逃走劇と蹂躙劇
続きです、よろしくお願いいたします。
――天帝城『封の間』――
「……………………」
――先程まで、城の入口らしき部屋に居た筈が、現在は部屋中の壁に、訳の分から無い文字の羅列が刻み込まれている部屋に居る。
その状況を整理しようと、静かに煙草に火を付け、テンガロンハットのツバを指で挟み込む。
「……アデラダ――」
ラッコ男は、背後にいきなり現れた、何かの気配に気づき、振り返る事無く、その何かに声を掛ける。すると、背後でビクッと、その何かが反応し――。
「び……、びくりちたぁ……」
その声に、ラッコ男は漸く背後をふり返り、その何か――真紅の鱗に身を包み、驚きによる心臓の鼓動を現す様に、頭上の触覚をピコピコと揺らす少女を見る……。
「あなた、だぁれ? あたち、アーグニャっ!」
より一層、触覚の動きを速めながら、少女――アーグニャは、目を輝かせ、ラッコ男に強く興味を示す。
ラッコ男は、そんなアーグニャの様子を見て、とある少女を思い出し、テンガロンハットをそっと撫で、ゆっくりと口を開いた――。
「? アハマシコ、イェバラウィ、……アナハニ、……シンエソナダタヘラワ」
「? 『せんし』? おなまえ、ないの?」
アーグニャの問い掛けに、ラッコ男は表情を変えず、コクリと頷く。
「ふーん……、まぁ、いいやっ! ねぇ、アーグニャとあそぼ?」
次の瞬間には、ラッコ男は吹き飛ばされ、部屋の壁に激突していた――。
「――っ!」
「ふぁっ! すごい、すごいすごいっ!」
「ぶるぁ……?」
ラッコ男は、即座に自分の手足を見つめる。そして、大した傷が無い事を確認し、次に、アーグニャの顔を見つめる。
「?」
その顔は、ラッコ男がまだ生きている事になのか、ほぼ無傷な事になのかは分から無いが、ラッコ男の事を素直に称賛し、凄いモノを見た様に、表情を輝かせている。
「――っ!」
「ふぁっ! こんどは、とめたぁっ!」
咄嗟に左腕を上げ、アーグニャが放ったらしい、水球による攻撃を受け止める。
――ほぼ本能のみで身体を動かしたラッコ男であったが、本能でしか対応出来なかった攻撃速度に違和感を覚え、いつの間にか、自らに近付いているアーグニャを睨み付ける。
「ひぐぅっ! に、にらんじゃ、やぁ……」
「うぶるぁ……」
泣きそうなアーグニャの顔を見て、ラッコ男は慌てて笑顔を作ろうとして、ふと、違和感を覚えた――。
「ぶるぅ……?」
――子供に甘い自分がいる事は自覚しているが、今の自分は戦闘中であり、子供とはいえ、敵対している相手に対する自分の行動はおかしい。そして、動作の一つ一つは緩慢で、とても戦士とは言えない、目の前の少女が、自分の目で追えない速度で、移動していると言う事も信じられない……。
「ふふぁっ、へんなかおっ!」
ラッコ男は、考え込む事を中断し、「キャハハ」と無邪気に笑うアーグニャを注意深く見つめ、そして、その頭上でピコピコと揺れるアーグニャの触覚――『エスカ』が淡く輝いているのに気が付いた。
「? どしたの?」
「――アベラカワゲナト、……ドフラナ」
ラッコ男は、何かを呟くと、面倒臭そうにアーグニャの頭をポンポンと撫で、自らの視界に、アーグニャの『エスカ』が入らない様にと、テンガロンハットを深めに被り直した。
その時――。
「ふぁふん……?」
――ラッコ男のその仕草を見て、アーグニャの心臓がドクンと弾む。
「ふぁ? ふぇ? なに、これ……?」
アーグニャの脳裏に、誰かの……、何かのイメージが浮かぶ――。
――最初に浮かんだのは、仲睦まじ……かった、一組の男女。その男女――王様と王妃様は、最終的には、喧嘩して、王妃様が拗ねてしまった……。
「ぅあ?」
その王妃様は、長い間、拗ね続けて遂に、この世界から去る事を、決めてしまった……。去り際に、アーグニャの頭を一撫でしてから、「パパをよろしく」と告げる――。
「だ……れ……?」
――次に浮かんだのは、またもや、覚えの無い記憶。――何かに追い掛けられる自分では無い、誰かの視界……。
「え? え?」
その誰かを颯爽と現れ、ピンチを救っていった茶色い王子様――。
「あ、れ……れ?」
そして、追い掛けられて居た筈の誰かが、ふと、自分の事を見て、先程の王妃様と同じ様に、アーグニャの頭を一撫ですると、今度は去る事無く、「一緒に射止めましょうっ!」と、ぎらついた目で、アーグニャの中に入り込んでいく――。
「――っ!」
そして、アーグニャは意識をはっきりと取り戻し、目の前でオロオロとする茶色を見つめる――。
「ぶ……ぶるぅ……あ?」
ラッコ男は、何時か感じた様な不思議な視線を感じ、思わず、アーグニャから距離を取り、後退る。
「んー? よく、おもいだせない……」
アーグニャは、先程までのイメージが思い出せないらしく、頭を捻っている。――しかし、そのイメージを見た事で芽生えた感情は、消える事は無く――。
「んー? でも……」
髪を弄る様に、もじもじと『エスカ』を弄りながら、少しずつ……、ラッコ男と距離を詰めていく――。
「ぶ……、ぶるるぁっ!」
「――うん、ちゅきっ!」
ラッコ男は、その瞬間、アーグニャの背後に何かの幻影を感じ、駆け出した――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――天帝城『緑の間』――。
ラッコ男が、アーグニャと追いかけっこをしていたその時――。
「――何か……言いたい事は?」
目の前に佇む緑の少年――アクリダを、冷たい目で見据え、ペタリューダはそう告げる。
「……………………ノホォッ、クィーン……」
一方のアクリダは、身体を震わせ、恍惚の表情を浮かべながら、自らの身体を抱き寄せる様に、「ノー」と答える。
ペタリューダは、その様子を見ながら――。
「お仕置き……ですわね?」
そう呟き、鱗鞭の柄を取り出した。
「――ペタちゃん……、辛いでしょうけど……」
「ああ……、愛里姉様……、お優しい言葉、ありがとうございます……」
目を潤ませ、ペタリューダは愛里の優しさに感謝の言葉を紡ぐ。そして、その後で小さく「でも」と呟き、ぺろりと舌なめずりをする――。
「躾を行うのは、主の責任ですので、どうか、お気になさらないで下さいな?」
「――え……、えっと……、うん……」
息を荒くするペタリューダとアクリダに挟まれ、愛里は頬を引き攣らせる。
――直後……。
「……………………『大連鎖』……」
「……『羽化』!」
主と僕、両者の身体が光に包まれる。
「――キャッ」
眩い光に、思わず愛里は目を閉じる。
やがて、光が収まると――アクリダはその身を継ぎ目の無い、緑色の甲冑に包まれ、一方のペタリューダは、光沢のある青い翅と甲冑を纏っていた。
「……………………ふっ……」
甲冑を身に纏ったアクリダは、その指から一歩づつ――計十本の鎖を、ペタリューダに向けて、放つ――。
「しゃらくさいですわっ!」
ペタリューダは、その鎖に合わせる様に、鱗鞭の紐を、柄から十本伸ばし、打ち据える。
「――ペタちゃんっ、受け取ってっ! 『パゥワ』!」
――拮抗し、ぶつかり合う鎖と鞭、そこに愛里が強化スキルをペタリューダに向けて発動する。すると、徐々に、鞭は鎖を打ち砕き、アクリダに迫っていく……。
「……………………邪魔を……するなぁっ!」
「――っ! 愛里姉様っ!」
「――えっ?」
ペタリューダとの対峙を邪魔されたのが気に喰わなかったらしいアクリダが、地中に鎖を潜らせ、遠く離れた愛里の足元からその鎖を出現させた――。
「――間に合わないっ!」
「クッ……、『ピン・ヨァレ』、『ピン・ヨァレ』、『ピン・ヨァレ』、『ピン・ヨァレ』、『ピン・ヨァレ』、『ピン・ヨァレ』、『ピン・ヨァレ』っ!」
愛里は、目の前に迫る鎖の勢いを、弱体化スキルで的確に弱めていくが、それでもその勢いは止まる事は無く――。
「――グッ」
「……………………クィーンとの時間を……邪魔……するな……」
「――姉様っ!」
――アクリダの鎖は、愛里の腹を貫き、そのまま地中を伝って、アクリダの手元に戻っていく。
「――姉様っ、姉様っ!」
「わ、私は……大丈夫……だから……」
愛里はそう言うと、赤く染まった自らの腹に手を当てながら、ガクリと意識を手放した――。
「……………………さぁ、クィーン……続けよう……」
ペタリューダは、はぁはぁと息を荒げるアクリダを無視して、愛里の胸に耳を当てる。――幸いにも、まだ、心臓は活動を止めていなかったが……。
「……………………救いたければ……分かるな……?」
「――ええ……、躾をとっとと終わらせませんと……でしょう?」
そして、ペタリューダは鱗鞭の柄をギュッと強く握りしめ、先程より数倍冷たい目で、アクリダを睨み付ける。
アクリダは、更に息を荒くし……、ブルブルとその全身を震わせる――。
「……………………やはり……、イイッ……ッ!」
そう言い放ち、ビクンッと、一際強く震えると、アクリダは、その全身から様々な色をした鎖を出現させ、ペタリューダに告げる――。
「……………………来い……」
「――お望み通り……、蹂躙して差し上げますわ?」
そう告げると、ペタリューダは、鱗鞭の紐をパシンッと引っ張り、再度、舌なめずりをするのだった……。




