殴り込み
続きです、よろしくお願いいたします。
――ヘームストラ王国 衛府博士研究所――
「――これはこれは……、栗井博士もやるもんだねぇ……」
「どうした、衛府博士? 何か分かったのか?」
衛府博士は、解析が終了したディスクの内容を見て、頭を捻っている。そこに、寺場博士がコーヒーを差し入れつつ尋ねると、衛府博士は心底感心している様で――。
「いやぁ、いやいやぁ……、栗井博士は、どうやらこの間のラヴィラの演説内容を、『伯獣騒動』前から、独自に調査してたみたいでね? それがかなり当たっているのさぁ」
「――ほぉ、で、肝心の内容は? 今の状況を打開する策でも書いてあったかな?」
そして、衛府博士は首を横に振り、寺場博士の希望を打ち消す。そして、ディスクの内容を面倒臭そうに一言で告げる――。
「只の失われた歴史の推察――それこそ、この間、ラヴィラの演説そのままだったよ……。それでも、もう少し、早く知っていれば対策も取れたかもね? ――どっちにしても、あの野郎は、JDちゃんにイイとこ見せたくて、手柄を独り占めしようと、ディスクの内容を暗号化してたみたいだけどね……」
「――彼らしいと言えば、そうだが……な……」
寺場博士はその眩い頭を一撫ですると、大きく息を吐き、肩を落とす。
「まぁ、彼と同期の先輩研究員からは、散々注意する様に回覧板回ってたからねぇ……」
二人の間に、気まずい沈黙が訪れ、その場の空気に耐えられなくなったらしい、寺場博士が「そう言えば」と話題の転換を図る。
「――あー、非常に聞き難いんだが……」
「ん? 何? 何さ、早く言っておくれよ? 愛の告白なら、せめて私が成人するまで待って欲しいんだが?」
「いやいや、違う、それはまた今度――と言うか、その……、薬屋君の事だが……、衛府君、君は、本当に彼が生きていると……思うか?」
――実際には、この時点で椎野は「視線が云々」と言う理由で、美空により隔離されているのだが、そんな事を彼等が知る事は無く、場の空気が更に重くなる……。
「――あっ、スマン、少し……、アレだったな?」
「うん? うーん、アレがナニかは知らないけど、ギルドカードが光った云々は、私は信じてないよ? ――今でも、偶々だと思っているさ」
おどけた様に、そう答える衛府博士を、寺場博士はかなり驚いた様で、ポッカリと口を開けて、衛府博士を見つめていた。
衛府博士は、そんな寺場博士の様子に気が付いた様で――。
「あ、ああっ! 別に、だからと言って、JKちゃん達を黙らせる為に、何も言わなかった訳じゃないよ? 流石に、私だってそこまで気は回らないよ……」
「まあ……、君がそんな気遣いが出来るとは思わないが……」
口を尖らせて、「心外だなぁ」とぼやく衛府博士を、更に不思議そうに見つめ、寺場博士はコーヒーを一気に飲み干し、尋ねる。
「――やはり、彼の生存は……」
「うん……、生きてると思うよ?」
「――は?」
そんな寺場博士の表情の変化が面白いのか、衛府博士は携帯のカメラを起動して、パシャパシャと撮影しながら、話し続ける。
「いや、あの後、やっぱり気になるから、試してみたんだよねぇ……」
「試した……? 一体、何を……?」
「――うん……、『蘇生実験』……」
――寺場博士の表情が、その瞬間を切り取ったかの如く、ピタリと止まる。そして、パクパクと口を動かしながら、信じられないモノを見る様に衛府博士を見つめる。
「やだなぁ……、流石に反省してるよ、ちょっと、気が動転してたのも認める」
「――ふぅ……、頭が痛いが……、反省しているなら良い……、ただ――」
「うん……、絶対に他の人には言わないし……、二度とやらない……」
そして再び、二人の間に僅かな沈黙が訪れる。その空気に、今度は衛府博士が耐え切れなくなったのか――。
「当然ながら……、失敗したんだよね……、サラリーマン君だけ……」
「――そうか……って、「だけ」?」
「うん……、「だけ」……」
衛府博士は、その事に関しては、それ以上何も言う気は無い様で、小さくため息を吐いた後、呟く様に――。
「だから……、他の人には言わないし、寺場博士にも黙ってて欲しいし……」
衛府博士は「そして」と呟き――。
「――サラリーマン君は生きてる」
――そう断言した。
その後も、暫く重い空気は続いていたが、ディスクをクルクルと弄んでいた衛府博士が、ふと、何かを思いついた様に勢いよく立ち上がった。
「おわっ、ど、どうした? 衛府君?」
「――そっか……、スキルを活用してみれば……?」
衛府博士の表情は、先程までのバツが悪そうな表情ではなく、本来の――『マッドサイエンティスト』らしきモノへと戻っていた。
「そうだ……、そうだ……、何でこんな事を忘れてたんだろうっ!」
自分自身への称賛か、それとも、ただ単にはしゃいでいるだけなのか、衛府博士は自分の手を何度も何度も繰り返し、パチパチと合わせている。
「え、衛府君? ――何か、現状を何とかする方法でも思いついたのかな?」
恐る恐ると言った感じで、寺場博士が衛府博士に尋ねると――。
「まぁ、方法と言うかね? ――方法を考える方法を思いついたって感じかな?」
「――っ! ほぉ……? それは一体なんだね?」
ニヤニヤと笑いながら、ディスクを手の平で弄ぶ衛府博士に、寺場博士が問い掛けると、衛府博士は、不敵な笑みを浮かべる。そして――。
「――『思考実験』」
――そう告げて、白衣のポケットから毒々しい紫色のギルドカードを取り出し、そのギルドカードに、愛おしそうに口付けすると、研究所を後にして、騎士団詰所へと向かった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――ヘームストラ王国 ナキワオギルド――
「あらぁ? ――えっと、それじゃあ戦争? は、終わったんですかぁ?」
「あ、はい……、数日前に……」
ギルドの受付では、迷子の末に漸くナキワオに帰り着いたスプリギティス、コラキ、ペリ、イグル、そして、縄で縛られたロパロが途方にくれた様に立ちつくしていた。
「――だから、言ったじゃないですか……、絶対方向間違ってますって……」
「コラキ……、今更です」
「私は、ちゃんと標識に従った方が良いって言ったの」
コラキ、イグル、ペリは、気分次第で進行方向を変えるスプリギティスの舵を取れなかった責任を押し付け合い、険悪なムードになっていた。すると、その様子に気付いたスプリギティスが三人の頭を順番に小突いていく。
「「「痛っ!」」」
「――もぉ、喧嘩しちゃダメよぉ? 何が原因かは知らないけど、皆は家族なんですから、仲良くしてくれないと、お姉ちゃん、怒るよぉ?」
そもそもの、迷子の原因はスプリギティスであるのだが、頭への衝撃が強すぎて、三人には、既に何も聞こえていなかった。
「え、えっと、それで、そちらの縄の人は?」
その様子に心を痛めたギルド嬢が、スプリギティスにロパロの事を尋ねる。すると、スプリギティスは、ロパロの事、自分が今どこに居るのかをうっかり忘れたらしく……。
「――あらぁ?」
――と、首を傾げてしまった。
「あー、取り敢えず、ペリ、イグル、俺が引き渡しとかやるから、少しの間、ティス様の相手しててくれ……」
「「はぁい」」
頭を擦りながらコラキが二人に指示を出す。すると、二人は勢いよく手を上げ、答える。そして、そのままコラキは、手慣れた様子で、テキパキと依頼完了報告と、ロパロの引き渡しを完了させていく――。
「あらあら……、コラキちゃんも立派になって、お姉ちゃん、頑張って育てた甲斐があったわぁ」
「――あれは、仕方ないの……」
「ティス様の世話に翻弄されて、仕方なくです……」
誇らしげな視線と、同情の視線を三人がコラキに向けていた時だった――。
「――嘘つくんじゃねえっ!」
コラキの怒鳴り声が、ギルド内に響き渡った。
「え、ちょ、ちょっと、コラキ、どうしたです?」
「――何があったの?」
イグルとペリに、振り上げた拳を掴まれ、コラキは真っ赤な顔のまま、「はっ」と自分の拳を見つめ、おずおずと拳を下ろす。
「――おやっさんが……死んだって……」
「「――え?」」
――取り敢えず、ギルドを出た後……、近くの喫茶店で、コラキは、自分が聞いた事をスプリギティス達に話す。
「――つまり……、そのラヴィラって奴に……ですか?」
「――ああ……、そうらしい、遺体は無いらしいんだけど……」
「それって……、この間、空に映ってた奴なの?」
「ああ……」
コラキが、ギルド職員から聞いた話は、椎野が子供と議会議長を助け様とした時、背後からラヴィラに刺されたと言うモノであった。
「助けた人達は、おやっさんが何かしたみてえで、その場から消えたらしいんだけどよ……。おやっさんは、それを見届けた後……、灰になったらしいって……」
そこまで聞いたペリとイグルが悔しそうに歯を食いしばる。すると、それまで黙っていたスプリギティスが自分のお茶をグイッと飲むと、いつもの様なポワンとした笑顔で、コラキ達の頭を撫でた。
そして――。
「コラキちゃん、イグルちゃん、ペリちゃん、ちょっと、お家に帰る前に、お散歩して行きましょうか?」
「――え? ティス……様?」
「お散歩って……、今……です?」
「そんな気分じゃないの……」
戸惑う三人をよそに、スプリギティスはスッと立ち上がる。――有無を言わさない、スプリギティスの威圧に、三人もまた、立ち上がる。
「ティス様……、どこに?」
スプリギティスから放たれる威圧にビクビクしながらも、コラキは行先を尋ねる。すると、スプリギティスは、ニコニコとしながら――。
「――えっと、マコソ大陸? だっけ? そこに、ちょっと、殴り込み?」
「「「え?」」」
三人にそう宣言すると、スプリギティスは――。
「コォケコッコォォォォ!」
――大きく翼を広げ、空へと舞い上がった……。




