再会前夜
続きです、よろしくお願いいたします。
――ウズウィンド大陸、イナックス大陸の中間地点海上――
「――うぅぅうぅぅ……」
――悠莉が俺の背中に抱きつき……、いや、肉を鷲掴みにして、ガチガチと震えている。
「悠莉……、痛い……」
「だ……、だって、寒いっ! ――何これ……、信じらんない……」
――まあ、そりゃ、そんな薄着ならな……。
「ゆうりちゃん、さむい? ティスちゃんのお背中ぎゅぅってすると、あったかいよ?」
「うぅぅぅ……? ――あ、ふかふか……」
「え……、本当? ――じゃあ、俺も……」
――羽衣ちゃんと悠莉を見習い、俺もティスさんの背中に抱き着き、その羽毛に身を委ねる……。
「――あ……、うん……ふか…………」
おお……、何と言う、ふかふ感……何だか眠くなって来た。――このまま……、少しだけ……。
「――あっ! つ、椎野さん? 悠莉ちゃん? 落ちちゃいますよ? あの……、聞いてますかっ?」
――ああ……、何だか、愛里の声が子守唄の様に心地良い……。
「――あたくし、あんなにも幸せそうな顔は見た事ありませんわ……。愛里姉様……、このままそっと眠らせて差し上げては……?」
「ピュイー、羽衣も、サラリも、ユウリも気持ち良さそう、ねえちゃ、ピトも寝て良い?」
「え……、でも……、良いのかしら……。――ピトちゃんは取り敢えず、ここに入って?」
――まどろみの中でも……、いや、まどろみの中だからこそ、俺はその瞬間を……、ピトちゃんが悠莉の胸元に潜り込む瞬間を見逃さなかった……っ! ――うん、目が覚めた。
「ふ、ふわぁあ……、あぶないあぶないねむるところだったぁ」
――『ポーカーフェイス』……フルバーストッ!
「――あたしもめがさめたあ」
俺が横目で状況確認をしようとした瞬間……、俺の頭蓋内にミシリと言う音が鳴り響く……。ああ、そうか……、俺はきっとまだ夢の中――。
「――って痛い痛いっ! 何だか知らないけどごめんなさいっ!」
――悠莉は無言で俺の頭から手を離すと、そのままティスさんに埋もれていく……。どうやら、寝惚けていたらしい……、何と心臓に悪い……。
「おじちゃん? おきた?」
「うん、お陰様で……って、羽衣ちゃん、危ないから今は登っちゃ駄目だぞ?」
もぞもぞと、俺の背中から頭に向けて、登頂を始めた羽衣ちゃんに注意して、大人しく座らせる。――俺がこんな腕でなければ、抱っこ位は出来たんだが……。取り敢えず、首のコルセットだけでも外してしまいたい……。
「――んん……、おじさん、駄目だからね? むち打ち症とか、後が怖いって言うし……」
――悠莉は、俺のギプスをコツコツと叩きながら、不安そうに言ってくる。しかしなぁ……。
「分かってるんだけどさぁ……、こう、両腕がこんなんだし、ムズムズするんだよな……」
「椎野さん、次の休憩の時にでも診ますから、今は我慢して下さいね?」
愛里はそう言うと、手で何か――この場合、俺の腕だろう――を抑える様な仕草をすると、俺の顔をジッと見て俺が両腕を下ろすのを待っている。仕方なしに、両腕を下ろすとその様子を見ていたハオカが、クスクスと笑っている。そして――。
「旦那さん、何どしたらそちらに行って、かいて上げまひょか?」
そう言って、俺の胸ポケットにしまってあるギルドカードを指差す。――呼べってか? 残念だけど、両腕が塞がってんだっつうの!
「――ふぃっ! は、ハオカ姉さん? ぼ、僕を置いて行くつもりですかっ?」
どうやら、タテはイグルの飛行速度が怖いらしく、ハオカの半纏をギュッと握り締め、涙目になっている。――自分で飛ぶのは平気なんだろうに、不思議なもんだ……。
「――フフ……、タテもマダマダッスネ……、コンナンハヒコウキトオモエバイインスヨ……」
「にく……、汗、くさい、わき腹、痛い、掴む、ダメ」
――ミッチーは白い歯をタテに見せつけながら、ガチガチと震え、もも缶のワンピースをその肉ごと掴んでいるらしく、もも缶が必死に引き剥がそうとしている。
「ん、ほんと、痛い、エサ王、たすけて」
そう言われてもな……、俺、今役立たず中ですし……。――仕方ないからもも缶に、ウィンクだけ送ってみる。
「ん、おぼえてろ……」
――やっぱり駄目か……。
「――チッ……、騒がしい奴らだ………………『四連鎖』!」
俺がもも缶と顔芸大会に勤しんでいると、ミミナを飛び立ってからずっと目を瞑り、黙っていた『チェイナー』――アクリダがぱちりと目を開き、全身に巻き付いた鎖を、俺、タテ、ミッチー、もも缶目がけて投げつけて来た。
「――え? ちょ、騒がしかったなら言ってくれれば――」
「黙ってろ………………うぐぅ!」
――その瞬間、俺の首からムズムズが消え去る……。
「――えっ」
周りを見ると、俺以外にも鎖を投げつけられた、タテ、ミッチー、もも缶が驚いた顔をしている。
――アクリダは左腕を捻って、手の平を右目の横にペタリと張り付け、右腕でその左腕の肘を支える様なポーズをバッチリと決め、左目を瞑ると、ボソリと呟き始める――。
「………………お前らの不快感……、鎖を通して俺が受け取った。――これで……、お、おま……」
どうやら、先程の鎖のスキルで俺のムズムズやタテ、ミッチーの恐怖感、もも缶の痛みを引き受けてくれたらしい……。
――ただ……、引き受けただけで、消してないと言う事は……当然……。
「……………………ああああああっ、痒い痒い怖い怖い怖痛い痛い痛いぃぃぃぃぃっ!」
――まあ、四人分だし、そうなるよなぁ……。
「――コラキィ……、取り敢えず、イナックス大陸に差し掛かったら一回休憩させてくれ……」
「――ん、分かった!」
何だか、俺……、コイツとはサッチー並みに仲良くなれそうな気がするっ!
――そんな期待を抱きながら、空の旅は終盤に差し掛かっていた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――ヘームストラ王国 コール平野――
「ぶぇっくしょいっ!」
「どした? ――風邪でも引いたか……よっと!」
「チチキキッキィッ!」
――踊る様にクルクルと大鎌が振るわれる……。
「――健康には気を使わないと駄目ですよ? 一家の大黒柱になるんですよ……ねっと!」
「「チキィッ!」」
――大きな銛は『創伯獣・改』二体を軽々と貫き、霧散させる……。
「うーん……、誰か噂でもしてんのか? ――穿て! 『鉄槍』!」
「チキッ!」
――叫び声と共に、二本の槍が空から現れ、『創伯獣・改』を串刺しにする……。
「何にしても、こら数が多すぎだろ……」
「『創伯獣』は量産しやすいのが売りだべ」
「――俺が知ってる『創伯獣』とはかなり違うんだけどなぁ……」
――井戸端会議でもしているかの様な四人の雰囲気に、周りの冒険者、騎士団達は口をポカンと開き、立ち止まっている。ワナンカでの開戦から、戦線自体はコール平野まで下がったものの、致命的な犠牲者は今のところ出ていない。何故なら――。
「――『咢』!」
黒褐色の甲冑を着た戦士――リンキが頭上高く大鎌を掲げ、そのままクルクルと大きく回転させ、横一閃に振り抜くと、数メートル先まで迫っていた『創伯獣・改』達が上下のパーツに分かれ、霧散していく……。
「アレが……、『牙鎌の貴公子』……!」
――誰ともなくそう呟くと、リンキは膝から崩れ落ち、恥ずかしそうに蹲る。すると、そんなリンキの様子を見て、面白そうに笑いながら銛使いの美女――グリヴァがリンキの背中をバンバン叩く。
「うふふ……、中々良い二つ名じゃないですか? ――坊やだった、リンキがこんなに大きくなって……、お姉さんは嬉しいですよ?」
「――うっせぇよ……婆――グボァッ」
――銛の柄で鳩尾を小突かれ、リンキは更に蹲る……。
「オレは良いと思うんだけどなぁ……」
三人はその間にも、迫りくる『創伯獣・改』を一匹、また一匹と消していく。――すると、グリヴァがピタリと銛の動きを止め、何かを考え始める。
「――何だか……遊ばれている気がしますね……」
「んぁ? 何の事だべ?」
グリヴァの呟きに、手足が銀色の義手義足となった小太りの男――スカサリが問い掛ける。
「いえ……、さっきから雑魚ばかりです。――隊長どころか、副隊長、現場指揮の者すら出て来ない……」
「それって、あれだべ? オレらのぱない強さにマジビビってんだろ?」
「違ぇよっ! ――多分アレだ……、囮って奴だろ?」
――リンキが正解と言わんばかりに、グリヴァは頷く。そして、クルリと後ろに控える冒険者と騎士団に告げる。
「――皆さん……、どうやら、私達はまんまと敵の囮に引っかかってしまった様です。今から、この辺りの雑魚を一掃しますので、急いでナキワオまで戻って下さいっ!」
そして、グリヴァは空を見上げ、丁度ナキワオ上空に浮かぶ幻月を見上げる。
「――胸がざわつきますね……。まさか……、あの方がいらっしゃる……?」
――その呟きは、今度は誰に聞こえるでも無く、戦場の音に掻き消されていった……。




