紫の咆哮
続きです、よろしくお願いいたします。
――ヘームストラ王国 ナキワオから北に数キロ地点――
「……『創伯獣・改』?」
コラキは目の前に立ち塞がる紫の集団を睨み付け、呟く。コラキが驚く事が嬉しかったのか、ロパロは少しだけ機嫌を良くした様でニタニタと笑みを浮かべる。
「そうそぉ……、主が色々頑張っちゃったみたいでさぁ、何か強くなったらしぃのぉ、何かぁ、ぴぃきぃだのなんだのって言ってたんだけどぉ、ロパロちゃん分かんないからぁ、自分で体験してねぇ?」
そう言って、ロパロが指をパチンと鳴らすと、『創伯獣・改』達は足の長いモノ、巨大な体のモノ、羽の生えたモノに分かれ、整列する。
「――『創伯獣』……じゃないんだよな?」
「あー、懐かしいです……」
「良く並べて、転がして、遊んでたの……」
コラキ、イグル、ペリはそれぞれが目前の『創伯獣・改』を見て、『コミス・シリオ』時代の想い出に浸っている……。
「あらぁ? そう言えば、お茄子が食べたいわねぇ……」
「――おっとぉ、アンタの相手はアタシよぉ」
涎を垂らしたスプリギティスの前に、ロパロが立ち塞がる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「しっかし……、ティス様じゃねえけど、幾ら改造しても茄子は茄子だよなぁ……」
「チキ……、失礼な……、我等は選り抜きの精鋭、そこらの雑兵と一緒にされては困ります」
――錫杖を地面にシャンシャンと突いて、つまらなそうに呟いたコラキは、目前の『創伯獣・改』が自身の独り言に反応したのを聞き、その動きを止める。そして、同様にソレを聞いていたイグルとペリもピタリと動きを止め――。
「「「しゃべった!」」」
目を見開いてソレを見た。ソレ――羽の生えた『創伯獣・改』は、そんな三人を見て満足そうに頷き、語り続ける。
「ええ……、驚かれるのも無理はない、皆さんにとって、我々はスキルの練習台、ストレス解消の玩具、ええ……、今思えば地獄の様な日々でした、しかし、主は、そんな我々にもチャンスをくれたのです……、そう、すなわち――」
――延々と何かを語り続ける羽付きに、周りの『創伯獣・改』達も涙ながらに頷き、聞き入っている。
「――なあ、そろそろやるか?」
「うん、ドヤ顔がムカつくの」
「ちょっと、可哀想ですけど……」
そして、三人はそれぞれが戦闘態勢に入る。
「――つまり、我々と言う下層集団の地位を向上させる事で――ん? 何ですか? やる気ですか? 全く、これだから喧嘩っ早い『伯獣』の皆様は……」
――対する『創伯獣・改』達も、やれやれと言った感じで戦闘態勢に入る。事前に決めていたのか、その場の判断なのか、足の長いモノ達はイグルと向き合い、巨体なモノ達はペリと向き合う、そして、羽の生えたモノ達はコラキと向き合い、どちらからともなく動き始めた。
――一方……。
「あはっ、向こうは始まったみたぁい、どぉするぅ? こっちもやっちゃう? それとも、土下座して謝ってみるぅ?」
「――あらぁ? 何だか、ごめんなさいね? 私、覚えてないのに、お相手して下さるんですか?」
ロパロはスプリギティスを挑発する様に話しかけるが、スプリギティスには友好的に感じられているらしく、それがまたロパロをイラつかせる。
「――あぁ、もぉいい……、アタシィ、さっさと手柄立ててぇ、上に行きたいからぁ……、とっとと、くたばれぇ! ――『共振』!」
ロパロはその長い耳をピクピクッと激しく動かし、スキルを発動する。すると、ロパロとスプリギティスの間の街道がバキバキと音を立てて壊れていき、その破壊はスプリギティスを目指して進んで行く。そして、その破壊がスプリギティスを包み込む――。
「――ふん、やっぱりぃ、裏切り者ってぇ、こんな感じぃ?」
ロパロは、土煙が上がる街道を歩いて行き、スプリギティスの無残な躯を確認しようとする――が。
「あらぁ? 何だか、肩こりが治った気がぁ……、もしかして、貴女のお蔭かしらぁ?」
そこには、目を輝かせてロパロを見つめるスプリギティスがいた。
「――な、ア、アンタ……、どうしてっ!」
「あぁ……、肩が……、肩がスッキリしてるの、嬉しいなあ……、貴方は恩人です! ――何か、恩返しをさせて下さいな?」
スプリギティスは、目の輝きを増し、ロパロに一歩、また一歩と近付いて行く。
「――グゥ……、ならぁ、死んで頂戴よぉ! ――『波爆』!」
ロパロはその口から、シャボン玉の様な球体を幾つも吐き出すと、それをスプリギティスに向けて放つ。そして、球体の一つがスプリギティスの額に触れる。
「――あらぁ? 綺麗ねぇ……」
――その瞬間、球体は大きな音と共に爆発する。最初の一つをきっかけとして、他の球体も次々とスプリギティスの身体の何処かに触れ、爆発していく。
「あはっ、どーお? アタシの必殺スキルゥ……、ちょおっと、刺激が強すぎィ? って言うかぁ、ロパロちゃん、最強?」
ロパロはスカートを摘み上げ、クルクルと回り、踊っている。――しかし、そんな喜びの踊りも、次の瞬間、ピタリと止まり、その表情も凍りついてしまう。
「――な、何でよ……」
「あらぁ? お洋服がボロボロだわぁ? ――どうしてかしらぁ?」
そこには、先程の位置から一歩も動いていない、スプリギティスが居た。
「何で……、何で無傷なのよぉ!」
先程までと違い、ボロボロの服を見つめ、悲しそうな顔を浮かべているが……、その生身の身体には一切の――かすり傷一つ、存在していない。
「あらぁ、そこの貴女……、えっと、どちら様でしたっけ? ――私のお洋服……、ボロボロなんですけど、何かご存知じゃありませんか?」
そして、スプリギティスは困り顔で一歩前に出る。
「――ヒィ……、く、来るな、来るな……、来ないでよぉ! ――『波爆』!」
ロパロは再び、シャボン玉の様な球体を吐き出す。――球体はゆっくりとスプリギティスを目指す。
「あらぁ? 綺麗ねぇ……」
――先程の場面の繰り返しの様に、スプリギティスが呟き、同じ様に爆発が巻き起こる。
「あらぁ……、何だかチクチクします。――すいません、ちょっと、これ止めてくれませんかぁ?」
まるで、「これ、お安くなりませんかぁ?」とでも言いたげな困り顔で、スプリギティスはロパロに訴えかける。
「――あ……、ああ……、何で、何で、『波爆』『波爆』『波爆』『波爆』『波爆』『波爆』『波爆』『波爆』!」
――ロパロは口から泡を吹きだし、球体を吐き出し続ける。スプリギティスは最初こそ、困り顔をしていたが、徐々にそれすらなくなり、トコトコとロパロを目指して歩き続けている。そして――。
「――ああああああ、ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
一瞬のうちに、ロパロの全身は真っ白になり、その場に膝から崩れ落ちてしまった……。
――それを見ていた、コラキ達は……。
「――うん、まあ……、仕方ないよな……」
「ティス様の忘れっぽさは、敵対する者にとっては恐怖でしかないの……」
「味方でも……、「傷付く事すら忘れる」って意味わかんないです……」
「――ティス様自身は、「仲良くしましょう」ってつもりなんだろうけどなぁ……」
――三人は『創伯獣・改』達と対峙しつつ、苦笑いを浮かべている。
「チキ……、よそ見してて良いんですか?」
その隙を突こうと、羽の生えた『創伯獣・改』の一匹が、コラキに向かってマッチ棒で殴りかかろうとするが、コラキはそれをヒョイと避け――。
「――大丈夫だよ……っと、『八咫』!」
錫杖をトンッと地面に突く。
「――チキッ! これ……は?」
羽付き達は、揃ってコラキの前に跪き、呻いている。
「うん……、お前ら、せめて小隊組むとかしようぜ……、何で同種だけで襲ってくるんだよ……」
コラキはそう呟くと、錫杖を高く掲げる。
「ん……しょっ! 『どっこいしょ』!」
――丁度その時、ペリが棍棒を振るい、その胸と共に地面が激しく揺れる。
「――ペリ! アンタ、そのスキル使うなら、もう少し離れてやってです!」
イグルは今まさに、その背の翼で飛び上がろうとしていたが、揺れる地面にバランスを崩したせいで、上手く飛び上がれずにいた。
「――ふぁっふぁふふぁふぇ……」
コラキは錫杖を高く掲げた瞬間に、地面が揺れたせいで、手元が狂い、錫杖が鼻にぶつかり、目に涙を浮かべている。
「あ、ごめんなの……」
――ペリはその全身に紫の――『創伯獣・改』の返り血を浴びている。
「――う、うん……、気を……付けて下さいね?」
ペリが浴びた返り血は、煙となって消えていくがコラキは僅かな恐怖を覚え、思わず下手に出てしまう。
「それにしても、こいつら……、何か減らないですね?」
「――って言うか、増えてるの……」
「えっ? マジで?」
気が付けば、最初に二十匹程だった筈の『創伯獣・改』達の数は、百を超える程の数となっており、コラキ達はやはり、気付けば囲まれている。
「「「チキチキチキチキチキ……、一人が二人、二人が四人、全て同一の自我……。――これが、我々、最大のスキル『渦虫』ですよ……。我々が……、いつまでもやられっぱなしだと思うなよ! 我々の力は既にお前達を凌駕している筈だ! ――散っていったご先祖様、『創伯獣』達の恨み、今ここで晴らしてくれる! もう、誰も死なせん!」」」
――羽の生えた『創伯獣・改』は、巨体の『創伯獣・改』は、足の長い『創伯獣・改』は、口の無い顔で、声を揃えてそう告げた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――ヘームストラ王国 ナキワオ南東部――
「ぶぅるぁ!」
「ガァゥ!」
ラッコ男の拳とティグリの爪がぶつかり合う。――衝撃は、周辺の家屋を吹き飛ばし、地面の舗装を抉っていく。
「――貴様……、何者だ……」
そんなティグリの問いに答える事無く、ラッコ男は再び拳を振り上げる。
「チッ、出し惜しみをしている場合ではない……か」
ティグリは悔しそうにそう呟くと、拳を躱し、ラッコ男と距離を取る。そして――。
「――悪いが……、本気でいかせて貰うぞ……『白虎』!」
その瞬間、ティグリの身体が光に包まれ、その全身を白地に黒線の入った甲冑が覆い尽くす。
「さあ、ここからは……虐殺になる……覚悟しておけ……」
「! ウツィオク、オラヂイ、……アカヅヒリカゲロソ」
ラッコ男は嬉しそうに甲冑を纏ったティグリを見ると、拳を構える。
「その余裕……、いつまで続くかな? 『ファング』!」
ティグリは一瞬でラッコ男の前まで移動し、甲冑の腕部に付いている爪を振り上げ、ラッコ男を切り裂こうとする――が。
「? オザチム、オマ、……アハザヲノソ」
「――なっ、口でっ?」
ラッコ男はつまらないモノを見たとでも言いたげに、ブスッとした表情でティグリの爪を……その口でくわえていた。
「――「もう見た」だと? ――そうかっ、貴様、ガトパルドをやった『ジーウ』の――」
「ぶるぅあっ!」
ラッコ男の拳は、ティグリの腹に突き刺さり、その一撃でティグリの甲冑はバラバラに吹き飛ばされる。
「うぐぁ……」
ティグリはそれでもなお、主――クリスを守るために、立ち上がり、ラッコ男を強く睨み付ける。その姿を、ラッコ男は心底嬉しそうに見つめる。そして――。
「負けん……、負けんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
拳を振り上げ、猟虎と白虎の最後の激突が始まった――。
――十分後。
「――ぶるぁ……」
――ラッコ男は嬉しそうに、凄惨な笑みを浮かべ、地面に伏している。
「――刃が通らん……、正真正銘化物……だな……」
その場に立つは只一人……。地面にはラッコ男とティグリが横たわり、クリスは未だにガタガタと震えている。
「幻月が近い……、少し……急ぐか……」
その人物は、空に浮かぶ幻月、自身を睨み続けるラッコ男、白目を剥くティグリを順番に見た後、震え続けるクリスを縛り、ズルズルと引き摺りながら、ナキワオ西部――学校方面に向けて歩き始めた。




