめ切ったあと、『この店に外の客を』と、やる気を出してくれた。
まあ、そうは言っても悠莉が指摘するように。一朝一夕でこの閑古鳥状態が解消するはずもないだろうなってことで――
「じゃあ、俺たちは先に『西の光柱』に行ってくる」
「――本当に、まだ大丈夫なの?」
「うむ。幸いにも売れ行き自体は町民によって潤っておるのでな。――長い目で見るとピンチじゃが、わずかな時間であれば問題はないのぅ」
当初、俺はその場しのぎ――ひと晩だけの協力をするつもりだった。しかし、はちみつを気に入った悠莉とハオカから、そのことについてダメ出しが入り、先に用事を済ませてからじっくりと取り組もうと言うことになった。
バシリッサの望みは『町にもっと外からの客を呼びたい』『そのために自分も貢献したい』らしいので、まあ長期戦は覚悟しているらしい。――あまりに外からの客が来ないから焦ってはいるようだが……。
そんな訳で、俺たち三人はいったんバシリッサの店を出る。そして『ジャグルゴ』から離れたところでお留守番をしている『天帝城』に戻ることにした。
それから数分……。
――ズルズル……と、俺の通ったあとを、砂ぼこりが追いかけてくる。――驚いた……。この朱雷の輪。手に持てるんだな……。
「そう言えば、おじさん?」
「ん? なんだ、悠莉」
――ズルルルル……。
そんな俺の不自由な状態があたりまえであるかのように。悠莉はいつも通りの様子で話を続ける。
「もし、あたしたちがさ? あの場に居合わせなかったら……。――どうするつもりだったの?」
「あ、そない言うたらそうどすなぁ。旦那さん、どないしはるおつもりどしたん?」
悠莉が妙に迫力のある笑顔で。ハオカがその手から伸びた朱雷をグイッと強く引きながら。俺に対して「嘘は許さない」とばかりにすごんでくる。
――ゴクリとつばを飲み込み。俺はおそるおそる――『改修計画』を告白することにした。
「――まずは……。看板の絵を変える。まあ、さすがにあの絵柄はな……」
「へぇ? わりと普通?」
「ほぉ?」
――嘘は言っていない。ただ絵柄を『網タイツにハイヒール』から、『生足とはちみつ』に変えようとしただけだ。こういうことは、明言しない。それが『サラリーマン』の危険回避術だ。
心のなかで「トラップ解除!」と叫びながら、続ける。
「次は――店員……つってもバシリッサだけだが。あのたるみきった服装はいかん。――ちゃんとした接客は服装からだ。うん」
「う……そ……でしょ? おじさんが……まとも」
「ほぉん……?」
悠莉が驚がくのまなざしで俺を見ている。――まったく失敬な……。
当然だが――これも嘘は言っていない。ただ制服としてホットパンツ、もしくはワンピース。そして足元は生足――サンダルまでは許可しようかと思っていたくらいだ。
なんとなくハオカの含み笑いが気にはなるが――続ける。
「最後は実演販売……だな。実際の商品が分かれば購買意欲も増すだろ?」
「あ、そうよね…………」
余談だが。はちみつは肌にも良いらしい。
――俺は実演販売として、はちみつパックの実演コーナーを作って店主の足に客が手ずからパックを塗りたくり、そのトゥルトゥル具合を実感すると言うモノを考えていた。
「はぁ……。おじさん、やっぱり商売になるとちゃんとするんだね……」
「ま、まあなっ」
――よしっ……。やはり嘘でなければ悠莉のスキルは反応しない! 計画通りっ。
内心でほくそ笑みながら。俺は悠莉から受ける尊敬のまなざしにむずがゆいモノを感じていた。
すると、そんな俺たちの様子をニコニコと眺めていたハオカが立ち止まり、地面をズズズ――と移動する俺の動きを止め。そのまま、俺の前にしゃがみ込み、ポツリと言った。
「ほな、旦那さん? うちらにそん実演販売? 言うんをおせぇていただけまへんか? ――そうどすなぁ……。うちも手伝います。やから分かり易う、実際にやってみてくれまへんか?」
「あ、そうね。あたしも知りたい! 手伝うから良いでしょ?」
好奇心からか……。悠莉も俺の前にしゃがみ込み、「はいはーい」と手を上げてそんなことを言い始めた。
目の前に並んだふたつのあいやに気を取られ、興ふ――油断した俺は叫ぶ。
「――マジでッ? じゃあ、帰ろうっ! 帰って、その足に、はちみつパックを――」
「やっぱりかっ!」
――言った直後。目の前に、悠莉の足裏が飛んで来た。
そして薄れゆく意識のなかで……。ぼんやりと悠莉とハオカの会話を耳に拾う。
「――あ、でも。いつも通りのおじさんで、思わず安心して蹴っちゃったけど……。よく考えたら、はちみつパックはありよね……」
――なら、なぜ蹴った? 良いけど……。
「そうどすなぁ……。ほいでも、悠莉はんは、旦那さんを蹴ってひと安心。旦那さんはあいやに蹴られて大興奮。うちは気を失った旦那さんに添い寝して大満足や。どなたはんも損しておりませんよ? ええんでは?」
――そうなの?
「うーん……。そっか! じゃあ良いかな?」
――そうなんだ……。
ふたりのそんな会話を聞きつつ。俺は『WIN―WINな関係』とやらを実感する。そして、ズルズルと俺を引きずる音を子守歌代わりにして、目を閉じた。
どうでも良いがいい加減、引きずるのは止めて欲しかった……。
やはりPV、ブクマが増えるのはうれしいものですね。
みなさま、誠にありがとうございます。




