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大・出・張!  作者: ひんべぇ
第九章:ヘームストラ大戦
153/204

規格外と予定外

続きです、よろしくお願いいたします。

 ――ヘームストラ王国 ナキワオ南東部――


「何だか……、先程から騒がしいですわね……」


 ヘームストラ王国の王女であり、騎士団副騎士団長でもあるアーニャ=ファミス=ヘームストラ――アーニャは、学校の校庭で椎野達と別れた後、ナキワオに不慣れな様子のスプリギティス達をギルドまで案内しようとその後を追い掛けていた――筈であった……。


「――あの方達は一体どこへ……?」


 ――つい先ほど、いよいよ追いつけそうだと思ったら、角を曲がった拍子に居なくなっていたのだ……。そんな時に、街の四方から爆炎が上がり、今に至る……。


「一度……、帰った方が良いのかしら……。――あら? 何だか、人の話声が……?」


 引き返そうかどうか迷っていると、何処かから人の声が聞える。――アーニャはもしかしたら、スプリギティス達がすぐ近くにいるのかもと考え、声のする方角に向かって歩き始めた。


「――確か……、この近――キャッ!」


 少し歩き、別の曲がり角を曲がった瞬間、アーニャは誰かとぶつかり、尻餅をついてしまった。


「――っ! こ、これは、アン様!」


「え……、あ、ラヴィラ……騎士団長……?」


 アーニャは転んだ拍子にぶつけてしまった腰をさすりながら、自分とぶつかった人物を見て、少し安堵する。


「――申し訳ございません……」


「いえ、お気になさらないで下さいな? ボーっと歩いていた妾にも非はありますし……」


 ラヴィラが差し出した手を取り、アーニャは立ち上がる。そして、身体に付いた埃を払っている時だった――。


「――おぃ……? ん、誰だ……?」


「主……、余り勝手に出歩かれますと……」


 ラヴィラの背後から現れた男に、一瞬、アーニャは避難し遅れた住民かと思い、駆け寄ろうとしたが、すぐ後に現れた背の高く、目付きの鋭い男性を見た瞬間、何処かで会ったかの様な既視感を覚え、ピタリとその動きを止める。


「――アン……様?」


 ラヴィラはそんなアーニャの様子を訝しんで、背後に振り返る。そして、暫し、その男を眺め――。


「貴様……、罪人クリスではないかっ!」


「――あん? おいおい……」


 ラヴィラはその腰に差した剣をスラリと抜くと、切っ先を男――クリスへと突き付ける。クリスは突き付けられた剣とラヴィラを見比べ、冷や汗を流している。


「――何しに現れた……、まさか、この街をどうにかするつもりか……?」


「――ラ、ラヴィラ騎士団長……、まさか、この方が……?」


「ええ、そうです……、アーニャ王女、どうかこの場は私に任せて、逃げて下さい!」


 そして、ラヴィラと対峙するクリスはニヤリと笑い、傍に立つティグリに向かって話しかける。


「ティグリィ……、あの女だ……、さらえ……」


「はっ! 主の仰せのままに……」


「いかんっ! アン様、お逃げください! ――早く!」


「で、でもっ!」


「いいから早く!」


 そして、アーニャは走り出す。――来た道を、学校へ、校庭へ、椎野へと……。しかし……。


「――主の命令だ。逃がさん……」


 ティグリはあっという間にアーニャを追い越し、その前に立ち塞がる。


「ひっ!」


「大人しくしてれば、命は……取らん」


 ティグリの手がアーニャの手を掴もうと、一歩前に踏み出したその時――。


「ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 空から茶色の物体が落ちて来て、ティグリとアーニャの間に割り込んで来た――。


「――なっ! キ、キサ――ぶぁっ!」


 茶色い物体――ラッコ男は、ティグリを見ると凄惨な笑みを浮かべ、すぐさま拳を顔面に向けて打ち込む。


「? ……アコナチアキナノミナコハ、ラットモオツリアゴノマヌオソリソモ? ……ン」


 ラッコ男は、その後でアーニャの存在に気付いた様で、「戦い(遊び)の邪魔だ」とでも言いたげに、鬱陶しそうな顔でアーニャに向けて、手を「シッシッ」と動かしている。


「え? え? な、何なの……?」


 アーニャは、ティグリに対する恐怖、空から降って来たラッコ男に対する戸惑いで腰が抜け、その場から動けなくなっている。


「……エラソタッササ、ダマジャ」


 ラッコ男はそう言って、面倒臭そうにアーニャを持ち上げ、立たせると、テンガロンハットを深めに被り直した。――その時、それまでの恐怖や混乱などの全てが、アーニャの中で混ざり合い、アーニャの判断力に影響を及ぼす。その結果――。


「あふん……」


 ――アーニャはこれまでとは、別の感情で、ラッコ男から目が離せなくなっていた……。


「ぶ……ぶるぅあ……?」


 ラッコ男は、今まで出会った人間とはかなり別種の視線を向けられ、アーニャと距離を取る。


「――どうだっ、ティグリ、捕まえた……か……? ――ヒィッ!」


 その時、クリスがティグリとアーニャを追って来た。クリスはその目に映るラッコ男を見た瞬間、かつての記憶が呼び起こされ、その場に蹲り、ガタガタと震えはじめる。


「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ――」


「グゥ……、あ、主……?」


 ガタガタと震えるクリスの傍に、立ち上がったティグリは尋常でないモノを感じ取り、駆けつける。そして、クリスを庇う様に、ラッコ男の前に立つと、チラリとアーニャを見て舌打ちをする。


「――チッ。貴様が何者かは知らんが……、主に害をなすのならば……、許す事は出来ん……」


 そして、腰を低く構え、爪を大きく伸ばし、ラッコ男と向き合う。ラッコ男はそれを見て、嬉しそうに、楽しそうに、口が裂けんばかりに口角を持ち上げ、凄惨な笑みを浮かべると――。


「ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 力の限り、叫んだ……。そして――。


「……エラソタッササ」


 再びアーニャに向けて「シッシッ」と手を動かす。アーニャはその動きで、ラッコ男が自分を逃がそうとしてくれていると判断し、頬を赤く染め――。


「――ありがとう……ございます……」


 ペコリと頭を下げ、再び学校に向けて駆け出した――。


 ――一方、その頃……。


 地面に這いつくばっているラヴィラ――その様子を隠れて伺う影が一つ……。


「――うーん……、元主は抜けてるのか、何なのか……、止めは刺した方がいいでしょうに……。さて、ソレはソレとして……、ど・れ・に・し・よ・う・か・な……? ――うん、ボイディちゃん辺りが食べ頃……かな?」


 ――影はそう呟くと、その場から立ち去って行った……。


「――行った……か?」


 ラヴィラは、何者かが去っていく気配を感じると、小さく舌打ちして起き上がり、アーニャや、クリス達の向かった方向に向けて歩き出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――ヘームストラ王国 ナキワオから北に数キロ地点――


「――ねぇ、ティス様?」


「コラキちゃん、なぁにぃ?」


「ギルドって、本当にこっちなんですか?」


「あらぁ? コラキちゃんは、お姉ちゃんを疑ってるのかしらぁ? ――信じてくれないと、お姉ちゃん、泣いちゃいますよぉ?」


 ――僅かに怒気を含めて、スプリギティスが泣き真似をする。コラキはそれに少しビクつきながら、それでも話し続ける。


「その……、言い難いんですけど……、俺達、ナキワオの街から出ちゃってます……」


「――あらぁ?」


 スプリギティスは、今まで通って来た街道を振り返り、背後に見えるナキワオの街を見て、「ハッ」とした表情になる。そして――。


「――あらぁ? 街が逃げたみたい……」


「――違うです! 言えなかったけど、ティス様……、ウチら迷子なんです……」


「うん……、私もおかしいなって……思ってたの……」


 イグルとペリにまで、そう言われスプリギティスは徐々に自分達が迷った事に気が付き始める。そして――。


「――そう言えば……、どこに行くんだっけ?」


 悩んだ挙句、目的地を忘れてしまった。その言葉を聞いたコラキ達は、予想していた事態ではあるが精神的な疲労からか、目を潤ませ、三人がかりでスプリギティスの手を引っ張り始める。


「あらぁ? なぁに? 新しい遊びかしらぁ?」


「もう、それで良いですから、ちゃんとついて来て下さいね?」


「――絶対、手を離したら駄目です!」


「もう、無駄に歩きたくないの……」


 そして、四人で来た道を戻ろうとした時だった……。


「あっれぇ? 誰かいっるぅ!」


 ナキワオの街方面から、ぞろぞろと街道を歩いて来た集団――その先頭に立つ女性が大きな声を上げた。


「――避難民か……?」


 コラキはそう呟いて、その女性を見る。女性は、殆どその機能を満たさない程短い丈のスカートを履き、ヘソを思いっ切り見せつける様な丈の短い上着を着て、くねくねと動いている。


「やぁん、ちょっとイイ感じの坊やぁ!」


 くねくねと動く女性は、服装だけ見れば、少し軽めの一般女性と言った感じであったが、コラキはその顔を見て、警戒を強める。


「――あれぇ? 何かぁ、気に障っちゃったぁ?」


「お前……、『伯獣』だな?」


 コラキの視線は、女性の顔――正確には、その耳の部分に向けられていた。普通の人より大きく、長いその耳は、コラキの問いかけに反応し、大きくパタパタと動いている。


「あっはぁ? やっぱり分っかるぅ? ――流っ石、スプリギティス様の部隊だぁ。――あっ、もう『様』付けなくて良いんだっけぇ?」


 そして、ボーっと立つスプリギティスを引っ張り、コラキ達はその女性達から距離を取る。


「んもぉ、折角、色ぉんな人がこっちに居る間に、王都を攻めようとしてたのにぃ……」


「そいつぁ……、悪かったな……」


 コラキは錫杖を取り出すと、スプリギティスと女性の間に立つように構える。


「――偶然って、怖いです……」


「いや、ティス様が神がかってるの……」


 コラキに続く様に、イグルは背に翼、脚に爪を出し、ペリは太くて黒い棍棒を肩に担ぎ、胸を揺らす。


「――あらぁ? どうしたの、皆?」


「あ、スプリギティスちゃん、おっひさぁ? どぉ? 裏切り者の末路ってぇ、悲惨ってほんとぉ?」


 女性は、ニタニタと厭らしい笑みを浮かべてスプリギティスに話しかける――が。


「え、えっとぉ……」


 スプリギティスは目を泳がせ、女性から視線を逸らす。コラキ達はその様子を見て、何とも言えない顔を浮かべ、二人のやり取りをそのまま見続ける。


「んもぉ、裏切る位ならぁ、最初っからアタシに『四伯』の座をくれても良かったんじゃなぁいぃ? ――お蔭で、アタシィ、こぉんな雑用やらせれてんのよぉ?」


「――あ、あらぁ? そのぉ……、どちら様……でしたっけぇ?」


 ――その瞬間、女性は固まり、スプリギティスを睨み付ける。


「あ、アンタ……、アタシなんか、覚えるに値しないって事? へぇ……へぇ……、良い度胸してんじゃん……、この『蝙伯獣』ロパロさんに向かってぇ……」


「――あらぁ……、お知り合いの方……かしらぁ?」


「ティス様、もう止めてあげてなの……」


 名前を聞いても思い出せない様子のスプリギティスに、ペリがロパロに同情して口を塞ぐ。その様子を見ていたロパロは、余りの屈辱に、顔を真っ赤にする。そして――。


「そう……、そうなんだぁ……、アンタがそんなつもりならぁ……、こっちだって……。――あ、そうじゃん、裏切り者を倒せば私の地位向上じゃん? アタシ、マジであったまよくね? ――そうじゃん、そうじゃんっ! 良し決ぃめた! ――アンタら、出番だよ!」


 ――コロコロと表情を変えながら、そう結論付けたロパロは指をパチンと鳴らし、自身の後ろに控える集団に指示を出す。


「――さ、秘蔵の『創伯獣・改(アークノイド)』ちゃぁん? お仕事しましょうねぇ?」


 ――申し訳なさそうな表情のスプリギティスを置いてけぼりにして、密かに、予定外に、誰も気づかない『ヘームストラ王国 王都防衛戦』が始まってしまった……。

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