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大・出・張!  作者: ひんべぇ
第九章:ヘームストラ大戦
152/204

渡る世間は……

続きです、よろしくお願いいたします。

 ――ヘームストラ王国 ナキワオ中央部――


「――うん、驚異的な頑丈さだね?」


 執事服に分厚い眼鏡の女性――『蹄伯獣』ボイディは、もう何度目だか分から無い蹴りをミッチーに打ち込んだ後、口をポカンと開けて称賛した。


 ――ボイディの前に立つミッチーは、その背に愛里を庇っている為、責めに転じる事が出来ず血塗れになっていた。


「ボイディはね? 別に、君に斬られたって良いんだ。ただ……、その代わりに、君の後ろの人を消す事が出来れば良いんだ……、だから、何度も言うよ? ――そこをどいて」


「――じ、自分も、何度も言うッスよ……、させ……ないッス!」


 そして、ボイディは地面を蹴り、愛里を……愛里だけを見て、その脚を振り上げる。


「――グッ! おやっさんだったら……喜んで、受けるんっスかね? この蹴り……」


 剣の腹でボイディの右の蹴りを受け止める――が。


「ボイディの脚って……、二本あるんだよ?」


 ボイディは受け止められた右脚を軸に回転し、左脚を踵から地面に振り下ろし、ミッチーの首を狙う。


「――ガッ!」


「うん、おっきな隙が出来たね?」


 ――そのまま着地したボイディは、首からの衝撃でふらつくミッチーの頬を蹴り抜く。


「三知さんっ!」


「うん、これで……邪魔者はいないよね?」


 ボイディはゆっくりと愛里に近付く。そして――。


「――じゃあ、バイバ……イ?」


 突然の立ち眩みに膝をつきそうになり、頭で考えるより速く、愛里から距離を取った。そして、ボイディは焦った顔で、愛里の顔を見る。すると――。


「ちょっと遠い……ですね……」


 ――「しまった」と言いたげな表情でボイディを見ている。


「――今の……、君がやったの? ――何を……したの?」


「えっと、それは……、内緒です」


 愛里は照れ臭そうに、ハニカミながら告げる。その姿に、ボイディは心臓を掴まれたかと思うほどの怖気を覚え、もう一歩、愛里から離れる。


「うん、君さあ……、主が気に入るだけあるね、それでこそ恋敵……、主を奪い合う相手として不足はないよね?」


「その……、言い辛いんですけど……、私としてはあんな人、必要ないので、是非是非、差し上げたいんですよね……。――なので、ここは見逃して貰えませんか?」


 ボイディが眼鏡をクイッと持ち上げ、愛里を睨むと、愛里は一瞬だけ身体をビクつかせ、申し訳なさそうに答える。しかし、ボイディには、愛里のそんな様子すら、勝者の――主に愛されている者の余裕と感じられ、額に青筋を浮かべ愛里を更に強く睨み付ける。


「――へえ……、優しいんだ? 主を……ボイディに譲ってくれるんだ? ――何それ? どうせ、主は自分の元に戻って来るとでも言うのかな? うん、その余裕……ムカつく……」


「いえ、そう言う訳では……、その、私、あの人、本っ当に嫌いなタイプですし……、その、好きな人も別にいますし……」


「――あ? 何それ……、主の方がソイツより劣ってるって言うの? ――主に好かれてる癖に……、ソレが不満なんだ? ――うん、やっぱり、ボイディは、君が嫌いだよ? だから、ね? ――居なくなっちゃえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 既に、ボイディの目はまともに愛里を映していない……。子供の様に地面を何度も何度も踏みつけながら、「居なくなれ、居なくなれ」と呟いている。


「――うぅ……、これが幸さんが言ってた『ヤンデレ』って人なんでしょうか……? 話が通じないのって、怖いんですね……」


 ――愛里は、ボイディと会話をしながら、遠距離で少しずつ、密かにミッチーの回復を行っているのだが、ボイディの様子を見て、いよいよ危険と判断し、近距離からの回復に切り替えようと、ボイディから少しずつ距離を取り、ミッチーに近付いて行く。


「うん……? どこ、行くの……?」


「――っ」


 ――ギギギ……と、軋む音が聞こえそうな程ゆっくりと、ボイディが愛里の動きを追う。ミッチーに近付くためにボイディから一瞬、背を向けていた愛里は、思わずの身を硬直させ、ゆっくりと声のする方向に振り向く。するとそこには――。


「――ヒッ!」


 すぐ目の前、鼻先数センチの所に……、ボイディの顔があった。


「うん、これで終わりだよ? ――『大角』!」


 ボイディは愛里のすぐ目の前でスキルを発動させ、その角を愛里目がけて振り下ろした――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――????????――


『――さん、ミッチーさん……』


「――う……、ミ、ト……さん?」


『はい、お久しぶりです』


「――あっ! じ、自分は!」


 ミッチーは、漸く意識がハッキリとし、辺りを見渡す。すると、周りには何もなく、ただ、シャボン玉の様な不思議な模様の空間だけが広がっていた。――そんな中、ミッチーはまたしても、とんでもない事に気が付き、目に映るただ一人の人間――白いローブを着た少女を見つめる。


「ミトさん……、本物……なんスか?」


『はい、本物です……って言っても、幽霊みたいなモンなんですけど』


「――ふふ……、ミトさん、それ、持ちネタにするつもりっスか?」


 そして、二人は久々の逢瀬を、ひとしきり楽しんだ後――。


『――あっ! そうでした!』


「え、な、なんスか、突然」


『ミッチーさん、こんな事――あ、いや、嬉しい事なんですけど……そうじゃなくて、愛里さんが危ないんです!』


「――あ、そ、そうだったっス!」


 そんな感じで、ミッチーが意識を失い、この空間に来た経緯を思い出した。ミッチーは慌てて目を覚まそうと、自分の頭を殴ったり、頬をつねったりした所で、ふと、暗い顔を見せ始める……。


『ミッチーさん……、どう……したんですか?』


「ミトさん……自分、目を覚ました所で……、勝てるんスかね? ――さっき……、最初こそ、女性だと思って手加減してた……つもりだったんスけど……、実際の所は……、本気出しても、蹴っ飛ばされたんス……」


 ミッチーはその手をブルブルと震わせ、ミトに縋り付く。


「――今までも……怖かったんスけど……、何だかんだで、周りにはサッチーや、ピトや、もも缶や、皆、何より――おやっさんが居たんス……」


『ミッチーさん……』


「今……、自分しか居ないんス……、自分がしくじったらと思うと、怖いんス。――(ミトさん)の事も、未だに変異させられないし……、自分……、駄目なんス……」


 ガタガタと震え、ミッチーはミトに、今まで漠然と感じていた事を――泣き言を漏らす。ミトはそんなミッチーの頬を、優しく撫でた後――。


『――バカっ!』


 ――思いっ切りつねった。


()……ひふぉふぁん(ミトさん)?」


『そんなに怖かったなら、もっと……、()に愚痴を零したって良かったんです! ――あんな状態でも、私はちゃんと見てましたし、聞いてました! ミッチーさんは、強いし、優しいし……ちゃんと、皆さんを守れてます! ――変異だってもう出来るんです!』


ふぇ()ふぇふぉ(でも)……」


 頬をつねられた状態のまま、ミッチーはミトを見つめる。――ミトは少しだけ頬を赤く染めながら、続ける。


『――実は、ミミナの時点で……、変異は出来る様になってたんですけど、その時は、私の心の問題で……』


 ――そう呟くと、ミトはミッチーの頬から、手を離す。そして――。


『でも……、もう大丈夫です! ――私も……、ミッチーさんを……、こんな自分を受け入れます!』


「――っ! ミトさん……」


 ミトの身体から、淡い光が零れだす……。そして、ミトは覚悟を決めた表情を浮かべ、ミッチーに語り掛ける。


『以前の私なら、ミッチーさんの裸を見る度に『キャーキャー』、ミッチーさんと筋肉(ラッセラ)教の方が並んでいる姿を見る度に『キャーキャー』、ミッチーさんと薬屋さんが並んでいる姿を見る度に『キャーキャー』と……、そんな事で喜ぶ自分を受け入れられず……否定していました……』


「――っ? ミ、ミトさん……?」


 ――ミトの身体から零れる光が、輝きを増す……。そして、ミトは穢れの無い、無垢な瞳でミッチーを見つめる。


『――でも、私はそんな自分を……受け入れます! ――確かに、ミッチーさんの傍にいる女性は、私しか……、私だけが良いんです……、でも、気付いたんです! ――男性なら、まあ、良いかな? って!』


「――ミトさんっ? それ、受け入れちゃ駄目な気がするッス! ――って言うか、自分、そっちの気は無いッスよ?」


 ――慌てるミッチーを見つめ、ミトは聖母の様な微笑みで、優しく、諭す様にミッチーに語り掛ける。


『大丈夫……、大丈夫です……、愛があれば……』


「――ミトさんっ? それは、愛なんスかっ?」


『大丈夫……、大丈夫……、大丈夫――』


 ――そして、ミトの姿が薄っすらと消えて行き、ミッチーが慌ててその手を取ろうとした所で、ミッチーの意識が目覚め始めた……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――ヘームストラ王国 ナキワオ中央部――


「――『大角』!」


 ――ボイディの角は、今まさに、愛里の胸を貫こうとしていた……が、その角は愛里に届く事は無かった。


「――ミトさん、それは無理ッス!」


「――っ!」


 突如、目を覚ましたミッチーが、その手を、まるで誰かに向ける様に伸ばし、ルビーレッドの光を放ったのだった。ボイディはその光と共に放たれた衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられてしまう。


「――え? 三知……さん?」


「フォアッ!」


 ――まるで悪夢から目覚めたかの様に、ミッチーはキョロキョロと辺りを見回す。その額からは、汗が滝のように流れ落ちている。


「――夢ッスか……」


 額の汗を拭うと、ミッチーは深呼吸して状況を改めて確認する。


「だ、大丈夫ですか?」


「姐御……、ウッス……問題無いッス」


 そして立ち上がり、同じく立ち上がったボイディを睨み付ける。ボイディはそんなミッチーを見ながら、ポカンと口を開け――。


「うん……、本当に……頑丈だね? ――ちょっと、怖いくらいだよ?」


 心底恐ろしいモノを見る様に、そう呟いた。――ミッチーは、ゴクリと喉を鳴らすと、愛里を自らの後ろに下がらせ、誰にともなく語り掛ける。


「――ちょっと……、悪夢……と言うか、怒られた……と言うか……、ともかく、これ以上、無様は晒せないんで……、悪いけど、アンタを斬るッス!」


「――うん、ボイディは……それでも、その女を殺すよ?」


 ――ミッチーとボイディは、互いを自分の目的の邪魔と判断し、睨み合う。愛里はその様子をハラハラと見つめる。そして――。


「――三知さん、頑張って下さい……『パゥワ』!」


「姐御……、どうもッス!」


『ミッチーさん、ファイトです』


「ミトさん……、頑張るッス………………………………ん?」


「――あら?」


 ――ミッチーと愛里は、何処かから聞こえて来た声に反応し、キョロキョロと辺りを見渡すが……、この場にはミッチー、愛里、ボイディしかいない。


「うん、恐怖でおかしくなったのか――なっ!」


 そんな二人の様子など気に掛けず、ボイディは一瞬で距離を詰め、ミッチーに肉薄する――が。


『――ミッチーさん、集中して!』


「え……? ――おぁっ!」


 ほぼ、剣に引っ張られる形で、ミッチーがその蹴りを剣で受け止める。そして――。


『――受けるだけじゃ駄目! 攻めて!』


「う、ウッス!」


「――っ! チッ!」


 ――何者かの声に導かれるがままに、ミッチーは剣を振るう。ボイディは、小さく舌打ちをすると、その斬撃をスレスレで躱し、ミッチーから離れる。


「こ、この声……、ミトさん……ですか?」


 愛里は声の主に、おずおずと話しかける。すると、再び、何処か――声の方向としては、剣から声が聞えてくる。


『――はい、お久し振りです……』


「ミ、ミトさん! ミトさんなんスか? ――ゆ、夢の続きとかじゃ……ないんスよね?」


『はい、ちゃんと現実です、積もるお話はまた、後で……、今はあの方を何とかしましょう?』


 目を輝かせ、ミッチーが剣に語り掛けると、剣から響く声の主――ミトはミッチー達の意識をボイディに向けさせる。


「うん、喋る剣か……、主にプレゼントしたら……喜ぶかもだね? ――『大角』……!」


 ボイディは、クスクスと笑いながらスキルを発動させ、角をチカチカと点滅させ、ミッチーに向ける。


『来ますっ! ――ミッチーさん、私のスキル……使って下さい!』


 そして、ミッチーの頭に一つのスキルが浮かんで来る。


「――これは……?」


「――うん……、喰らえっ!」


 ボイディは地面を力強く蹴り、その角でもってミッチーを貫こうと、突進してくる。


『――早くっ!』


「う、ウッス! 『腐剣漸(マスキュラー)』!」


 ミッチーが頭に浮かんできたスキルを発動させると、ミッチーの持つ剣がルビーレッドの光を放つ――。


「三知さん、前っ!」


「うぉっ!」


 そして、慌てて光る剣を振るうが……。


「――斬れない?」


 剣から出た斬撃は、見事ボイディの角に直撃するが、そのまま掻き消えてしまった。


「――うん、大当たり」


「三知さんっ!」


 ボイディの頭は、ミッチーの腹部に刺さり、ボイディはニヤリと笑う――が。


「うん? ――血が出て……来ない?」


「? 痛く……ないッス……」


 ボイディとミッチー、刺した方と刺された方の両方が、キョトンとした顔を浮かべていた。


「あれ……、角が……?」


 ――唯一、傍からその様子を見ていた愛里は、ボイディの角が根元から無くなっている事に気付く。そして、何が起きたのか、未だに分からず、呆けた顔を浮かべるミッチーの耳にミトの声が鳴り響く。


『ミッチーさん、攻めて!』


「――っ! 『ノコギリソウ』!」


「ガァッ!」


 一瞬早く、ミッチーが我に返り、抉る様な斬撃でボイディを斬り付ける。そして、ボイディはその場に崩れ落ちていき、そこでやっと、ミッチーは気付いた……。


「なんスか……これ……、剣から……、触手……ッスか?」


「――何だか……、霧の様な……煙の様な……感じですね……」


 ミッチーと愛里が呟いた様に、ミッチーが握る剣は、その柄からウネウネと霧の様なモヤっとした触手を生やし、ミッチーの腕に絡ませていた……。そして、そんなミッチー達の耳に、ミトの声が響く――。


『まずは、お疲れ様です。――その触手は、私が変異した証です。人型にはもう少しだけ時間がかかりますけど、取り敢えず、会話は何時でも出来ますよ! ――不束者ですけど……、よろしくお願いいたします』


 ――ミッチー達は、その後、何から聞けばいいのか迷いつつ、ボイディを縛り上げるのであった……。

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