ステインボディ
続きです、よろしくお願いいたします。
――ヘームストラ王国 ナキワオ付近――
「――馬鹿なっ! まだ……、犠牲者無し……だと?」
先遣隊からの報告を聞き、騎士団長――ラヴィラは驚きを隠せなかった。
「――はいっ! どうやら、かなり高位の冒険者が駆けつけて来てくれたらしく……、少しずつ前線を下げつつも敵の数を減らし、こちらとの合流を試みているとの事です」
その報告は騎士団、冒険者の耳に入り絶望的だった空気が僅かに明るくなる。――しかし、ラヴィラはその表情から暗い影を落とさず、目を瞑り続けている。
「――ラヴィラ騎士団長……、どうしたんです……か?」
副騎士団長となった王女――アーニャは言葉遣いに気を付けつつ、ラヴィラの暗い表情の理由を問い掛ける。
「いや……、幾らなんでも……。――報告によれば、敵の数は数百を超えると聞く……。高々、数人の冒険者で何とかなるのだろうか……?」
「それは……そうですが……、今は貴重な戦力が増えた事に喜んで良いのでは?」
――アーニャがそう言うと、ラヴィラは「ふむ」と呟く。
「騎士団長、副騎士団長も……、今はそれより進軍しましょう。素性を疑うのも仕方ないですが……」
「――ブロッドスキー……、そう、だな……」
ブロッドスキーが二人を窘めると、二人はばつが悪そうに、先遣隊の騎士に向き直る。すると、先遣隊の騎士は何かを思い出した様で、まくし立てる様に口を開く――。
「あっ! す、すいません! 私の言葉不足でした……、その冒険者の内二人は素性が分かっております……」
「――分かっている……?」
――思わずブロッドスキーが先遣隊の騎士を睨み付ける。先遣隊の騎士はその威圧にビクつきながらも報告を続ける。
「は、はいっ! ――ひ、一人は、その……我が騎士団所属の『聖騎士』ダリー殿……の配偶者であるサチ殿です」
「「――えっ?」」
――アーニャとブロッドスキーの声が重なり、明るくなる。ラヴィラはその名前を聞き、必死に記憶を探る様にこめかみの横を人差し指でトントンと叩き、ハッとした表情になる。
「――幻月の方の住人かっ!」
「ええ……、そう言えば、彼はこちらの大陸にいたのでしたね……」
「ふふッ……、サチか……」
――アーニャとブロッドスキーはサッチーの顔を思い出し、クスクスと笑う。しかし、ラヴィラは尚、険しい表情を崩さない。
「――それで……、もう一人は?」
「はっ! ――『牙鎌の貴公子』の二つ名で有名な冒険者、リンキ様です」
その報告に、今度は後ろに控える冒険者達から「おぉっ!」と言う歓声が上がる。
「――リンキ……?」
「はいっ、とある理由でギルドへの立ち入りが少ないのですが、その強さは既に伝説となりつつある、最強の冒険者の一人です」
――報告する声も既に喜色に染まっている。ラヴィラはリンキの名前を呟くとまたもやこめかみを人差し指で叩いている。
「それで……? 前線は今どこまで下がっている?」
「え? あ、はいっ! 直にコール平野を抜けるかと、それと、その四人を率いていると思われる女性冒険者からの伝言です。「一旦、ナキワオまで下がって補給したい」との事ですが……?」
ラヴィラは少し思案すると、ブロッドスキーとアーニャに告げる――。
「――私もナキワオに戻る。その四人を見極める必要もある……。そうだな……、副騎士団長、同行を頼むっ! ブロッドスキーはこのまま進軍の指揮をとってくれ!」
「「――ハッ!」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――ヘームストラ王国 コール平野――
「キリがないべ!」
「――どっせえええええええええい!」
「うーん……、何処かで見られているんでしょうか……?」
スカサリ、リンキ、グリヴァは次々と湧き出す『創伯獣・改』達に辟易し、ため息を吐く。
「んー、それなら辺り一面焼いてみっか? ――開け! 『地獄の窯』!」
「「「――あっ!」」」
――炎の渦が『創伯獣・改』の群れを中心として巻き起こる……。
「このおバカっ!」
「あ痛っ! ――何すんのっ?」
「――お前さん……、オイラ達まで焼く気かよ……?」
「あ、でも旦那っ! ――結果だけ見りゃ、成功っぽいべ?」
自称『闇黒の騎士』――サッチーは涙目で頭を押さえ、グリヴァを睨んでいるが、グリヴァとリンキは呆れ顔でそんなサッチーを睨み返している。
――そんな空気の悪さを感じ取ったスカサリが三人を宥め、焼け野原となった辺り一面を差し……、『創伯獣・改』がいなくなった事を指摘すると――。
「――はあ……、腑に落ちませんが良いでしょう。さっさと、ナキワオに向かいましょう」
「んだな……。――ほれ、サチ、スカサリ、行くぞ?」
グリヴァが頭を抱えため息を吐き、それに合わせる様に、リンキが甲冑姿から、薄手のカーディガンを羽織った人の姿になる……。
――そうして、四人がナキワオに向かおうと、振り返った時……、ソレはあらわれた。
「何だこりゃあ……、甲――らっ!」
最初に気付いたリンキは、突然現れた甲羅に触れようとして――その腹に甲羅の突撃を受け、吹き飛ばされてしまった……。
「――リンキっ!」
突然の事態に驚きながらも、グリヴァは自分の前に現れた甲羅を銛で叩き落としつつ、リンキに駆け寄る。
「ギギ……」
「――敵か?」
――すると、そこに現れた敵らしき人影を警戒し、サッチーは身構える。
「あれは……、ゲリフォス……だべな?」
「ゲリフォス……何だっけ? ――どっかで聞いた様な……」
スカサリとサッチーは、リンキとグリヴァを守る様にゲリフォスの前に立ち塞がると、ゲリフォスの事を絞り出す様に思い出そうとしている。
「ギギギ……ワレ……アルジノテデ、アラタナチカラニメザメシ……メカ・ゲリフォス……」
現れたゲリフォスの身体は、右眼以外……全てが錆びた鉄と化しており、その顔には何の感情も浮かんではいなかった……。
「俺……、義手義足で良かったべ……」
「マジかよ……、マジパネェ……」
ゲリフォスはそんな二人の様子を、機械的に「ジジジ」と見つめると、周囲に甲羅を浮かべる。
「アルジノメイニヨリ、ワレ、オヌシラヲ、クチクスル」
――コール平野の戦いは、大詰めを迎えようとしていた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――イナックス大陸西部 テイラ国領土内――
「――ふぅ……、スッキリ!」
俺は漸く自由になった首をグルグルと回す。愛里の診察によると、両腕はともかく首に関してはもう良いとの事で、俺は解放感を味わっていた。
「おじちゃん、もういいの?」
「羽衣ちゃん、空で登るのは危ないから、それはまだ駄目!」
――このやり取りも何度目だろう……。羽衣ちゃんが頬を膨らませて拗ねている……。
「それは良いんだけどさ、おやっさん、まずはナキワオで良いのか?」
「ああ、取り敢えず、子供達を安全な所に避難させなきゃな」
コラキの質問に答えて、俺は羽衣ちゃん、タテ、ピトちゃんを順番に見る。――流石に、結構な規模の戦いになりそうだしな……。
「了解……、じゃあ、軽く向こうの戦力――つっても、ティス様が抜ける前の情報だけど……、教えておくぜ?」
「ああ、頼む」
――情報は宝ですよ……、コラキ君。
「――じゃあ、まず……」
コラキから聞いた情報によると――。
まず、主戦力は恐らく『四伯』最後の一人、ティグリで間違いないだろうとの事。
次に、『蝙伯獣』――ロパロ、コイツはティグリの副官的な地位にいるらしいが、あわよくばティグリを出し抜こうとしているらしい……。――そこに付け入るスキがあるかも、との事。
次に、『獅伯獣』夫婦――レオンとレーナ、何だか不憫な奥さんとの事……。――その情報は戦い辛いから要らなかった……。
次に、『蹄伯獣』――ボイディ、脚力自慢で頭の角が強力な武器だそうだ。
最後に、『鼬伯獣』――ニフィッツァ、地中から何かを爆発させるらしい……。――何かってなんだよ……。
「――って感じかな? まだいるにはいるけど、あんま知らないんだよな……ティス様が覚えてれば、分かるんだけど……」
「――あらぁ? 失礼ねぇ、私だってティグリちゃん? 君? 位は覚えてるわよぉ?」
「ティス様、それ、覚えてるって言わないの……」
「ペリ……名前、覚えてるだけ良いです」
ティス隊の面々は鳥の姿でも分かる程に、ガックリとしている。――うん、まあ……そこは、そんなに期待してなかったし……。
「――ペタリューダ、別働隊に関しては?」
「うーん……、あたくしが居た頃と変わってないなら、もう隊員はいないはずですわ?」
「――そうなると……、栗井博士達が何か切り札でも持っていない限りは……」
「そうだな……、次でケリが付きそうだな……」
愛里は不安そうな顔をしていたが、俺の「ケリ――」の辺りでホッとした顔に変わる。――さて、どうなるかな……。
「ん、エサ王、ぞろぞろ、ピリピリ、する」
――俺が頭の中でコラキからの情報を纏めていると、もも缶がキュルキュルとお腹を鳴らしながら、教えてくれた……。どうやら、結構な数の敵がいるらしい……。
「――おやっさん……、見えて来たぜ?」
――コラキに言われて、足元を見る。そこには懐かしの街、ナキワオが、旅立つ前と変わらずに写っていた……。




