黒は絶望
続きです、よろしくお願いいたします。
――イナックス大陸 西端――
ティグリは崖の上から海を……、その先にある筈のマコス大陸を眺めていた。
「――主……、今、行きます」
そして、ティグリは海に飛び込む前にと、背後をふり返る。
「いつまでこそこそと隠れているつもりだ……?」
すると、茂みの中からガサゴソと何かが蠢く気配がする。そして、暫く茂みに潜む何者かと、ティグリがにらみ合いを続け、やがて――。
「――あーあー、やっぱり、ティグリさんは誤魔化せませんかぁ……」
「貴様……っ! ミクリス……なのか……?」
茂みから現れたミクリスを見て、ティグリは目を鋭く細め、その全身を信じられないと言いたげに見つめる。
「はぁい、その通りです……、ミクリスです。――ティグリさんにはお世話になったから、余り不快な思いをさせたくは無かったのですが……」
「ミクリス……、貴様、その身体は一体……」
ティグリの瞳には、辛うじてその顔に元の面影を残す、ミクリス――らしきモノが居た……。その顔は半分がサブラのモノ、もう半分がミクリス、そして、右腕に緑の鎌、左足に茶色の太い脚――その他にも、全身がちぐはぐであり、バランスも何も無い、モザイクの様な身体になっていた。
――ミクリスは、ティグリの視線に気が付くと、ヘラヘラと笑いながら、口を開く。
「やっぱり、驚きますよね? 不快ですよねぇ? えぇ、えぇ、そうです、そうディスよぉ? ――私、色々頑張り過ぎちゃいましてねぇ……、カンクーロ、リュージー、エチオピクス、プレンドン、サブラ、ボイディ、ニフィッツァ、変な事になってたゲリフォス、その他諸々っ! 美味しかったですよぉ? あれ? 不味かったディスよぉ? ――うーん……、まあ、ミクリスはどちらでも良いんだ。えぇ……、お蔭でこのザマディスよ?」
ヘラヘラ、ケタケタと笑いながら、ミクリスはティグリに一歩づつ近付いていく。ティグリは、近付いて来るミクリスに、寂しげな、優しい目を向け、告げる――。
「――自らの器を考えず……、鍛錬する事無く……、只々、目の前の餌に喰らい付いた結果がこれか……。ミクリス……、哀れな獣よ……、不様な貴様の旅路……、吾輩がここで終わらせてやろう……『白虎』!」
ティグリの身体を、白地に黒線を刻んだ甲冑が包み込んでいく。
「ああっ! そう、そうだよ、そうディスよ! うん、そうだよっ! ソレが欲しいんだっ! その力があれば、私の、ミクリスの、俺の、この身体を包み込める、この身体の良い繋ぎになるはずだっ! ――だから……、ソレを……、お前を寄越せっ! お前が欲しいっ!」
「――サブラ……、貴様に、安らぎをくれてやるっ!」
――その身に甲冑を着込んだティグリと、その身に他者を取込んだミクリス、過程こそ違うものの、『伯獣』の頂点に近付いた二人の対決が始まった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――マコス大陸 天帝城『オディ・オロダン』――
「陛下、クリスとアーニャ王女に対する処置について、準備が出来ました……」
玉座に座るラヴィラの前に、ドラコスが現れ、そう告げる。ラヴィラは、少し、何かを考えた後、静かに「そうか……」と呟き、立ち上がった――。
ラヴィラとドラコスが、地下牢に繋がれたクリスの前に立つと、クリスは僅かにラヴィラの顔を見た後、唾を吐きかけ、叫ぶ。
「――てめぇ……、今更、何しに来やがったっ! まさか、栗井の野郎が探してたのが、まさか、ヘームストラの騎士団長さまだとはな……、ちっ、見事に欺いたもんだぜ……」
「ふむ……、中々元気ではないか、これならば、これからの調整にも耐えられるだろう……」
「オホホっ! 何とか『エスカ』の摘出も成功しましたので、これで『創獣士』の枷も外れるでしょう」
クリスの様子を見て、ラヴィラとドラコスは満足そうに頷く。そして、牢の扉を開き、その中に座り込むクリスを担ぎ上げると、そのまま――。
「――おぃっ! 何、しやがるっ! 離せっ、ックョウが、離しやがれ、どこ連れてく気だっ!」
「オホッ! 心配しなくても大丈夫、これから、私が、君――『創獣士』が……、『獣士』を創る者が、何故存在するか、誰に従うべきかをたっぷりと教えて下さりますからね……?」
「ッキショォっ! 離せっ、離せよぉぉぉぉぉ!」
そして、ドラコスはクリスを連れ、どこかへと引っ込んで行ってしまった。ラヴィラは、二人を見送ると、その足で、今度は城内の一室――王妃の寝室へと足を運ぶ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――っ。これは、陛下っ!」
グリヴァは、廊下の端にラヴィラの姿を見つけると、すぐさま跪き、頭を下げる。
「グリヴァ……、ご苦労……、面を上げよ」
「――はっ!」
そして、グリヴァは頭を上げ、立ち上がると、寝室の扉を開き、ラヴィラをその中へと招き入れる。
「――ほぉ……、これは……」
「今のところ……、意識を失ったままの方が良いと思いまして……」
王妃の寝室――その中央では、生まれたままの姿で、アーニャ王女が水晶の中に入っていた。ラヴィラは、その水晶を見て、昔の王妃を思い出したのか、目を細め、水晶に触れる。
「――ならば、儀式は?」
「――いつでも……、行えます……」
グリヴァは少し苦々しげな表情を浮かべ、そう告げる。
「ふむ……、お前は正直だな? ――何も、アーニャ王女は死ぬわけではないのだ……、そう気に病む必要もあるまい?」
「しかし……、陛下、彼女の――アーニャ王女の意識が戻るのは……」
「そう……、復活した彼女――アグラが……、アグラの精神が死んだ時だ。――それまでは、肉体も老いる事は無い、女性にとっては嬉しいのではないかな?」
ラヴィラはカラカラと笑いながら、グリヴァに「心配するな」と告げる。
「――っ。陛下……、貴方は……」
「ん? どうした? グリヴァ」
「――いえ……、何でもございません……」
悲しげな表情を浮かべ、グリヴァは俯き、そう答える。その内心で、少女に――アーニャ王女に詫びながら……。
「――さて、それでは始めるか……」
ラヴィラはそう言うと、懐から小さな箱を取り出し、その中から触覚――『アグラのエスカ』を取り出し、水晶に囚われ、項垂れ、意識の無いアーニャへと歩み寄る。
「陛下……」
「良い……、グリヴァはそこで見ていると良い。――我が妻の……、アグラの再誕だ……」
そして、ラヴィラは項垂れるアーニャの額に、グイッと『エスカ』を押し付ける――。
「ん……、あぁ……っ! あぁあああああああああああああっ!」
『エスカ』は、アーニャの額に触れると、そこから細い糸の様な触手をアーニャの額の中にめり込ませていく――。
「ああ……、アグラよ……、早く……、早くっ!」
「い、やぁ……」
――ドクンドクンと、血管が浮き出ているかの様に、『エスカ』はその触手でアーニャを包み込んでいく。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
グリヴァは俯き、その様子から目を逸らす。やがて――。
「ああああああああああああああああああああああああああ……」
――黒い光が室内を包み込んでいき、アーニャの絶叫が小さくなっていく。
「――おおっ! アグラ……、我が妻よっ!」
ラヴィラとグリヴァの前には、既にアーニャは居らず、そこに居たのは――。
「――あなたたち、だぁれ?」
その全身を真紅の鱗で包まれ、頭に『エスカ』を生やした十歳に届かないであろう程の少女であった……。
「む……、これは……? グリヴァ、どう言う事だっ!」
ラヴィラは思わず激昂し、グリヴァを睨み付ける。
「いえ……、私にも、どう言う事かは……」
「ねぇ? あなたたち、だぁれ? あたち、アーグニャ?」
「――何故……聞く……」
ラヴィラは頭を抱え小さく「失敗……?」と呟き、そのまま部屋を出ていってしまった。――残されたグリヴァとアーグニャと名乗った少女は暫し見つめ合う。
「ねぇ? あなた、だぁれ?」
少女――アーグニャは、グリヴァの服の裾をちょいちょいっと引っ張り、「ねぇ、ねぇ?」と聞いてくる。
「――私は……、グリヴァ……です」
グリヴァは戸惑いながらも、そう答える。すると、少女は――。
「ぐりばぁ? うん、おぼえた、ぐりばぁ、ここ、どこ?」
「え……? あ、えっと――」
――その時浮かべた笑顔の中に、ほんの僅かではあるが、自らが慕っていたアグラの面影を見出したグリヴァは、戸惑いを深めながら、その後も、延々とアーグニャの質問に答えていった……。
毎日投稿、潰えたorz




