白影
続きです、よろしくお願いいたします。
――天帝城『赤の間』――
「ほらっ、大振りになっていますよっ!」
「んー、知ってる!」
――一面が真っ赤に染められた部屋の中、銛とフォーク、ナイフがぶつかり合う。
「――っ。今のは、良い攻撃です……」
「ん、んっ!」
その様子は、一見、美女と童女が戯れている様にも見えるのだが、二人のせめぎ合いを目で追い切れず、オロオロとする男――サッチーにとっては、もはや、災害でしかなかった。
「――ノォッ! 待て、待ってっ!」
「ん、邪魔」
「邪魔ですよ?」
オタオタと、地面を這い回るサッチーの傍に来たもも缶が、フォークでサッチーの襟首を引っ掛け、ポイッと投げ捨て、それに続く様にグリヴァが銛から水を出し、サッチーを押し出す――。
サッチーは、先程から続く自分の扱いに、不満を募らせながら、しかし、手も足も出ない現状を打破すべく、普段は滅多に使わない頭をフル回転させていた。
「どうすっかなぁ……? オレが使えんのは、スキルが……、あー、九個か……」
指折り数えつつ、サッチーはため息を吐く。――何故ならば、自身が持つ、それぞれのスキルが強力無比である事は、自称の二つ名と違い、自他共に認めている事なのだが……。
「――定まんねぇんだよなぁ……」
標的とすべきグリヴァの動きが見えず、かと言って、椎野の様に、罠を張ったり、動きを予測する事も出来ず、サッチーは手詰まりを感じていた。
――更に言うならば、自分の中に「もも缶に任せれば」と言う考えがある事も自覚し、ちょっとした自己嫌悪にも陥ってしまっていた……。
「っと……、いけねぇ、しゃんとしなきゃな!」
そして、そのすぐ後で、サッチーは再び、もも缶とグリヴァにポイ捨てされ、そのまま頭を捻り続けるのであった……。
――一方……。
「あの時と比べれば、格段に成長していますね……」
「ん、もも缶は、ゆうり、より、バインに、なる」
鼻息を荒くして主張するもも缶を、苦笑し「そう言う意味では……」と、グリヴァは呟く。
「さて、お互い、いつまでも遊んではいられませんしね……」
「ん、そう」
両者はグリヴァの一声で、打ち合いを一旦止め、距離を取る。
「――最後の教えです……、スキルは、ただ使うだけでなく、工夫して『技』とすれば、あらゆる状況にも対応できるのです。――御覧なさいっ、スキルチェイン『栄光への架け橋』!」
「――っ!」
グリヴァは銛全体に、桜色の液体を纏わせ、クルクルと回し始める。すると、その銛から発せられる得体のしれない威圧感に、もも缶の身が竦む――。
「――ふっ……『十』!」
「んんっ、『カトラリ・トレー』!」
銛に纏わせていた液体を、グリヴァは高速で弾き、もも缶を攻撃する。もも缶は、左手に持ったフォークをお盆状に変化させ、防ぐ。すると、今度は――。
「まだ……、『二十』!」
「んんんっ! 『ダブル・トレー』!」
先程までの液体は、速さこそあったが、威力は無かった……。しかし、今度の液体は、速さに加え、ドッシリとした重さも加わり、お盆一つだけでは、防ぎきれなくなってきている。
――もも缶は、焦りながら、右手のナイフもお盆に変え、何とか耐え忍ぶ。
しかし――。
「――クッ……『三十』!」
「ん、無理……、んっ!」
速さ、重さに続き、数が追加された時点で、もも缶は防ぐ事を諦め、躱す事に集中し、液体の射線上から、横へとステップする。
「ふふ……ふ……『四十』……」
「しつッこい……」
グリヴァ自身にも、何らかのダメージバックがあるのか、徐々にグリヴァの表情は陰り始めている。
もも缶は、追尾機能まで加わったらしい液体を躱し、防ぎ、斬り伏せ、凌いでいたが、ここで、グリヴァが更に呟く――。
「……グス……『五十』!」
半ば自棄を起こした様に、グリヴァが叫ぶと、それまで無数に存在していた液体が繋がっていき、最終的には、もも缶を包み込む一つの水滴の様な状態となった……。
「んんっ、んんー!」
水滴の中に浮かぶもも缶を押し潰す様に、水滴は徐々に小さくなっていく。
「――これで……、サヨナラ……です……」
グリヴァは悲しそうな表情を浮かべ、もも缶に――もも缶を取り囲む水滴に向けて、手の平を伸ばす。
そして、僅かに顔を顰めると、手の平を一気に握る――。
「――っ!」
グリヴァは顔を背け、もも缶の断末魔の表情を見ない様にと、目を瞑るが、しかし――。
「あら……?」
――握り潰しで得られるはずの、不快な感覚が無い事に気が付き、薄っすらと目を開く。すると、そこには――。
「――え、凍って……?」
目の前には、水滴ごと氷漬けになった、もも缶が居た。
「こんだけ、動きが止まってりゃ、オレでもいけるっつうの……」
「――っ?」
咄嗟に背後を振り返ると、そこには、サッチーが居た……。
サッチーは、放置され気味だったのが堪えたのか、いじけた顔で、目に涙を溜めながら、それでも杖の先をグリヴァに向け――。
「――やっぱ、オレの頭じゃあ、幾ら考えても無駄っぽいからよぉ……、ゴリ押しでいくしかないべ?」
その瞬間、グリヴァは背筋に冷たいモノを感じ、銛を突き出そうとするが――。
「悪ぃ……、遅ぇよ。穿て! 『鉄槍』! 流れろ! 『落花流水』! 響け! 『轟雷』!
開け! 『地獄の窯』! 埋まれ! 『土竜叩き』!」
――最初は、三本の鉄槍だった……。
「――グブッ……」
至近距離から打ち込まれた鉄槍は、グリヴァの両肩と腹部を貫き、その衝撃で、グリヴァは銛を取り落とす。続けて足元に流れ出した水の勢いで、グリヴァは態勢を崩し、そこに雷が直撃する――。
「ガァァァッ!」
全身に流れる電撃で、グリヴァは身体の自由を、遂に奪われ、その場に倒れる。しかし、サッチーのゴリ押しは、まだ続く――。
グリヴァを中心として現れた、炎の渦によって、桜色の甲冑がピキピキと音を立て始める。そして最後に、土で出来たハンマーが、グリヴァの身体を勢いよく叩き、グリヴァが纏った甲冑は遂に、粉々に砕け散った――。
「――ッべぇ……、やり……過ぎ……?」
全身から煙を上げるグリヴァに、サッチーは恐る恐る近付く。すると――。
「――『大津波』ぃ!」
「のぁっ!」
倒れた隙に掴んだのか、グリヴァは銛で四連続の突きを放ち、サッチーを吹き飛ばす。
「――はぁ……、はぁ……、貴方は……本っ当に……、もう……」
こめかみをピクピクと痙攣させ、怒りとも、呆れとも取れる様な表情で、グリヴァはサッチーを睨み付ける。
サッチーは、吹き飛ばされてしまった際に、頭を打ったのか、目を回し、気を失っていた。
「――さて……、どうしますか……」
グリヴァは、目の前の男を処分するか、放置するか、僅かに考え――。
「危ないですね……」
気を失ったサッチーの喉目がけて、銛を打ち込もうと構える。
「――念には念を……………………『大津波』!」
――銛が輝き、グリヴァは狙い撃つ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――天帝城『白の間』――
「――ふぅ……」
『ミッチーさん、落ち着いて下さい……、大丈夫、私が憑いてますっ!』
剣の柄から伸びる触手を、地面に這わせ、ミッチーは静かに目の前の敵を見据える。
「ほぉ? 何だい? 剣の『獣士』……? いや、まだ不完全か? ――非常に興味深いっ!」
身体から影まで……、全てが白い老人は、ミッチーと剣が会話する様を見ると、目を輝かせてそう叫んだ。
「もう一度聞くっス。――アンタは?」
「――オホ? こりゃ失敬っ! ご存知かもしれませんが、ドラコスでございますっ!」
ドラコスは、何が面白いのか、手をパンパンと叩き合わせながら、名乗り上げる。そして、その手に嵌めた白い手袋をギュッと嵌め直し、サッチーに告げる――。
「――早速ではありますが、その剣を置いて……逝きなさい?」
ドラコスは両手を広げ、その手の平を地面に向けると、人形を操る様な仕草を始める。すると、ドラコスの足元の床に映る、白い影がモッコリと盛り上がり――。
「これ……は……」
やがて、床から這い上がって来た白い影は、犬の様な、狼の様な、白い魔獣の形を取った。
「オホゥ……、小生、直接戦闘は些か苦手でして、この様な影を使わせて頂いております……」
そう告げると、ドラコスは、執事の様にゆったりと手を胸に当て、頭を下げる。
そして、再び、顔を上げると――。
「さ、お行き?」
「――ガァァァッ!」
魔獣達に指示を与え、自らは影で作り出した椅子に腰掛け、お茶を飲み始めてしまった。
「クッ、舐められたもんっスね……『イバラ』!」
ミッチーは、斬撃で魔獣を絡め取ると、そのまま斬り伏せる。
そして、そのままドラコスに斬りかかろうとするが……。
『ミッチーさん、まだですっ!』
「――っ!」
「ガァウッ!」
咄嗟の剣の掛け声で、背後から襲い掛かって来た魔獣を剣で受け、再び、ドラコスと距離を取る。
「オホッ、その剣は、本当に面白いですなぁ?」
「………………」
ミッチーは、舌なめずりをして、ニヤニヤと笑うドラコスをチラリと見るが、まずは目の前の魔獣だと、思考を切り替え、剣を構える。
ドラコスは、そんなミッチーの態度が気に喰わないのか、少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべ、右手で顎を一撫でする。
そして――。
「――どうやら、小生の慈悲が理解出来なかったと見える。大人しく、その剣を渡せば良かったんですがねぇ……」
ドラコスが指をパチンと鳴らすと、地面からウゾウゾと、白い魔獣が無数に現れる。
「オホホ……、貴方はどうやら、対多数は苦手と見える。――どこまで持ちますかな?」
「――クッ……」
ミッチーの前には、犬っぽい魔獣、猿っぽい魔獣、蛇っぽい魔獣、よく分から無い、四足の魔獣――様々な形の魔獣が生まれだしていた……。
「オホホ……、さぁ、どうします? ねぇ? オホホ――」
――やがて、魔獣の群れが部屋を覆い尽くし、ミッチーを飲み込むまで、そう長くは掛からなかった……。




