I know!
最後です、よろしくお願いいたします。
――今から九年と少し前……、突如、五本の光の柱が、地球に現れた……。
公式発表では、その『光の柱』は、起こり得る大規模災害を恒久的に回避するために、日本政府主導の元、とある企業が開発した物だとなっている。
そのとある企業――今では世界的な大企業となっている『ファルマ・コピオス』は、その予想された大規模災害は、一人の会社員を犠牲として回避されたと発表し、詳細な内容を会社のホームページ上で公開した……。
その記事の内容から、世間では一連の事件を、『(サラ)リーマン・クライシス』とか、『(サラ)リーマン・インパクト』なんて呼んでたりする……。
そして……、その『(サラ)リーマン・クライシス』から、世界は少しずつ、変わりつつあった。
――日本を中心に、世界に広まり続ける新しい元素――人によっては、『魔素』とか、『スキルソース』なんて言ったりしているけど、ともかく、その元素が原因と考えられる現象が、各地で確認されるのに、そう時間は掛からなかった……。
その内の一つが、動植物の『魔獣化』――長寿だったり、絶滅の危機に瀕したりした動植物が、突如、高度な知性を持ったり、凶暴化したりする、『超自然災害』とされる現象だ。
もう一つが、いつの間にか世界中に現れた『異界化迷宮』――『魔獣』や、不思議な自然トラップが蔓延る危険地帯だ。
そして、最後に『ジョブ』と『スキル』――十五歳以上の人間が持つ事が出来る『ジョブ』と言う特性、そして、『ジョブ』持ちの七割、十五歳未満だと一割の人間が使える様になる『スキル』と呼ばれる異能……。
――一見、『災厄』としか思えない、これらの変化にも実は、かなりの恩恵があったりする……。
人を襲う『魔獣』は、その皮や、内臓、胆石などは、貴重な資源となるし、『異界化迷宮』に至っては、それらの資源の宝庫だったりするし、『ジョブ』や『スキル』は、そんな『魔獣』や、『異界化迷宮』に対処するのに最適だったりする……。事実、『ジョブ』や『スキル』を持つ者は、『冒険者』として活躍している。
そんな訳で、数年前から各国政府は、日本と『ファルマ・コピオス』が提唱する『冒険者ギルド』の増設と、十五歳以上、もしくは、『ジョブ』、『スキル』持ちを対象にした『冒険者養成学校』の設立・研究に躍起になっている。
――さて……、前置きが長くなっちゃったけど……。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
ボクは今……、全力疾走中です……。
「――急いでくださいっ! 追いつかれてしまいます!」
「分かってるよぉ……、だから、こうして頑張ってるんじゃんっ!」
「皆っ、あっちに開けた場所があるっぽいです!」
「ピュイ……、飛べない者は、不便よのぉ……」
――一人は飛んでるけど……、ボクの前を行く二人は、急かしながらも、ボクを気遣ってくれている。そして、ボクと並走しながら、宙に浮かんだ半透明のスクリーンを弄る少女が、ボク達が進むべき方向を指し示す。
「そこっ、中二ってる場合じゃないでしょっ!」
藍色の目をした、長髪の男の子――タテが、羽根を生やしたショートカットの少女――ピトちゃんを叱りつけている。
――相変わらず、タテはボクに対して過保護だと思う……。場を紛らわそうとした冗談に、そこまで目くじら立てるのもなぁ……。
「怒ってる場合でもないですっ! ほら、追いつかれるです!」
スクリーンを弄っていた三白眼の少女――イグルが、後ろを振り返らず、そう告げる。
すると、先頭を走っていたタテが、ピタリと立ち止まり、その腰に下げていた横笛を取り出し、ボク達に走り続ける様に言い聞かせる。
そして――。
「――少し、距離を稼ぎましょう……『風塵』っ!」
タテが笛を吹くと、風が、ボク達を追い掛けてくる『魔獣』の群れを、あっと言う間に『風化』させていく。
――これが『スキル』……、有り得ない現象、有り得ない結果を、有り得る物としてしまう異能……。
「これで、暫くは警戒して追って来ないと思います。――先の広場で、休憩しましょう」
「ピュ、そうだね」
「さっ、気を取り直して、急ぐです!」
「――うぅ……、短距離走なら二人にも負けないのに……」
森の中を長距離走って、ただの罰ゲームだよ……。
「どうして、こうなったんだろう……?」
――三日前は、「ヒャッハー」な感じだったのに……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――愛姉ちゃん、おばちゃん、ダリねーちゃん、受かったっ!」
「愛里母上、美空伯母上、ダリー姉さん、俺もですっ!」
「ピュイッ、ねえちゃ、美空、ダリー、我が落ちる事など……、有り得んっ!」
――ゴン、ゴン、ゴン……。
ボク達三人の頭に、それぞれ、直の師匠から拳骨が落とされた……。
――ボク達は、『冒険者養成学校』への受験を決めてから、三人の師匠に、戦闘技術、冒険者としての心構えなどを習っている。
「まず……、羽衣ちゃん? ボクの事は、『師匠』もしくは、『美空お姉様』と呼びなさいって言いましたよね?」
「うぅ……、ゴメンなさい」
ボクの直師匠、『薬屋美空』――彼女は、『美魔女』と言う『ジョブ』で、魔法の様な『スキル』を使いこなす、日本有数の『冒険者』でもあり、かの『ファルマ・コピオス』の若き専務でもある……。
どうでも良いけど、怒る理由がショボイ……。
「ピトちゃん? パパの真似しちゃダメって言ったでしょ?」
「ピュ……ピュイ……、ゴ、ごめんなさい、ママ……」
「――あぁっ、うちの子、素直っ!」
ピトちゃんの直師匠、『幸ダリー』――彼女は、『聖騎士』と言う『ジョブ』で、攻撃、回復、援護のスキルを使いこなす、ガッチガッチの戦闘職で、三児の母でもある。
――因みに、ピトちゃんの養母でもあり、その溺愛っぷりは仲間内でもドン引きな程だ……。
「タテ……、ごめんなさい、何か、流れで……」
「母上……、酷いです……。――後、苦しい……」
タテの直師匠であり、養母でもある、『桃井愛里』――愛姉ちゃんは、『治癒師』と言う『ジョブ』で、回復スキルの第一人者でもある。
――愛姉ちゃんの場合、ただタテをギュッとしたいだけだと思う……、タテ、男の子なのに、何か、女の子より、良い匂いするし……、何となく……、似てるし……。
「まぁ、ともかく合格おめでとう……」
「今日は、皆でお祝いですね?」
「ボク、皆に電話かけてきますね?」
三人の師匠は、一しきりボク達を抱きしめた後、はしゃぎながら、台所に向かって行く。――一人、さり気なく逃げた気がするけど……。
「――あ、そう言えば、イグルちゃんは、どうしたんですか?」
「――っ! あ、ああ……、イグルちゃんなら、先に、お兄さん達とお仕事って言ってたから、それが終わったら来ると思う」
一瞬、考えた事がばれたかと思っちゃったよ……。
「……って、あれ? 『ファルマ』の依頼って言ってたような……?」
ボクの呟きは、美空おば――師匠に聞こえてたみたいで、師匠はしかめっ面で、スマホを取り出すと、どこかに電話を掛け始めた。――ここから、聞き取れる内容からすると、どうやら、ペリ姉ちゃんが、日付を間違えているらしい……。
――それは、ともかく……。
ボク達は、この春、無事に中学を卒業し、更に、無事に『冒険者養成学校』の入学試験をパスする事が出来た。
――「倍率三十倍って、凄いのかな……?」と、ボンヤリ考えてた入試前の自分が恥ずかしい……、本当に合格出来て良かった……。
今年受験したのは、仲間内では、ボクと、タテ、ピトちゃん、イグルちゃんの、同い年四人組だ。――正直、イグルちゃんの年齢はよく分から無いんだけど、ジャンケンで負けた結果、末の妹って事になったらしい……。
――因みに、イグルちゃん達、三兄妹の後見人みたいな事を、美空おば――師匠がやっているらしい……。
そんなこんなで、その日は皆にお祝いして貰って、人生有頂天って感じだったんだけど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――合格発表から三日……。
「皆さんには、今からクラス分けの試験を受けて貰います」
――壇上に立つ、『冒険者養成学校』の校長先生、そして『冒険者ギルド:地球本部兼日本支部』のギルドマスターでもある、ウピール先生は、ボク達新入生を前に、そう言った。
パンフをよく読まなかったボクの落ち度ではあるんだけど、早朝呼び出されて、いきなりコレはキツイ……。
どうやら、能力順にクラスをF~Sまで分けるらしいんだけど、その内容と言うのが……。
「――この森の奥で、『魔素』が濃くなりつつあります。今のところ、『魔獣』の発生は確認されていませんが、近隣住民に不安が広まっています。――冒険者の役目は、こう言った住民の不安を解消すると言う事が最も大切です。なので、今から四人一組の班を組み、調査を行って来て下さい。その調査手腕や、身のこなしなどをギルドの職員が監視していますので、それを基準に、クラス分けを行います」
――と言う事らしい……。
「じゃぁ、ウチらで組むです?」
「ピュ……、致し方あるまい……」
「姫、離れちゃ駄目ですよ?」
「――むぅ……、ボクだって、もう『ジョブ』持ちなんだから、そんなに心配しなくても……」
過保護なタテと、駄々を捏ねるボク、最近では、こんなやり取りがお約束になっていた。
そして――。
「森の奥……かぁ?」
「? どうしました、姫?」
大分、奥に進んだところで、ふと、ボクが昔の事を思い出していると、タテが不思議そうにボクの呟きを拾い上げて来た。
「いや、そう言えば……、こんな森の中だったなぁって……」
「――もしかして……、父上の事ですか?」
――タテの呟きで、今度は、前を歩く二人が動きを止める。
「あ……、えっと、ごめん……」
――何となく、あれから……、あの人――おじちゃんの事は、禁句になっている気がして、ボク達、子供組は、口に出す事を避けていた……。
「いや……、良いです。寧ろ……、聞かせて欲しいです」
「――ピュイ……、大人は皆、話してくれない……」
「姫……、お願い……します」
――それから、ボクは、歩きながら……、子供の頃の思い出を……、スーパーで迷子になっていた事、いきなり転移した事、森の中でラッコちゃんに追い掛けられた事、おじちゃんが、『ジョブ』を獲得した時の事、おじちゃんを大蜘蛛退治に送り出してしまった事、タテと、ハオカちゃんを呼び出した事などを話していく。
「意外と覚えているもんだよねぇ……」
「――おやっさんは、強烈です」
「ピュイ……、毛……」
「………………」
――そう言えば、『柱』の中に居る筈のももねーちゃん達は、あれから一度も姿を見せていないらしい……。自由に行き来出来るのは……、ラッコちゃんの目撃報告があるから間違いないらしいんだけど……。
そんな感じで、しんみりしていると、どうやら森の奥の奥まで来てしまったらしい……。
「――何にもないね?」
「俺達が最初だとは、思うんですけど……」
「トラップがあからさまでした……です」
「ピュイィ?」
折角、一等賞なのになぁ……。
「でも、あれだね? 映画とかだと、そう言う時に限って、ワンテンポずれて、何か起こるよねー?」
――そう、ボクが口を滑らせると、皆の顔色が、サァっと青くなっていく……。
あっ……、しまった……。自分の『ジョブ』を……忘れてた……。
「ひ、姫……?」
「羽衣が、言っちゃ駄目ですっ!」
「ピュイ……、手遅れ……?」
ピトちゃんが、そう言った瞬間――森全体が……、大きく揺れ始める。
そして――。
「――っ! 『魔素』が?」
タテの声に振り向くと、目に見える程の『魔素』が集まり、何かの形を成していく――。
「えっと……、猿……?」
「――っぽい、『魔獣』です!」
「ピュ……、取り敢えず……、逃げよ?」
――そして、今に至るわけです……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――もうすぐですっ!」
イグルちゃんの先導で、ボク達は見通しの良い……、開けた場所に出る。ここで、休憩しつつ、救援を待ち、敵の迎撃を行う――つもりだったんだけど……。
「――これは……」
「先回り……? いや、また発生したです?」
「ピュイ……、ママ……、ねえちゃ……」
――ボク達が目的の場所に辿り着くと、何人かの新入生が既に居た。そして、新入生とは別に、黒い……猿の『魔獣』が、ウゾウゾと……、地面から這い出して来ていた……。
「――クッ……『風塵』っ!」
「『八爪』!」
「ピュウゥゥゥッ『口弾』!」
皆がスキルを連発して『魔獣』を近づけさせまいとしているけど……。数が……。
「ボクも……『デッド・フラグ』――『お前ら表へ出ろ』!」
ボクが左手を胸に当て、右手の親指を立てて、顔の横に持っていくと、視界に映る『魔獣』達の前に、不気味なピエロが現れ、『魔獣』達は悲鳴を上げて消えていく……。
「――ッはぁ……はぁ……」
「姫っ! 無理しちゃ、駄目ですっ!」
「ピュイ、まだまだ、使い慣れていないんだから……」
ボクはまだ……、『スキル』を使える様になって、日が浅い……、そのせいか、出力も、操作も、制御が効かない……。――こんな所で、足を引っ張るなんて……。
「――良いから……、下がって電話で助けを呼ぶです」
「――でもっ!」
それでも……、ボクは、何か役に立ちたい……。
「――うあぁ、増えたぁ」
「「「「――っ!」」」」
背後で応戦してた人達の悲鳴が上がる。
その声に反応して振り返ると……、そこには――。
「――マズイ……」
一面黒の壁があった……。その壁は、徐々に高さを増していき、そして――。
「押し寄せてくるですっ」
雪崩の様に、四方からボク達に向かって来る。
「クッ、『風壁』!」
「――タテっ!」
気が付けば、タテが青い顔で、黒の壁を防いでいた。
タテは、青い顔のままで、風の壁を操ると、黒い壁の一か所に、人が一人入れる位の穴を開け――。
「――皆、行って……」
――そう言い放った……。
別の班の人達は、それぞれ、何か喚き、頭を下げながら、その穴を通って行ったけど、ボク達に……、そんな事……出来るわけなくて。
「早く……、行ってよ?」
「――やっ!」
「ピュ……、断るっ」
「――です」
――そんなやり取りを続けていた。
すると、タテが困った様な表情を浮かべながら、イグルちゃんと、ピトちゃんを見つめて……。
「駄目ですよ……、そんなの……、イグル、ピト、俺の役目は、姫を守る事だ……、その為に、生まれて来た……、だけど、俺は……ここで終わると思う……。だから……、俺が力尽きて、皆一緒に死ぬ前に……、二人は姫を連れて逃げてくれ……。そして、出来れば……、二人で協力して、姫を助けてやって欲しい……」
「――っ!」
タテのその言葉で……、あの日の事がパチパチと、浮かび上がって来る……。
「――タテ……………………ゴメンです」
「ピュイ……、絶対……、守る……」
「――え……? イグルちゃん? ピトちゃん? な、何言って?」
二人は、唇をギュッと噛みしめながら、私の両脇を掴み、引き摺り始めた――。
「ダメっ! ――そんなのっ……」
ボクが抵抗しても、二人は何も言わず、ボクを引きずり続ける。
――嫌だ……、また……、居なくなるの? そんなの……、嫌だ……。
すると、ボクの顔を見てしまったタテが……、困った様に苦笑しながら……、呟いた。
「――さあ、ここは俺に任せて先に行けっ!」
「――っ!」
――ああ……、一緒だ……、あの時と……。
嫌だ……、やっぱり嫌だ……、タテが居なくなるのも、貴方が居ないのも……、嫌だ……。
「――うぐぅ……」
「「「――っ!」」」
――緊張が途切れたのか、スキルを使い過ぎたのか、風の壁が破られ、黒い壁が襲い掛かって来る。
「嫌だよ……、絶対、嫌だっ! 助けて……。――助けてよっ!」
ボクは、絶望の中……、ずっと、信じて来た……希望を……、叫ぶ――。
「おじちゃんっ!」
そして、ボクは、皆の最期を見たくなくて……、自分の最後を見たくなくて、ギュッと目を瞑り、その場に蹲る――。
――ゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴインッ!
「……………………………………あれ?」
でも……、いつまで経っても、ボクの身体を痛みが襲う事も無く、皆が襲われる様子も無く、聞こえてくるのは、何かがぶつかる音だけ……。
「――え……?」
「どうしたのです?」
「ピュ? ピュ?」
皆も、不思議に思ったのか、一斉に目を開けて、キョロキョロと首を動かし……、そして、気付いた――。
ボク達の前に映り込むのは、地面一杯に描かれた、黄色と黒色で描かれた、二つの勾玉みたいな絵と、何かにぶつかったのか、頭部が潰れた猿の『魔獣』達と、そんな『魔獣』達の前に立つ……、三人の男女の姿――。
「――あ……」
これは……、ボクの声なのかな……? ――分から無い……、頭の中が真っ白で……。
「――間に合った……?」
「そん様どすなぁ?」
三人の内、二人の女性が、『魔獣』達を蹴り、殴り、朱い雷を飛ばしたりして、次々と倒していく。
そして――。
「――あ……、ああ……」
最後の一人――皺の無い、ビシッとしたスーツを着た男性が、『魔獣』達を前にして、その場に座り込み、正座し、三つ指をついて、その指の先に持っているカード状の何か――多分……、絶対……名刺を、『魔獣』の群れにスッと差し出して……、頭を伏せていく――。
「――ああ……」
「どうも……、私――」
頭を伏せて、土下座する男性を前に、『魔獣』達も一斉に土下座を始め、そのまま地面にめり込み、押し潰されていく――。
「ああ……」
『魔獣』達が消え、安堵とは別の理由で、ボクの目が……、頬が……、濡れて熱くなっていくのが分かる……。
――そうだ……、ピンチの時には、絶対……、必ず……、助けてくれる……。それが……、ヒーローだって……。仲間や家族、その生活を守る為に……、二十四時間戦い続けるって……、ボクは……ずっと……。
「ずっと……ずっと……前から……、知ってたよっ!」
ここまで読んで頂いた皆様、誠にありがとうございます。
これにて、『大・出・張!』は、終了となります。
活動報告に、後書き……的な何かを、書きますので、良ければ、そちらもご覧下さい。




