北の村
続きです、よろしくお願いいたします。
北の大陸――『イナックス』。
風雪吹き荒れる大陸でいま。俺は一歩、また一歩と前進している……。
――ゲシゲシ……。ズンズン……。
そんな俺の背中にはいま、直接的な衝撃と、間接的な衝撃がぶつかってくる。
「――おじさん……。寒いんだけど……」
「悠莉……。それは分かるが、なぜ蹴る?」
「だって……。一石二鳥……でしょ?」
悠莉の返しに、思わず言葉を失ってしまった。
――まあ、その通りですが……。出来たらブーツを脱げ……。
「旦那さん……? ウチも蹴った方がよろしおすか?」
「ん……。強制はしない……」
「ほな、うちは素直に、暖を取らせてもらいます……」
ハオカはそう言うと、ピトっと俺と肩を寄せ合う。
――ズン……ズン……。
お? どうやら物理的な衝撃が止まったらしい。
「あ……あたしも……」
さて……。両手に華なわけだが……。
「悠莉……? 腕組みと、間接極め……。勘違いしていないかな……?」
――片方の華からギシギシと、聞こえちゃいけない音を出している……。うん……。ギブっ!
必死で悠莉の頭をタップする。
「あ……ごめんなさい……」
――ズン……。
「それにしても……。アレ、どないしまひょか、旦那さま?」
悠莉からの極め技が緩んでホッとした俺に、ハオカが苦笑しながら聞いてくる。
「うん……。そうだねぇ」
「どう言う仕組み……っつうか。なんでついてくるんだろうな……」
俺たちはふと立ち止まり、背後からついてくるモノを見上げる。
――ズズ……ン……。
「――だるまさんが転んだかよ……」
見上げた先には『天帝城』。
――『天帝城』での引きこもり生活に幕を下ろす。
そう決めた俺たちはいま、防寒対策バッチリで外を歩いている。
するとなぜか……。俺たちの後から『天帝城』がついて来た……。
後輩にこれ言ったらたぶん……。――『馬鹿ですか?』のひと言で終わるんだろうなぁ……。
そんなことを考えながらふたたび『天帝城』を見上げる。
現在、『天帝城』はその機能を――ハオカの手によって――かなり制限されている。――と言うか、俺たちはてっきりすっかり。完全に機能停止したものだと思っていたんだが……。
「なんで動き始めたんどすかねぇ……?」
ハオカのつぶやきに、俺も悠莉もプルプルと首を横に振る。
「まあ、ひとつ分かるのは……。アレがまだ完全には停止してなくて。たぶんいろいろと修復中ってことくらいか……?」
「そう……だね……」
どうやら『天帝城』には、自己修復機能があるらしい。こうして俺たちの後をついて来ていると言うことは、飛行機能は停止しているが、移動はできる……ってことだろう。
もちろん、当初の目的が『脱・『天帝城』からの引きこもり』だった俺たちは、そんな『天帝城』から逃げるべく、猛ダッシュしたりもした。
――しかし……。
『シローン……。シローン……』
「――なぜ泣くっ!」
こんな感じで、どうやったのか知らないが……。この『天帝城』。俺たち――と言うか、俺が逃げようとすると泣くんだよ……。
「見事におじさんに懐いちゃってるよね……」
「こうゆー時、どない言うたらええんどすか? ――『城コマシ』?」
「やめてくれ……」
また変な称号が付きそうだから……。――あれ? ラヴィラがいなくなったから、もう付かないのかな……?
まあともかく。なんとなく突き放しがたくて……。俺たちはこうして、背後に『天帝城』を連れて歩いている。
こうなってしまったのは、個人的にはハオカの電ショックが原因では――と思っているが……。まあ、鳥のすり込みみたいなもんだろう。
「どっちにしても、危害を加えてくるわけじゃなさそうだし……。放置で良いかな?」
「――まあ、そうね……」
「……慣れてきたらかわいらしう見えてきたんやし……。いざとならはったら、中で暖も取れますしね?」
悠莉とハオカは、やはり三人だけでは寂しかったんだろうな……。ズンズンとカルガモの子どもみたいについてくる『天帝城』に情がわいてしまったらしい……。たまに城壁とかなでてあげてるみたいだし……。
「どうせなら、城のなかにいても動いてくれたらいいのにね……」
ふたたび歩き始めながら。悠莉はフッと後ろを振り返り。そんなことをつぶやく……。
『しろぉ……ん……』
「あ、あ……。ご、ごめんね? 冗談、冗談だからっ!」
どうしよう? へこんだ城に対しての態度が、俺に対してのそれより優しい気がする……。これは、俺……。泣いても良いんじゃないか?
――そんな感じで歩いていると……。
「あ……。旦那さんっ! あそこに村が見えますぇ?」
ハオカが前方に向けてぶんぶんと腕を振っている。
「――えっ? ほんとっ?」
「ほらっ! 俺の判断に、間違い…………は……?」
はしゃぐ悠莉に続いて、俺も前方を注視する。
しかし……。
俺の頭は一瞬。真っ白に……。――いや、茶色に染まる……。
「えっと……?」
悠莉もその光景に言葉を失ったらしい。――まあ、そりゃそう……だよな?
だって……。あの村……。あの村の門――
「ラッコ野郎……?」
「――どすなぁ……」
――思いっ切り知っている『魔獣』の姿だもん……。
なんて言うか……。地球で言えば『蟷螂拳』みたいな構えのラッコ男が、門のアーチ部分に描かれている。そしてそれをたたえるかのような、かわいらしい女性の姿……。
「なんかの宗教?」
思わずうなずきかける……。宗教……と言うか、テーマパークとか、水族館っぽい? ――なんか、バスケットボールとかやってそう……。
「ま、まあ……。どっちにしても、誰かいるかもしれないなら、道とか聞けるかもな?」
ドン引きの悠莉とハオカにそう言って。俺たちは村の門をくぐる。――『天帝城』には、「村に入るだけだから」と言ったら、なんと通じた!
「お、お邪魔しまぁす……」
恐る恐ると、門をくぐると――
『ぶぅるぅぁぁぁぁ――』
――聞きたくなかったけど、聞きなれたあの声がした……。
「うわぁ……」
どうやって作ったんだろうか……? この門の仕組みが知りたい……。
俺たちがなんとも言えない微妙なげんなり感を覚えていると……。
「――王子様っ?」
近くの家からだろうか? バタンと扉の開く音と、閉じる音がして、すぐあとに女性の声が聞こえてきた。
その女性のモノであろう足音が、バタバタバタバタバタバタ――
「速いっ?」
――そんな感じで悠莉も驚くほどの勢いで近付いてきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「す、すみません……」
「きゃいっ?」
あれから数分。俺たちはいま、駆けつけてきた女性の家に、お邪魔させてもらっている。
どうやらこの村――『ソーイ』には、この女性と赤ちゃんだけしかいないらしい。
女性は俺たちが村の門をくぐった途端。猛烈な勢いで俺たちの元へ駆けつけ、そして俺たちの顔を見ると、あからさまにがっかりとした表情を向けてきた。
そんな訳でいま。ぺっこぺっこと頭を下げられているんだが……。
「えっと……。こっちは気にしていないんで、事情を聴かせてもらえますか?」
「そ、そうそうっ! おじさん、こんな感じの扱いには慣れてるもんね?」
――悠莉にはあとでお仕置きするとして。
「え、あ……はい……」
女性に事情を聴くと……。
――つい最近のこと。
村に無法者がやってきたらしい。
そこに同時に現れたラッコ男が、無法者を退治してこの女性と赤ちゃんを守ってくれたんだとか……。
そして……。あり得ないことに……。
「――ポッ」
なんとラッコ男。無法者を仕留めたついでに、この女性のハートも射止めてしまったらしい……。
そんな訳で女性は、あふれる愛を持て余した結果。
――ラッコ男型の門。ラッコ男型の池。ラッコ男型の家。ラッコ男型の家具。ラッコ男型の産着。その他諸々……。
こんな感じで別世界にたどり着こうとしているらしい……。
「………………」
「――愛……ね」
「愛――どすなぁ……」
「――えぇ……。愛です」
正直、全然同意できんが……。まあ、好みはひとそれぞれってことで良いか……。
「それで……その……。もし、ダーリンの居場所をご存じでしたら……」
俺が遠い目をしていると、女性はそんなことを言ってきた。
どうやらラッコ男に会いたくて仕方がないらしい。もし行方を知っていたら教えて欲しいと、頭を下げてきた。
「ふむ……」
個人的には、あのラッコ野郎がもてるっつうのは、気に入らない。――ああっ、気に入らない!
――しかし……。
「良いですよ? あいつは、あそこにいるはずです」
俺は家の窓を開けて、この大陸の最北端であろう場所を……。――北にそびえる『光の柱』を指差す。
「そ、それは……! 本当……です……か?」
女性はパァッと、光を放つような笑顔を、俺に向けてくる。
「えっと……。たぶん、おじさんが言う通り……」
「……どすなぁ……」
「――っ! ありがとうございます!」
悠莉とハオカにもそう言われ。女性は思いっ切り頭を下げる。
「――っ!」
その時。悠莉とハオカは、戸惑いながら俺の顔を見て、「うわぁ」ッと言いたげな表情を浮かべる。
――ええ……。もちろん、親切心ではある――女性に対しては。
「いえいえ、気にしないでください。――あいつによろしくお伝えください」
しかし……。これは俺からラッコ野郎に対する。ちっぽけな嫌がらせである。
あいつが、敵でない対象に対してぎこちなく。どうしたら良いのか分からなくなる様子は、羽衣ちゃんで確認済みだ! いままで散々、怖い目に。やりたくもない戦闘を強いられてきたお礼だ……。これくらい仕返ししても良いだろう……。
「――クックック……」
「おじさん……」
「――ちっさいどすなぁ……」
悠莉とハオカが、なんとも言えない……。子どものいたずらを生温かく見守っているような目を向けてくるが……。――良いじゃん……?
「せめて……。お礼をっ――」
俺の悪だくみなど知るよしもなく……。女性は大層感激して、俺たちに『隠蔽』と『暖房』と言うふたつのスキル指南書を見せてくれた……。――どうしよう? 罪悪感が……。
「おじさん、いつか罰当たるかもよ?」
「だ、だだだだ……大丈夫! 大丈夫……だよな?」
女性の感謝の目が痛い。
しかしいまさら俺の目論見をばらすわけにもいかず。俺たちはぎこちなく「ありがとう」と言って、指南書に目を通す。
さすがにわずかな時間で覚えることも出来ず。かと言って、貴重なスキル指南書をいただくわけにもいかず……。
「すみません……。村の生命線ですので……」
「ああ……。気にしないでください。――『雑用』!」
ふと思い付きで、分裂させたギルドカードを取り出して、なにも書かれていない無地の面をスキル指南書に押し付けてみる。
やがて「チーン」と言う音がしたあとギルドカードを引っぺがす。
「――うん。うまくいった」
取り出したギルドカードには、スキル指南書の内容がびっしりと書かれている。
「へぇ……。便利なスキルをお持ちなんですねぇ?」
ギルドカードと指南書を見比べながら、女性がパチパチと拍手をしてくれた。
「――えっ……?」
「旦那さん……? それは……?」
一方。悠莉とハオカは、小さく「いつのまに?」とつぶやいて、俺の顔をマジマジと見ている。――いやん……。そんなに見られると恥ずかしい……。
「えっとな……? なんとなぁく……。できるかなぁって……」
ちょっとだけJKっぽく。かわいらしさをイメージして、両拳をあごにくっつけて、くねくねと言ってみる。
そんな俺に対して、悠莉はジトッとした目でつぶやく……。
「――なにそれ……?」
――だって……。そうとしか言えないからなぁ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――そして翌朝。
「本当にありがとうございます。私、押し掛けてみます!」
「だぁっ!」
俺たちはひと晩、女性の家にお世話になり、早朝出発することにした。
女性はラッコ男の居場所を教えたことを大層喜んでいて、昨日から数えて数回目のお礼を言ってくれた。――ごめんなさい……。あいつに対する嫌がらせですとはいまさら言えない……。
「いいえ? うちらかて……。特に旦那さんかて……。ええ経験どしたから……」
「そうよね、おじさん?」
「――はい……」
「?」
こうして俺たちは女性と赤ちゃんに見送られて。北の村『ソーイ』をあとにする。
目指すは『イナックス大陸』と一番近い大陸――『ウズウィンド』。そしてそこにある『鎖の国』――『ドーバグルーゴ帝国』!
女性からもらった地図を確認して、俺たちは。三人プラス一城は、『イナックス大陸』を南下していく……。




