ブラッディ・ラディッシュ
続きです、よろしくお願い致します。
「へらっしぇー! チェイン・ギルドへよっこそ! 本日は、何にしゃっそ?」
「――はっ? あ、えっと……」
チェインのギルドは、正直、狭い……。――以前、コンティノ村のギルドは場末のぼったくりバーって感じだったんだが、こっちは正統派のバーって感じだ。
「あ、お客さん、こういう所は初めて? なら、こちらのメニュー表からどうぞ?」
――案内係らしき、お姉ちゃんは俺の後ろに立つミッチーに……俺の後ろに立つミッチーにメニュー表を渡し、微笑んでいる。
「ガールズバーってこんな感じなんスかね……?」
おしぼりと共に受け取ったメニュー表をギルドのロビーに置いてあるソファに座って眺めながらミッチーが呟く。
「いや、アレはこんなグイグイ来ないからな……」
どちらかと言えば、キャバに近い。――ギルドって役所じゃないの?
「――剣を置いて来て良かったッス……」
「まあ、取り敢えず、メニュー見ようぜ? 何か、怪しそうなの無いか?」
――早速、『伯獣』関連っぽい情報が無いかチェックだ。ペタリューダの情報によれば、この国で何かやらかす筈なのは確か……スプリギティスだったはずだ。とすれば――。
「ミッチー、鳥系の魔獣に関連しそうな情報は無いか?」
「ちょっと、待ってください………………うん、無いッスね」
「って事は、やっぱり首都まで行かなきゃ駄目かな?」
「そうッスね、そうなるとこの、『酒の運搬護衛』ってどうっすか?」
――どれどれ……? 『チェイン酒の運搬、首都ミミナにある居酒屋『止り木』まで』か……うん、良いかもな。
「行きの――と言うか、これが帰りか? ともかく片道の護衛だけみたいだから丁度良いな」
早速、愛里に電話を掛けてみる――。
『護衛依頼ですか? 良いと思います。悠莉ちゃん達もこの様子なら、明日の朝には出発出来そうですし』
「うん、ありがとう」
そして、俺は通話を終了させる――って、何だこりゃ? 後輩から、偉い数の着信とメールが入って来た。何事かと思って開こうとするが――。
「姐御、何か言ってました?」
「え? あ、ああ……受注して問題無いってさ、それで――」
「お客様ぁ? ご依頼はお決まりですかぁ?」
猫撫で声で、先程のお姉ちゃんがやって来た。そして、ミッチーに肩を擦り付け、指で『の』の字を描きながら、メニューを押し付けてくる――何だ、このサービス、けしからん! ――俺には……ないのか?
「あ、そそそその、この『チェイン酒の運搬護衛』って奴を……」
「あら、そこ……イッちゃうの? 残念、寂しくなるわぁ?」
口ではそう言いつつ、淡々と受付手続きを済ますお姉ちゃん。――コイツ……出来るっ!
「――はいっ、手続き完了です。ご利用ありがとうございました、ご一緒にお酒でもいかがですか?」
――お姉ちゃんは、ギルド内の一か所……飲酒ブースを指差し、勧めてくる。何だろう……この街、酒とポテトが同格扱いなのか?
「おやっさん、どうします?」
「折角だし、な?」
俺とミッチーは……ほんの一杯のつもりで、飲酒ブースにフラフラと立ち向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――翌日。
「「頭痛い……」」
俺とミッチーは敗北していた、何だあの酒……美味いのは良いんだけど、度数が高かったのか? 正直、宿屋の前に着いてからの記憶が無い。
「おじちゃーん、ミッチー、だいじょうぶ?」
「ピュイ、水飲むか?」
「あぁ、羽衣ちゃん……おじちゃん、負けちまったよ……後、頭叩くの少し待ってくれないかなぁ?」
頭の上で羽衣ちゃんとピトちゃんがバタバタしている……心配してくれるのは有難いが……響く……。
「うう……ミ、ミトさん……そんなに、怒んないで下さい」
ふと横を見れば、ミッチーが赤熱した剣に土下座している……ふふ、見事に尻に敷かれてやがる。
「む、エサ王、にく、今日は、まずそう?」
もも缶はアルコールの匂いが駄目になった様で、困り顔でこちらを見ている。今度、フルーツポンチでも作ってみるか? 何て事を考えていると――。
「椎野さん、三知さん、大丈夫ですか? 『ヤッセ』」
心配そうに、愛里が俺とミッチーに手をかざす……。そして、指輪からエメラルドグリーンの光を放ち、俺達にスキルを掛けてくれる――あら?
「気が付きましたか? 昨日、覚えたんですよ」
どうやら、愛里は皆を看病している内に二日酔いの効果を『ヤッセ』に追加出来る様になったらしい。俺とミッチーが頭痛と吐き気から解放され、喜んでいると――。
――グニッ! 久々の衝撃が走る……。
「じゃ、おじさん達も元気になったみたいだし、そろそろ行く?」
にこやかに……あくまでも、にこやかに、悠莉が俺の顔面にスタンプを押し付けてくる……。
――グニグニッ! む、この感触は!
「そうどすなぁ、旦那さん、護衛対象とん合流時間はなん時頃どすか?」
愛里……「私も踏んだ方が良いですか?」みたいな顔で見ないでくれ……耐えろ、俺、耐えろ! ――どうでも良いが、ペタリューダの表情が……舌なめずりが怖い!
「えっと……?」
「――で? どうなの?」
にこやかな微笑みと、低めの声で悠莉が再度聞いてくる。――もしかして……皆を放って、飲んでたから怒ってらっしゃる? 両サイドから俺の頬をスタンプで挟み込む悠莉とハオカに急かされ、俺は時計を見る――うん、ギリギリ……。
「皆、急ごうか?」
――俺とミッチーは、皆に怒られつつ、護衛対象と合流したのだった。道中、暫くの間、土下座させられていたのは、まあ……仕方ないだろう……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――ひれ伏しなさい……『百叩き』!」
ペタリューダが柄だけの鞭を振るうと、その柄から大量の鱗粉が吹き出し、鞭の形に纏まると幾束にも分かれ、馬車上空に群がる鳥の魔獣を叩き落とす。
「ピュイ、討ち漏らしは貰う、『口弾』!」
ペタリューダの鱗鞭を避けた数羽に向けて、ピトちゃんが口から毒水鉄砲を放つ――ワンヒット、ツーヒット……うん、結構な命中率だ。
「肉、鶏肉、焼き鳥、『カトラリ・クシヤキ』!」
――何それ……呪文? もも缶が何か呟くと、持っていたナイフとフォークの形をグニャリと変え、投げ槍の形にする、更にそれを指と指の間に挟まる位の大きさに分割し、投げる。
「皆、修行の成果が出ている様で、何より……ね」
一匹、また一匹と墜落していく鳥魔獣を見ながら、悠莉が呟く。
「だから、言ったじゃん……地獄だったって」
――もも缶は別口だけどな?
そんな感じで、道中、結構な割合で鳥の魔獣と遭遇し、その都度、皆で撃退していた。護衛対象でもある、酒場のご主人は大層感謝してくれた。
そして、色々雑談している内に、俺のジョブを聞いて――。
「え、アンタ……もしかして、『おやっさん』? ッてえ事は、そっちの指輪の嬢ちゃんが『癒しの姐御』で、剣闘士のあんちゃんが『つるぎの恋人』かい?」
どうやら、知らない内に二つ名が……。――良いなぁ、比較的まともで……。因みに、他のメンバーにもそろそろ二つ名が付きそうだとの情報も頂いた。
「まともなのが良いなぁ……」
「そうどすなぁ……」
二人ほど、祈る様に呟いていたが……そうはいかないんだろうなぁ。ふふふ……。
「お、おやっさん、見えてきたッスよ!」
御者台からミッチーの声が響き、馬車は帝国首都『ミミナ』に辿り着いたのだった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――x県x市 市役所最上階会議室――
「――説明、してくれるの?」
市長はボクをジッと見ながら、聞いてくる。そりゃ、その為に、ここにいるんですよ? 何言ってるんですかね?
「それでは、資料の六ページを開いて下さい――」
そして、ボクは今回の事件のあらましを資料に沿って説明する。
――x月八日 午後一時頃――
xx小学校、飼育小屋にて『兎型の魔獣』が発生し、即座に自衛隊が出動――戦闘開始。
――同日 午後三時――
対象の毛皮は硬く、動きも素早い為、苦戦を強いられるものの、ヘームストラ研究員と衛府博士のアイディアによる新兵器『ドリル弾』によって、討伐完了――尚、捕獲は無理との判断らしい。
――同日 同時刻――
戦闘中に、新たな同型の『魔獣』が二匹発生、自衛隊の弾薬等が尽きていた為、現場は大混乱であったとの事。
――同日 午後四時――
二匹のうち、一匹は小学校の敷地内から脱走、一部の自衛官が後を追う。
残った戦力で何とか、もう一匹を足止めしていたが、そこに近隣住民への避難勧告を聞いていなかったのか、逃げ遅れたらしき一般人女性が小学校敷地内に紛れ込み、それを見た『魔獣』が、その一般人女性に襲いかかる。
悲鳴を上げる主婦を見て、誰もが絶望するが、次の瞬間、『魔獣』はその場で動きを止め、やがて倒れたとの事。
――同日 同時刻――
小学校敷地内から逃げた『魔獣』はたまたま通りがかった、一般人男性が倒していたとの事。
――同日 午後六時――
了承を得た上で、一般人女性と一般人男性への取り調べ開始。
まず、一般人女性から――。
「これに関しては、撮影データがありますから、再生しますね?」
ボクはプロジェクターとパソコンを接続し、会議室の壁に画面を写して、撮影データを再生する。
「え、あらやだよぉ……こんなおばちゃん撮ってどうするのよぉ?」
ボクは無言で早送りをする。
「職業は主婦かしらね? 年齢は六十三歳で、スーパーからの買い物帰りだったんだけど、何かうるさかったから小学校を覗いてみたのよ……。――そしたら、いきなり大きな兎ちゃんが、とびかかってきたから、おばちゃん、咄嗟にスーパーの袋からはみ出してた大根をこう……えいって感じで前に突き出したのよぉ。――そしたら、何か……ねぇ? 大根って案外丈夫なのねぇ?」
「――大根……?」
思わず画面に向かって市長が呟く。――うん、ボクもそれは思ったよ……大根て……。
「では、続いて………………男性です」
ボクはモニャッとした気分で、次のファイルを再生する。
「え、いや、通りすがりの会社員ですよ? 年齢は二十五歳ですね、たまたま、散歩していたら兎の魔獣と出くわしたんで、ビックリして拳を突き出したら――って感じです。――あれですよ、兎にとっては『油断は死に繋がる』って奴ですよ」
――全ての資料を見終わった後、市長はボクに向かって、真面目な顔で告げた。
「ヘームストラの研究員を集めて下さい、市民の調査を行います」
――会議室を後にしたボクは、先輩宛に『先輩……イイカゲンデンワシテコイ……』と、フレンドリーなメールを送信した後、先輩の部屋のコレクションをまた一つ、廃品回収に出す事を誓い、エレベーターのボタンを連打していた……。




