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大・出・張!  作者: ひんべぇ
後日談:また会う日まで
189/204

聖〇〇伝説(2)

続きです、よろしくお願いいたします。

 ――ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。


 ソレは覚えている。自らの体が、深く……深く……。ゼリー状の球体に沈み込んでいく、その感覚を……。


 ――遠くからメロディが聞こえてくる……。


 ソレは知っている。辛い時も、苦しい時も、悲しい時も。どんな時も連れ添っていた主の傍から引きはがされ、肝心な時に、主の力になり損ねたことを……。


 ――黄色と黒色の光が、その身からかすかに明滅する……。


 ソレは気付いている。自らの主が、種として新たな道を進み始めていることを……。


 ――五本の光柱が、世界を照らし始める……。


 ソレは自我に目覚めた。自らの主とふたたび出会うために。主の敵を討ち滅ぼすために。主を守るために。自分以外のもろもろから主を奪い取るために。主を……。主を……。主を……。主を――


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――この手に……」


 カチ、カチンと。馬車の中に乾いた音が鳴り響いている。音の発信源――フードを目深に被った男は、その音を手元で発生させながら、ブツブツと何かをつぶやいている。


「ん……? どうした、ダンナ?」


 すると、その音、もしくは男のつぶやきが気になったのか、御者台に座る恰幅かっぷくの良い中年男性が馬車の進行方向を向いたまま、荷台の男へと声を掛ける。


 中年男性――商人は椎野たちの拠点であった『ナキワオの街』と、地球に行ってしまった『聖騎士』ダリーの故郷である『シッキィ』とを定期的に往復している行商人であった。


『シッキィ』から『ナキワオ』へと向かう途中。『ジーウの森』にほど近い街道で、商人は行き倒れ状態の男を拾った。


 男は『魔獣』に襲われたのか、それとも強盗にでも出会ったのか……。どうしてそうなったのかは分からないが、ともかく全身傷だらけであった。


 幸いにして……。それとも不幸にも……。商人は善人であった。傷付いた男性を放っておけないほどには……。


 だからこそ……。商人は、男性のけがの具合が悪くなったのか、もしくは襲われた時のことを思い出し、苦しんでいるのかと気になり、声をかけ……。そして振り向いてしまった。


「――気分でも悪いのか……い……?」


 商人が首をひねり、荷台に目をやると、男の顔が商人の目と鼻の先に迫っていた。男はそのまま、商人の鼻をぺろりとなめると、手に持った棒を『カチ……カチン』と鳴らし、手の中で一回、クルリと回すと、その先端を商人の額に押し付けた。


 そして男はつぶやく――


「気分は……。えぇ……。最悪よ……? ――『   』……」


 ――それから数時間後……。商人を……。商人だけを乗せた馬車は、静かに『ナキワオ』へと到着した……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「それで……? その商人はどうした?」


『ジーウの森』から戻ったブロッドスキーの表情は険しい。『ナキワオ』に駐留している騎士団の約半数を引き連れて『ジーウの森』へと向かったにもかかわらず。その結果は大外れ――『通り魔』どころか『魔獣』すら、出会うことができなかった。


 ――なのに、『ナキワオ』へと戻ってみれば、新たな犠牲者がブロッドスキーと入れ違いで発生している。


「はい……。他の犠牲者と同様。街の治癒院に運び込まれております」


「――チッ……。もう少し街で待っていれば……」


 事務員からの報告に、ブロッドスキーは、自身の間の悪さに歯がみする。


「愚痴っていても仕方ないでしょう……。問題は『通り魔』がいまどうしているか。そして……。犠牲者をどうするか……でしょう?」


 事務員からそうなだめられ、ブロッドスキーは深く息を吐いて、事務員とともに街の治癒院へと向かった。


 そこでは――


「……ご……と。――し……」


「し…………と。……と……と……」


「し……ごと……」


 ――ベッドの上で天井を見上げ。虚ろな目で何かをつぶやいている『冒険者』や、新たに運び込まれたと言う商人がいた。


「これは……。酷いな……」


「はい。どうやら犠牲者は皆、なにがしかの中毒症状であるらしく……。何かを求めて、求めた何かが得られなくて……。その結果として心をやられてしまったようです」


 犠牲者たちは、中毒症状によって暴れるらしく、ベッドに荒縄で押さえつけられている。


 ブロッドスキーは、そんな犠牲者たちひとりひとりの顔を、脳裏に刻み付けるべく。ひとりづつ、「待っていてくれ」、「すまない」と、声を掛けていく。


 そうして犠牲者たちに声を掛けていくうちに、ブロッドスキーはとあることに気が付いた。


「おい……。ここにいるのは……皆、同一犯による犠牲者なんだな?」


「? ええ、その通りですが……?」


 事務員がブロッドスキーの質問に、「いまさら何言ってんの?」とでも言いたげに答える。するとブロッドスキーは、静かに目をつぶり、自らのあごを手でなぞる。


 そしてあごに添えた手を、徐々にその滑らかな頭部へと移していき――


「ふむ……。やはり、間違いない……。これが何の手がかりになるのかは分からんが……」


「えっ? 何かありましたか?」


 ――何かを思いついたように、カッと目を見開いた。事務員はその様子に飛びつくように、ブロッドスキーに詰め寄る。


 ブロッドスキーは静かに「うむ」とうなずいたあと、ゆっくりと商人の額を指さし……告げる。


「見ろ……。犠牲者たちの額にはみな、なにかで刻まれたのか、入墨のようなものがつけられている。もしかしたらこれが……。なにかの手がかりになるやもしれん」


「……あれ、本当だ。よく気が付きましたね……? こんな豆粒みたいなの……」


「まあ……な?」


 心底、感心したかのような事務員の言葉に、ブロッドスキーは少し照れたあと、気を引き締め、真面目な顔に戻る。


「何にしても、この模様が何を示しているのか、確認すべきだ」


「はい……。さっそく、手配いたします!」


 そしてその後。騎士団の事務員を中心として、調査が進められた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 犠牲者たちの額に、なんらかの『印』が見つかった翌日。


 ブロッドスキーたちは詰所の一室で、事務員を中心とした調査班からの説明を受けていた。


「まず……。模様は二種類存在していました」


「ん? と言うことは『通り魔』はふたりいる……と言うことか?」


 ブロッドスキーが思わず尋ねると、事務員はふるふると首を横に振る。


「いえ……。詳しい説明は省きますが、発見状況や、無事だった者の証言からそれはなさそうです。単純に、なんらかの理由で選り分けているのかと思われます」


 そして事務員は部下に命じ、ブロッドスキーたちに二種類の模様が描かれた紙を手渡した。


「――これは?」


「犠牲者たちの額の『印』を拡大してみました」


 そう告げられて、ブロッドスキーはまず片方の紙に目をやる。


 そこに描かれているのは、門扉のような形の記号と交わるように、道の分岐点のような記号がひとつ。そしてその分岐点の下にもうひとつ、分岐点が並んでいるかのような模様。


「ん……?」


 ブロッドスキーは、なにやら頭の奥が刺激されるような感覚を感じながら、もうひとつの紙に目をやる。


 そこに描かれているのは、山のような形の記号の下に、横棒が三本、縦棒が一本、斜めになった棒が二本重なったかのような模様。


「――んん……っ? これ……は?」


 その模様を見た途端。ブロッドスキーの表情が、険しいものへと。何か……。思いあたることがあるかのような表情へと変わる……。


「ブロッドスキー団長……。なにか心あたりでも?」


 そしてそんな風に固まってしまったブロッドスキーに対して、事務員が尋ねると、ブロッドスキーは小さく「むぅ……」とうなる。


 ブロッドスキーがそれ以上、一言も発しないことで、事務員はひとまず、その場の騎士たちに解散を命じる。


「どうやら考える時間が必要そうですね? 私たちは、少し席を外しますので……」


「すまん……」


 そしてブロッドスキーは、気を利かせてくれた事務員に頭を下げ、室内にひとり、残る。そして静かにつぶやく……。


「ツチノよ……。お前は……まさか……?」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――一方、その頃。『マコス大陸 天帝城内の一室』……。


「ねぇ、おじさん……。あたし、お肉が食べたいなぁ……」


「悠莉……。食べたいものがあるなら、自分で食料庫から取ってくればいいじゃないか?」


 この『天帝城』に引きこ――緊急避難してから数日。俺たちは日中は、この部屋の大きなベッドをこたつ代わりにして団らんしていた。娯楽もないし、ほかに行くところもない。


 幸いにして、食料だけは大量にある……らしいんだが。


「――だってぇ……。あそこ寒いんだもん……」


「あぁ……。そない言うたら確かに……。穴が大きすぎてふさがれまへんしね? まあ、そんおかげで『冷蔵庫』代わりにはなっとるみたおすけど……」


 あちこちに空いた大穴は、いまだにふさげていない。なかにはハオカが言うみたいな理由で、あえてふさいでいないものもあるが……。


「ってことだからね? おじさん、あたし、お肉が食べたい!」


「だからね? 少しは年長「踏んだげるよ?」…………………………」


 なんだろうか? この子は『踏む』と言えば、俺が何でもやってくれる。そんな人間だとでも思っているのだろうか?


「いやいやいや? ちょっとした誤解があるみた「うちも踏んであげまひょか?」………………………………………………」


 ふたりして布団から片足だけを出し、指をワキワキと開閉している。


 ――いやいやいや! ちょっと待って欲しい……。確かに、この『天帝城』で暮らし始めてから、十回に十回くらいは、その交換条件に応じてきた……かもしれない。しかし……。だからと言って――


「んもぉ……。しょうがないなぁ……。いいわよ。もう自分で行くから」


「しゃあないどすなぁ。こん手はよう使えへんようどすし諦めまひょか、悠莉はん?」


 ――悠莉とハオカは口々にそう言うと、そのほど良い肉づきのブツに、防寒対策に作ったぶ厚い靴下と、ブーツを履き始めている。


「よしっ! 行って来よう!」


 女性に寒い思いをさせる訳にはいかない! これは……。俺みたいな紳士としては絶対に譲れない一線である! 決してそこに他意はない!


 ――ブロッドスキーさんが四苦八苦していたらしいこの時。俺たちはいまだのんびりと、引きこもっていた。

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