サラリーマンに間違い電話はない
遅くてすいません、続きです。
「えっと……俺ですか?」
俺達に声を掛けてきた冒険者は、プルプルと体を震わせながら、顔を真っ赤にして、俺の事を呼んでいた。周りの人もその声の大きさに、何事かとこちらを見ている……
あぁ、そう言えば、以前、ダリーさんが「ギルドには喧嘩っ早い人が結構いる」って言ってたっけ……悠莉ちゃん、小柄で、スレンダー(笑)で、性格キツそうだけど、可愛いからな……やっかまれたか?
他の列でそれを見ていた愛里さんや、ミッチー、サッチー、ダリーさんも「やばい絡まれてる?」と言いながらこちらに駆けつけようとしてくれているが、人が多いため中々こちらに来れない。
「アンタ……ツチノって人だろ?」
俺は、悠莉ちゃんと羽衣ちゃんを俺の後ろに下がらせ、どうやってこの場を乗り切ろうかと考えていると、その冒険者は俺の名前を確認してきた。
「そう、ですが……」
空気が張り詰める……俺がもう、いよいよ悠莉ちゃん達を連れて逃げようかと裕理ちゃんの肩を抱き寄せる……
「俺は、蜘蛛討伐に参加してたんだ……」
「えっ? そうなんですか? すいません……あの時は切羽詰ってたので……何か気付かないうちに失礼なことでもしましたか?」
俺は、相手の神経を逆撫でしない様に、慎重に言葉を選ぶ。
「そうじゃねぇ! いや、すまねぇ、そうじゃねぇんだ……俺は、俺達はあの時、死を覚悟したんだ……だけど、アンタは一人で俺達を助けに来てくれた! しかも、ブロッドスキーの旦那に聞けば、アンタァ、戦闘職じゃねぇって言うじゃねえか! 俺ぁもう、何て言ったら良いかよぉ……」
そこまで喋ると、冒険者はボロボロと涙をこぼし「ありがとう、ほんと、ありがとう」と言ってその場に崩れ落ちた……
俺と悠莉ちゃんがそれを見て途方に暮れていると、人垣を掻き分けてミッチーがやって来た。
「おやっさん! 大丈夫っスか? って、こいつぁ、一体どういう状況なんスか?」
「いや、ミッチー……俺にもよく分からん」
「椎野さん! 大丈夫ですか? って、何がどうなってるの?」
「いや、姐御……どうやら、こちらの冒険者さんが何かおやっさんに礼を言ってるとしか……」
俺達が、更に混乱していると、周りの人達から「おい、あのお人が昨日の……」とか「姐御! 昨日の姐御じゃねぇか!」とか、「おやっさん?」とか聞えてきた。
そして、段々とその声は大きくなり、現在――
「「「「うぉぉぉぉ! おやっさーん、あねごぉぉぉ!」」」」
ギルド内はよく分からないテンションになっていた。
「お前らぁ! おやっさん達を突っ立って並ばせる気かぁ! 道を空けろやー!」
「さぁ、おやっさん! 姐御! お嬢! こちら空けましたんで、どうぞ、使ってやって下せえ」
どうやら、今ギルド内にいる冒険者さん達は、ほとんどが昨日の蜘蛛討伐に参加していた人達らしく、非戦闘職でありながらたった一人で皆を助けに来た俺と、何だか強く記憶に残っていた愛里さんを「おやっさん」「姐御」と呼び、崇拝の対象にしている様だった。
流石に気まずかったので、ルールはキチンと守って俺達は後ろに並ぶと言う事を伝えると……
「それじゃぁ、俺達の感謝の気持ちはどう伝えたらいいんですか!」
と言ってきたので……
「じゃあ、今度皆で宴会でも開いてくださいよ!」
と返しておいた。冒険者さん達は、それで何とか納得してくれ、後日蜘蛛討伐の打ち上げを行う事になった。
皆が元の列に並び、次々と清算を済ましていく。愛里さん達は、結局そのまま、俺達と同じ列に並び順番を待っていた。
俺達の番が回ってくるころには、時間はもう昼近くになっていた。朝一番で来た筈なのに……羽衣ちゃんなんかもう、定位置で昼寝しちゃってるし。
「……お久しぶりです、薬屋さん。それとも、わたくしもおやっさんと言った方が良いですか」
「勘弁して下さいよ、ウピールさん……」
俺達の番が来て、まずはサッチーが受付に座ると、サッチーごしにウピールさんが声を掛けてきた。どうやら、俺達がこの列に並んでいるのを見て、受付を変わって貰ったらしい。
「ツチノっち……オレとタメじゃ無かったっけ」
「そら、俺の台詞だよ……」
サッチーが、先ほどのやり取りを思い出したようで、俺をからかってくる。ちくしょう、最近やられっぱなしだな……
「クスクス、では、幸さん。カードをお預かりしますね」
そう言うとウピールさんは、サッチーのカードを四角い箱の小さな隙間に挿し込んだ。
「はい、確認しました……こちら、報酬金です。スキルのチェックは行いますか?」
「ヨロシクー」
「はい、分かりました……」
「悠莉ちゃん、悠莉ちゃん、あれ、何やってんの?」
報酬のチェックなどは、騎士団での事務仕事の給料としてよくやって貰ってるが、スキルのチェックなどは知らない。
「あぁ、あれ? ギルドだけのサービス何だけど、新しいスキルが習得出来ているか無料でチェックしてくれるのよ。スキルって攻撃スキルは習得の確認がすぐ出来るんだけど……ほら、おじさんのいつかのスキルみたいに習得が分かり辛いのもあって……って言うか、おじさんやった事無いの?」
「い、いや、き、給料もらうだけなら騎士団内で良かったからなー」
「あぁ、そっか、そうよね」
俺が悠莉ちゃんの冷たい視線に耐えている内に、サッチーのスキルのチェックが終了した。
「特に新しいスキルは、ありませんね」
「そっか、まー、別にいっか! 愛里ちゃん、どうぞー」
「じゃぁ、ウピールさんお願いします。あ、私もチェックお願いしますね」
サッチーは後ろの愛里さんに席を譲った、そして、愛里さんもサッチー同様に、報酬を受け取り、スキルのチェックを行っていたが、どうやら、愛里さんには新しいスキルが発現していた様で。
「あら、愛里さん。スキル習得出来ていますよ。何か習ってたんですか?」
「はい、指南書で他者の肉体を強化するスキルを……」
「あぁ、そう言う事ですか……はい、カード更新しましたので、お返しします」
「はい、ありがとうございます。三知さんどうぞ?」
「うっす、あ、自分は今、特にスキル習得とかやってないんで、報酬確認だけお願いします」
「はい、分かりました……こちら、報酬金です」
ミッチーは報酬金を受け取ると、一言礼を言って、悠莉ちゃんに席を譲った。
「あ、あたしは、チェックありで!」
待っている間に聞いた話だと、悠莉ちゃんは上級の肉体強化スキルを習得したらしく、それをカードに更新させたいそうだ。
「分かりました。では、こちら報酬です。そのまま、スキルチェックしますね……」
「おじちゃーん、つまんなーい」
そこで、目を覚ましたらしい、羽衣ちゃんがブーブー駄々を捏ね始めた。
「あー、もうちょっとで終わるからね。ほら、今、悠莉ちゃんが覚えた必殺技をカードに書くってさー」
どうやら、羽衣ちゃんの必殺技ブームはまだ終わってなかったらしく、すぐさま俺から降りて、悠莉ちゃんに「どんなのー?」と聞きに行った。
「うーん、必殺技って言ってもただの自己強化よ?」
「それでもいいのー、おなまえー」
「……はい、悠莉さん。更新できましたよ。確認してください」
悠莉ちゃんは、カードを受け取ると羽衣ちゃんを連れて外で待ってると言ってギルドから出て行った。他の皆も、「それじゃあ」と言って一緒に外に行ってしまった。……ちょっと寂しい……
長かった……やっと、俺の番か……
「クスクス、お待たせしました。薬屋さん」
「あー、顔に出てましたか……」
そろそろ、『ポーカーフェイス』を使う癖でもつけるかな……
「では、カードをお預かりしますね。……で、こちらが報酬金です」
そう言って、俺に報酬金を渡してくれるのだが、何か……多くないか?
「ウピールさん……何か、多くないですか?」
「あぁ、それ、討伐に参加した皆さんが、「おやっさんに!」って言って自分たちの分を減らして、その分を薬屋さんの報酬に上乗せする様に言ってきたんですよ」
ウピールさんは、「その他にも、騎士団や冒険者の家族の皆さんからの要望もあったみたいですよ」と言ってから。
「受け取ってあげて下さい……」
そう言って、俺に改めて報酬金の入った袋を差し出してきた。俺は、それ以上何も言えず……黙って受け取った。
「さて、スキルのチェックはどうします?」
「あ、お願いします。ちょっと、自力開発したのが習得扱いになるのか、確認したいので」
「えぇ……自分でスキル創ったんですか……?」
ウピールさんは、「常識ってなんだろ?」などと、ブツブツ呟きながらもスキルチェックを行ってくれた。
「あー、本当にあるし……」
そして、やさぐれているウピールさんに、「お邪魔しました」と言ってギルドを出ると、俺の姿を確認した羽衣ちゃんが、いつも通り指定席に着いた。
俺達は合流すると昼食をとり、その後、悠莉ちゃんが新しいスキルを確認したいと言うので、騎士団の訓練所に立ち寄った。
今回、スキル習得したのは、愛里さん、悠莉ちゃん、俺だったので、皆で一緒に確認しようと言う事になった。
「まずは、私から確認させて貰っても良いですか?」
そう言うと、愛里さんは俺を手招きする。何かと思って近寄ってみると、今回、愛里さんが習得したスキルは他者の肉体強化であるため、俺にその効果を確認してほしいと言う事だった。
「え、えっとですね……その、スキルを今から掛けますので、違いを確認するためにも、な、何か物を持って、その感覚を……その、確かめて頂けると……」
「はいよ、どうしよっか、このまま、羽衣ちゃん乗っけてりゃいいのかな?」
「い、いえ! あ、ぁの丁度良いので、わ、私をも、持って……いや、だ、抱っこして下さい」
顔を真っ赤にした愛里さんはそう言うと、俺の前に立ち、俺の首に手をまわしてきた。
「了解。じゃぁ、持ち上げるよー」
「えっ、は、ひゃい! じ、じゃぁ、スキル掛けますね!」
そう言って、愛里さんが何か唱えると、俺の身体の奥から力が湧いてくる……おぉ、これは凄いな!
「凄いな! 愛里さん! 凄い、軽いよ!」
俺がはしゃいでいると、愛里さんは「えへ、えへへへへぇ。軽いって……」と言いながら、照れていた。あぁ、それを言われたかったのか……何この子、可愛いんだけど!
暫くそのまま、愛里さんを抱っこして、クルクル回していると、俺達の検証が終わるのを待ちかねた悠莉ちゃんが、俺の脛を思いっ切り蹴り上げ……
「うざい!」
バッサリと切って来た……何この子、怖いんだけど!
俺が愛里さんを下すのを確認した悠莉ちゃんは、そのまま俺の耳を引っ張って、「次はあたしを手伝うのよ!」と言ってきた。
「で、俺はどうすれば良いのかな?」
「あたしの覚えたスキルは、上級の自己強化だから……ん、とそうね、スキル使う前と後で、あたしのパンチ力がどう上がってるか、試していい?」
――――えっ?
「いやいやいや、無理だってそれ! 俺死ぬじゃん! 殺す気?」
「コロスキ?」
悠莉ちゃんは首を傾げながらそう言った。
「あら、可愛い。じゃ、なーくーてー!」
この子は、俺の命を狙ってる! と言うか、可愛いに反応しながら、照れ隠しに「やんやん」言いながら、拳をスウィングするの……ヤメテ。
「それなら、愛姉のスキルで強化して貰えば良いじゃん!」
「だから、それでも怪我しちゃうでしょ! そんなに、俺を殴りたいの?」
「うん! 良いじゃん! あたしのも手伝ってよー!」
その後、激しい駆け引きが行われた結果……俺のギルドカードの硬度を最硬にしたものを殴り比べることになった。そして、悠莉ちゃんがギルドカードを確認していると……
「えー、な、何これ!」
悠莉ちゃんから、悲鳴が上がった。
「どうしたの?」
「愛姉……これ、どうしよう?」
「ん? え!」
悠莉ちゃんと愛里さんは、そのまま何やら話し合っていたが、やがて俺達の所に戻ってくると。
「あたしのスキルは確認しなくていい!」
そう言ったのだ。
「え? 何で?」
その質問に答え辛そうにしていた、悠莉ちゃんだったが、やがてその理由を教えてくれた。
今回、悠莉ちゃんが覚えたはずのスキルは自身の身体能力を大幅に上昇させる上級の自己強化すきる『鋼体』と言うスキルのはずだった……
しかし、今確認してみると、習得出来ていたのは、全く習得した覚えのない『銅龍の系譜』と言うスキルだった。
このスキル、当初覚える予定だった『鋼体』が自己強化の能力上昇が約二倍あるのに対し、能力上昇二倍から百倍と言う、とんでもないモノだった……発動条件以外は。
このスキル。発動条件がかなりの曲者で、その条件とは、『全身の装備を軽装とすることで発動する』と言うものだった。
つまり――武器を何も装備しなければ、能力が二倍に、更に防具が無ければ能力が五倍にと言う様な感じだ……そして、ほぼ下着状態の場合は、能力百倍……だそうだ。
当然のことながら、悠莉ちゃんと愛里さんはこのスキルを封印すると言っていた。それを聞いた、ミッチーとサッチーは、あからさまに残念そうな顔を浮かべ、それぞれ、良いパンチを貰っていた。
俺は咄嗟にポーカーフェイスを発動し、「へぇ、そうなんだー」と興味ない風に言っておいた。……このスキル、俺のスキルの中でも最高かもしれん!
悠莉ちゃんは、俺をジッと見ていたが、やがて一つため息をつくと、「もういい!」と言っていた。
そして、俺の番になり、まずは例のギルドカードの壁を出して皆――主に羽衣ちゃんに見せる。当然、技の名前を決めて貰うためだ。
「あれ? でもおやっさん、カード更新したんスよね? カードにスキル名が出てるんじゃないんスか?」
「あ、そう言えば……」
うっかりしてた……俺は慌ててカードを見てみると、そこに書かれていたのは……『報連相』、と言うスキル名だった。
俺がその事を皆に話すと、「まずはスキル効果を確認したら?」と言う事になった。
「んー、じゃぁ、確認するぞ」
俺は目を閉じ、スキルに意識を集中する……ん、来た!
『報連相』……報告、連絡、相談は社会人のいや、人生の基本だよ。
……相変わらず分からん。
「スキルの効果は相変わらず、分かり辛いからもう、使ってみることにするよ……」
そして意識する……報連相、報連相、報連相……ん? 何か来た!
すると、俺の左ポケットが光り出し、中から俺の携帯電話が飛び出してきた……
「あ、もしかして……おじさん! おじさんのケーバン、教えて!」
えっ? けーばん? ああ、携帯番号か!
悠莉ちゃんに電話番号を教えると、悠莉ちゃんはそのまま自分のスマホで俺の番号に電話を掛ける……
「……………………ダメね、繋がらない。もし、繋がったらおじさんも一緒にクエスト出来たかも知れないのに……」
「っ! そうか! つ、椎野さん、私の番号教えますから、今度はわ、私に掛けてみてください!」
悠莉ちゃんの言葉を聞いた愛里さんが、今度は自分のスマホを俺に押し付けて言ってきた。
「わ、分かったから、ちょっと落ち着いて!」
そして、今度は俺から愛里さんの番号に掛けてみる。
「………………『もしもし? 聞こえますか?』……! あっ、はい! 聞こえます」
「おぉ! マジかよ!」
「おやっさん、流石ッス!」
「ほら! あたしの思ったとおりじゃん!」
どうやら、このスキルは俺の携帯に登録した相手に、俺からの発信なら、この世界でも通話できる、と言うものの様だ。
俺がそんな、予想を立てて説明すると、羽衣ちゃんが、本日一番の笑顔で……
「おじちゃん、すごーい! なら、ママにおでんわできるかな!」
と、言って来た。……やっぱり、寂しいよな……羽衣ちゃん。
俺達が、言葉に詰まっていると。空気を換えようと、サッチーが気を使い始めて……
「な、なら取り敢えず、試してみればいいんじゃね!」
……失敗した。お前に期待した俺が馬鹿だった!
その後、「まぁ、遊びだよなー」と前置きしてが、羽衣ちゃんママの番号が分からなかったため、仕方なく、俺の電話帳から適当に選んで、会社の後輩に電話を掛けることにした。
「『プルルルル…………プルルルル……』……やっぱ、そんなもんだ『先輩……?』よ、なぁぁぁっぁぁ?」
その時、俺の頭に浮かんだのは「俺の携帯、こんな電波届くんだ……」と言う感想だった……
因みに、サブタイトルの元ネタの続きは「出る電話を相手側が間違えているだけだ」です。