HotLimit
続きです、よろしくお願い致します。
「どうした? 俺ぁ、とっとと話せっつってんだ……」
帝王――ダンマ様は、俺の顔を下からしゃくり上げる様に睨み付けると、机を指でトントンと叩いている。
「――ちょっと……、おじさん? 黙ってないで何か言ってよ……」
ダンマ様の眼力に耐えられなくなった悠莉が俺の足を踏み付け、急かして来る……。――仕方ないじゃんっ! ちょっと、ビビってんだから……。
「あ……、すいません、緊張してしまいまして」
「――ん? あぁ、こいつぁ、すまねぇな? カタギさんに変な圧力かけちまった……」
ダンマ様は、両手の平を頭の横まで上げ、ヒラヒラと振っている。――逆に怖いって……。
「いえ、こちらこそ……、貴重なお時間を頂まして……」
「まあ、良いって事よ……、それより、用件だ」
――そこまできて、やっと俺はダンマ様に事情を説明する。
まずは、栗井博士率いる――『コミス・シリオ』なる組織が、この世界を支配するとか、馬鹿な事を言い出した事。
次に、俺達が同郷――と言うか、栗井博士をこちらに連れ込んだ責任を取って、捕獲する為に動いている事。
今まで、テイラ、オーシで、それぞれの部隊を叩き、ドーバグルーゴでもそのつもりでいた事。
ドーバグルーゴの担当であるティスさんが、思った以上に使えな――いや、無害であったため、ここでやる事が無いので、このまま帰ろうと考えている事。
最後に、現状、ティスさんは無害であると思うので、出来れば事情を知った上で彼女達をこの国において欲しいと言う事。
「……」
――俺の説明を受けたダンマ様は険しい表情でティスさんを睨んでいた。
「ん? なぁに?」
ティスさん……、それは駄目、相手は偉い人だから……。
「お前ぇの報告と食い違いは無ぇな。――パギャ?」
すると、ダンマ様は横に控えている秘書っぽい人にそう問い掛けていた。――既に調査はしていたんだな……。
「――あら? 旦那さん、パギャいう名前……、聞き覚えがあらしまへんか?」
「ん? そうだっけ?」
そう言われて、もう一度パギャさんの顔を見る……。
「――やっぱり、初対面だと思うけど?」
「あらぁ? もしかして、皆さん、お知り合いですかぁ?」
「ううん……、知らないと思う」
ティスさんの質問に、悠莉が答え、皆でもう一度見る。――すると、パギャさんは少し涙目で……。
「――ティス様……、ご自分の部下の名前は忘れないでほしかったです……」
――そう言って、その場に崩れ落ちてしまった。
「あらあら…………………………………………、あっ!」
ティスさんは暫くボーっとしていたが、どうやらパギャさんの事を思い出したらしく、ニコニコと手を振り始めた。
「――ククッ……、聞いてた通りだな?」
「私の苦労、分かって頂けたならお給金を――」
何だか、パギャさんとダンマ様が、じゃれ始めたので咳払いをして、注目を集める。
「む、エサ王、どした? 病気か?」
「――いや、そうじゃないから安心して……っつうか、病気は肉で治らんから、押し付けるなっ」
――俺の口に、生肉を突っ込もうとするもも缶をミッチーに預け、話をつづける事にする――。
「もしかして……、ダンマ様は全て知っていらしたんですか?」
すると、ダンマ様は横にいるパギャさんと顔を見合わせ、再び俺の顔を見ると、顎に手を当てニヤリと笑った。
「――まぁな? 話としちゃあ、そこの『天使様』――ティスさんだっけ? その話を、ここのパギャに聞いてたのよ……、んで、後から他の国の親書が届いちまってなぁ?」
――どうやら、最初にヘームストラやテイラが送った親書は、何らかのトラブルで、ドーバグルーゴに届くのが遅れたらしい。
「だから、親書を受け取った時は、もしかしたら、ヘームストラが嘘の情報でも渡して来てんのかと疑ったもんだぜ……」
さりげなく、小声で「思わず、軍事費増やしちまったぜ……」とか言ってたのは、聞いて無かった事にしておこう。
「まぁ、何にしても……だ。お前ぇらの話と、パギャの話に食い違いは無ぇ、俺としちゃあ、隠す気の無ぇ『天使様』の目撃情報を隠さずに良くなってホッとしてらぁ」
――思わず、パギャさんを見る。パギャさんは恥ずかしそうに、ティスさんを指差しながら……。
「――だって、この人っ! ホイホイ人型になるのとか、栗井の命令に従って大鳥型になってるのとか忘れてその辺うろつくんですよ? バイト先どころか、ご近所にも当然ばれてるし……、ミミナの住人全員が、見て見ない振りどころか、どの姿でも平然と「おっ、ティスちゃん、お早う!」とか話しかけてくるし……」
「あらあら……、パギャちゃん、挨拶は大事よぉ?」
パギャさんに向かって、手を振りながらティスさんはそんな事を――。
「――違うからっ! そうじゃないっ!」
大分苦労したんだろうな……。パギャさんは、「これで、もう隠蔽工作に悩まずに済む」と呟きながら、ダンマ様に泣きついていた。
「――しかし……、そうなると腑に落ち無ぇのは、その――クリイって奴等の考えだな」
ダンマ様は、すすり泣くパギャさんの頭を優しく撫で、膝に座らせると、そう呟いた。――内容も気になるんだが……、この二人の関係が気になって集中できん……。
「それは、どう言う事ですの?」
俺達が二人の甘い空気に戸惑っていると、ペタリューダが気にせず聞いてくれた。
「ん、おぉ……、考えてもみろよ? その敵さんは、『天使様』の悪癖とか、当然把握してたんだよな? ――なら、何で俺の国に寄越しやがった? パギャと逢えたから、俺ぁ感謝してるが、これでもドーバグルーゴは世界最大規模の軍事国家だぜ?」
パギャさんの顎を撫でながら、ダンマ様はそう言って、俺達を見る。
――確かに……、これほど分かり易いダメっ子のティスさんを、何故ここに……と言うか、外に出したのか? 考えてみれば、疑問だな……。
暫く考え込んでいると、ダンマ様は何かを思い出したのか、俺達――と言うか、俺に声を掛けて来た。
「――そう言やぁ、ちょっとばかし、妙な動きをしてる町があってよ? 少し、調べて来て貰えねぇか?」
――「ちゃんと、ギルドに依頼出しとくからよ」と言うダンマ様に、了承の意を示し、取り敢えず俺達は帝城を後にした……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――x県x市 市役所最上階会議室――
「失礼しまぁす」
勝手知ったる何とやら、ボクはノックするのも面倒になってきたので、チャッチャカと会議室に入る。アポは取ってあるし、市長さんの許可もあるし、もう良いですよね!
「――アンタ……、せめてノックはしなさいよ?」
「あはは? ボクと市長さんの仲じゃないですか」
「はぁ……、良いわよ、もう……」
うん、やっぱり、この市長さんとは気が合いそう。――ボクは、鼻歌まじりに、資料の準備をする。
「――で? 今日は、何なの?」
ボクにつられて、市長さんも鼻歌まじりに、用件を聞いてくる。
「えっとですね、先日行った市民の調査結果の報告と、ヘームストラ滞在中の衛府博士からの報告を持ってきました!」
――ピタリと、市長さんの表情が固まる。
「報告をお願いします」
あ、市長さんがお仕事モードになってしまいました……。――ボクも合わせて意識を切り替える。
「――はい、先日、x市及び、隣接都市で、ヘームストラ研究員協力の元、市民の調査を行いました」
「結果は?」
市長さんの目は、期待と不安に満ちている。――それも仕方ないですね、ここ三日程『魔獣』の目撃情報は増えてるし……。
「調査対象、約五十万人の内、ジョブとスキルが確認できたのは、およそ百人前後です」
「――少ないのね?」
「研究員の話では、まだ確認できないだけでその内もしかしたら、確認できるかも――との事でした」
ボクの報告を聞いて、市長さんは若干安心したみたいです。
「それで? 内訳は?」
「ジョブのですか? えっと、戦闘職にあたる人が十人――これは、『魔法使い』が二人、『キャバ嬢』が一人、『主婦』が二人、『自衛隊員』が五人、ですね。それと、非戦闘職が――」
「――取り敢えず、非戦闘職は資料を見るから良いです」
――むぅ……、そっちもイイ感じで変なのに……。先輩の例もあるから聞いておいた方が良いと思うんだけどな……。
「――で? 衛府博士の報告は?」
「例の栗井博士から贈られたと言うディスクについてです」
「内容は……? 分かったの?」
その言葉にボクは無言で首を傾げる。
「――はぁ?」
「いえ、分かったと言えば、分かったんですけど……」
「ともかく、報告!」
――そんな、怒らなくても良いのに……。
「えっと……、まず前提として、暗号化にスキルを応用しているらしく、ディスクの解析はまだ一部分しか出来ていません。その上で判断するなら、栗井博士は、今、x市で起こっているこの事態を予測していたと考えられます」
「――続けて……」
市長さんの表情はドンドン険しくなっていて、怖い……。多分、ツッコミたいのを押さえてるんだろうなぁ……。
「その上で、栗井博士――正確に言えば、馬鹿な行動に出る前の栗井博士なんですが、彼の研究を要約すると、『幻月と天帝の伝承を探す』、『天帝を見つける』、この二つを実施しなくてはいけない、と言うものでした」
市長さんは、目を瞑り、暫く考え込んだ後――。
「――早急に、貴女の先輩と連絡を取りなさい……」
そう言って、ボクを会議室から追い出してしまった。
「――先輩……」
――ボクはエレベーターに乗り込んで、先輩宛にメールを送信する。内容は『早く連絡して来ないと、秘蔵の『HotLimit』って写真集も燃やします』――だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――ドーバグルーゴ帝国 首都ミミナ ギルド前――
「――っ!」
俺は全身を包む、酷い悪寒に襲われ、周囲を見渡す。
「おじさん?」
――悠莉の心配そうな声に「大丈夫」と答え、先にギルドに入る様に促す。そして、俺は、以前――高校時代の悪寒を思い出し、そっと携帯電話を開き、『メール受信』の操作を行った……。




