沈黙の栄転
続きです、よろしくお願いします。
『ふむ、大体の事情は分かりました……』
あれから数日後、一日通話三分ほどだった発動時間は、今や五分まで延長されている。メールなら、一分程度の動画の送信までは気絶せずに耐えられる。
その間、俺の代理は、愛里さん、ミッチー、サッチー、ミッチー、サッチー、悠莉ちゃん、ミッチー……といった感じで、大体が男性七:女性三、位の割合だった……三割タイムにこっそり、『ポーカーフェイス』を同時発動しているのは内緒だ……いや、ほんとに。
ともかく、後輩とのやり取りで、漸く地球側で俺達がどう言う扱いになっているのかが判明した。
俺達がこちらに来たあの日、あの星の接近は結構なニュースとなっていた様で、暫くはその話題で持ち切りだったそうだ。最近は、そうでも無いらしいが……どんな事件があっても、芸能ニュースを外さない日本人のメンタリティって凄いよなぁと感心する。
因みに、星は接近後、空に戻り今も浮かんでいるそうだ。
また、その時に行方不明となったのが、俺と他に五人ほどいるらしく、今も情報提供を求める家族が駅前に立っているそうだ。っというか、それ、羽衣ちゃん達じゃねぇの?
俺達がそんな風にメールを返すと、『ちょっとボクが接触してみますので先輩方は証拠用の動画か写真でも撮っていて下さい』とだけ返って来た。
「予想はしてましたたけど、家族には心配掛けちゃってるんですよね……」
「まあ、そりゃあ結構な人の前で消えたんだもん……普通に大事件よ……」
愛里さんと悠莉ちゃんが、顔を下に向け俺に話しかけてくる……
って言うか、正しくは正座する俺を見下ろしながらだが……
「ねえねえ、何でおじちゃん、せーざしてるの?」
「……おじちゃん、分かんない。ねぇ、何で?」
俺は羽衣ちゃんに、涙目で問い掛ける。羽衣ちゃんは俺の髪を掴んで「みぎー、ひだりー」と、自動車のハンドルの様に扱いながら、「さー?」と言っていた。あっ、止めて、毛根が!
「椎野さん、反省してますか?」
「流石に、羽衣の教育に良くないんだけど……?」
二人は俺を見下ろしながら、睨み付けてくる……
「ひぃっ! 何? 何なの? と、とりあえずごめんなさい!」
「したー!」
羽衣ちゃんのハンドリングと同時に俺は土下座した。そして、二人は俺に見える様に携帯を突き付けてきた。
そこには、俺が接待などでよく使っていたお店のコからのメールが写っていた……内容は、『最近来ないねー? 仕事忙しい? お店来る時間無いならしょうがないけど声くらいは聞きたいな☆』とだけ、書いてあった。
「只の営業メールじゃん! 異議を「「却下します」」……ハイ」
「おじちゃん、えーぎょーめーるって何?」
「あ、ごめんなさい、俺が全面的に悪かったです」
俺が降伏すると、二人《般若》は「こちらで処分します」と言って、俺の履歴、と言うかアドレスごと消しやがった! 因みに、羽衣ちゃんには「詐欺メール」の一種と説明してやがった……いや、まぁ、確かにそんな側面はあるけどさぁ。
「ま、まー、とにかく、向こうと連絡付ける手段は手に入った訳だし? 悠莉ちゃんも愛里ちゃんも、ちょっと、落ち着こうぜ?」
サッチーの執り成しで、俺達は改めて今後の相談をする事になった。
「まずは、家族への無事の連絡だよな」
「あー、そうですね。今、椎野さんが無理のない範囲で動画を送ろうとすると何分くらいが限界ですか?」
「あ、そうっスね、おやっさんに負担掛け過ぎるのも良くないッスよね……」
「んで? 実際どうなのよ、ツチノっち?」
「あー、そうだな、動画だと、一日に送れるのは低画質で一分ってところかなぁ?」
大体の感触で俺が答えると……
「おじさん……『ポーカーフェイス』なしで答えて?」
悠莉ちゃんが、小声で俺に囁きながら、エライ冷たい目でこっちを見ている……
ッ! ヤバイッ! ヤラレル!
「ん? な、何のこと「こ・た・え・て?」……中位の画質で三分位です」
俺が素直に答えると、「えっ、ほんとに使ってたの?」と言って呆れた様に俺を見てくる……くそっ! やられた。
「みんなー、おじさん、やっぱ、三分位いけるかもってー」
その言葉に、皆が活気付く。やっぱり、一分だと少し不安があったのか? ちょっと、反省……
結局、三分だと各自の動画を一回の通信で送信するのは無理だろうって言う事で、日別で担当者を分け、向こうからの送信の事も考慮し、一人辺り一分半の動画を撮る事になった。
そんな内容のメールを後輩に送ると、次の日には、『了解』とだけ、返ってきていた。
「そう言えば……おやっさんの携帯もそうっすけど、俺達のも充電ってどうなってんスかね?」
皆で一通り動画をとった後に、ミッチーがそんな事を言って来た。そう言えば、確かに、いつの間にか充電されてるよな。かと言って電池切れがないわけでも無いみたいだし……
「うーん、ちょっと分からんけど、万が一の時のために、簡単な充電池が作れないか後輩にヘルプ出しとくか……」
「ん? 皆のケータイなら、オレがスキルで充電してるぜ?」
「「「はぁ?」」」
サッチーの爆弾発言に、俺とミッチーと愛里さんの声が重なる。
「さ、幸さん、それ危ないですよ! と言うか何勝手なことしてるんですか! 壊れちゃったらどうするんですか!」
「ウェ? そうなの? オレてっきり、同じ電気ならスキルでいいやーって……オレのケータイで大丈夫だったから、皆のも良かれと思って……」
「いや、サッチー、抵抗とか電流とか電圧とか色々あるだろう……」
俺達が久々に、サッチーの残念さに胆の冷える思いをしていると、偶然その様子を見ていたダリーさんがウットリと、サッチーを見ていた。そして、俺達の所まで近寄ってくると。
「皆さんどうしたんですか? サチがまた何かやらかしましたか♪」
すっげぇ嬉しそうに聞いて来た……
それから、話を聞いたダリーさんは、「もしかしたら、新しいスキルを覚えているかもしれませんね」と言ってサッチーをギルドに連れて行った。
結果、サッチーは新スキル『充電』を覚えている事が判明した。
「この微妙なスキル……サッチーも俺の仲間入りか?」
「バッカ、ツチノっち、このスキルだけだって! いや、マジで!」
「おー、おじちゃんがぱんでみっく?」
そんなやり取りを経て、俺達はそれぞれ自分の動画を撮影していった。俺は親父とお袋に、羽衣ちゃんは羽衣パパと羽衣ママに、愛里さんはご両親に、悠莉ちゃんはお祖父さんに、ミッチーは所属団体の会長さんに、サッチーもお袋さんに宛てたらしい。
流石に皆自分の動画を見られるのは嫌なのか、撮って、送って、削除という工程を特に示し合せなくても行っていた。羽衣ちゃんを除いてだが。
後輩からは、全員分を送り終わった六日目に、
『じゃぁ、これを持って皆さんのご家族に接触してきます。話がまとまるのに時間がかかるかも知れませんので、これからは定時報告で良いので必ず毎日先輩が連絡して来て下さい。通話時間を延ばす訓練です』
とだけ、メールが返って来た。
「ふぅ、これで一先ずは安心かな?」
「向こうの家族は気が気でないでしょうけどね」
俺達が一息ついていると、ダリーさんが「でも、良かったですね」と言ってくれた。
「ダリーさんは、今日は非番ですか?」
ダリーさんは、今日は村娘バージョンだ。
「えぇ、それと、皆さんにご報告がありまして……」
ダリーさんの話によると、皆で貯めてきた拠点用の貯金が、ついに貯まったとの事だった。しかも……
「え? 借家じゃないんですか? それにしては、貯まるのが早い気がしますけど……」
「はい、実は、この間の蜘蛛討伐の時に冒険者をやっている息子を助けて貰ったと言う不動産屋がいまして、その方が値下げしてギリギリのラインの物件を何件かピックアップして下さったんですよ」
「へー、そりゃあ助かる。で? もしかしたら、これから案内して下さるとかですか?」
「ハイ、ですので皆さん時間が空いてるのでしたらご一緒に如何ですか?」
ダリーさんは、チラチラとサッチーを見ながらそう言ってくる。
まあ、丁度良いし行ってみるか。
俺がそう言うと、皆も興味津々といった感じでノッてくる。
そして……
一軒目、五LDK……
二件目、五DK……
三件目、五LDK……
「……ダリーさん?」
「はい? 何ですか?」
「確か、ダリーさんも住むんですよね?」
「はい、そうですよ?」
「部屋数、合ってます? あと、どの家も一部屋だけ、広いと言うか他の部屋と離れていると言うか……」
「それは、その……まぁ、そう言う事で……」
そこまで聞くと、俺と羽衣ちゃん以外、皆顔を真っ赤にしていた。
「……はぁ、ま、良いですけど。サッチー!」
「お、おう! な、何よ? ツチノっち」
「ちゃんと、親御さんに言っとけよ?」
「っ! ああ、もちろんだ!」
その後、あーだこーだ話し合って、結局騎士団の詰所とギルドからの距離が近いと言う事と、ほぼ新築と言う事で一軒目の家を購入する事にした。
それからは、とんとん拍子に引っ越し準備が始まった。
ブロッドスキーさんは「おめでとう」と言ってくれ、騎士団宿舎の人達は「淋しくなるな……」と別れを嘆いてくれた。
引っ越し当日、ここ最近の習慣として後輩とのメールのやり取りをしていると……
『まずは、羽衣ちゃんのご両親が、こちらの話を信じてくれました。他の方のご家族の方は、暫く考えたいと言って動画を持って帰りましたから、もうしばらくお待ち下さい』
どうやら、俺と羽衣パパとの決着を付ける日が近づいている様だ。
ただ、後輩としては実際にこちらと連絡を付けるのは、もう少し俺のスキルを訓練した後の方が良いとの事だ。
『理想は、テレビ電話で一時間ですね。……もちろん、先輩が会話するんですよ?』
流石にそれは、まだ厳しいんじゃないか? と言う返事を出すと更にその返信に『愛里さん達と抱き着いた姿をその親御さんに見せられますか? こっち帰ってきたら、捕まりますよ?』との事だった。……確かに。
その日から、俺の猛特訓が始まった。朝は、早くから後輩との通話訓練、そこから、詰所での事務仕事をしながら、狩りに出かけた愛里さん達との通話訓練、昼飯を食べてからは、ギルドカードコップの糸電話を使って、羽衣ちゃんとの通話訓練、夜は気絶するまで後輩との通話訓練。……過酷な日々だった。
そして、今、俺は特訓の成果を皆に披露している。
『羽衣……! 無事でよかった……』
「ママー、おげんきー?」
俺は何とかテレビ電話での通話を一時間半まで持続出来る様になっていた。羽衣ママは、あの後、こちらの世界に来る事なく、気付けば羽衣ちゃんと俺達がいないと言う状況だったらしい。
『薬屋さん……でしたか……あの時も、今この時も、本当にありがとうございます』
羽衣ママはそうお礼を言うと、こちらでの羽衣ちゃんの様子を聞いて来た。好き嫌いの話になった時は、羽衣ちゃんが俺の口を手で塞いで来たため、危うく通話が切れそうになった。
――そして――
ついに、決着の時が来た!
『いやぁ、どうもおやっさん! 娘がお世話になっております』
「いえいえ、こちらこそ。羽衣ちゃんの明るさには何度も助けられていますよ」
「『はっはっは……』」
……あれぇ? 一言文句を言おうとするんだが、何かタイミングが合わないな。
俺と羽衣パパは、その後も当たり障りのない話をしながらかなり無駄な時間を過ごしてしまった。……あれぇ?
『では、おやっさん……大変ご迷惑をお掛けしますが、羽衣をよろしくお願いします』
「まぁ、非力ではありますが、絶対守って見せますよ……」
『はい、その辺は信頼していますよ……何せ『サラリーマン』は『さいきょー』、ですから……』
「じゃぁ、パパ、ママ、またね?」
『あぁ、またね?』
『好き嫌いはしちゃダメよ?』
「ハーイ!」
そうして、羽衣ちゃんのご両親との邂逅は終わった……
「おじさん……泣いてる?」
「え、い、いや、違うぞ、これはな? ただ、年々涙腺が弱くなってるだけで、別に泣いてるわけじゃないぞ?」
「クスッ……それ、もう泣いてんじゃん」
画面越しではあるが、やっと再会できた家族に、俺は一つの仕事をやり遂げた充実感を味わっていた……
『あ、そうだ、先輩! 社長からの伝言です。「そっちにうちの会社の支社を立てるから、アンタ出張扱いで、そこの支社長やんなさい」だそうですよ? 因みに、しばらく欠勤して連絡を寄越さなかったから、給料は向こう半年ダウンだそうです。何にせよ、ヨカッタデスネーエイテンデスヨー』
そう言うと、後輩は通話を切った。あとに残されたものは、両親と久しぶりに話が出来てはしゃぐ羽衣ちゃんと、固まる俺、そしてそれを見つめる皆の静寂だった。