サラリーマンは歪ませる
続きです、よろしくお願いいたします。
――ヘームストラ王国 ナキワオ西部――
「行くぞ……、『キル・スイッチ』!」
レオンのたてがみがモリモリと伸びて、レオンの身体に巻き付いていく……。俺は……、俺達はレオンの威圧に圧され、その場から動けずに、その様子を黙ってみている……。
「旦那さん……、大丈夫どす、旦那さんかて、まだまだ生えてきますし、うちはそないなん……、かましまへんよ?」
――うん、ハオカは別に圧されて無かった様だ……、その視線は俺の額辺りに向けられ、慈愛に満ちた、凪いだ海の様な雰囲気で見つめて来ている……。
「あ、うん……、ソウネ……」
俺は若干の希望を抱きつつ、額をそっと撫で、改めてレオンを見る、レオンの全身はたてがみまみれになっていたが、やがて、金色の輝きと共に、そのたてがみが金属質の輝きを帯びた金色の全身甲冑へと変貌していた……。
「――話は……、エンドしたか?」
レオンは首を左右に動かしたり、屈伸をしたりしながら、俺達の様子を伺っている。
「ああ、待っててくれたのか? ――余裕だな?」
――どうせなら、撤収して下さい……。
「なに……、ラヴァーとの最後のトークを邪魔すんのは、俺のポリシーに反するんでな?」
「ラヴァーって……」
「あら……」
レオンは準備運動を終えたらしく、ファイティングポーズを取って俺達を睨み付けてくる。――ああ……、この感じは逃がしてくれない感じか……。
「さて、行くぞっ!」
まさに一足飛び――と言うのだろうか……、地面を蹴ったと思った次の瞬間には、レオンは俺のすぐ目の前に居た――。
「旦那さんっ!」
「――お前は先に潰さないといけない気がする……、悪く、思うなよ? ――『一撃』!」
レオンは、手刀を上から振り下ろそうとしている……。――ヤバッ!
「ハオカ、左っ!」
「は、はいなっ!」
ハオカは俺の指示を理解しているのか、いないのかは分から無いが、咄嗟に自らの左の空間をバチで叩く。すると――。
――ゴイィィィンッ!
「――うげぇっ!」
俺の身体は胸の辺りから押される様に、ハオカが叩いた空間――俺がコッソリと仕込んでいた『塗り壁』に向けて引っ張られる。――いざと言う時の為に、仕込んでいたんだけど……、まさか初っ端から使う羽目になるとは……、そして、後悔するのはもう一つ――。
「――ハオカ、急いで俺から離れろっ!」
「え、え? で、でも……」
「良いからっ!」
俺は背中の『塗り壁』に張り付けられたまま、ギプスの腕でハオカを突き飛ばす。
「――来たっ」
――ゴゴゴゴゴッ!
「痛っ痛っ痛っ痛っ痛っ――」
こういうのも自業自得と言うのだろうか……? ――俺があちこちに仕掛けていた『塗り壁』やら、『札落とし』やらが、纏めて俺の背中の『塗り壁』目指して飛んで来る……。
「? お前、何している……?」
レオンは空振りした手刀を地面にめり込ませたまま、理解できないと言った感じで俺を見ている。――ああ、そりゃ、理解出来ないよね、自爆に近いし……。
「――何してるって……、緊急回避だよっ! ハオカ、前っ!」
――良しっ、怪我の功名と言うか、何と言うか……、今の自爆で右腕のギプスが取れたっ! まだ違和感はあるけど、贅沢言ってられる状況じゃないしな。
「旦那さん、前って? こう……どすか?」
ハオカは不安気に、小さな朱雷を前方に向かって放つ。――ちょっと、小さいけど、まあ、良いか。
――次の瞬間、俺はハオカと自分の目の前に、サングラス状にしたギルドカードを配置し、レオンの周囲には、ラメッラメにしたギルドカードをばら撒く。
「何をする気か知らんが、させんっ!」
「――遅いよ……、喰らえ、『リーマン流 記者会見』!」
レオンがこっちに突っ込もうと脚に力を入れているが、その時にはもう、ハオカの朱雷はばら撒いたギルドカードにぶつかっていた。そして――。
「――なっ!」
――あ、何か思っていたのと違う……。
「あら……、綺麗じゃないか……」
――横たわるレーナはそう呟き、拍手をしている。
「あ、やば……」
「だ、旦那さん……?」
俺の予定では、大量のフラッシュを予定していたんだが……、何だか、ミラーボールっぽくなってしまっている。――ラメか? ラメがラメだったのか? これはもう少し、改良の余地があるか……?
「――ほぉ……」
――何て事を考えていたが、良く見ればレオンも何やら見惚れているっぽい……。夫婦揃って光物が好きだとでも……言うのだろうか……?
「………………」
俺はハオカにコッソリとボディランゲージで、でっかい朱雷を出す様に告げる。ハオカは、呆れた様に俺を見つめていたが、取り敢えず、と言った感じでカクリと頷き、小さな声で『雷電』と呟き、バチを振うと、太い朱雷を数本、レオンに向かって放つ。
「ええっと、アレだ……、『冬季雷』っ!」
「――っ! しま――」
――何とか、朱雷の動きを誘導し、レオンの足元で音が出ない様に気を付けて、ひたすらクルクルと回し続けていたが、ギルドカードにヒビが入った辺りで、最後にレオンに向けて纏めて解き放つ……。
「グゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
足元から放たれた朱雷は、レオンを丸ごと包み込む様な太さにまでなっていた……。――どうしよう……、思ったよりデカかった……。
「――えっと……、大丈夫か?」
流石にちょっと、やり過ぎたか……? と思って、近付いてみると――。
「旦那さんっ、なんしたはるんどすか!」
「え、いや、やり過ぎたかなって――」
「――『逆襲』!」
――油断したっ……、いや、そもそも油断する程、有利な訳じゃないけど……。
「がっ!」
俺の肩に、レオンが飛ばした爪が三本ほど突き刺さっている。――ハオカが呼んでくれなかったらヤバかったかも……。
「――旦那さんから離れよしっ、『絢爛舞踏:雷脚』っ!」
ハオカは、宙をトントンッと駆けると、その右脚に朱雷を纏って、レオンの頭部を狙い、かかと落としを仕掛ける。レオンは、まだ先程の『冬季雷』のダメージが残っているのか、苦々しげに俺とハオカを見る。
「――ちっ、『脱獄』!」
レオンは足元から大量の土煙を上げると、一瞬でレーナの元に戻っていた……。
「――さ、さっきのはこれかよ……」
「旦那さん、今手当てしはりますから、黙っておくれやす!」
一方、レオンもかなりのダメージを負っているらしく、レーナに寄りかかっている。
「――『毛繕い』! ダーリン……、そろそろ……」
「――分かってるハニー、俺のスリーピンなフェイスが、リトルダンシンしてるのが手にゲットする様に分かる……」
甲冑の焦げた部分を剥ぎ取り、レーナにスキル――多分、治療系――を掛けて貰いながら、レオンはレーナに何かを囁いている。――言葉の端から判断すると、どうやら、何かタイムリミットがあるみたいだが……。
「今が……、攻め時みたいだな……、ハオカ、ギプスを砕いてくれ……」
「え……、で、でも、旦那さんっ!」
「良いんだ……、多分、全力で掛からないと駄目だ。――余力を残して、「はい、死にました」じゃあな? ――それに……、全力でやらなきゃ、相手に失礼じゃないか……、礼儀は――ちゃあんと、尽くさないとな?」
「だ、旦那さん……」
――ハオカは、何か感極まった様に、目を潤ませて俺を見ている。止めてくれよ……、そんなんじゃないんだ……。本当に……。
「――へっ、お前、中々グッドな事を言うじゃないか……、リトル見直したぜ?」
ああ……、レオンも、レーナも、そんな、河原で喧嘩した後のヤンキーみたいな顔しないでくれよ……。
「――じゃあ、やろうか……」
「ああ、悪いが……一撃だ……」
俺とレオンは、静かに睨み合い、相手の出方を伺っている……。ハオカは、何があってもすぐ動けるように、俺の隣に控えている――。さあ、いくかっ!
「――どうも、私、薬屋椎野と申します――」
俺は姿勢を正し、精一杯の笑顔を浮かべて、両手で名刺を差し出し、『名刺交換』を発動させる。
「――はっ? え、え? あ、え、お、俺、いや、私は――」
「え、何だい、か、身体が? だ、ダーリンがお世話になっております――」
名刺を差し出し、頭を下げたまま、俺は隣のハオカをチラリと見る。――その顔は、無表情に俺を見つめていたが。
「――はあ……、『小鉢』、『大太鼓』、『祭囃子』、『雷電』……」
「「なぁ、ギャアアアアアアアッ!」」
ハオカはスキルを連続で発動し、固まった獅子共に向けて放つ、そして――。
「――どうえ、旦那さん?」
無表情から一変、心配して損したと言いたげに呆れた表情を浮かべて、俺を見つめている。
「心配させて、悪かったな……?」
「いえ、慣れてしもたし……」
――グニッ!
ため息を吐くと、ハオカはそう言って、俺の顔面を踏みつける……。――これは、罰ですか? ご褒美ですか?
「――んー、やはり、まだスッキリしまへんね……」
ハオカはそう言うと、俺の顔から足を……、どけてしまった……。そして――。
「申し訳あらしまへんが、試させて頂きますぇ? ――『充電』……、『祭囃子』!」
――え、何で『充電』? と思った次の瞬間、レオン達に向かって、極大の朱雷が数本、天から降り注いでいく……。
「――え?」
「あら……凄い……」
感電し、小刻みに震えているレオン達を背に、ハオカは俺の顔を見てスッキリした顔で囁く――。
「次、おいたしたら、旦那さんも『ああ』どすぇ?」
「――はい……」
――気が付けば、俺は目の前の強敵に土下座で許しを請うていた……。
「ま……だ……だ……『復讐』」
しかし、レオンも、レーナもまだ戦闘の意志が残っていたらしく、互いに支え合い、立ち上がると、レオンがハオカに対して、何かのスキルを発動する。
「――ハオカッ!」
「え、キャッ!」
咄嗟にハオカを突き飛ばすと、俺の背中に、何故かハオカの朱雷が直撃する――。
「だ、旦那さんっ!」
「――しつっこいっ! 『リーマン流 親父の拳骨』」
最後の力を振り絞り、俺はレオンとレーナの頭上に、力の限り出し尽くしたギルドカードで巨大な『親父の拳』を作り上げる。――真っ黒で、重厚な雰囲気を持つソレは勢いよく、振り下ろされる。
「グ……、こんな……ものぉっ!」
レオンは両手を上げ、ソレを止め、支えようと、歯を食いしばっている。そして、『親父の鉄拳』がレオンの両手と接触した瞬間、レオンは――。
「ウォォォォッ……って、え、軽――がっ!」
その『親父の鉄拳』の余りの軽さに驚き、ニヤリと笑い掛け、続いて襲ってきたと思われる、腰の激痛に耐えきれ無かった様で、そのまま崩れ落ちた――。
「――ヘッ……、これが……、俺の切り札、『リーマン流 親父の鉄拳:ストレインドバック』……だ」
――勿論、嘘です……、ギルドカードの硬度を上げて、重量上げる事を忘れてただけです……。結果オーライっ!
「ば……かな……、こ、こんな……っ! こ、腰がぁ!」
その言葉を合図に、金色の甲冑は粉々に砕けてしまった……。
「だ、ダーリーンッ!」
俺は『ポーカーフェイス』を発動し、地面に転がるレオンと、その傍に寄り添うレーナに余裕たっぷりの表情で告げる。
「――俺達の……勝ちだ……」
レオンとレーナは、それ以上戦闘は不可能だと言う事、俺達が命までは取らないだろう事を理解すると、静かに「負けた」と呟いた……。
「旦那さんっ!」
勝利宣言を終えた後、その場に崩れ落ちた俺の傍に、ハオカが駆け寄って来る。
「うぅ……、痺れた……」
「分かってます……。――分かってます……、やから今は……、休んでおくれやす……」
お言葉に甘えて、ハオカの膝枕で、俺は少しだけ休む事にした……。
「それにしても……」
――よく考えてみたら、こいつ等、多分『ティグリ』の部下なんだよな……、出来れば、今日はもう戦いたくないな……。




