そこに壁があるなら
続きです、よろしくお願いいたします。
――天帝城『玉座の間』――
「――っ! これは……」
突然、白い影に包まれたかと思えば、周囲の景色が変わり、グリヴァは思わず、銛を構えたまま、キョロキョロと首を動かす。
すると――。
「まさか、立っているのが、グリヴァと、ドラコスだけとはな……」
一際高い位置にある玉座に座りながら、ラヴィラが呟く。
「――陛下……、それに、ドラコス……」
「オホホ、邪魔してしまいましたか? これは失礼……」
グリヴァは一瞬だけ、ドラコスを睨み付けた後、ラヴィラに向かって跪き、首を垂れる。そして、脇に銛を置くと、チラリとサッチー、氷漬けのもも缶を見た後、告げる――。
「――申し訳ございません……、少々手間取りました……」
「それは構わぬのだが……、来るぞ?」
ラヴィラは、そう言うとグリヴァから少し離れた場所を指差す。
それに釣られる様に、グリヴァが指し示された場所を見ると、そこには、先程、グリヴァを包み込んでいたのと同じ、白い影が出現していた。
それを見たグリヴァは、勢いよく、その白い影の持ち主――ドラコスを睨み付ける。
「――オホホ……、これまた失礼、てっきり皆様、小生と同じ様に、決着を付けたと思っていましたから……」
ドラコスは、その手に掴んだミッチーを見せつける様に、グリヴァの前に転がす。
「ドラコス……、貴方と言う人は、またっ!」
「良いじゃないですか? ――全ては、陛下の為に、しいてはこの世界の為にっ! 研究材料は多いに越したことはありませんよ?」
「貴方のその行動でっ、幾つの村や町が犠牲になったとっ!」
グリヴァは、ドラコスに詰め寄ろうとするが……しかし――。
「――二人供……、そこまでだ、私は言ったぞ? ――来る……とな?」
「「――っ!」」
その言葉で、両者は、白い影に注目すると、徐々に、白い影が消え去っていく……。
そこに、まず現れたのは――。
「――あらぁ?」
「げほっ、げほっ……、何なのよもぉ……」
ボロ雑巾の様になったリンキと、その場にぺたんと正座し、キョロキョロとしているスプリギティスと、白い影でむせたらしい悠莉の、三人だった。
そして、続いて現れたのは、その場に倒れ込み、僅かに呼吸する、アクリダ、愛里、ペタリューダの三人――。
「え……、愛姉? ペタ……? ミッチーに、サッチー、も……も?」
悠莉は、自分とスプリギティス以外の仲間が、皆、気を失ったり、氷漬けになっているのを見ると、顔を真っ青にしていたが――。
「――あらぁ? おねんね?」
いつの間にか、ちょこまかと動き、気を失っている仲間達をつつき回っていたスプリギティスの言葉で、僅かに安堵し、すぐさま冷静さを取り戻した。
――一方の、ラヴィラ達は……。
「――オホ……、まさか……、リンキと、アクリダが……」
「予想外……ですね」
「――だから、私が言ったであろう? 立っているのは、お前らだけだとな……」
冷や汗を流す部下二人に、ラヴィラは呆れた表情を浮かべ、呟く。そして、その視線をドラコスに向けると、そのまま、ドラコスに問い掛ける。
「――もう一組はどうした? あそこだけは、アーグニャの力なのか、私も観る事が出来ん」
「そ、それが、小生にもどういう事なのか……」
ドラコスは、先程より、更に冷や汗をかき、ラヴィラに向けて頭を下げる。
ラヴィラは、そんなドラコスの様子を、暫く無言で眺めていたが、やがて、静かに目を閉じ、ドラコス、そして、グリヴァに向けて告げる――。
「少し時間をやろう、私が寝ている間にケリを付けろ……、さもなくば――」
「オ、オホホッ、しょ、承知致しましたっ! か、必ずや――」
「――陛下のお望みのままに……」
二人は目を閉じるラヴィラに向けて頭を下げ、そして、振り返ると、悠莉、そして、スプリギティスを見つめる。
「――あ、話、終わった?」
「あらぁ? 足が痺れたわぁ……」
悠莉は『銅龍の系譜』を発動した状態で拳を構え、スプリギティスは、正座を崩し、ゴロゴロと転がりながら足を押さえている。
グリヴァとドラコスは、そんな二人の様子を見ながら、苦笑し、チラリと、その二人にやられたであろうリンキを見る。
「オホホ……、リンキ坊やは、まだまだ甘い――と言う事ですかな?」
「――どうでしょうかね……」
そのまま、グリヴァは銛を、ドラコスは白い影を取り出し、目の前の少女達と向かい合う。
「オホホ、若い娘、若い娘」
「――助平爺が……」
――特に示し合せるでもなく、ドラコスはニヤニヤと悠莉の前に、グリヴァはスプリギティスの前に立つ。
そして――。
「――時間がありませんので……『大鱗銛』!」
「まぁ、陛下が怖いのでね……『大繰糸』!」
グリヴァは所々がひび割れた状態の桜色の甲冑に、ドラコスは、灰色に近い、白の甲冑に身を包み込む――。
――対する悠莉、スプリギティスはと言うと……。
「ほら……、ティスさんもっ、アレやって――」
「――アレぇ? あらぁ?」
悠莉がスプリギティスの肩を激しく揺さぶり、若干、涙目になりながら、スプリギティスに何かを思い出させようと必死になっていた。
しかし、そんな二人の事情を、グリヴァや、ドラコスが待ってくれる筈も無く――。
「――『大津波』!」
「さぁ、お行きなさいっ!」
グリヴァは銛を、ドラコスは影から魔獣を、それぞれが、それぞれの相手を目がけて繰り出した――。
「あぁっ! 来ちゃったじゃないっ! ――『一等星』!」
目の前に迫る白い魔獣達を、悠莉は横薙ぎの蹴りで吹き飛ばし、チラリと隣のスプリギティスを見る。
すると――。
「あらぁ? あらあらあらぁ?」
「――ティスさぁーんっ?」
スプリギティスは、グリヴァが放った連続の突きを躱す事もせず、その衝撃を受けるままにコロコロと転がっていく。
――思わず、と言った感じで、悠莉はスプリギティスに跳び付き、スプリギティスが壁に激突する事を、何とか防ぐ。
「何やってんですかっ、死ぬ気ですかっ?」
「――あらぁ? 何だか、イケるって感じがしたのよぉ……」
ドヤ顔で悠莉を見つめてくるスプリギティスを、悠莉は信じられないと言いたげに睨み付ける。
そして、悠莉がスプリギティスを叱ろうとした時だった。
グリヴァが苦笑を浮かべながら、銛を振りかざし、ドラコスはニタニタと厭らしい笑みを浮かべ、再び白い魔獣達を出現させる。
「――二人纏めて、お逝きなさいっ!」
「オホホホホ……、それよりも、小生自慢の『この子』で、魔獣にして差し上げるのはどうでしょうかねぇ?」
グリヴァは、ドラコスを「またか」と言いたげに睨み付けるが、ドラコスは、さして気にする風でもなく、更に語り続ける。
「オホホッ、そう睨まないで下さいよ、手駒が増えれば、その分、陛下の望みを叶え易くなるでしょう? ――小生だって心苦しいですが、全ては陛下の為――ですよぉ」
傍らに呼び出した四足の魔獣を撫でながら、ドラコスは「オホホ――」と笑い続ける。
そして、グリヴァは、ドラコスの言い分に納得できない様で、反論しようとするが……。
「――グリヴァ……、ドラコスの言う事も一理ある……、納得出来なければ、貴様が先に倒せ……」
目を瞑ったままそう告げたラヴィラによって、その口を噤む羽目になった。
「オホホ、そう言う事ですよ? グリヴァさん?」
「――良いでしょう、せめて、私が人らしくっ!」
言うが早いか、グリヴァは悠莉とスプリギティスを目指して駆けだした。
グリヴァは、その手に握り締めた銛を頭上でクルクルと回すと、そのまま銛に、桜色の液体を纏わせる――。
「――『十』!」
グリヴァは銛に纏わせた液体を、悠莉達目がけて弾き飛ばす。
「――ティスさんっ、まずは、目の前の敵をっ!」
「うーん、そうねぇ……」
悠莉は拳で、スプリギティスは、羽根を取り出し、迫り来る液体を迎え撃つ――。
――一方……。
「オホホ……、どうせ死体からでも作れますがねぇ……」
四足の魔獣を撫でながら、ドラコスは三人の戦いを見学している。――適当な所で、美味しいとこ取りをする為に……。
しかし、ドラコスのその企みは……。
「――アンタ……、その魔獣の能力……、もう一度、教えてくんないッスか?」
――一人の男の逆鱗に触れていた。
「オホッ! 君ぃ、まだ立てるのかねっ! 凄い……、これは凄いっ! これ程頑丈な素材は、初めてだよっ!」
「――良いから答えろっ!」
その男――三知徹ことミッチーは、握り締めた剣で、ドラコスの傍に侍る白い魔獣を、斬り伏せると、そのままゆっくりと、ドラコスに近付いて行く。
「――へぇ……、良いでしょう。教えて上げましょう? ――私の魔獣の中でも、この『侵食』はね? 生物の身体に這入り込み、そのエネルギーを貪りながら、徐々に、徐々に、その内側から喰らっていくんですよ、そして、病気の様に、その身体を広げながら、拡散させながら、眷属を増やしていくんですよ! ――どうです? 素晴らしいでしょうっ! 私の手を離れても、陛下の為に手駒が増え「――『クルミ』」――ボガァッ!」
ドラコスの身体が、壁まで吹き飛ばされる。――一瞬、何が起こったのか理解出来なかったドラコスは、ソレを――自分を吹き飛ばしたであろうスキルを放ったミッチーを睨み付ける。
「――ミトさんが……、やけに重くなった気がしたんスけどね? さっき、漸く話してくれたんスよ……。その魔獣が……、ミトさんの街を……、ゴンガを襲った四足の魔獣とそっくりだって――ねっ!」
顔を真っ赤にしたミッチーは、一足飛びに、壁に張り付いたままのドラコスに斬りかかる。
しかし――。
「――オホッ! そうか……、そうですかぁっ! その剣……、元は人ですかっ! ――成程、それが小生の子と、何らかの要因で……。そうですかそうですかっ!」
「――っ!」
ドラコスは、笑い声を上げ続けながら、その足元から次々と四足の魔獣を生み出していく。
「益々、その剣、欲しくなりましたよっ! ――さぁ、寄越せっ! その剣は、小生が、陛下の為に、有意義に研究してやるっ! ――君は大人しくっ! 墓場にお入りなさいなぁっ!」
「――複雑な気分ッスよ……、お前が居なければ……、ミトさんは、幸せに暮らせたかもしれない……、でも、お前が居なければ……、自分はミトさんにこうして会えなかった……」
――ミッチーは、剣を振り回し、群がる魔獣を斬り伏せながら、「――でも」と呟き、そして――。
「――お前がやった事は……、気に喰わないッス! 会えなくても、それでも……、自分はミトさんに、幸せに生きて欲しかったっ! ゴンガの街の――ミトさんの仇っ! 今……、ここで、自分が取らせて貰うッス!」
「オホッホ! ――君は、もうっ、これ以上、小生に近付く事すら出来ない、このまま魔獣の波に埋もれていくが良いっ!」
ミッチーは、一歩、また一歩と、魔獣を斬り伏せ、ドラコスに近付いて行くが……。
「先程より、動きはマシですが……、小生、まだまだ増やせますよぉ?」
――パチンっと、ドラコスが指を鳴らすと、その足元から更に魔獣が生み出されていく。
「――クッ……、ミトさん……、自分はっ!」
そのミッチーの様子は、悠莉にも見えていたが……。
「――すいません……、陛下のご命令ですので……」
「アンタッ、そんな泣きそうな顔する位ならっ!」
「――んー、イライラしますねぇ……」
休む間もなく繰り返されるグリヴァの猛攻に、歯噛みしながら対応させられ、ミッチーの加勢に向かう事が出来なくなっていた。
やがて、ミッチーの足が止まり、迫り来る魔獣の対応に追われるだけの状態になると――。
「どうせですから、そこらに転がっている方も、凍っている方も……、始末してしまいましょう!」
ドラコスは、「名案です」とはしゃぎながら、更に魔獣を増やしていく。
「――皆っ!」
「――っ!」
「――グ……ガァァァッ! 貴様ぁっ!」
悠莉、スプリギティス、ミッチーが、未だ気を失ったままの……、凍ったままの仲間に向けて、悲痛な表情を浮かべ、手を伸ばす。
――生み出された白い魔獣達は、そんな三人の事など構う事無く、無防備な愛里達に群がろうとして……。
――ゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴインッ!
何か……、見えない壁にでもぶつかった様に、その動きを止めた――。
そして――。
「――ラサッラ、サッラサッラ、サ――」
――未だに、見えない壁に向かって突進し続ける魔獣の群れを他所に、呆気に取られた、その場の全員の耳に……、何かが聞こえてくる……。
「これは……歌?」
何処かから聞こえてくる声――歌声に、グリヴァはキョロキョロと首を動かし、その発生源を探っている。
「この……声……」
「――あらぁ?」
一方、悠莉は、聞き覚えのある、幼い声に、「何故?」と言う不安、「もしかして」と言う期待が入り混じった複雑な表情を浮かべた。
そして、歌声は徐々に近付き、やがて、ハッキリと全員の耳に届き始める――。
「サッラサッラ、サッラサッラ、サッラリーマーン~♪ ちょーざん、さっびざん、あったりまえ~、きゅーしゅつだって、どんと来い~♪」
――そして、直後、『玉座の間』の扉が勢いよく、開かれ、そこに現れたのは――。
「う……い……?」
「なんで……一人で、こんな所に来たんスかっ!」
「ダメよぉ?」
悠莉、ミッチー、スプリギティスの目に映ったのは、開いた扉の前に立ち、両手を腰に当て、ドヤ顔を浮かべる幼女――羽衣であった。
羽衣は、悠莉の姿を見つけると、勢いよく、手を振り――。
「ゆうりちゃん、けしかけにきたっ!」
――そう告げた。
「――え?」
「は……?」
悠莉とミッチーが、ポカンと口を開けた時だった……。
「――『オン・サラ・リー』!」
羽衣の後ろから現れた人影が、二枚のプレートを、宙に向けて放り投げた。
すると、その二枚のプレートは、それぞれ、朱色と藍色の輝きを放ち、やがて、その輝きの中から太鼓と笛の音が鳴り響き――。
「「『獅子神楽』!」」
――雷を纏った嵐が、『玉座の間』で荒れ狂い、無数にいた魔獣達を消し飛ばしていった……。
やがて、全ての魔獣が消えた後、少女と少年に傅かれた男は、その肩に羽衣を乗せ、悠莉、ミッチー、スプリギティスに向かって手を上げ、少しだけ照れ臭そうに告げた――。
「――ただい……ま?」




