月を超えろ
続きです、よろしくお願いいたします。
――天帝城『白の間』――
「――その辺で良いでしょう」
天井、壁、床、その全てが白く覆いつくされた部屋で、白影の老人――ドラコスが、とある人影に群がる、白い魔獣達に指示を出す。
「「「「「グキュゥ……」」」」」
白い魔獣達は、そんなドラコスを一瞥すると、コクリと頷く様な仕草を見せ、霧の様に何処かへと消え去ってしまった。
ドラコスは、全ての魔獣が消えた事を確認すると、鼻歌交じりにその人影――ミッチーへと近付く。そして――。
「オホッ! ――何と……、これでもまだ生きておられるのですかっ! オホホ……、これはこれは……、少し、方針を変えると致しましょう? この剣も含めて、君も小生の研究材料とさせて頂きましょう――」
そのまま、ドラコスは白い影でミッチーを包み込み、その手で顎を撫でながら、思い出した様に一人、呟く――。
「さて……、そろそろ、他の方も、侵入者の処分を終えた頃でしょうか? ――一度、『玉座の間』まで戻りますかな?」
――ドラコスは、両手を胸の前で叩き合わせ、他の部屋に居る者達を、自分と同じ様に『玉座の間』に移動させる影をイメージし始めた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――x県x市 F・P総合病院――
「あ、ども……」
――こんな時、どんな顔をしたら良いのだろう?
俺が怪我してこっちに来る前、皆、結構悲しげな顔だったからなぁ……。正直、気まずさ――と言うより、照れ臭さが凄い。
『――クフ……クフフフ、やっぱり、やっぱり生きてたね?』
衛府博士は、テレビ電話越しに、俺の顔を見るなり、そう言って笑ってくれた。――お、これは、もしかして、余り気にしないで良いのか?
「あはは……、気が付いたら病院でした」
『――そうかそうか、少しイラッとしたが、イラッとしたが……、まあ、今はそれどころじゃないから不問としよう』
――「てへっ」って感じで、明るく告げてみたんだが、どうやら不評だったらしい……。気のせいか、美空まで「イラっ」って表情を浮かべている……。
「すいません……」
「――それで衛府博士? それどころじゃない……と言うのは?」
俺の土下座を軽く流し、美空は衛府博士に話の続きを促す。
すると、衛府博士は珍しく、深刻な表情を浮かべ、暫くの間、話すべきかどうか迷っていたらしいが、やがて、大きなため息を吐くと、ポツポツと話し始めた――。
『――実はだね……、あの後、つまり、サラリーマン君がぶっ倒れた後……なんだがね――』
そこから衛府博士の話を纏めてみると――。
――俺が倒れた後、ラヴィラ達一行は、アンさんとクリスを連れて、マコス大陸へと渡ったらしい……。
それから暫くして、マコス大陸上空に、ラヴィラ達の拠点――『天帝城』が浮かび上がったとの事、『天帝城』は暫く飛行して、着地すると言った感じで、徐々にヘームストラ王国を目指しているらしい……。
続いて起こった事が、ラヴィラ達による、世界への宣戦布告。その要求は――『一緒に地球滅ぼそうぜッ!』と言う事と、『回答は十日後にしろよっ!』って事らしい……。
次に起こった事は、当然――『そんな要求飲んでられるかっ、俺達は攻めるぞ!』って感じで意気込んで、ラヴィラ達が居るマコス大陸へと攻め入った冒険者達の暴走……。――その後、彼等の行方を知る者は、居ないらしい……。
そして、何やかんやあって、ラヴィラに『世界間での喰らい合い』とやらを止める方法が無いか、締め上げて聞き出そうって事で――。
「――白羽の矢が立ったのが……」
『うん……、JKちゃん達……だね』
――これはまた……、何でそんな事に……。
「ヘームストラの人達は、どうしてるんですか?」
美空が衛府博士に、質問を投げ付ける。――あ、この感じは、結構、怒っていますか……?
『――ラヴィラ達の襲撃に備え、ヘームストラの各都市の防衛に回っている……』
まぁ、そうなるよなぁ……、と言うか、話を聞く限り、実際に被害を受けそうなのは、地球側だけっぽいし、仕方ないか……。
「と言うか……、止める方法があるなら、ラヴィラ達だって、そんな暴挙に出ないでしょうね……」
『む……、むむむ……』
俺のツッコミに、衛府博士が眉根を寄せて唸っている。
――しかし……。
『むむ、むふふふふ……』
「? 衛府博士?」
次の瞬間には、衛府博士はドヤッと笑い始めていた。――そっか、何か対策案があるのか……。
「それで……? 対策案があるのは良いんですけど、それなら、何を焦っているんですか?」
『――む、聞いてはくれないのかい……? まぁ、良いけどね……』
衛府博士は、ふくれっ面で抗議してくるが、こっちもその『それどころじゃない』って奴をさっさと、聞きたいんで、無視させて頂きます……。
衛府博士は、観念したのか、小さくため息を吐くと、真面目な顔に戻り、静かに口を開いた。
その内容は――。
『――マコス大陸に向かったJKちゃん達と連絡が取れなくなった……』
「――は?」
――今……、何と?
『――今日、例の城に突入する前までは、定時連絡があったんだが……、城の前で接敵したとの連絡があってからは……』
徐々に、衛府博士の顔に焦りが見えてくる。――先程までは気にしていなかったんだが、衛府博士は、結構、無理していたらしく、今は、親指を口に咥え、苛立ちを隠せなくなってきている。
「――っ」
『すまない、そっちに居るサラリーマン君に伝えるべきかどうか……、迷ったんだが……』
――ああ……もうっ、そんな事言われたら、怒るに怒れんし……。第一、こっちで休んでた俺には、そんな事を言う資格は……無い。
どうすれば良い……。こっちから、俺に出来る事は……。
「――衛府博士、『転送実験』は?」
俺はふと、衛府博士のスキルを思い出し、尋ねてみる。
しかし――。
『それは……、こっちから送るには問題無いが……』
――駄目か……。
「――クソッ……」
「お兄ちゃん……」
苛立ちから、思わず頭を掻き毟ると、美空が不安気にスーツの袖を摘まんでいた。――どうやら、かなりアレな表情を浮かべているらしい……。
『――すまない、伝えておいてなんだが、正直、今のサラリーマン君に出来る事は……』
衛府博士は、悲痛な表情を浮かべたまま、画面越しに頭を下げていた。
――ああ……、そうだな……、このまま、苛立ってちゃ、良い案も浮かばないか……。
「――よしっ!」
俺は、自分の両頬を力強く、二回叩き、気合を入れ直して携帯――じゃなかった、もうスマフォか――の画面を見る。
『サ、サラリーマン君……、もしかして、気がふれて、ソッチの趣味に……?』
「違いますよっ! 俺はノーマルですっ! ――ったく、人が心配してんのに……」
衛府博士は、今のやり取りで、少し気が晴れたのか、クスリと微笑む。――どうでも良いけど、美空ちゃん……、俺は目覚めてないから、踏み掛けの足をどけなさい……。
「さて……、衛府博士、俺は少し、良い案が無いか検討してみるんで、一旦切りますよ?」
俺は、美空の頭をグリグリと締め付けながら、衛府博士に向かって告げる。すると、衛府博士は、クスクスと微笑んだまま――。
『うん、うん、期待して『おじちゃんっ?』って……、園児ちゃん、お昼寝は終わっ『おじちゃんなのっ?』――サラリーマン君、話手交代だ……』
画面の向こうの、更に向こうから、懐かしい声が聞える――。
「――お早う、羽衣ちゃん……」
『――うん……』
羽衣ちゃんは、俯き、泣いているのか、ぐずぐずと音を立てながら、何度も頷いている。
「えっと、心配かけて……ごめんね?」
『――うい、しんじてたの……、おじちゃん、しんでないって。ヒーローは、しなないって、パパ言ってたもんっ! うい、知ってたもん……』
「――うん……」
そうか……、信じてくれてたのか……、アレは、あの時見た夢は、もしかしたら正夢だったのかもな……。
『うい、おるすばんしてるとき、おやさい、おやさい、ちゃんとたべたの……、ほらこちゃんのおてつだいも、ちゃんとしたの……』
「うん……、うん」
羽衣ちゃんは、今までジッと耐えていた物が溢れだす様に、ボロボロと涙を流し始めた……。――野菜……、嫌だったんだろうな、野菜だけ若干強調されている。
『ゆうりちゃんとか、あいねーちゃんに、ついていくの、がまんして、おやくそくしたの、みんながピンチになったら、おじちゃんをけしかけるって……』
「うん、うん……、うん?」
――けしかけるって……、そんな犬みたいな……。
『だから……、だから……』
「――っ。羽衣ちゃん……?」
しかし、羽衣ちゃんにとっては、それは真剣に考えていた事らしく、俺は微笑ましいと思う気持ちを切り替え、画面越しに見える羽衣ちゃんの目をしっかりと見つめる。
そして、羽衣ちゃんは、ボロボロと溢れていた涙を、袖でグイッと拭うと、園児とは思えないほど、強い眼差しで俺を見つめ――。
『――だから、みんなをたすけてっ!』
「――っ!」
――その瞬間、俺の中にあった『戦闘で自分が何の役に立つ」と言う無力感、『地球に居る俺に何が出来る』と言う諦め半分の気持ち、『もう、疲れたよ……』と言う疲労感の全てが吹き飛んでいった……。
そして、代わりに俺の中から湧き上がって来るのは――。
「任せろっ!」
ただ一つ、『せめて、この子が……、誰かが……、そう望む限り、俺はヒーローを目指そう』と言う、覚悟だけだった――。
『――うんっ!』
羽衣ちゃんは、俺の答えを満足そうに聞き届けると、花が咲いた様に笑う。
――その時だった……。
『――は? これは……、サラリーマン君の……? ――えっ?』
羽衣ちゃんの背後で、何かが眩く光っている。そして、衛府博士が驚く声がしたと思ったら――。
「――キャッ!」
俺の後ろで、美空が小さな悲鳴を上げる。
俺は思わず振り返り、美空の悲鳴の原因――向こうに置いて来た筈の、俺の通勤かばんを凝視した。
「これは……」
かばんは、未だに強く、黄色く輝いている――。
俺は、フラフラと、何かに動かされる様に、かばんに近付き、その取っ手を強く握りしめた。すると、頭の中に、いつものメロディが鳴り響き、俺は思わずほくそ笑み、羽衣ちゃんに「待ってろ」と伝え、通話を終了する。
――そして……。
「――美空……」
「お兄……ちゃん?」
スーツの乱れを正し、名刺を胸ポケットに入れ、腕時計を左腕に巻き付け、ハンカチをスーツのサイドポケットに仕舞い込み、手帳を内ポケットに入れると、俺は美空の頭を一撫でする。
「――親父と、お袋によろしく言っといてくれ」
「よろしく……って、どこに行くんですかっ!」
「――決まってんだろ?」
「あ、う……、でも……」
俺は空に見える二つ目の月を指差す。――美空には、先に言ってたけど、こんな急になるとは思っていなかったらしく、かなり慌てている。
――いや、本当にスマン……。
「――…………………………ああっ、もぉっ! 分かりましたよっ、月でも、異世界でも、どこへでも行ってらっしゃい!」
「――スマ……、いや、ありがとう」
――流石、俺の妹だ……、切り替え早いな。
「でも、ボクを置いてけ堀にするんだから……」
「ああ、しっかりと働いて来るさ……」
もう一度、泣きじゃくる美空の頭を撫でてから、俺は病室の窓を勢いよく開ける。
そして、通勤かばんを開き、叫ぶ――。
「――『空出張』!」
その瞬間、かばんが黄色い光に包まれ、その中から長い、長い……、空まで伸びる階段が現れた。
「まじか……」
――美空にあんな啖呵切って発動した以上、この階段を上って向こうに行くしかないって事だろう……。キッツイな……。
「――よしっ」
無言で俺の動きを見ている美空の視線に圧される様に、俺はかばんから伸びる階段の一段目を踏む。
『スリーッ』
「――ん?」
すると、何やら、嫌な感じの声が聞こえて来た――様な気がする。
――気のせいかと思い、もう一歩踏み出す。
『ツーッ』
「――ちょっと、トイレ行ってからにしようかな……」
――ビビッてはいない、いないが……、トイレは重要だ。
そう思い、後ろをふり返ろうとするが……。
「なっ、これは――『塗り壁』?」
見えない壁でギッチギチに固められていて、後ろを向く事が出来ない――。
「――クッ、仕方ない……」
――背後に感じる、誰かの呆れた様な視線に圧され、俺は再び一歩を踏み出す。すると――。
『――ワンッ!』
――いかん……、これ以上は……。
『ゼロッ!』
「――え? 俺、動いてな――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺が最後の一歩をためらっていると、勝手にカウントが進み、直後――階段の上に立っていた筈の俺は、階段にベッタリと寝そべる形で縛り付けられ、そのまま、階段を発射台と見立てた様に、空へ向けて打ち出されてしまった――。
「――いやぁっ! こ、こわっ、加速、こああああああああああああああっ――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――お兄ちゃん……、せめて少しだけでも格好良く行って下さいよ……」
――遠く、見えなくなった筈の……、美空の呟きが頭に響いた気がした……。




