クイーン・アフター
続きです、よろしくお願いいたします。
「おぉ……。ひとが……。活きた目をしている……」
無事に『マコス大陸』から、『高架橋』をわたって『ウズウィンド大陸』へとたどり着いた俺たちはいま、ちょうど目の前にあったこの町――『ジャグルゴ』の入り口にいる。
この町はかつて『女王様』――もとい『女王蜂バシリッサ』、『兜伯獣カンタロ』、『鍬伯獣ルカナス』によって占領されていた町であり、俺たちによって解放されたと言う思い出の町でもある。――良いおみ足だったなぁ……。
ちなみに、町を占領していた三体の『伯獣』たちは現在、カンタロは行方不明で、バシリッサとルカナスはドーバグルーゴの首都ミミナの帝城地下牢に投獄されているそうだ。
そして現在、解放されたジャグルゴは無事に平穏を取り戻しているようで、なんとなく見覚えのあるひとたちが、仕事に精を出していた。
「うっわぁ……。やっぱりここもお酒の匂いが強いね……」
鼻をつまみながら、悠莉がぼやいている。――大丈夫……だよな? まだ、酔ったりしていない……よな?
「あ、あそこんひと……。あっちゃんひとも……。あん時、操られとったひとどすなぁ」
「うん。はたから見た感じだと、後遺症とかもないみたいだな……。――よかった……」
町の復興ぶりにホッとした俺たちは、続けて町からすると南西の方角――そこに見える『光の柱』へと視線を移す。
その『光の柱』は薄っすらと、白桃色に輝いていた。――その意味するところはつまり……。
「――おじさん……」
「分かってるって……。ここで支度を終えたら、顔を出しに行くか?」
珍しくしおらしい悠莉の、破壊力抜群の上目づかいにやられた俺は、悠莉とハオカにそんな寄り道を提案してみる。
当然、ふたりが反対などするはずもなく。俺たちは当初の予定――首都ミミナ行き――を少し変更して、『西の光柱』へと向かうことにした。
さて、そんな訳で、三人そろって買い出しをするために、町のなかへと足を踏み入れた。
「行ってくるから、そこで待っててねっ! シロちゃん!」
『――シロォン……』
ちなみに、『天帝城』は『北の村ソーイ』で入手したスキル『隠蔽』で隠れてもらっている。このスキル、どうやら『村』や『建物』など、一定の生活区画に対してしか使えないらしい……。――また微妙に使い勝手が悪いスキルだ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて……と。食料品に、城壁の修繕道具に……。――こんなもんか?」
大量の荷物をギルドカードに乗っけた俺は、悠莉とハオカに買い忘れがないか確認する。
「ん~……。どうだろ? あたしはあとはもう良いかなって思うけど?」
「うちも……どすなぁ。正直、シロはんの中で、大抵のモンはそろいますしね……」
悠莉は両手を頭の後ろで組みつつ、ハオカは人差し指であごをなぞりつつ答える。
「んじゃ、今日はシロの中で寝るか……。――かなり疲れた……し……」
そして買い忘れがないという前提で話をまとめた俺は……。そこで……。見て……しまった。
――『女王様のお・み・つ』……。
「――なぁっ」
町の誰もがスルーしていくその看板。背景色は黄色――いやはちみつ色。文字は黒。そして店名の最後に、申し訳程度に描かれた――網タイツとヒールの絵!
――怪しい……。怪しすぎる……。
これは事件の予感だ……。町の安全のためにも、調査する必要があるだろう……。
――しかしっ!
こんな怪しげな。危険そうな所への潜入捜査……。悠莉やハオカ……。若者たちを巻き込んで良いものだろうか――いや、良くない。
――ならば、答えはひとつ!
「悠莉……。ハオカ……。――少し、怪しい気配がする」
さりげなく。――俺は件の看板が悠莉たちから見えないようにと、視線を誘導しつつふたりの目を見つめる。
「――はぇ?」
「怪しいて……。ひょっとして、『伯獣』どすか?」
悠莉とハオカが、気の抜けたような、ポカンとした表情で俺を見てくる。――チッ……。
しかし、ここで引き下がってしまっては、彼女たちの安全性が危ないっ!
「――『伯獣』かどうかは、正直分からん……。しかし、もしかしたらそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……。ここは……俺が周辺の様子を探って来る」
「? なら、皆で行けば良いじゃない?」
「――っ! 駄目だっ……。――えっと……。あ、そうだ。ふたりは隠密行動に向いているような、偵察できる感じのスキルとか、ないだろ? ――ここは俺に任せて、『天帝城』で待機していてくれ……」
「――えっ? でも「大丈夫だっ」……はぁ……?」
なおも食い下がろうとするハオカを制止し、俺はそのままふたりの背中をグイグイと押しつつ、『天帝城』へと追いやる。
――さて……。行動開始だ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
悠莉とハオカを『天帝城』に見送った俺は、現在、件の店の前に立っている。
「――くぅ……」
まだ中に入っていないにもかかわらず。店先からはビンビンと怪しいオーラが漂っている。――しかし、町の人たち……。これだけ怪しい店を完全にスルー……と言うか、受け入れているな……。
「うん……。あれは、減点――いや、理解できん……」
看板をふたたび見上げる。注目すべきは、店のイメージなのか、網タイツにハイヒールのイラスト。
――ダメだ……。蜜と来たら、生足だろうが……。
やるせない憤りを覚えながら。俺は静かに店の軒先へと移動する。
ふむ……。扉に掛かっているのは、『営業中』の掛札。どうやら、こんな真っ昼間から。こんな大通りで営業しているらしい。――なかなか、良い度胸だ……。
「………………」
――ゴクリ……。
息を飲みながら、ドアノブに手を掛ける。
――チリン……。
おそらく客の来店がすぐわかるようにだろう……。ゆっくりとドアを開くと、店内に澄んだ鈴の音が鳴り響く。
「――ぁ、いらっしゃぁぁぁい!」
ちょっと引くほどの勢いで、店員らしき女性が艶っぽい声で、俺を迎えてくれた。
――この声っ……。
俺の心臓がバクバクと……。期待に――いや、歴戦の勘による緊張で鼓動を速めていく。
やはり……そうなのかっ! ――そう言う店……なのかっ?
「ようこそ、儂の店………………へ?」
――ジャラララと、鎖を引きずるような音がする。まさか……やはり……『サービスと満足』的な……?
はやる鼓動を抑えつつ。俺は店員の顔を、改めて見る――
「そなたは……。ひっ……ひぃぃぃぃいぃぃ――」
「――おま、バシリッサっ!」
そこには、かつて俺たちが退治し、いまはドーバグルーゴの帝城地下牢にいるはずの『女王蜂』――バシリッサがいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ほ、本当に? あの毒娘はおらんのかえ?」
「――誰だよ……?」
店内のカウンターから、顔の上半分だけ覗かせながら、バシリッサは俺を見上げてくる。
「取り敢えず、いまいるのは俺だけだ。――で、お前はどうしてこんな所に?」
「――ほ、ほぅ……。そうかそうか、あの毒婦はおらんのか。では……聞いてくれるかの? 儂の苦難の日々を――」
びくびくと怯えながら。――かつての『女王様』と言った威厳を喪失しているバシリッサは、どうしてこんな所で、こんな店を開いているのかを話してくれた。
きっかけは、地下牢の番人だったらしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『お? お前さん、なんだか……憑き物が落ちたって感じだな?』
『ほっ? そうかのぉ?』
――たぶん、バシリッサ自身が強くなったことが原因か。それとも、栗井博士たちと長時間離れたことが原因か。理由は分からないものの、いつの間にかバシリッサの邪悪――と言うか、自分以外を見下している感じがなくなっていたらしい。
そして門番はそのことを『ドーバグルーゴ帝国』の帝王――ダンマ様に報告。
『――面白れぇ……。なら、試しに人里でヒトと共存できるか試してみろや……』
――ってことで、罪滅ぼしの意味も込めて『ジャグルゴ』の復興支援を命じられたらしい。
しかし、いきなり『復興を手伝え』と言われたものの、バシリッサ自身には戦闘技能以外は持っていない。つまりは役立たずと思われていた。
――が、しかし……。ここで門番がふたたび報告する。
『――あぁ、そう言えば。たまにこの女王様が出す『はちみつ』が、すっげぇうまいんすよね!』
『ほぅ……? んじゃそれだ。バシリッサ――お前さん、『はちみつ屋』として働け? ――んで、『ジャグルゴ』の新しい名産品にしてみせろ。――それで無罪放免にしてやらぁ……』
――ってことで、いまに至るらしい……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――って、はちみつ屋かよっ!」
「な、なんじゃっ? 看板にちゃんと書いてあったであろ?」
そうだけどさぁ……。俺のときめきを返せよっ……。看板の絵が紛らわしいんだよ……。
「――あと、網タイツはよせよ……」
「?」
ちなみに、バシリッサの部下であったルカナスは、首都『ミミナ』で土木関係の職に就き、良い汗を流しているらしい。
「――まぁ、ともかくそんなわけじゃ」
「なるほどねぇ……。ちなみに、店名は自分で付けたのか?」
「いや、ダンマ殿じゃ。――『来客効果抜群だぜ?』と言うておったが……」
語るバシリッサの表情は暗い。
「もしかして、町の住人との折り合い……悪いのか?」
俺の問い掛けにバシリッサは首を横に振る。
「町の皆は良くしてくれる。――儂の罪など気にせん……とな」
ダンマ様からの命令で、『ジャグルゴ』にふたたび。こんどは住人としてやって来たバシリッサ。
最初は自分の犯した罪もあり、迫害上等だったらしいのだが……。この町の住人――とくに男性はかなりの歓迎ムードであったらしい。
もちろん、こころよく思わない住人もいたらしい。しかし、こうしてこの店で上質なはちみつを安値で提供するうちに、いまではほぼすべての住人が、バシリッサを町の仲間として受け入れてくれたんだと……。――どうやらこの町のひとは、基本的に『満足』側の住人であるようだ。
「――そのような、皆だからこそ……。町の経済に協力したいのだが……の……」
寂しそうにバシリッサは、「試供品じゃ」と言って、俺にレモン汁とはちみつを混ぜたホットドリンクを差し出してくれる。――ちなみに、蜜の出どころはバシリッサ自身らしいが、「どこから?」と言う質問には答えてくれなかった。
「――美味い……」
「ふふ。それは良かった」
ほほ笑むバシリッサには、すでに邪悪な感じはなく。本当に町娘って感じになっている。
しかし……。町の住人との仲も良好と言うなら、やはりこの暗い表情の原因は……。
「もしかして、売れ行き……悪いのか?」
俺の問い掛けにバシリッサは首を横に振る。
「――売れ行きは良いのだがの? どうにも、町の者たちだけでの。肝心かなめの、外からの客がなかなか来ないのじゃ。――たまに来ても、先ほどのそなたのように大層ガッカリとした様子で帰っていきおる……」
「――ああ」
それは納得だ。
あんな『いかにも』な看板。来るとしたら、俺みたいにすけ――いや、『冒険者』として町の住人を危険から守ろうと言う使命に燃えた男くらいだろう。そうでない者は皆、あの怪しげな看板で敬遠するだろうな。
「そなた……。もしかして、なにゆえ客が来ないのか、分かるのかっ?」
うんうんと首を動かす俺を見て、バシリッサがすがるように。上目づかいで、カウンターから見上げてくる。
「ん? ああ、見当はつくぞ?」
――むしろ、なぜ町の住人が指摘してあげないのだろうか……。
「な、ならば『サラリーマン』よ……。これは儂からの依頼じゃ……。なにか……。なにか、客を呼べる良い案を出してはくれぬかっ?」
「………………」
半泣きのバシリッサを見ながら、ひと呼吸。――どうするべきか、考えてみる。
今日はどうせ、ここら……っつうか、『天帝城』で眠ることだし……。まぁ、ひと晩だけなら、問題ない……か?
「――うん。ひと晩だけなら、時間はあるからな。良いよ、やろう」
「――っ。そうか……。そうか……」
鼻水まで出しながら、バシリッサは俺に飛び付いてくる。
――むっ……。カウンター越しにチラリと見えるおみ足が素晴らしい……。
「――あ、そうだっ。まずは看板だ!」
「看板?」
まばゆいひらめきが、俺の頭脳に舞い降りた。俺は忘れないうちにと、そのアイディアをバシリッサに提供すべく、まくし立てる。
「ああ、まずは看板の『網タイツにハイヒール』を、『生足にはちみつ』の絵……にたたたたた――」
――が、突如として、俺の頭蓋にミシミシと。絶対に頭部から聞きたくはない音が鳴り始める。
「痛いっ! 痛いっ! だ、誰……だ――」
痛む頭をクルリと回し、俺の頭部に継続ダメージを与え続ける何者かを……見る。
「やっほ、お・じ・さ・ん?」
「――やっほぅ……。悠莉ちゃん……」
片手で俺をつかみ上げながら、悠莉はニパッといつものように笑顔をくれた。――その隣には、バチバチと朱雷をまとったバチを持つハオカ……。
「旦那さん? 説明……してくれますやろ?」
「………………はい」
――俺、無事にこの店から出られたら…………………………………………。出られるのかなぁ……。




