白銀に吠える
続きです、よろしくお願いいたします。
――マコス大陸 南端――
「ぶるぁ……」
ナキワオでティグリと別れ、一人マコス大陸に上陸し、『天帝城 オディ・オロダン』を目指していたラッコ男は、今――。
「――ぶるぁ?」
盛大に迷っていた……。
見渡す限り、一面の雪景色……。どうやら、何かしらのスキルで潜伏しているのか、認識を阻害しているのか、目指すべき敵の気配がするのに、ぼやけていて分から無い……と言う状況に、ラッコ男は苛立ちを募らせていた。
――そんな時だった……。
「――いやぁぁぁっ!」
突如として、どこからか悲鳴が聞こえ、ラッコ男は漸く敵が現れたかと、凄惨な笑みを浮かべて、悲鳴の聞こえる方向に駆けだした――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「誰か……、誰か助けてっ!」
「――ほぎゃぁっ! おぎゃぁっ!」
マコス大陸としては、唯一無二の森の中……、誰も存在を知らない隠れ里が今、誰も知らない所で消えようとしていた。
隠れ里の名は『ソーイ』……、代々住民に伝わる隠蔽と、暖房のスキルによって、静かに存在していたのだが――。
「――まさかまさか……、こったら所に、人里があっとはなぁ?」
「あいつらが強すぎて、一儲けは諦めてたんだが……。――いひっ! 良い金になりそうだなぁ?」
――里の住民は今、二人の侵略者によって捕まっていた。
「止めてっ! ――放して下さいっ!」
「――ほぎゃぁっ!」
住民と言っても……、その数は二人――生後間もない赤ん坊と、その母のみであった……。
「どぉせ、こったら所にいても、お前ら二人だけなら滅ぶだけだべ?」
「なら、せめて、俺らの為に、役に立てやっ!」
――二人の侵略者は、片方はラヴィラ討伐に来ていた一攫千金目当ての冒険者であったが……、もう片方は、不健康そうな青色の肌に、魚の鱗、尖った歯をちらつかせる『伯獣』――その残党であった。二人は、マコス大陸で出会い、その下種な部分が意気投合し、冒険者の集団から離れ、行動を共にしていた。
「んじゅる……」
『伯獣』の残党は、籠に寝かされた赤ん坊の姿を、涎を垂らしながら見ていた――。
「――オイオイ……、お前ぇ、人は喰わねぇんだろ?」
「いやぁ……、ちょっとだけ、美味そうだなぁって……」
その会話に、赤ん坊の母親は、顔を真っ青にして――思い切った行動に出た。
「――んんんんっ!」
「痛ったっ!」
「――あん?」
母親は、自らの手首を掴む人間の首筋に噛みつくと、勢いよく、首の皮を齧り取る。そして、キョトンとしている『伯獣』の前から赤ん坊を引っ手繰ると、そのまま森の中を駆けだした――。
そして――。
「やだぁ、誰か……、誰かぁっ!」
「ふぎゃぁ――」
「誰もいねぇっつってんだろがぁっ!」
「――もぉ……、喰っちまうぜ? 色々とよぉっ!」
森の中に四人の声が響き渡り――。
「げっげっげっ!」
「つうかまぁえぇたぁっとぉ――」
「――ヒィッ」
――母親の髪の先を、人間の男が掴み、引き寄せようとした時だった……。
「――アドノムラワチアフセメ、……ンアラヅク」
「――あ?」
男の手を、茶色い毛皮の手がしっかりと握っていた。
「――な、て、てめぇ、『変異種』か? 何で、こんなと――」
「……エラサ」
「ぼぉぁああああああああああああああああっ――」
男が何かを言おうとしたが、ラッコ男はその先を聞く事無く、男を遥か彼方へと、蹴り飛ばした――。
「――助けて……、たすけて……、たすけ――あら?」
母親は、赤ん坊をギュッと抱き寄せていたが、いつまでも男性からの行動が無い事を不思議に思い、瞑っていた目をそっと開ける。すると、そこには――。
「ぶぅるぁぁ……」
「ひっ――」
――そこには、白い煙を吐き、テンガロンハットを目深に被り、何処かで手に入れたらしいトレンチコートを羽織った茶色い毛皮の魔獣――ラッコ男が居た……。
「――な、何だ、お前……、主の創った新手の『伯獣』か……?」
目の前のラッコ男に、『伯獣』は同類かと思い、恐る恐ると声を掛けて見る。すると、ラッコ男は、吸っていた煙草の火を握り潰すと、口角を釣り上げて、相手を見る。
「そ、そうかっ! やっぱりなっ、だ、だったら、俺と仲良くやろうぜ? ――何か、主への忠誠心みたいなのが薄れてから、俺、すっげぇ楽しくやってんだぜ? 弱い奴らは、黙って俺の言う事聞くし、さ、さっきみたいな、人間も尽くしてくれ……る……し?」
――そこまでをペラペラと喋り、『伯獣』は改めてラッコ男の顔を……、見る見るうちに不機嫌そうになっていくその顔を見て、自分が……、終わり掛けている事に気付いた――。
「――え? え、え、おい、おいおいおいおいおい……、俺達……、同類だろ? ――仲間だろ?」
ジリジリと後退り、『伯獣』はラッコ男から距離を取り始める。
「ぶるぅぁ……」
ラッコ男は白く染まった息をモァッと吐き出すと、『伯獣』の後退に合わせて、ジワジワと前進していく――。
「……アゴノマヌオヨナマシキ、ンアサドウェタキシナヤスカジャ、……ヘラワ」
「な、だ、だって……、俺達は強いんだぜ? 弱者が強者に従うのは、当然の――」
嫌悪の表情を浮かべ、ラッコ男は『伯獣』を睨み付ける。そして――。
「……イアナヘドノムリマゴモドカユセマ、ヒカサラコココ――」
「――え?」
状況の変化について行けず、増えてしまった『変異種』に、ガチガチと震える母親をチラリと見た後、ラッコ男は、目深に被ったテンガロンハットを、赤ん坊の顔に被せ、トレンチコートを、母親の視界を遮る様に母親に向かって被せる。
「……エアヌグテヂモノシ、……ムタッタレノヲモドコ」
「――ヒィ……、や、やめ……て……、もう、子供は……狙わないからっ」
――ラッコ男は、既に恐怖で動けなくなっている『伯獣』を詰まらなそうに、ゴミでも見るかのように睨んだ後――。
「ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
――叫んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――あ、あの……」
全てが終わった後、母親は恐る恐るとラッコ男に声を掛けてみた……。
「ぶるぅぁ?」
「こ、これ……、お、お気遣い、ありがとうございます……って、通じますか?」
「――アア……」
差し出されたテンガロンハットを再び、目深に被ると、ラッコ男は気まずそうにコクリと頷く。
「――ふぁ……」
「……ウキウオモ――」
ラッコ男は、どうやら居たたまれないなったらしく、その場から立ち去ろうとする――が。
「――?」
「だぁいぃ?」
「あ、コラッ……」
――女性が抱える赤ん坊が、キョトンとラッコ男を見ながらその腕の毛を掴んでいた。
「――っ」
「きゃいっ!」
「す、すいません……、うちの子が……」
ラッコ男は、手の平を母親に向けると、気にするなと言わんばかりに首を横に振り、赤ん坊を見つめる。
赤ん坊は、暫くラッコ男の顔をジィッと見つめていたが――。
「きゃい?」
――何か、感じるモノがあったのか、両手を力一杯に伸ばし、ラッコ男の顔を掴もうとしていた。
「――ぶるぁ……」
ラッコ男は「フッ」と笑みを浮かべると、自らの毛を掴む赤ん坊の小さな手をそっと、優しく解き――。
「……イナカヨクス――」
ポンポンと頭を撫で、赤ん坊と母親に背を向ける。
「あ、あのっ、せめて、お名前をっ!」
ラッコ男が去ろうとする気配を察した母親が、顔を真っ赤にして、そのコートの裾を掴み、ラッコ男に名を訪ねる。すると――。
「――ぇ?」
ラッコ男は、テンガロンハットのつばをクイッと引き寄せ、更に目深に被り、今度は母親に向けて「フッ」と微笑むと――。
「ぶぅるぅぁぁぁ――」
そう叫んで、母娘の前から姿を消してしまった……。
「――茶色い……方……」
その場に佇む母親は、遠目に見えるトレンチコートの裾がたなびく様を眺めながら、ポツリと呟くと、まるで手を振る様に遠くに手を伸ばす赤ん坊の顔を覗き込み、熱に浮かされた様な顔を浮かべ――。
「――ねぇ?」
「だぁい?」
「――新しいお父さん……、人間じゃなくても……良い?」
「きゃいっ!」
――そう、呟くのだった……。




