暗躍の中の暗躍
続きです、よろしくお願い致します。
「拙者の拳、受けてみよ!」
――最初に動いたのはカブト様だった……。
「――クッ……」
俺達は未だに、蜂の上だ。今のところは、『塗り壁』で威力を逸らし、蜂が盾になっているお蔭でその拳が届いてはいないが……。
「おやっさん、脱出準備完了ッス!」
ミッチーは驚きつつも、しっかりと皆をこの状況から脱出させる為に動いてくれている。
「――分かった」
そう俺が答えると、ミッチーは俺を抱えて蜂の上から飛び降り――。
「って、怖い怖い怖い!」
「我慢して欲しいッス! 羽衣とかは喜んでたっスよ?」
「――無理、高い所は平気だけど、飛び下りは無理っ!」
――直後、俺達が座っていた椅子が、蜂の群れごと粉みじんになる場面が視界に入り込んでくる……。
「――こっちの方がマシッスよね?」
俺は無言で頷いた……。――命あっての物種……だよね?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――儂の蜂をやってくれたのはそなた等かえ?」
地面に着地した俺達に向かって、蜂っぽい女性が一歩前に出て、声を掛けてくる。その蜂女に続く様に、クワガタ様と、後から着地したカブト様が蜂女の両脇に立つ。
「えっ? いや、それやったの、アンタの仲間じゃない?」
――おお……、流石、悠莉。カブト様が少しビクッとしている。
「儂はその様な答えは求めておらぬ。――そなた等のせいで、儂の部下が、儂の蜂を砕く羽目になったと言うておる……」
蜂女は扇子でその口元を隠しているが、歯ぎしりの音がしているから、悠莉に突っ込まれて結構悔しがっている様だ。俺が、そんな蜂女を見ていると、その視線に気付いたのか、クワガタ様が俺と蜂女の間に入り込む様に、前に出る。
「某、『鍬伯獣』のルカナスと申す。――申し訳ないが、そこの御仁、女王に対するその視線……、万死に値する!」
それだけ言うと、クワガタ様――ルカナスは、その頭の両角を取り外す……。
「――はぁっ?」
――駄目だろっ! それはっ!
「ぬっ! 御仁……、その殺気! 成程、先の女王のおみ足に向けられていた不埒な視線は、某を挑発する為の罠であったか……。危うく、引っかかるところであったわ! ――しかし残念であったな、某は、その様な罠に引っかかる程、弱くは無いわ!」
何か、ルカナスの警戒度が上がった? しかも、余計な事言ってくれたせいで、悠莉とハオカが凄い睨んできてるし。
「――おじさん? 後で……ね?」
「はい……」
クソ……、ちょっと位、良いじゃないか……。
「――ぬぅ……、某の構えを前にその余裕……、相手にとって不足は無いっ! いざ、尋常に勝負!」
――ルカナスは、腰を低くし、右手に持った角を水平に俺達の方に突き出し、左手に持った角を空に向けている。様になっているとは思うが……、正直、角を捨てたカブト様――いや、ルカナスに遠慮は無用だ!
「ふんっ!」
俺はギルドカードを展開し、ルカナスと対峙する。
「ふふふ……、心地良い殺気である! 女王――バシリッサ様、某、これより趣味に興じたく、わがままをお許し願いたいっ」
すると、蜂女――バシリッサは扇子で顔を隠したままクスクスと笑い、告げた――。
「――許す、その者の四肢を落として、儂の前に持って参れ……、記念に、儂の種となって貰おうかの?」
――種……、ちょっと心惹かれるが……、何か怖いから遠慮しておこう……。人知れず決意を固めていると俺の隣に、もも缶がやって来た。
「どうした?」
「ん、ゆうり、エサ王、心配だから、見張って来いって」
もも缶は、どこに持っていたのか『モモ缶』をモチャモチャと食べながらそう言った。
「んん? 見張る? 見守るじゃなくて?」
何か気になる言い方だったので、ふと悠莉を見ると――。
「ん? なぁに?」
――怖い……、そのニパッとした笑顔が今は怖い、八重歯が牙に見えてしまうのは、俺の気にし過ぎだろうか……? あれ? 見張るって、俺が心惹かれた事を言ってる?
「――お、おっけぇ……、これ、絶対、負けられない」
「ん、それでいい、ゆうり、こわい」
――そして、俺達は背後の鬼に怯えながら、目前のルカナスと向き合い始めた……。
「――ふむ、これは面白い余興じゃの? これ、カンタロ……」
「はっ、拙者をお呼びでしょうか?」
ジリジリと相手の出方を探り合う俺達を見て、バシリッサはカブト様――カンタロ様を呼びつける。――クッ……、個人的にカブト様が従う姿を見るのは辛い……。
「エサ王、よそみ、ダメ……、ゆうり、こわい」
「ん、ああ、すまん」
しかし、ルカナスの方もバシリッサの声が気になる様で、余所見をしている。――これ幸いと、俺も話に耳を傾ける。
「ビオ様から、木偶の坊と、新品を預かっていたであろう? ――それを出せ」
バシリッサは扇子を持っていない方の手で、カンタロ様に「クレクレ」と手を動かしている。しかし、カンタロ様はそれを苦い顔で見つめ――。
「――っ! し、しかしながら、アレは――」
そう言って、バシリッサを止めようとする。――それでもなお、バシリッサは手の動きを止めず――。
「儂が出せと言うておる!」
そう言って、半ば強引にカンタロ様から二つの種の様な物――と言うか、いつもの『欠片』を取り出した。そして、手招きをする様な仕草で、どこかから、『創伯獣』を二匹呼び出し――。
「それ、ひとぉつ……」
まず、『欠片』の一つをズブリと、片方の『創伯獣』の頭に埋め込む。
「ほれ、ふたぁつ……」
もう一つを、別の『創伯獣』の頭に埋め込む。
「「チチチチッチチチチチチッキキキキキキキ」」
二匹の『創伯獣』は、ガクガクと震えながら、徐々にその身を変化させていき――。
「――どうじゃ? ビオ様から授かった『創伯獣の種』じゃ……、今はまだ研究中らしいがのう? 完成すれば、どの様なモノでも――例えば、人でも『創伯獣』に出来るそうじゃ」
そう言い終わる頃には、二匹の姿は完全に変わり、片方はいつか見た巨大な『創伯獣』の姿に、もう片方は何だか怪しげなフードを被った姿になっていた。
「ふむ……、新品はどの形になるのか分からんのが不便じゃの? ――まあ良い、これで余興の準備は整うた!」
バシリッサは、はしゃぎながら、改めて俺達を見ると。スッと指で、俺達を指し示す。
「――好きな獲物を取るが良い……、ビオ様に送る良いデータが出来たわ……」
その指示で、ノロノロと『創伯獣』達が動き始めた。――と言うか、こいつ等……、まだ俺達の正体気付いてないのか……、そう言えば、名乗ってなかったか?
「ほな、遠慮なく……、うちは木偶の坊はんのお相手をさせて貰いますぇ?」
「あ、じゃあ僕もハオカ姉さんのサポートします」
巨大な『創伯獣』の前に、ハオカとタテが立ち塞がる。――タテは、多少、体力が回復したみたいだがまだ万全じゃないのを自分で把握しているらしく、ハオカのサポートに徹するみたいだ。
「――んんん、じゃあ、あたし、こっちの角の人かな? 何か、家の野郎共、この人に対して何か目ぇキラキラさせてるし……」
――うぅ……、見破られてる。確かに、野郎共はカンタロ様と戦う事なんて出来ない。ミッチーも、タテも、悠莉に頭下げてるし……。
「あら? では、あたくしはこちらの雌豚――いえ、雌蜂のお相手をさせて頂きますわ?」
「――あ、じゃあ、私がペタちゃんのサポートするね?」
――あ、バシリッサのこめかみがピクピクと動いている。どうやら、バシリッサは耐久性が低そうだ。
「じゃあ、自分、こっちの背筋の曲がった『創伯獣』ッスか?」
「ピュイッ、今日はミッチ助けてあげる!」
――ミッチーはピトちゃんを肩に乗せ、フードを被った『創伯獣』に剣を向ける。
「――恐れを知らん奴らじゃのう? ここではちと狭い、カンタロ、ルカナス、玩具共、離れよ」
俺達としても、混戦は余り好きじゃない……。――それぞれの組み合わせ通りに、俺達はそこから離れた。
そして――。
「――ぬぅ……、バシリッサ様もお人が悪い。某、童女をいたぶる趣味は無いのだが……」
やっぱり、こいつ等、俺達が来る事を想定していない? ――どう言う事だ?
「むぅ……」
「ん? どうした、もも缶?」
――俺が考え事から戻って来ると、もも缶が頬を膨らませて、ルカナスを睨んでいた。
「あのナス、もも缶、子ども扱いした」
「――ああ、一応、気にしてたんだ……」
相変わらず、沸点が分からん……。もも缶は「ゆうり、もでる、ぜつぼう?」と呟きながら、自分の身体をペタペタと確認する様に触り始めた。すると、怒りが再燃したらしく――。
「――『フルコース』……」
――その身に白桃色の甲冑を纏うと、もも缶はルカナスに向かってナイフを突きつける。
「ふるぼっこ……」
「ぬぬっ! ――何と、お主……、我等と同類であったか! ならば……、容赦はせんぞ!」
「――置いてけぼり……かぁ……」
――俺、ここにいる意味あるのかなぁ? そんな事を考えながら、俺はせっせとあちこちに仕掛けを施していった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――??????――
「さて、今頃ドーバグルーゴ帝国ですかね?」
「アン? 例のサラリーマン共か?」
クリスの問い掛けに、栗井博士はゆっくりと頷く。
「――い、今頃、肩透かしを喰らっていると思います」
「ククッ……、あいつ等、まさか『四伯獣』を囮に使ってるとか思っても無かったろうよ?」
「――実際、スプリギティスがあそこまで使えない子でなければ、普通に戦わせたんですがね……」
栗井博士のその言葉にビオ、クリスが苦い顔をする。
「そ、そうですね……、実力だけなら、『四伯獣』でも群を抜いて最強ですし……」
「――チッ……、使えねぇ奴は良いんだよ」
「そうですね、今頃、薬屋さんも悔しい思いをしているでしょうね……。何せ、意気込んで乗り込んだ先で、敵がのほほんと暮らしているんですから」
栗井博士が「ククッ」と笑いをこらえきれない様子で、口元を押さえている。すると、ビオが手を上げ――。
「な、何にせよ、このタイミングがチャンスです。い、今のうちに全戦力――ティグリ部隊と各部隊の残党を集め、攻め込み、『我が母』復活の『依代』――その可能性を持つ、アン王女を確保しなくては……」
「ああ、オーシでは『石』も『依代』も逃がしちまったしな?」
「――そうですね、それでは行きましょうか?」
――彼等は無言で跪くティグリと、その横に同じく跪くゲリフォス――だったモノに指示し、ヘームストラを目指し始めた……。




