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大・出・張!  作者: ひんべぇ
第八章:鎖の国と……
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拳と角

続きです、よろしくお願い致します。

 ――悠莉とカンタロの戦い開始、五分前。


「――拙者の相手を一人でする気か……?」


 腕を組み、不愉快そうな表情でカンタロは悠莉を睨み付けていた。


「そうだけど? ――何か、文句あるの?」


「ククッ……、舐められたものだ」


 そう言いつつも、カンタロの表情は更に険しくなり、組んでいる自らの腕を力強く掴み、ミシミシと音を鳴らしている。


「――あっ、名前……」


 悠莉はそんなカンタロを興味なさげに見ながら、ふと、思い出した様に呟いた――。


「何だ?」


「アンタの名前、一応、もう一回聞いておいてあげる」


 ――その瞬間、悠莉とカンタロの間の空気が急速に張り詰め、カンタロの身体から怒りの余りなのか、湯気が立ち始める。


「――良いだろう、冥土の土産だ……。拙者は、『兜伯獣』のカンタロ、『鍬伯獣』ルカナスと共に、女王バシリッサ様とビオ様に忠誠を誓った双璧の戦士である!」


 そう言うと、カンタロは胸を張り、角を空に突き刺す様にピンっと立てた。


「ふぅん……、女王蜂の取り巻きって奴かぁ。じゃあ、あたしも名乗らないとね――」


 ――角を立てたカンタロに対抗する為か、悠莉は両手を腰に当て、ふんぞり返りながら、カンタロに名乗りを上げようとする。しかし、カンタロは右手の平を悠莉に向けて差し出し、止める――。


「悪いが拙者、貧しい小娘の名前に興味などはない、バシリッサ様とはいかないまでも、せめて、人並み以上に胸部を膨らませてから出直してくるが良い……」


 悠莉の胸を見て、小馬鹿にする様に告げたカンタロの言葉に、今度は悠莉の表情が厳しくなる。


「――そう言えば……、おじさんがアンタの角、気にしてたっけ? 折ってお土産に持って帰ったら……撫でて貰えるかな?」


 悠莉は拳を握り、パキパキと音を鳴らしながらカンタロに向かって微笑む。


「ふふふ……、中々面白い小娘だ、拙者に勝てる気なのか? それとも、泣いて角を譲って下さいとでも言う気か? ――どちらにしても、無理な話だがな」


 同じ様にミシミシと自分の腕を掴みながら、カンタロも悠莉に向かってニカリと笑う。


「ふふふふふふ……」


「ふはははははは……」


 ――二人は更に強く睨み合い、その気迫だけで周囲の動物や魔獣が逃げ出していく……。


 ――そして、二人は同時に構え、叫ぶ……。


「「くたばれっ!」」


 二人の武器は共に『ナックル』、互いに大きく一歩踏み出し、目の前の怨敵を狙い定める――。


「うーにゃっ!」


「ほぁたぁっ!」


 ――そして、二人の拳がぶつかり、それを合図に戦いが始まった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――ぬぅっ!」


 ――数発のせめぎ合いを重ね、カンタロは悠莉を甘く見過ぎていた事を悔やんでいた。


「――どうしたの? まだ、あたし、全っ然くたばってないんだけど?」


「ふん、それは拙者の台詞よ……。――だが、小娘、拙者がお前を過小評価していた事は認めよう、名乗りを上げるがいい」


 ――その言葉を聞き、悠莉は八重歯を見せ、ニパッと笑うと、そのまま舌を出し――。


「バァーカ!」


 そう言って、カンタロに向けて『あっかんべ』の仕草を取った。


「――グヌヌヌ、ちょこざいな小娘め、名を……、名を名乗れと言っただろうがぁっ!」


 顔を真っ赤にしたカンタロは、悠莉に向けて拳を放つが、悠莉は怒りで単調となった拳をひらりと交わすと、がら空きとなったカンタロの横っ腹に拳を静かに添える。


「――モカナート様直伝……『スアレス』」


 ――拳から、カンタロの内部に衝撃が走り、カンタロは苦悶に満ちた表情に変わる。


「ガァ……っ!」


「更に、師匠(イリャーカ様)直伝っ、『鋼鉄粉砕』!」


 悠莉は、カンタロの象徴――角を目がけて拳を放つ。しかし、カンタロはギリギリで上体を逸らし、その拳を避ける。そして――。


「させんぞぉ……、『ジムシ』ィ!」


 カンタロは、上体を逸らしたまま、更に身体を捻り、その足で回し蹴りを、悠莉目がけて打ち放つ。


「――うにゃっ! 『三等星(サード)』ォ!」


 悠莉は、その蹴りの先端――つま先に、拳をぶつける。――二人はその打ち合いの衝撃で三メートル程後退り、互いを驚いた表情で睨み付ける。


「――何と……」


 ――カンタロは、僅かにヒビの入った自らのつま先を見て、更に驚き、悠莉を見る。


 悠莉もまた、衝撃の痺れが残る拳を見て、カンタロを見る。そして――。


「――悠莉よ……」


「ぬ?」


 カンタロは、一瞬、何を言われたか理解が追い付かなかったが、それが悠莉の名前だと理解すると、口の端を上げ、僅かに微笑み、悠莉を先程とは違う、敬意のこもった表情で再び睨み付ける。


「――戦士として非礼を詫び、改めて名乗ろう……『兜伯獣』、カンタロだ。力強き小娘よ、尋常に勝負!」


「――『拳法家』、宇津井悠莉、全力でお相手致します!」


 そして、二人は互いの出方を伺い、睨み合う……。


「――せいっ、『突き上げ』!」


 ――先に動いたのは、カンタロであった。カンタロは、滑る様な足運びで悠莉の目前に近付くと、その拳を突き上げ、悠莉の顎を狙う。


「はやっ!」


 悠莉は咄嗟に、しゃがみ込み、その拳を避けるが頭上スレスレを拳が通過したため、その風圧で少しだけ重心のバランスが崩れ、足元をふらつかせる。


「まさか……、これを避けるとはっ」


「離れ……ろっ! 『一等星(ファースト)』!」


 ふらつきながら、悠莉は横薙ぎの蹴りをカンタロの胴に向けて放つ。


「――グゥゥゥオオオオオッ!」


「――えっ?」


 悠莉の蹴りは空を切っていた。そして、カンタロはその背の翅を広げ、宙に浮かんでいた。


「ふふふ……、まさか、ここまで晒す事になるとはな……」


「うそ……、カブト虫って飛べるんだ……、虫カゴの中にしかいないと思ってた……」


 ――悠莉の呟きは、カンタロにしっかりと聞こえており、カンタロは再び苛立ちかけるが、何とかそれを抑える。


「まぁ、拙者は寛大な男だ……、無知は見逃してやる。――しかし、ユウリよっ、貴様の命は見逃さんぞ! 『コーカサス』!」


 カンタロは、宙でクルリと一回転すると、そのまま悠莉の頭を目がけてかかとを振り下ろす。――悠莉は、その速さに一瞬、焦った表情を見せるが、すぐさま覚悟を決めた表情に変わり、叫ぶ。


「――『二等星(セカンド)』ォォォッ! うーにゃぁっ!」


 カンタロのかかと落としと、悠莉の頭突きがぶつかり合い、衝撃で地面がクレーターの様に抉れていく。二人は、そのまま競り合いを続けたが、一分程した頃――。


「――だぁっ!」


「――ぬぉっ!」


 ――僅かな力のズレからか、互いの身体を支えきれず、吹き飛ばされてしまった。悠莉は、背後の強くぶつかり、カンタロもまた、空から落下する形で地面に激突する。


「はぁ……はぁ……」


「……小娘ぇ」


 悠莉も、カンタロも、互角の戦いを楽しむ様に睨み合っていたが、互いに体力が少なくなってきた事を感じ、互いに奥の手を出す事を考えていた――。


「――名残惜しいが、そろそろ終わりにしよう……、拙者はバシリッサ様の元に行かねばならん」


 カンタロが身体の損傷を確かめる様に伸びをすると、悠莉もそれに合わせる様に深呼吸を始める。


「――ふぅぅぅぅ……、それを言うなら、あたしだっておじさんの所に行かないとなんだから、お互い様よ?」


 ――そして、どちらからともなく笑い出す。


「ふははははははっ! ――貴様との戦い、楽しかったぞ? 拙者をここまで追い込んだ事を誇りに思い、逝くが良いっ、『鋼体』!」


 ――カンタロがスキルを発動した直後、カンタロの角の背後から、更に大きな角が現れる。――そして、その状態からカンタロは更に翅を広げる。


「――これが、拙者の奥の手よっ! 『鋼体』と言う身体強化スキルで自らを鋼と化し、更にそこから発動させる『ハーキュリー』によって自らを矢と化して放つ高速の一撃よっ! 避けるも守るも無意味、せめて苦しまずに逝け!」


 カンタロは心から悠莉を惜しみ、涙を流しながら力を溜めていた。しかし――。


「やっぱり、似た様なジョブだと、似た様な奥の手になるのかなぁ……。あたしも、そっち(鋼体)が良かったんだけどな……」


 悠莉はそう呟き、ため息を吐きながら、カンタロとの戦いでボロボロになった服を破り、上下の下着だけの格好になる。


「ぬぅっ? ――気でも狂ったか? 色仕掛けで、命乞いでもする気か? 見損ないはしないが、流石にそのボリュームでは、拙者は落とせんぞ……?」


 ――そうして、カンタロは悠莉の躊躇いを打ち砕き、押してはいけないスイッチを踏み抜いた……。


「――く・た・ば・れ! 『銅龍の系譜』!」


 それが戦闘の場でなければ、思わず見惚れてしまいそうな程の笑顔で、ニパッと八重歯を覗かせた瞬間、悠莉の身体がピンクゴールドの光を放ち始める。


「――それが……、お主の奥の手か……」


 ――悠莉の身体を覆う光は、そのまま薄いピンクの羽衣となり、悠莉の身体を宙に持ち上げ、その身体の周囲でプカプカと浮かんでいる。


「――それじゃ、決着つけよ?」


「………………はっ!」


 思わず悠莉に見惚れていたカンタロは、その場から一歩下がり、迷いを掻き消す様に頭を左右に振る。そして――。


「――本当に……、惜しい……『ハーキュリー』!」


「あははっ、お世辞でも嬉しいよ?」


 ――悠莉の答えを聞くか、聞かないかのタイミングで、カンタロは黒い光となり、悠莉目がけて飛んで行く。そして、悠莉はそれ(カンタロ)の到着を待つ事無く、呟く――。


「『ミーティア・ストライク』……」


 羽衣が悠莉の背中に固定され、力強く輝き、ピンクゴールドの粒子を放出し始める。そして、そのピンクゴールドの粒子は翼の様に、悠莉の背中で羽ばたき、悠莉の身体を押す。


 そして、黒い矢――カンタロの拳と、ピンクゴールドの流星――悠莉の蹴りがぶつかり合う。


「ぬぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「うんにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ――激しい閃光が辺りを包み込み、周囲の木々をなぎ倒し、地面を抉り巨大なクレーターを作り上げていく。


 ――どれ程の間、ぶつかり合っていたか、時間の感覚が薄れてきた頃……。


「――美しい……」


 それが、ふとした油断だったのか、負けを認めたからなのか……、カンタロのその言葉を切っ掛けに、拮抗していた二人のバランスは崩れ、悠莉の蹴りがカンタロの拳を砕き、そして――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――ふぅ……」


 クレーターからよじ登ると、悠莉はクレーターの爆心地、その中心で、仰向けになっているカンタロを見る。


「ふ……はは……、ま……さか、拙……者が、負……けると……は……」


 ――息も絶え絶えにそう呟くと、カンタロは自らの角をボキリと折り、悠莉に向かって投げつける。


「えっと……?」


 そして、悠莉に向かって答える。


「『お……じさ……ん』と、や……らに、上げるの……だろう? 持っていけ……」


「――うん……、ありがと……」


 ――そして、悠莉はペコリと頭を下げ、椎野のいる場所を目指して、走り出した……。

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