鍬と名刺
続きです、よろしくお願い致します。
「――『弓角』!」
クワガタ型だったルカナスが、両手に構えた角――だった双剣を、柄の部分で繋げ、弓の形へと変え、俺達目がけてエネルギーの矢みたいなモノを射って来た。
「ふぉわ……、おじちゃん、お星さまみたい!」
「そうだねぇ……、でも、羽衣ちゃん……、危ないから立っちゃ駄目だよ?」
俺は興味津々の羽衣ちゃんの頭を押さえて座らせると、『塗り壁』で矢の軌道を逸らす。そして、矢の攻撃による爆炎が舞い上がる中、透明にしたギルドカードの足場を宙に作っていく。
「――もも缶、分かるか?」
俺は逸らしきれない矢をナイフとフォークで対処しているもも缶に声を掛ける。すると、もも缶は鼻をひくひくと動かし――。
「ん、良い匂い、エサ王、アレ、なに?」
――おお、成功したらしい……。正直、喜んでいいのか疑問だが、俺はもも缶に手元のギルドカードと、若干溶けかけの砂糖菓子を見せ、説明する。
「うん、ポケットの中にボンボンが入ってたんだけどな? 溶けてギルドカードに匂いが付いちまったんだが……、どうやら、この状態で分裂させたら、匂いま――」
――モキュッ!
「むぐぅ……、ほへは、おはひは、ふへふ?」
――いつの間にか、ボンボンを乗せた俺の左手ごと、ボンボンに食らいついていたもも缶は、甲冑越しでも分かる位に弾む声で聞いて来た。
「もしかして、増えるかどうか聞いてるのか? ――もしそうなら、それは試してみないと分からん……が、取り敢えず、目の前の敵を何とかしないと、そんな時間は無――」
「――それ、早く、いって!」
キュポンッとボンボンを飲み込んだもも缶は、迫って来た最後の矢を斬り捨てると、その場からジャンプした。そして、匂いを目印に、ギルドカードの足場を蹴り、宙を掛けて行く――。
「――おお、流石……」
「ももねーちゃん、うれしそう!」
もも缶は、縦横無尽に配置した透明なギルドカードの弾力を上手く利用し、上下左右と跳ねる様にルカナスを攪乱している。
「ぬぅ……、童女めっ、空を駆けるか! ――ならば、某も……」
ルカナスは背中の翅を広げると、ブゥンと音を立てて宙に浮かびあがる。そして、腕を大きく振りかぶると、そのまま弓状に繋げた角を投げた。
「喰らえぃ! 『飛角』!」
――ルカナスが投げた角は、ブーメランの様にクルクルと回転しながらもも缶に襲い掛かる。しかし、もも缶はそれをチラリと見る事すらしない……。
「『カトラリ・トング』」
もも缶は、両手のナイフとフォークを繋ぎ合わせ、その形をまさしく巨大なトングに変え、飛んできた角をつまんでいた。
「――なぁ、そ、某の角ォッ!」
「ん、盗るの、ダメ、ゆうり、いってた、返す」
「ななななっ、ぬぉぉぉぉぉっ!」
――もも缶は、怒る悠莉を思い出したのか、身震いをすると、つまんでいた角をそのまま、ルカナスに投げ返す。角は、ルカナスが投げた時とは比べ物にならない勢いで飛んで行き、そのままルカナスを吹き飛ばしてしまった……。
「やっぱ、俺、ここにいなくても良かったんじゃ……?」
ルカナスが飛んで行き、見えなくなった方向を見て、思わず呟いていると、もも缶が俺達の元に戻り、俺のスーツの袖をつまみながら、首を左右に振る。
「ん、それ、ダメ、もも缶、頑張れない」
――もも缶はそう言うと、甲冑姿から元のワンピース姿に戻り、俺に旋毛を差し出して来る。うん、俺……、次ギルド行ったらジョブが『チアガール』になってたりしないよな……?
「ん、ん!」
「あー、ういも!」
――俺がもも缶の頭をグリグリと撫でると、今度は羽衣ちゃんも旋毛を差し出してくるので、同じ様にグリグリと撫でておく。その時だった――。
「ん、エサ王っ! ――すごい、こわいの、来る!」
もも缶は真っ青な顔で、汗をダラッダラ流しながら震えていた……。――もも缶がここまで怖がるって……、かなりヤバイ奴か?
「――分かった……、もも缶、お前は羽衣ちゃんを連れて他の皆と合流しろ……」
「――エサ王?」
「おじちゃん?」
――俺はもも缶が「こわいの」と言って見ていた方角に目を向け、身構える。そして、丁度目の前の茂みがガサガサと揺れる。
「来るかっ?」
俺は周囲にギルドカードを展開し、いつでも奇襲出来る様に準備する。
「で、でも、エサ王……」
「大丈夫だ、安心しろ!」
――俺の気迫を受けてなのか、茂みはより激しくガサガサし始める。そして、もも缶はオロオロとしながら呟いた……。
「こわいの、ゆうり……」
「――は?」
すると、茂みのガサガサはピタリと止まり、その中から……、ヒョコリと悠莉が顔だけ出して来た。――うん、何か凄い笑顔だ……。
「もーもー? ちょっと、来て?」
「ん……、エサ王、逝って、きます」
――もも缶は涙目で俺に手を振ると、そのままズルズルと茂みに引き込まれて行った……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――時は少し遡る。
「――うぅ……」
カンタロとの激戦跡――クレーターから少し離れた所で、悠莉は頭を抱えて茂みに隠れていた。
「どうしよう……、破いちゃったし、今更戻って、切れ端拾うのもなぁ……」
――クレーターからは、未だにカンタロの満足げな「ふはは……」と言う笑い声が聞こえて来る。悠莉は、大きなため息を吐くと、誰にも見られない様に注意して茂みに隠れる。そして、とあるスキル――自身が仲間にもひた隠しにして来たスキルを発動させる。
「――『乙女の直感』……」
悠莉は左右をキョロキョロと見回していたが、ある方角を見た瞬間、ピタリと動きを止める。
「ん……、何かこっちがドキドキするかな?」
――胸に手を当て、そう呟くとその方角に向けて真っ直ぐに駆けて行く。
「はぁ……はぁ……、あ、いた!」
やがて、遠目にではあるが、椎野の姿を見つけると、安堵からか、その口がヘニャリと緩む。――しかし、もも缶が椎野の元に駆け寄り、羽衣と共に頭を撫でられる場面を見かけ……。
「――むぅ……」
――自分が一番に撫でられたかったと言う軽い嫉妬と、お土産の角を渡したら喜んでくれるかと言う不安、そんな気持ちが混ざり合った複雑な想いで角を強く握り、ミシミシと角を強く握り締める。
「ん? 何か……、ももが震えてる? ――怪我でもしたのかな?」
今度は、もも缶を心配し、不安になり、そっと椎野達の近くの茂みに近付き、耳を傾ける。
「――え? な、何? おじさん、もしかして敵と勘違いしちゃってる?」
――咄嗟に茂みから出ようとするが、自分が下着姿である事を思い出し、出るに出られず、悶々とする――。それを何度か繰り返し、最終的には、我慢できずにもも缶を呼び出し、時は戻る――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おじちゃん、ももねーちゃんとゆうりちゃん、どこ行ったの?」
「――うん……、遠い、遠い所かな?」
――もも缶が茂みに引き込まれていく姿が、売られていく子牛と重なって見え、俺は羽衣ちゃんにそう答える。
「ふぅん? ひまー、おじちゃん、ひまー」
「そうだなぁ……、悠莉は「ここを動くな」って言ってけどなぁ……」
――ブンブンと勢いよく動く羽衣ちゃんの足が、肋骨に当たって地味に痛い……。悠莉、もも缶、早く帰って来てくれ。
「さっらりーまーん、ふっふふーんふーん! ――あ、おじちゃん、おじちゃん、なんかうごいた!」
鼻歌まじりに、羽衣ちゃんが少し離れた茂みを指差す。――俺はてっきり、悠莉達が戻って来たのだと勘違いし……。
「――いたずら……するか?」
「おー、おじちゃん、ちょいわる?」
――ガサガサと動く物体の進行方向を予測し、『塗り壁』を仕掛ける。
「あんまり、いたくしちゃだめなの」
「了解!」
そして、その物体が近付き、茂みから出た瞬間……。
――ゴインッ!
「――え?」
仕掛けた『塗り壁』が割れる音がした。――俺は柔らかめとは言え、『塗り壁』が割れる程の勢いでぶつかって来たナニカに警戒し、羽衣ちゃんを地面に下ろし、俺の後ろに下がらせる。そして、俺は『塗り壁』の破壊と共に、地面にひっくり返ったソイツが立ち上がるのを確認し、冷や汗を流す……。そこには――。
「――おいおい……、確認はしようぜ? もも缶……」
「ぬぅ……、隙を突いたつもりであったが……。まさか、逆に罠を仕掛けられるとは……、やりおる……」
先程、もも缶に吹き飛ばされた筈のルカナスが、額の辺りを押さえながらこちらを睨み付けていた。
「ぬ? 先程の童女はおらんのか? ――まあ良い、御仁……、いよいよ本番である! 名を聞こう……」
――ルカナスは両手に角を持ち、腰を低く構え、何時でも飛び出せるようにしている。
「――分かった……、ただ、この子は避難させても良いか?」
「某、子供をいたぶる趣味は無い……、そう言った筈である」
「ん、ありがとよ」
俺は羽衣ちゃんに、もも缶達を呼んで来る様に頼み、その場から避難させ、改めてルカナスに向き直る。
「じゃあ、名乗らせて貰うよ……」
「ぬっ! 心して聞こう!」
――『ポーカーフェイス』……、いや、本当にクワガタ様をこういう形で騙すのは忍びないが。
「――私、『ファルマ・コピオス』の薬屋椎野と申します。以後、よろしくお願い致します」
発動した『名刺交換』の効果と俺の名乗りで、ルカナスの表情は頭を下げる直前、驚きの色に染まる。
「――なぁっ……、お、お主……」
――ルカナスはスキルの効果に逆らおうとしているのか、下がりかける頭を何度も戻そうとして、硬直している……。
「逆にそっちの方が、ありがたいんだけどね……」
この隙に、俺はルカナスの周囲を透明にしたギルドカードで埋め尽くす。そして、遂に――。
「そ、某……、び、ビオ様直属の虫伯獣部隊――『ルドラ』所属、『鍬伯獣』ルカナスと申――ウゴァッ!」
ルカナスがスキルの効果に負け、勢いよく頭を下げると、丁度額の辺りに来る様に配置していた『塗り壁』に、強く頭を打ち付ける。
「――来い、ルカナス……」
俺は手の平を上に向け、四つの指をチョイチョイと曲げ、挑発する様にルカナスを見る。
「く……、まさかまさか……、ツチノ殿と言ったか? どうやら、お主達は、確実に仕留めねばならんようだな……」
――先程までのバトルジャンキーの雰囲気は消え、ルカナスは焦る様に、俺を見ている。何だろう……、探ってみるか?
「――どうした? 俺達がここにいるのが、そんなに不思議か? ここに……、この国に来る様に仕向けたのはお前らだろ?」
「――ぬぐっ!」
あれ……? 何か、思いっ切り「マズッ」って顔になったな……。
「もしかして……、ティスさんは囮か何かで、その隙にお前らがここで何かする筈だったか? ――いや、それなら最初から配置しないで、俺達を呼ばない方が……、なら……」
「ぬぬっ、もう良いであろう! ――始めようぞ!」
囮は正解かな? ――って事は、俺達をここに食い止める事、来させる事が目的か? それにしては、俺達がこいつ等と戦う事は想定外っぽいし……。――あっ。
「もしかして……、ビオさんって栗井博士達にも秘密でお前た――」
「――殺すっ!」
その先は言わせないとばかりに、ルカナスが突っ込んでくる。――ええ? 何、あそこ、仲間割れでもしてんの?
「――『札落とし』……」
――ツルッ!
「ぬぉっ!」
ルカナスの勢いにビビッてしまったけど……。正直、焦って突っ込んで来てくれたお蔭で、色々仕掛けやすくはある……。
「ふぅ……、後は、なるべく時間稼ぐか……」
「――ぬぐぐ……、某を……、馬鹿にするのか?」
――どうやら、「時間稼ぐ」を「遊ぶ」と勘違いしたらしい……。いえ、単純に勝てないから逃げる気満々なだけです……。
「――だとしたら……?」
ルカナスは顔を真っ赤にして、俺を睨み付けている。――怖い……。――何とか『ポーカーフェイス』で平静を装い、頭の中で『COOL!』と三回程唱え、ルカナスを睨み返す。
「某を……、舐めるなよ? ――『タランドゥス』!」
――ルカナスは両手の角を頭に付け直すと、そのままスキルを発動する。すると、徐々に頭の角が短くなり、その身体を艶々と輝かせ始めた。そして、再び角を今度は、逆手で持ち、俺を見てニヤリと笑い――。
「――『怒振剣』!」
ルカナスは両手を交差させ、角から耳障りな音を出すと、そのまま俺に向かって真っ直ぐに突っ込んで来た。
――ゴゴゴインッ!
「――っ! 『霞』!」
地面に仕掛けた『札落とし』も一蹴りで迫られたら、意味が無い……。――何重もの『塗り壁』をあっさりと破壊して来るルカナスを見て、俺は正直、背筋が凍る思いだった……。
「ぬ……、消えた? まさか……、某より速いとはっ」
「――危ねぇ……、念には念を……って奴だな」
――それにしても、ルカナスが変な勘違いを抱えたままなお蔭で、ドンドン油断してくれなくなって来ている……。
「やり辛らい……」
俺はため息を吐きつつも、何だか妙な体調の良さを感じ、更に罠を仕掛けていくのだった……。




