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大・出・張!  作者: ひんべぇ
第八章:鎖の国と……
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鍬と名刺

続きです、よろしくお願い致します。

「――『弓角』!」


 クワガタ型だったルカナスが、両手に構えた角――だった双剣を、柄の部分で繋げ、弓の形へと変え、俺達目がけてエネルギーの矢みたいなモノを射って来た。


「ふぉわ……、おじちゃん、お星さまみたい!」


「そうだねぇ……、でも、羽衣ちゃん……、危ないから立っちゃ駄目だよ?」


 俺は興味津々の羽衣ちゃんの頭を押さえて座らせると、『塗り壁』で矢の軌道を逸らす。そして、矢の攻撃による爆炎が舞い上がる中、透明にしたギルドカードの足場を宙に作っていく。


「――もも缶、分かるか?」


 俺は逸らしきれない矢をナイフとフォークで対処しているもも缶に声を掛ける。すると、もも缶は鼻をひくひくと動かし――。


「ん、良い匂い、エサ王、アレ、なに?」


 ――おお、成功したらしい……。正直、喜んでいいのか疑問だが、俺はもも缶に手元のギルドカードと、若干溶けかけの砂糖菓子を見せ、説明する。


「うん、ポケットの中にボンボンが入ってたんだけどな? 溶けてギルドカードに匂いが付いちまったんだが……、どうやら、この状態で分裂させたら、匂いま――」


 ――モキュッ!


「むぐぅ……、ほへは(それは)おはひは(お菓子が)ふへふ(ふえる)?」


 ――いつの間にか、ボンボンを乗せた俺の左手ごと、ボンボンに食らいついていたもも缶は、甲冑越しでも分かる位に弾む声で聞いて来た。


「もしかして、増えるかどうか聞いてるのか? ――もしそうなら、それは試してみないと分からん……が、取り敢えず、目の前の敵を何とかしないと、そんな時間は無――」


「――それ、早く、いって!」


 キュポンッとボンボンを飲み込んだもも缶は、迫って来た最後の矢を斬り捨てると、その場からジャンプした。そして、匂いを目印に、ギルドカードの足場を蹴り、宙を掛けて行く――。


「――おお、流石……」


「ももねーちゃん、うれしそう!」


 もも缶は、縦横無尽に配置した透明なギルドカードの弾力を上手く利用し、上下左右と跳ねる様にルカナスを攪乱している。


「ぬぅ……、童女めっ、空を駆けるか! ――ならば、某も……」


 ルカナスは背中の翅を広げると、ブゥンと音を立てて宙に浮かびあがる。そして、腕を大きく振りかぶると、そのまま弓状に繋げた角を投げた。


「喰らえぃ! 『飛角』!」


 ――ルカナスが投げた角は、ブーメランの様にクルクルと回転しながらもも缶に襲い掛かる。しかし、もも缶はそれをチラリと見る事すらしない……。


「『カトラリ・トング』」


 もも缶は、両手のナイフとフォークを繋ぎ合わせ、その形をまさしく巨大なトングに変え、飛んできた角をつまんでいた。


「――なぁ、そ、某の角ォッ!」


「ん、盗るの、ダメ、ゆうり、いってた、返す」


「ななななっ、ぬぉぉぉぉぉっ!」


 ――もも缶は、怒る悠莉を思い出したのか、身震いをすると、つまんでいた角をそのまま、ルカナスに投げ返す。角は、ルカナスが投げた時とは比べ物にならない勢いで飛んで行き、そのままルカナスを吹き飛ばしてしまった……。


「やっぱ、俺、ここにいなくても良かったんじゃ……?」


 ルカナスが飛んで行き、見えなくなった方向を見て、思わず呟いていると、もも缶が俺達の元に戻り、俺のスーツの袖をつまみながら、首を左右に振る。


「ん、それ、ダメ、もも缶、頑張れない」


 ――もも缶はそう言うと、甲冑姿から元のワンピース姿に戻り、俺に旋毛を差し出して来る。うん、俺……、次ギルド行ったらジョブが『チアガール』になってたりしないよな……?


「ん、ん!」


「あー、ういも!」


 ――俺がもも缶の頭をグリグリと撫でると、今度は羽衣ちゃんも旋毛を差し出してくるので、同じ様にグリグリと撫でておく。その時だった――。


「ん、エサ王っ! ――すごい、こわいの、来る!」


 もも缶は真っ青な顔で、汗をダラッダラ流しながら震えていた……。――もも缶がここまで怖がるって……、かなりヤバイ奴か?


「――分かった……、もも缶、お前は羽衣ちゃんを連れて他の皆と合流しろ……」


「――エサ王?」


「おじちゃん?」


 ――俺はもも缶が「こわいの」と言って見ていた方角に目を向け、身構える。そして、丁度目の前の茂みがガサガサと揺れる。


「来るかっ?」


 俺は周囲にギルドカードを展開し、いつでも奇襲出来る様に準備する。


「で、でも、エサ王……」


「大丈夫だ、安心しろ!」


 ――俺の気迫を受けてなのか、茂みはより激しくガサガサし始める。そして、もも缶はオロオロとしながら呟いた……。


「こわいの、ゆうり……」


「――は?」


 すると、茂みのガサガサはピタリと止まり、その中から……、ヒョコリと悠莉が顔だけ出して来た。――うん、何か凄い笑顔だ……。


「もーもー? ちょっと、来て?」


「ん……、エサ王、逝って、きます」


 ――もも缶は涙目で俺に手を振ると、そのままズルズルと茂みに引き込まれて行った……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――時は少し遡る。


「――うぅ……」


 カンタロとの激戦跡――クレーターから少し離れた所で、悠莉は頭を抱えて茂みに隠れていた。


「どうしよう……、破いちゃったし、今更戻って、切れ端拾うのもなぁ……」


 ――クレーターからは、未だにカンタロの満足げな「ふはは……」と言う笑い声が聞こえて来る。悠莉は、大きなため息を吐くと、誰にも見られない様に注意して茂みに隠れる。そして、とあるスキル――自身が仲間にもひた隠しにして来たスキルを発動させる。


「――『乙女の直感(ツチノメグリ)』……」


 悠莉は左右をキョロキョロと見回していたが、ある方角を見た瞬間、ピタリと動きを止める。


「ん……、何かこっちがドキドキするかな?」


 ――胸に手を当て、そう呟くとその方角に向けて真っ直ぐに駆けて行く。


「はぁ……はぁ……、あ、いた!」


 やがて、遠目にではあるが、椎野の姿を見つけると、安堵からか、その口がヘニャリと緩む。――しかし、もも缶が椎野の元に駆け寄り、羽衣と共に頭を撫でられる場面を見かけ……。


「――むぅ……」


 ――自分が一番に撫でられたかったと言う軽い嫉妬と、お土産の角を渡したら喜んでくれるかと言う不安、そんな気持ちが混ざり合った複雑な想いで角を強く握り、ミシミシと角を強く握り締める。


「ん? 何か……、ももが震えてる? ――怪我でもしたのかな?」


 今度は、もも缶を心配し、不安になり、そっと椎野達の近くの茂みに近付き、耳を傾ける。


「――え? な、何? おじさん、もしかして敵と勘違いしちゃってる?」


 ――咄嗟に茂みから出ようとするが、自分が下着姿である事を思い出し、出るに出られず、悶々とする――。それを何度か繰り返し、最終的には、我慢できずにもも缶を呼び出し、時は戻る――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おじちゃん、ももねーちゃんとゆうりちゃん、どこ行ったの?」


「――うん……、遠い、遠い所かな?」


 ――もも缶が茂みに引き込まれていく姿が、売られていく子牛と重なって見え、俺は羽衣ちゃんにそう答える。


「ふぅん? ひまー、おじちゃん、ひまー」


「そうだなぁ……、悠莉は「ここを動くな」って言ってけどなぁ……」


 ――ブンブンと勢いよく動く羽衣ちゃんの足が、肋骨に当たって地味に痛い……。悠莉、もも缶、早く帰って来てくれ。


「さっらりーまーん、ふっふふーんふーん! ――あ、おじちゃん、おじちゃん、なんかうごいた!」


 鼻歌まじりに、羽衣ちゃんが少し離れた茂みを指差す。――俺はてっきり、悠莉達が戻って来たのだと勘違いし……。


「――いたずら……するか?」


「おー、おじちゃん、ちょいわる?」


 ――ガサガサと動く物体の進行方向を予測し、『塗り壁』を仕掛ける。


「あんまり、いたくしちゃだめなの」


「了解!」


 そして、その物体が近付き、茂みから出た瞬間……。


 ――ゴインッ!


「――え?」


 仕掛けた『塗り壁』が割れる音がした。――俺は柔らかめとは言え、『塗り壁』が割れる程の勢いでぶつかって来たナニカに警戒し、羽衣ちゃんを地面に下ろし、俺の後ろに下がらせる。そして、俺は『塗り壁』の破壊と共に、地面にひっくり返ったソイツが立ち上がるのを確認し、冷や汗を流す……。そこには――。


「――おいおい……、確認はしようぜ? もも缶……」


「ぬぅ……、隙を突いたつもりであったが……。まさか、逆に罠を仕掛けられるとは……、やりおる……」


 先程、もも缶に吹き飛ばされた筈のルカナスが、額の辺りを押さえながらこちらを睨み付けていた。


「ぬ? 先程の童女はおらんのか? ――まあ良い、御仁……、いよいよ本番である! 名を聞こう……」


 ――ルカナスは両手に角を持ち、腰を低く構え、何時でも飛び出せるようにしている。


「――分かった……、ただ、この子は避難させても良いか?」


「某、子供をいたぶる趣味は無い……、そう言った筈である」


「ん、ありがとよ」


 俺は羽衣ちゃんに、もも缶達を呼んで来る様に頼み、その場から避難させ、改めてルカナスに向き直る。


「じゃあ、名乗らせて貰うよ……」


「ぬっ! 心して聞こう!」


 ――『ポーカーフェイス』……、いや、本当にクワガタ様をこういう形で騙すのは忍びないが。


「――私、『ファルマ・コピオス』の薬屋椎野と申します。以後、よろしくお願い致します」


 発動した『名刺交換』の効果と俺の名乗りで、ルカナスの表情は頭を下げる直前、驚きの色に染まる。


「――なぁっ……、お、お主……」


 ――ルカナスはスキルの効果に逆らおうとしているのか、下がりかける頭を何度も戻そうとして、硬直している……。


「逆にそっちの方が、ありがたいんだけどね……」


 この隙に、俺はルカナスの周囲を透明にしたギルドカードで埋め尽くす。そして、遂に――。


「そ、某……、び、ビオ様直属の虫伯獣部隊――『ルドラ』所属、『鍬伯獣』ルカナスと申――ウゴァッ!」


 ルカナスがスキルの効果に負け、勢いよく頭を下げると、丁度額の辺りに来る様に配置していた『塗り壁』に、強く頭を打ち付ける。


「――来い、ルカナス……」


 俺は手の平を上に向け、四つの指をチョイチョイと曲げ、挑発する様にルカナスを見る。


「く……、まさかまさか……、ツチノ殿と言ったか? どうやら、お主達は、確実に仕留めねばならんようだな……」


 ――先程までのバトルジャンキーの雰囲気は消え、ルカナスは焦る様に、俺を見ている。何だろう……、探ってみるか?


「――どうした? 俺達がここにいるのが、そんなに不思議か? ここに……、この国に来る様に仕向けたのはお前らだろ?」


「――ぬぐっ!」


 あれ……? 何か、思いっ切り「マズッ」って顔になったな……。


「もしかして……、ティスさんは囮か何かで、その隙にお前らがここで何かする筈だったか? ――いや、それなら最初から配置しないで、俺達を呼ばない方が……、なら……」


「ぬぬっ、もう良いであろう! ――始めようぞ!」


 囮は正解かな? ――って事は、俺達をここに食い止める事、来させる事が目的か? それにしては、俺達がこいつ等と戦う事は想定外っぽいし……。――あっ。


「もしかして……、ビオさんって栗井博士達にも秘密でお前た――」


「――殺すっ!」


 その先は言わせないとばかりに、ルカナスが突っ込んでくる。――ええ? 何、あそこ、仲間割れでもしてんの?


「――『札落とし』……」


 ――ツルッ!


「ぬぉっ!」


 ルカナスの勢いにビビッてしまったけど……。正直、焦って突っ込んで来てくれたお蔭で、色々仕掛けやすくはある……。


「ふぅ……、後は、なるべく時間稼ぐか……」


「――ぬぐぐ……、某を……、馬鹿にするのか?」


 ――どうやら、「時間稼ぐ」を「遊ぶ」と勘違いしたらしい……。いえ、単純に勝てないから逃げる気満々なだけです……。


「――だとしたら……?」


 ルカナスは顔を真っ赤にして、俺を睨み付けている。――怖い……。――何とか『ポーカーフェイス』で平静を装い、頭の中で『COOL!』と三回程唱え、ルカナスを睨み返す。


「某を……、舐めるなよ? ――『タランドゥス』!」


 ――ルカナスは両手の角を頭に付け直すと、そのままスキルを発動する。すると、徐々に頭の角が短くなり、その身体を艶々と輝かせ始めた。そして、再び角を今度は、逆手で持ち、俺を見てニヤリと笑い――。


「――『怒振剣』!」


 ルカナスは両手を交差させ、角から耳障りな音を出すと、そのまま俺に向かって真っ直ぐに突っ込んで来た。


 ――ゴゴゴインッ!


「――っ! 『霞』!」


 地面に仕掛けた『札落とし』も一蹴りで迫られたら、意味が無い……。――何重もの『塗り壁』をあっさりと破壊して来るルカナスを見て、俺は正直、背筋が凍る思いだった……。


「ぬ……、消えた? まさか……、某より速いとはっ」


「――危ねぇ……、念には念を……って奴だな」


 ――それにしても、ルカナスが変な勘違いを抱えたままなお蔭で、ドンドン油断してくれなくなって来ている……。


「やり辛らい……」


 俺はため息を吐きつつも、何だか妙な体調の良さを感じ、更に罠を仕掛けていくのだった……。

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