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大・出・張!  作者: ひんべぇ
第十章:働く男
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月を超えろ

続きです、よろしくお願いいたします。

 ――天帝城『白の間』――


「――その辺で良いでしょう」


 天井、壁、床、その全てが白く覆いつくされた部屋で、白影の老人――ドラコスが、とある人影に群がる、白い魔獣達に指示を出す。


「「「「「グキュゥ……」」」」」


 白い魔獣達は、そんなドラコスを一瞥すると、コクリと頷く様な仕草を見せ、霧の様に何処かへと消え去ってしまった。


 ドラコスは、全ての魔獣が消えた事を確認すると、鼻歌交じりにその人影――ミッチーへと近付く。そして――。


「オホッ! ――何と……、これでもまだ生きておられるのですかっ! オホホ……、これはこれは……、少し、方針を変えると致しましょう? この剣も含めて、君も小生の研究材料とさせて頂きましょう――」


 そのまま、ドラコスは白い影でミッチーを包み込み、その手で顎を撫でながら、思い出した様に一人、呟く――。


「さて……、そろそろ、他の方も、侵入者の処分を終えた頃でしょうか? ――一度、『玉座の間』まで戻りますかな?」


 ――ドラコスは、両手を胸の前で叩き合わせ、他の部屋に居る者達を、自分と同じ様に『玉座の間』に移動させる影をイメージし始めた……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――x県x市 F・P総合病院――


「あ、ども……」


 ――こんな時、どんな顔をしたら良いのだろう?


 俺が怪我してこっちに来る前、皆、結構悲しげな顔だったからなぁ……。正直、気まずさ――と言うより、照れ臭さが凄い。


『――クフ……クフフフ、やっぱり、やっぱり生きてたね?』


 衛府博士は、テレビ電話越しに、俺の顔を見るなり、そう言って笑ってくれた。――お、これは、もしかして、余り気にしないで良いのか?


「あはは……、気が付いたら病院でした」


『――そうかそうか、少しイラッとしたが、イラッとしたが……、まあ、今はそれどころじゃないから不問としよう』


 ――「てへっ」って感じで、明るく告げてみたんだが、どうやら不評だったらしい……。気のせいか、美空まで「イラっ」って表情を浮かべている……。


「すいません……」


「――それで衛府博士? それどころじゃない……と言うのは?」


 俺の土下座を軽く流し、美空は衛府博士に話の続きを促す。


 すると、衛府博士は珍しく、深刻な表情を浮かべ、暫くの間、話すべきかどうか迷っていたらしいが、やがて、大きなため息を吐くと、ポツポツと話し始めた――。


『――実はだね……、あの後、つまり、サラリーマン君がぶっ倒れた後……なんだがね――』


 そこから衛府博士の話を纏めてみると――。


 ――俺が倒れた後、ラヴィラ達一行は、アンさんとクリスを連れて、マコス大陸へと渡ったらしい……。


 それから暫くして、マコス大陸上空に、ラヴィラ達の拠点――『天帝城』が浮かび上がったとの事、『天帝城』は暫く飛行して、着地すると言った感じで、徐々にヘームストラ王国を目指しているらしい……。


 続いて起こった事が、ラヴィラ達による、世界への宣戦布告。その要求は――『一緒に地球滅ぼそうぜッ!』と言う事と、『回答は十日後にしろよっ!』って事らしい……。


 次に起こった事は、当然――『そんな要求飲んでられるかっ、俺達は攻めるぞ!』って感じで意気込んで、ラヴィラ達が居るマコス大陸へと攻め入った冒険者達の暴走……。――その後、彼等の行方を知る者は、居ないらしい……。


 そして、何やかんやあって、ラヴィラに『世界間での喰らい合い』とやらを止める方法が無いか、締め上げて聞き出そうって事で――。


「――白羽の矢が立ったのが……」


『うん……、JKちゃん達……だね』


 ――これはまた……、何でそんな事に……。


「ヘームストラの人達は、どうしてるんですか?」


 美空が衛府博士に、質問を投げ付ける。――あ、この感じは、結構、怒っていますか……?


『――ラヴィラ達の襲撃に備え、ヘームストラの各都市の防衛に回っている……』


 まぁ、そうなるよなぁ……、と言うか、話を聞く限り、実際に被害を受けそうなのは、地球側だけっぽいし、仕方ないか……。


「と言うか……、止める方法があるなら、ラヴィラ達だって、そんな暴挙に出ないでしょうね……」


『む……、むむむ……』


 俺のツッコミに、衛府博士が眉根を寄せて唸っている。


 ――しかし……。


『むむ、むふふふふ……』


「? 衛府博士?」


 次の瞬間には、衛府博士はドヤッと笑い始めていた。――そっか、何か対策案があるのか……。


「それで……? 対策案があるのは良いんですけど、それなら、何を焦っているんですか?」


『――む、聞いてはくれないのかい……? まぁ、良いけどね……』


 衛府博士は、ふくれっ面で抗議してくるが、こっちもその『それどころじゃない』って奴をさっさと、聞きたいんで、無視させて頂きます……。


 衛府博士は、観念したのか、小さくため息を吐くと、真面目な顔に戻り、静かに口を開いた。


 その内容は――。


『――マコス大陸に向かったJKちゃん達と連絡が取れなくなった……』


「――は?」


 ――今……、何と?


『――今日、例の城に突入する前までは、定時連絡があったんだが……、城の前で接敵したとの連絡があってからは……』


 徐々に、衛府博士の顔に焦りが見えてくる。――先程までは気にしていなかったんだが、衛府博士は、結構、無理していたらしく、今は、親指を口に咥え、苛立ちを隠せなくなってきている。


「――っ」


『すまない、そっちに居るサラリーマン君に伝えるべきかどうか……、迷ったんだが……』


 ――ああ……もうっ、そんな事言われたら、怒るに怒れんし……。第一、こっちで休んでた俺には、そんな事を言う資格は……無い。


 どうすれば良い……。こっちから、俺に出来る事は……。


「――衛府博士、『転送実験』は?」


 俺はふと、衛府博士のスキルを思い出し、尋ねてみる。


 しかし――。


『それは……、こっちから送るには問題無いが……』


 ――駄目か……。


「――クソッ……」


「お兄ちゃん……」


 苛立ちから、思わず頭を掻き毟ると、美空が不安気にスーツの袖を摘まんでいた。――どうやら、かなりアレな表情を浮かべているらしい……。


『――すまない、伝えておいてなんだが、正直、今のサラリーマン君に出来る事は……』


 衛府博士は、悲痛な表情を浮かべたまま、画面越しに頭を下げていた。


 ――ああ……、そうだな……、このまま、苛立ってちゃ、良い案も浮かばないか……。


「――よしっ!」


 俺は、自分の両頬を力強く、二回叩き、気合を入れ直して携帯――じゃなかった、もうスマフォか――の画面を見る。


『サ、サラリーマン君……、もしかして、気がふれて、ソッチの趣味に……?』


「違いますよっ! 俺はノーマルですっ! ――ったく、人が心配してんのに……」


 衛府博士は、今のやり取りで、少し気が晴れたのか、クスリと微笑む。――どうでも良いけど、美空ちゃん……、俺は目覚めてないから、踏み掛けの足をどけなさい……。


「さて……、衛府博士、俺は少し、良い案が無いか検討してみるんで、一旦切りますよ?」


 俺は、美空の頭をグリグリと締め付けながら、衛府博士に向かって告げる。すると、衛府博士は、クスクスと微笑んだまま――。


『うん、うん、期待して『おじちゃんっ?』って……、園児ちゃん、お昼寝は終わっ『おじちゃんなのっ?』――サラリーマン君、話手交代だ……』


 画面の向こうの、更に向こうから、懐かしい声が聞える――。


「――お早う、羽衣ちゃん……」


『――うん……』


 羽衣ちゃんは、俯き、泣いているのか、ぐずぐずと音を立てながら、何度も頷いている。


「えっと、心配かけて……ごめんね?」


『――うい、しんじてたの……、おじちゃん、しんでないって。ヒーローは、しなないって、パパ言ってたもんっ! うい、知ってたもん……』


「――うん……」


 そうか……、信じてくれてたのか……、アレは、あの時見た夢は、もしかしたら正夢だったのかもな……。


『うい、おるすばんしてるとき、おやさい、おやさい、ちゃんとたべたの……、ほらこちゃんのおてつだいも、ちゃんとしたの……』


「うん……、うん」


 羽衣ちゃんは、今までジッと耐えていた物が溢れだす様に、ボロボロと涙を流し始めた……。――野菜……、嫌だったんだろうな、野菜だけ若干強調されている。


『ゆうりちゃんとか、あいねーちゃんに、ついていくの、がまんして、おやくそくしたの、みんながピンチになったら、おじちゃんをけしかけるって……』


「うん、うん……、うん?」


 ――けしかけるって……、そんな犬みたいな……。


『だから……、だから……』


「――っ。羽衣ちゃん……?」


 しかし、羽衣ちゃんにとっては、それは真剣に考えていた事らしく、俺は微笑ましいと思う気持ちを切り替え、画面越しに見える羽衣ちゃんの目をしっかりと見つめる。


 そして、羽衣ちゃんは、ボロボロと溢れていた涙を、袖でグイッと拭うと、園児とは思えないほど、強い眼差しで俺を見つめ――。


『――だから、みんなをたすけてっ!』


「――っ!」


 ――その瞬間、俺の中にあった『戦闘で自分が何の役に立つ」と言う無力感、『地球に居る俺に何が出来る』と言う諦め半分の気持ち、『もう、疲れたよ……』と言う疲労感の全てが吹き飛んでいった……。


 そして、代わりに俺の中から湧き上がって来るのは――。


「任せろっ!」


 ただ一つ、『せめて、この子が……、誰かが……、そう望む限り、俺はヒーローを目指そう』と言う、覚悟だけだった――。


『――うんっ!』


 羽衣ちゃんは、俺の答えを満足そうに聞き届けると、花が咲いた様に笑う。


 ――その時だった……。


『――は? これは……、サラリーマン君の……? ――えっ?』


 羽衣ちゃんの背後で、何かが眩く光っている。そして、衛府博士が驚く声がしたと思ったら――。


「――キャッ!」


 俺の後ろで、美空が小さな悲鳴を上げる。


 俺は思わず振り返り、美空の悲鳴の原因――向こうに置いて来た筈の、俺の通勤かばんを凝視した。


「これは……」


 かばんは、未だに強く、黄色く輝いている――。


 俺は、フラフラと、何かに動かされる様に、かばんに近付き、その取っ手を強く握りしめた。すると、頭の中に、いつものメロディが鳴り響き、俺は思わずほくそ笑み、羽衣ちゃんに「待ってろ」と伝え、通話を終了する。


 ――そして……。


「――美空……」


「お兄……ちゃん?」


 スーツの乱れを正し、名刺(ギルドカード)を胸ポケットに入れ、腕時計を左腕に巻き付け、ハンカチをスーツのサイドポケットに仕舞い込み、手帳を内ポケットに入れると、俺は美空の頭を一撫でする。


「――親父(副社長)と、お袋(社長)によろしく言っといてくれ」


「よろしく……って、どこに行くんですかっ!」


「――決まってんだろ?」


「あ、う……、でも……」


 俺は空に見える二つ目の月を指差す。――美空には、先に言ってたけど、こんな急になるとは思っていなかったらしく、かなり慌てている。


 ――いや、本当にスマン……。


「――…………………………ああっ、もぉっ! 分かりましたよっ、月でも、異世界でも、どこへでも行ってらっしゃい!」


「――スマ……、いや、ありがとう」


 ――流石、俺の妹だ……、切り替え早いな。


「でも、ボクを置いてけ堀にするんだから……」


「ああ、しっかりと働いて来るさ……」


 もう一度、泣きじゃくる美空の頭を撫でてから、俺は病室の窓を勢いよく開ける。


 そして、通勤かばんを開き、叫ぶ――。


「――『空出張』!」


 その瞬間、かばんが黄色い光に包まれ、その中から長い、長い……、空まで伸びる階段が現れた。


「まじか……」


 ――美空にあんな啖呵切って発動した以上、この階段を上って向こうに行くしかないって事だろう……。キッツイな……。


「――よしっ」


 無言で俺の動きを見ている美空の視線に圧される様に、俺はかばんから伸びる階段の一段目を踏む。


『スリーッ』


「――ん?」


 すると、何やら、嫌な感じの声が聞こえて来た――様な気がする。


 ――気のせいかと思い、もう一歩踏み出す。


『ツーッ』


「――ちょっと、トイレ行ってからにしようかな……」


 ――ビビッてはいない、いないが……、トイレは重要だ。


 そう思い、後ろをふり返ろうとするが……。


「なっ、これは――『塗り壁』?」


 見えない壁でギッチギチに固められていて、後ろを向く事が出来ない――。


「――クッ、仕方ない……」


 ――背後に感じる、誰かの呆れた様な視線に圧され、俺は再び一歩を踏み出す。すると――。


『――ワンッ!』


 ――いかん……、これ以上は……。


『ゼロッ!』


「――え? 俺、動いてな――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺が最後の一歩をためらっていると、勝手にカウントが進み、直後――階段の上に立っていた筈の俺は、階段にベッタリと寝そべる形で縛り付けられ、そのまま、階段を発射台と見立てた様に、空へ向けて打ち出されてしまった――。


「――いやぁっ! こ、こわっ、加速、こああああああああああああああっ――」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――お兄ちゃん……、せめて少しだけでも格好良く行って下さいよ……」


 ――遠く、見えなくなった筈の……、美空の呟きが頭に響いた気がした……。

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