輝く瞳
続きです、よろしくお願いいたします。
――ヘームストラ王国 ナキワオ西部――
「――旦那さん……」
ハオカは、椎野が消えた後の――赤く染まった地面を見つめ、立ち尽くしている。
「ああ……、あああああ……」
愛里はその場に座り込み、虚ろな目でどこかを見つめ、涙をボロボロと零している。
「――っ。ハオカさんっ、姐御っ、立って……、立つっス!」
「愛里姉様っ!」
ミッチーとペタリューダは、赤い銛の突き、黒い鎌の斬撃、緑の鎖の襲撃を何とか耐えているが、ハオカと愛里の動きが止まってしまってからは、徐々に防ぎきれなくなっていた。
「――安心しな……、オイラ達の役目は、もう、終わったみてえだ……」
リンキはそう呟き、チラリと背後に立つラヴィラを指差す。
「――っ!」
その時、ミッチーの目に映ったのは、剣に付いた血を拭うラヴィラだった。
「……………………っ…………」
「――あの出血では、恐らく……もう……、許せとは言いません、それでも……、ごめんなさい……」
――椎野の死を悟ったアクリダも、グリヴァも、構えていた武器をその手の中にしまい込み……、ミッチー達に向けて頭を下げる。その時だった――。
「ううぁぁああああああああああああああああっ!」
「――っ! ガぁああああああああああっ!」
突如、リンキが何かに吹き飛ばされる。
「――リンキッ!」
突然の出来事に、グリヴァは思わず、吹き飛ばされたリンキに駆け寄ろうとする――が。
「……………………よそ見するなっ!」
「――えっ?」
いつの間にか、グリヴァの後ろに回り込んでいたアクリダが、恐らくグリヴァを狙ったであろう何かを防ぎ、その勢いを殺しきれずに、吹き飛ばされていく――。
その様子をポカンと見つめていたミッチーは、その何かを――何か達を見て、呟く――。
「ゆ、悠莉ちゃん……、もも缶……?」
――そこに居たのは、二人の桃系色の少女達……。
二人は怒りを顕わにし、リンキ、グリヴァ、アクリダ……、そして……、ラヴィラを睨み付けている。
「――殺してやるっ!」
「――『フルコース』!」
悠莉の服は、ウネウネと動き、その面積を少なくすると、やがてピンクゴールドの光を帯びた羽衣へと変化する。そして同時に、もも缶はその身に白桃色の甲冑を纏い、悠莉の隣に立つ。
「――グゥ……、厄介なのが……」
リンキは装甲の剥がれた腹部を押さえ、フラフラと立ち上がると、悠莉、もも缶を睨み付ける。
「もも缶さ――」
「――ふっ!」
何かを言い掛けるグリヴァに対し、もも缶は無言でその手のナイフを振るう。
「くっ!」
グリヴァは、その斬撃を銛で受け止めるが、もも缶は、すかさず、もう片方の手に握ったフォークで、銛を絡め取り、グリヴァの手から弾き飛ばす。
「グリ婆っ!」
「――『スアレス』……」
グリヴァに気を取られたリンキの横っ腹に、いつの間にかリンキの傍に立っていた悠莉の手の平が添えられる――。
「――んぐぅ!」
リンキの全身に、衝撃が伝わっていき、その甲冑全体に細かなヒビが入っていく。そして――。
「……………………見逃す気は……?」
「ある筈が……、無いでしょう?」
アクリダは、グリヴァとリンキを助ける為に放とうとした鎖を、ペタリューダの鱗鞭に絡め取られ、身動きを封じられていた。
そして、そんな好機を見逃す筈も無く――。
「――アクリダさんっ!」
「……………………ミチ……か……」
「――『腐剣漸』……」
ミッチーの剣から伸びた霧の様な触手が、アクリダの全身に絡みつき、その緑の甲冑を剥ぎ取っていく。
「大人しくするッス……、遅かったッスけど……、間に合わなかったッスけど……、アンタらはもう……」
――「終わりッス」と、言おうとした時……、ミッチーは背後から聞こえてくる笑い声に、気が付いた……。
「あは……、もう……、良いです……、どうでも……、良いですよね……? ――『パンデミック・ヤンメ』」
愛里を中心に、毒々しく、暗い、緑の闇が広がっていく――。
「な……んだ……、ありゃ……」
悠莉の前で膝をついているリンキは、その光景を見て、思わず身震いする。
「あ、い……ね、え?」
「あいり……?」
また……、リンキの前に立つ悠莉、グリヴァの前に立つもも缶、アクリダを縛るペタリューダ、ミッチーも、その尋常でない様子を見て、動きを止めていた。
「あれは……、大地が死んで……いるの……ですか?」
グリヴァは愛里の周囲の地面が、黒く染まり、そこに生えている草や、そこを歩く小さな虫達が腐っていく様を見て、絶句する。
愛里のそんな行動を見て戸惑うのはグリヴァ達だけでは無く――。
「愛里姉様っ! お気を確かにっ!」
「――っ! あ、姐御っ! 止めるッス! ナキワオの人まで……、殺す気ッスか!」
ペタリューダと、ミッチーの叫びも、愛里には届いていない様子で、愛里は何も答えず、只々、にこやかに微笑むばかり――。
しかし――。
「愛里はん……、かんにんえ?」
――パシンッ、と言う乾いた音と共に、ハオカが愛里の頬を打ち、次の瞬間、愛里の身体から放たれていた毒が消えていく――。
「――あは……、え? ――ハオカ……さん?」
「――ようやっと気が付かれはった? 愛里はん、憎いんも、悔しいんも、悲しいんも、分かりますぇ? ――うちかてそうどす……。やて、そないな気持ちに呑まれて、旦那さんが守った人達まで、傷付ける事は、止めておくれやす」
ハオカは淋しそうに、愛里に語り掛ける。
「でも……、ハオカさんっ!」
「――うちからも、たのんます……。旦那さんが、ほんで、うちらが守ったモンを……、どないか、ベッチャコまで……、守って、おくれやす……」
――そして、ハオカの身体が徐々に薄く、透明になっていく……。
「えッ……? ハオカさん?」
「うちは、旦那さんの式神どすから……、旦那さんの傍に行って、踏んできますぇ……。――申し訳あらしまへんが、後ん事を……頼みます」
ハオカが、そう言って頭を下げたその直後、ガラスが割れる様な音と共に、その姿は崩れてしまった。
「――ハオカさんっ!」
愛里は、ハオカが居た場所に残る真っ二つになったギルドカードを拾い上げ、そのまま蹲ってしまった……。
そして、その時――。
「――ねえ……、タテちゃん……、おじちゃんは?」
「………………」
目を真っ赤にした羽衣を見て、タテもまた、泣きそうになる。
「――父上は…………」
――タテは、自分の中から消えていくナニカを感じ取り、そう呟く……。
「うい……、知らない、パパからこんなの、聞いてないもんっ! ――うい、知らないもん!」
「――姫……」
タテは、泣きじゃくる羽衣の肩を押さえ、そのまま羽衣の前に跪くと、諭す様に、優しく、告げる。
「――姫……、僕も……、いえ、僕が……、ちょっと、父上を迎えに……行ってきます。ですから、もう、泣かないで?」
「タテ……ちゃん?」
キョトンとした顔の羽衣を見て、タテは少し困った様な表情を浮かべた後……。
「――じゃあ、行ってきます……。泣いちゃ、ダメ……ですよ……?」
――ハオカと同じく、その場に割れたギルドカードを残し、消えてしまった……。
その場に居た誰もが、消えていく二人を、呆然と見送っていた。――ただ一人を除いて……。
「――ククッ……、一石二鳥どころでは無いな……」
「――ラヴィラ……さん……」
パチパチと手を叩きながら、その人物――ラヴィラは、ミッチーの声を無視し、ゆっくりと、グリヴァ達の元に向かって歩いている。そして――。
「足止めご苦労だった……、石の奪取には失敗したが、『サラリーマン』と言う不確定要素は取り除く事が出来た、まあ……、良しとしよう……」
ラヴィラの隣には、全身真っ白な人物が立っている。その人物は、自らの影に手を突っ込むと、その中から三つの人影――縛られた状態のビオ、クリス、そして、気を失っている様子のアーニャを取り出した。
「な、どうしてっ!」
ミッチーは思わず後ろを振り返る。そして、そこに居た筈の三人がやはり居ない事を確認し、再びラヴィラを睨み付ける。
「悪いが、彼等は――特に、アーニャ王女と、クリスはまだ必要でね? 持っていく……。リンキ、グリヴァ、アクリダ、ドラコス、行くぞっ!」
ラヴィラはやはり、ミッチーを無視し、白い人物――ドラコスと、ダメージを負って膝をつく三人に向かって指示を出す。
「「「「――ハッ!」」」」
四人は、ラヴィラに従う意思を見せる。そして、グリヴァはフラフラとその手に持つ銛を高く掲げ――。
「――これで許せとは言いませんが……、『禍福』……」
スキルを発動させると、その場に居た者、敵味方関係なく、全ての者の傷を癒していく。
「――グリヴァ……」
「申し訳ありません、陛下……」
「まあいい、行くぞ……」
そして、ドラコスが足元に白い影を展開し、ラヴィラ達はその中に潜り込み、立ち去ろうとする。しかし、悠莉達がそれを黙って見逃す筈も無く――。
「――逃がす……もんかっ!」
「せめて、アンさんだけでもっ! 『腐剣漸』!」
「止まりなさいっ! 『豚野郎』!」
「――『カトラリ・ミート』……」
――示し合せた訳でも無く、彼等はラヴィラを……、ラヴィラのみを狙い、スキルを放つ。
「――陛下っ!」
リンキが咄嗟に反応し、ラヴィラの前に立つ――が……。
「――良い……、私があしらってやろう……」
――そして、ラヴィラは不敵に笑い、呟く……。
「頭が高い……『控えよ』」
「「「「――っ!」」」」
その瞬間、ラヴィラに向かっていたスキルは掻き消え、四人はその場に、ラヴィラの臣下の如く膝をつき、動けなくなってしまった。
ラヴィラはそれをニヤニヤと見つめながら……。
「ほぉ……? わざわざ見送りか? ご苦労な事だ……」
そう言い残し、ドラコスが展開した白い影の中に潜っていった――。
「「「「――ぷはぁっ!」」」」
その場で動けずにいた四人は、ラヴィラ達が姿を消した後、漸く自由を取り戻したが、戦闘の緊張から解き放たれたミッチー達は……。
「何なんっスか……、一体っ!」
「おじさま……、ハオカさん……、タテ君……」
ミッチーとペタリューダは、その場に座り込み、処理しきれない感情を持て余し――。
「エサ王……、やだ……、おいてっちゃ、やだ……」
「もも……、ももぉ……」
もも缶と悠莉は抱き合いながら、ひたすらに泣き――。
「椎野さん……、私、どうしたら……」
愛里は途方に暮れ、その場に居ない椎野を求め、キョロキョロと辺りを見渡している。
そんな中――。
「――うんっ!」
ただ一人……、一人の幼女だけが、涙を拭い、上を向き、立ち上がっていた――。
「――うい、きいたもん……。――タテちゃん、おじちゃんを迎えに行くって、言ってたもん……。さらりーまんは――おじちゃんは、さいきょーだって……、うい、知ってるもん……。――だから、うい、もーなかないもんっ! ――だから、みんなも、ないちゃだめっ!」
――その小さな瞳は、微かに、確かに、輝いていた……。




