聖〇〇伝説(2)
続きです、よろしくお願いいたします。
――ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
ソレは覚えている。自らの体が、深く……深く……。ゼリー状の球体に沈み込んでいく、その感覚を……。
――遠くからメロディが聞こえてくる……。
ソレは知っている。辛い時も、苦しい時も、悲しい時も。どんな時も連れ添っていた主の傍から引きはがされ、肝心な時に、主の力になり損ねたことを……。
――黄色と黒色の光が、その身からかすかに明滅する……。
ソレは気付いている。自らの主が、種として新たな道を進み始めていることを……。
――五本の光柱が、世界を照らし始める……。
ソレは自我に目覚めた。自らの主とふたたび出会うために。主の敵を討ち滅ぼすために。主を守るために。自分以外のもろもろから主を奪い取るために。主を……。主を……。主を……。主を――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――この手に……」
カチ、カチンと。馬車の中に乾いた音が鳴り響いている。音の発信源――フードを目深に被った男は、その音を手元で発生させながら、ブツブツと何かをつぶやいている。
「ん……? どうした、ダンナ?」
すると、その音、もしくは男のつぶやきが気になったのか、御者台に座る恰幅の良い中年男性が馬車の進行方向を向いたまま、荷台の男へと声を掛ける。
中年男性――商人は椎野たちの拠点であった『ナキワオの街』と、地球に行ってしまった『聖騎士』ダリーの故郷である『シッキィ』とを定期的に往復している行商人であった。
『シッキィ』から『ナキワオ』へと向かう途中。『ジーウの森』にほど近い街道で、商人は行き倒れ状態の男を拾った。
男は『魔獣』に襲われたのか、それとも強盗にでも出会ったのか……。どうしてそうなったのかは分からないが、ともかく全身傷だらけであった。
幸いにして……。それとも不幸にも……。商人は善人であった。傷付いた男性を放っておけないほどには……。
だからこそ……。商人は、男性のけがの具合が悪くなったのか、もしくは襲われた時のことを思い出し、苦しんでいるのかと気になり、声をかけ……。そして振り向いてしまった。
「――気分でも悪いのか……い……?」
商人が首をひねり、荷台に目をやると、男の顔が商人の目と鼻の先に迫っていた。男はそのまま、商人の鼻をぺろりとなめると、手に持った棒を『カチ……カチン』と鳴らし、手の中で一回、クルリと回すと、その先端を商人の額に押し付けた。
そして男はつぶやく――
「気分は……。えぇ……。最悪よ……? ――『 』……」
――それから数時間後……。商人を……。商人だけを乗せた馬車は、静かに『ナキワオ』へと到着した……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで……? その商人はどうした?」
『ジーウの森』から戻ったブロッドスキーの表情は険しい。『ナキワオ』に駐留している騎士団の約半数を引き連れて『ジーウの森』へと向かったにもかかわらず。その結果は大外れ――『通り魔』どころか『魔獣』すら、出会うことができなかった。
――なのに、『ナキワオ』へと戻ってみれば、新たな犠牲者がブロッドスキーと入れ違いで発生している。
「はい……。他の犠牲者と同様。街の治癒院に運び込まれております」
「――チッ……。もう少し街で待っていれば……」
事務員からの報告に、ブロッドスキーは、自身の間の悪さに歯がみする。
「愚痴っていても仕方ないでしょう……。問題は『通り魔』がいまどうしているか。そして……。犠牲者をどうするか……でしょう?」
事務員からそうなだめられ、ブロッドスキーは深く息を吐いて、事務員とともに街の治癒院へと向かった。
そこでは――
「……ご……と。――し……」
「し…………と。……と……と……」
「し……ごと……」
――ベッドの上で天井を見上げ。虚ろな目で何かをつぶやいている『冒険者』や、新たに運び込まれたと言う商人がいた。
「これは……。酷いな……」
「はい。どうやら犠牲者は皆、なにがしかの中毒症状であるらしく……。何かを求めて、求めた何かが得られなくて……。その結果として心をやられてしまったようです」
犠牲者たちは、中毒症状によって暴れるらしく、ベッドに荒縄で押さえつけられている。
ブロッドスキーは、そんな犠牲者たちひとりひとりの顔を、脳裏に刻み付けるべく。ひとりづつ、「待っていてくれ」、「すまない」と、声を掛けていく。
そうして犠牲者たちに声を掛けていくうちに、ブロッドスキーはとあることに気が付いた。
「おい……。ここにいるのは……皆、同一犯による犠牲者なんだな?」
「? ええ、その通りですが……?」
事務員がブロッドスキーの質問に、「いまさら何言ってんの?」とでも言いたげに答える。するとブロッドスキーは、静かに目をつぶり、自らのあごを手でなぞる。
そしてあごに添えた手を、徐々にその滑らかな頭部へと移していき――
「ふむ……。やはり、間違いない……。これが何の手がかりになるのかは分からんが……」
「えっ? 何かありましたか?」
――何かを思いついたように、カッと目を見開いた。事務員はその様子に飛びつくように、ブロッドスキーに詰め寄る。
ブロッドスキーは静かに「うむ」とうなずいたあと、ゆっくりと商人の額を指さし……告げる。
「見ろ……。犠牲者たちの額にはみな、なにかで刻まれたのか、入墨のようなものがつけられている。もしかしたらこれが……。なにかの手がかりになるやもしれん」
「……あれ、本当だ。よく気が付きましたね……? こんな豆粒みたいなの……」
「まあ……な?」
心底、感心したかのような事務員の言葉に、ブロッドスキーは少し照れたあと、気を引き締め、真面目な顔に戻る。
「何にしても、この模様が何を示しているのか、確認すべきだ」
「はい……。さっそく、手配いたします!」
そしてその後。騎士団の事務員を中心として、調査が進められた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
犠牲者たちの額に、なんらかの『印』が見つかった翌日。
ブロッドスキーたちは詰所の一室で、事務員を中心とした調査班からの説明を受けていた。
「まず……。模様は二種類存在していました」
「ん? と言うことは『通り魔』はふたりいる……と言うことか?」
ブロッドスキーが思わず尋ねると、事務員はふるふると首を横に振る。
「いえ……。詳しい説明は省きますが、発見状況や、無事だった者の証言からそれはなさそうです。単純に、なんらかの理由で選り分けているのかと思われます」
そして事務員は部下に命じ、ブロッドスキーたちに二種類の模様が描かれた紙を手渡した。
「――これは?」
「犠牲者たちの額の『印』を拡大してみました」
そう告げられて、ブロッドスキーはまず片方の紙に目をやる。
そこに描かれているのは、門扉のような形の記号と交わるように、道の分岐点のような記号がひとつ。そしてその分岐点の下にもうひとつ、分岐点が並んでいるかのような模様。
「ん……?」
ブロッドスキーは、なにやら頭の奥が刺激されるような感覚を感じながら、もうひとつの紙に目をやる。
そこに描かれているのは、山のような形の記号の下に、横棒が三本、縦棒が一本、斜めになった棒が二本重なったかのような模様。
「――んん……っ? これ……は?」
その模様を見た途端。ブロッドスキーの表情が、険しいものへと。何か……。思いあたることがあるかのような表情へと変わる……。
「ブロッドスキー団長……。なにか心あたりでも?」
そしてそんな風に固まってしまったブロッドスキーに対して、事務員が尋ねると、ブロッドスキーは小さく「むぅ……」とうなる。
ブロッドスキーがそれ以上、一言も発しないことで、事務員はひとまず、その場の騎士たちに解散を命じる。
「どうやら考える時間が必要そうですね? 私たちは、少し席を外しますので……」
「すまん……」
そしてブロッドスキーは、気を利かせてくれた事務員に頭を下げ、室内にひとり、残る。そして静かにつぶやく……。
「ツチノよ……。お前は……まさか……?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――一方、その頃。『マコス大陸 天帝城内の一室』……。
「ねぇ、おじさん……。あたし、お肉が食べたいなぁ……」
「悠莉……。食べたいものがあるなら、自分で食料庫から取ってくればいいじゃないか?」
この『天帝城』に引きこ――緊急避難してから数日。俺たちは日中は、この部屋の大きなベッドをこたつ代わりにして団らんしていた。娯楽もないし、ほかに行くところもない。
幸いにして、食料だけは大量にある……らしいんだが。
「――だってぇ……。あそこ寒いんだもん……」
「あぁ……。そない言うたら確かに……。穴が大きすぎてふさがれまへんしね? まあ、そんおかげで『冷蔵庫』代わりにはなっとるみたおすけど……」
あちこちに空いた大穴は、いまだにふさげていない。なかにはハオカが言うみたいな理由で、あえてふさいでいないものもあるが……。
「ってことだからね? おじさん、あたし、お肉が食べたい!」
「だからね? 少しは年長「踏んだげるよ?」…………………………」
なんだろうか? この子は『踏む』と言えば、俺が何でもやってくれる。そんな人間だとでも思っているのだろうか?
「いやいやいや? ちょっとした誤解があるみた「うちも踏んであげまひょか?」………………………………………………」
ふたりして布団から片足だけを出し、指をワキワキと開閉している。
――いやいやいや! ちょっと待って欲しい……。確かに、この『天帝城』で暮らし始めてから、十回に十回くらいは、その交換条件に応じてきた……かもしれない。しかし……。だからと言って――
「んもぉ……。しょうがないなぁ……。いいわよ。もう自分で行くから」
「しゃあないどすなぁ。こん手はよう使えへんようどすし諦めまひょか、悠莉はん?」
――悠莉とハオカは口々にそう言うと、そのほど良い肉づきのブツに、防寒対策に作ったぶ厚い靴下と、ブーツを履き始めている。
「よしっ! 行って来よう!」
女性に寒い思いをさせる訳にはいかない! これは……。俺みたいな紳士としては絶対に譲れない一線である! 決してそこに他意はない!
――ブロッドスキーさんが四苦八苦していたらしいこの時。俺たちはいまだのんびりと、引きこもっていた。




