聖〇〇伝説
番外編です。読まなくても、本編にはあまり影響ございません。
ゆっくりペースではありますが、椎野たちの地球帰還までの空白期間をこちらの番外編で埋めていこうと思います。
――グニグニグニグニ……。
クッ……。屈辱だ……。こう見えても俺、かなり『二世界』に貢献したと思うんだけど。なぜいま、こんなに虐げられているんだ……?
俺の頭はいま……。凍った地面と口づけしている。そしてそんな俺の頭と――尊厳をグリグリ……グリグリと。ふたりの少女が踏みにじっている。
「なぁ……? どうして俺はいま、踏み付けられているんだ……?」
俺の切実な疑問は、ノースリーブの上にシースルーのチュニックと、ミニスカート。そして……生足に……生足にフラットサンダルの少女――『宇津井悠莉』によって、解消されることになる。
悠莉はそのアーモンド形の瞳を、パチクリさせ。薄茶のアップテールポニーをフワッと揺らし、小首をかしげて口を開く。
「――えっ? だっておじさんが悪いんじゃん?」
――グニッ!
「えっ? 俺が悪いの?」
うん。つまり……あれだ? 俺が悪いから、こんな非道な仕打ちを受けていると? よし。俺の濡れ衣が晴れるまで、あえて! この仕打ちに耐えて見せようと思う……。
「こればっかりは、うちも悠莉はんに同感どすぇ?」
――グンニ~……。
どうやら濡れ衣ではないらしい。悠莉の意見に、紅い袖なしの立ち襟半纏を纏い、藍色のショートパンツ。そして……生足に……なまあしに一本歯の下駄を履いた緋色の少女――『ハオカ』もまた、サイドアップに束ねた髪を、悠莉と同じように揺らしてそう言った。
つまり……。俺が悪い。俺が悪い以上、この地獄はまだまだ続く……と?
「ちなみに、どうして?」
――グニグニグニッグニ……。
「だっておじさん。この後どうするか……。まったく考えてなかったんでしょう?」
俺が尋ねると、悠莉は呆れまじりに両手を広げ。俺たちが今いるこの平野。風説吹き荒れる、『マコス大陸』を指し示す。
「ほんまに……。うちらが残らへんどしたら、こないな所で……もしかしたら、おっ死んどったんかもしれへんのどすぇ? そら……しゃあないや?」
――グリッ!
「あっ……。いや、それは……まあ……ねぇ?」
何とかなるかなぁ? だなんて、思ってたわけです。……いまの角度はやばかったな。
「………………にしても、おじさんが興奮しててちょっとキモイけど……。そのおかげでちょっと暖かいわね……癪だけど……」
「そうどすなぁ。なんやか、段々……。けったいな気持ちになってしまいます……」
さすがにふたりの格好は、この『マコス大陸』では少し心もとないか……。取り敢えず、暖を取るためにも、目の前の『天帝城』に入ればいいと思うんだが……しかし。
――グニグニグニグニ……。
こうなってしまったのも俺のせいだ……。もう少し……。ふたりの気が済むまで、この罰を甘んじて受ける所存であります。
――グニグニグニグニ……。
「ああ……。皆、どうしてるかな? ね、おじさん……?」
俺を踏みつけながら、悠莉が少しだけ寂しげにつぶやく。
「タテ……。泣いてへんやろうか?」
ハオカは俺を踏むことに飽きてしまったのか……………………。いまは足を俺の服の裾から、服のなかへと突っ込んでいる。クッ……。これまた屈辱……。しかし……甘んじて受けよう!
まあ……。そんな感じでこの世界に残った俺たちだが……。
俺たちがこの『マコス大陸』から脱出し、ナキワオに帰るまでの間。ナキワオでは、とある事件が発生していたらしい。
――そう。この話は、俺たちが四苦八苦してナキワオに戻るまでに起こった事件――『ジーウの通り魔』についてのお話だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――ヘームストラ王国 ナキワオの街 騎士団詰所――
五本の光柱がふたつの世界を貫いてから早一週間……。
「騎士団長! 事務所類が溜まっているんです! たまには机仕事にも目を向けて下さい!」
「………………すまんっ!」
世界各国。取り分け、地球人――『栗井孝人』博士が作り出した組織である『コミス・シリオ』との決戦の地となった『ヘームストラ王国領ナキワオ』は、いまだに事後処理に追われていた。
元『ヘームストラ王国騎士団ナキワオ支部長』にして、現『ヘームストラ王国騎士団長』であるスキンヘッドの男性――『ジェイソン・ブロッドスキー』は事務員の叱責から逃れた休憩所で、空を――空を貫く『五柱』を眺めていた。
「……ツチノよ。お前たちはいまごろ……」
地球と異世界。ふたつの世界を巻き込んだ事件は解決した。ヘームストラ王国を始めとした世界各国は、そう判断してそれぞれの日常へと戻っていた。
そんななか、ブロッドスキーは地球へと帰っていった――と思っている――椎野たちを思い出し、人知れず涙を流していた。
ナキワオの住人たちも、それぞれが椎野たちを思い、感謝し、場合によっては神のごとく崇め、その不在を嘆き、無事を祈っていた。
そして椎野たちを忘れないようにと、『おやっさん祭り』なるものをナキワオの住人たちが画策し始めた頃――
「しぶちょ――じゃないや騎士団長! よろしいでしょうか?」
――事件は起こった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん……んっ? いや、そろそろ……うん。やろうとは思っていたんだ」
「いえ。事務仕事は本当にやって欲しいんですが、今回は別件です……。誠に残念ながら」
事務員のジト目に、ブロッドスキーは視線をそらしながらも、事務員が持ってきた書類に目を通す。
「ん? これは……『通り魔』だと?」
「はい。世界の危機が去った反動かどうかは分かりませんが……。どうやら『ジーウの森』付近で、商人や冒険者を狙った『通り魔』が発生しているらしいです」
事務員の報告によると。
『通り魔』は、ナキワオやヘームストラ王国の周辺で、そこそこ有名な『冒険者』や、ふたつな持ちの『冒険者』。そして、規模の大きい商会の商人に狙いをつけて、襲い掛かっているとのこと。
「む……。『魔獣』の仕業ではないのか?」
「それはないらしいです。幸いにも、いまだに死者はゼロだそうでして、その被害者の証言によれば、『通り魔』は人間で、その手に武器を所持していた――とのことです」
「武器……か。ならば『戦闘職』と言うことか……。その武器はいったい何だ?」
ブロッドスキーが尋ねると、途端に事務員の表情が何とも言えないものへと変わる。
さっさと報告するようにと、ブロッドスキーに急かされた事務員は、表情は変えずにつぶやいた。
「その……。どうやらいままでに類を見ない武器らしく。被害者の証言によると、手のひらにすっぽりと収まる程の……。小さな棒状の武器とのことです」
「む……。暗器のたぐいか?」
「それが……。暗器にしては、剣や斧。果ては盾まで砕くらしく。攻撃の度に鳴る『カチカチ……カチン』と言う音からしても、暗器とは考えられないらしいです」
ブロッドスキーと事務員はしばらく無言になる。
やがて――
「考えていても仕方ない……。出るぞ!」
――ブロッドスキーはそう告げると、騎士団に召集を掛け『ジーウの森』を目指すのであった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方――その頃。
「おじさん……。やっぱり壁くらいは直そう?」
ナキワオの街に危機が迫っているとはつゆ知らず。
「でも……だな? 何かあった時のために、すぐ駆けつけられると言うのは素晴らしいと思わないか?」
「旦那さん……。そこまで覗きたいんどしたら、いっそんこと、一緒に入りますか?」
俺たち三人は、『天帝城』の浴場に空いた穴をどうするか揉めていた。
「………………いや! ダメだ……。せめて悠莉が成人するまで! そう言うことは我慢するって決めたんだ!」
「ならさ……。壁、直そう?」
「それはそれ! 覗きはロマン!」
――ナキワオの街に、『ある意味』俺の不始末による災厄が迫っているだなんて、この時の俺には知るよしも無かった。
だから……情状酌量の余地はあると思わないか?




