サラリーマンは守りに行く
続きです。
ダリーさん達騎士団を主導とした、ジーウの森調査隊が出発した後、俺は頭に羽衣ちゃんを乗っけていつもの様に事務仕事に励んでいた。
「ダリお姉ちゃん達、帰ってくるのおそいねー?」
「羽衣ちゃーん、まださっき出発したばっかりだよー」
そんなやり取りをしながら、午前は過ぎて行った。午後もいつも通りに仕事、修行、おやつのループを繰り返していたが、事件が発生したのは……いや、事件の発生を俺が知ったのは夕飯を食べ、羽衣ちゃんが寝た後の事だった。
夜も更けた頃、宿舎の食堂の扉が勢いよく開かれ、そこに血相を変えたサッチーとダリーさんが飛び込んできた。
「ツ、ツチノっち……」
サッチーは俺の顔を見ると、弾かれる様に俺に飛びつき、そのまま、俺の腕を強く掴み、涙を流しながら声を振り絞った。
「ゴメン……オレ……ゴメン……ゴメン……」
「サッチー? 何があった! 落ち着け! 落ち着いて話せ!」
「すみ、ません、そこから、は、私が、お話しします」
ダリーさんは、鎧に血の跡を滲ませていた。怪我は自分のスキルで治した様だが、その顔は真っ青で今にも倒れそうだった……
「ごめん、ダリーちゃん……取り乱した……オレが話すから、だから、今は休んで……」
ダリーさんが息も絶え絶え、と言う状態で事情説明をしようとするのを止めると、サッチーは唇をギュッと噛みしめた後、「ふうー」と深呼吸をして、俺とダリーさんの目を見据えていた。
それを確認したダリーさんは、一言「すいません、お願いします」とだけ言って、そのまま意識を手放したようだった。
「森について、調査を始めた最初の方は、何も問題なかったんだ」
そして、ポツポツと……サッチーは今日何が起こったのかを話し始めた。
「まずは森の入り口付近で、オレ達四人と蜘蛛の魔獣との戦闘の跡を調べてってだけで、新しい発見も問題も、特に気になる事は、何もなかったんだ……皆が違和感を感じたのは、日が暮れ始めてだった……」
サッチーは、ガタガタと体を震わせ涙を浮かべ始めた。
「森の中を結構進んで、特に収穫もないから、さぁ今日は引き返そうってなったんだよ。それで、来た道を引き返そうとした時に何匹かの蜘蛛の魔獣と遭遇して……倒してさ……でも、そこからおかしくなってきたんだ! ちょっと進むたんびに蜘蛛の群れが出てきてさ! 倒しても倒しても湧いてきやがる! おまけに段々数は増えてくるしよぉ! それでも、森の出口が見えてきて……皆口には出さないけど、ほっとしてたんだ……そんな時に、アレが出てきたんだ……あの、でっかい蜘蛛の魔獣が!」
その時の事がフラッシュバックしたのか、顔を真っ青にし、目に涙を浮かべながら叫んでいた。
「アイツは、でっかい蜘蛛は今までオレ達が倒してきたのと同じ様な蜘蛛の魔獣を大きいのから、小さいのまで一杯連れていてさ、オレ達がそいつらの相手をしている間に、冒険者パーティとか、騎士団の人達を糸吐いてぐるぐる巻きにしてさ……連れてた蜘蛛の魔獣に運ばせ始めたんだ……その間にも、オレ達の戦力はどんどん捕まっちまってさ……そしたら、ブロッドスキーさんが……道を開くから、オレとダリーちゃんで街まで戻って、ギルドで助けを要請して来いってさ……」
そこまでを話すと、サッチーは泣き崩れた……その声が大きくて部屋まで聞こえてきたのか、羽衣ちゃんが起きてきて、食堂に姿を見せた。
「サッチー? ないてるの?」
羽衣ちゃんは不安そうにサッチーに問い掛けると、その頭を優しく撫ではじめた……
「羽衣ー、ゴメンな? おれ、皆の役に立てなかった! 折角一杯スキル覚えたのに! 調子に乗って! 力使いすぎて! 肝心な時に……ゴメン、ゴメン……」
羽衣ちゃんは、そのまま「いたいのいたいのとんでけー!」とサッチーの頭を撫で続けていた……サッチーは暫くされるがままにしていたが、やがて、一言「羽衣……ありがとな……」と言うとようやく落ち着きを取り戻し、涙を拭った。
気付けば、ダリーさんも目を覚まし、先ほどよりは状態が良くなった様でサッチーの説明に補足を付け加えてくれた。
まず一つ目、森から街まで戻るのには、馬に乗って可能な限り急いで戻ってきたが、先ほどの話から一時間は経過しているという事。
二つ目、既にギルドへの要請は行っているが、手の空いている冒険者を揃えるのと、彼らの準備に時間がかかるため、蜘蛛討伐隊の出動は早くても、明日の夕方になるであろう事。
三つ目、森にいる人達はその場では殺されず、糸で巻き取られえ、どこかへ連れていかれた事から、恐らく近い内に産まれる蜘蛛の子供の餌にされるために捕えられたか、単純に保存食として捕えられたかの可能性が高いとの事。ダリーさんの見立てでは、背中に蜘蛛の卵らしき糸の固まりがあった事から、前者の可能性が高いだろうとの事。
「……愛里さんと、悠莉ちゃん、ミッチーは……どうなった?」
「私達が離脱した時点では、三知君は支部長と共に戦闘中、愛里はそれを後方支援していましたが……悠莉ちゃんは、その……ジョブの特性上、蜘蛛の糸と非常に相性が悪くて離脱直前に捕まってしまいました……」
「そうか……」
自分でもビックリするほど、声が震えていた。どうやら、思ったよりも、俺の動揺は激しいみたいだな……
俺の心臓は今、非常に忙しなく仕事をしている……どうしたんだろう? 俺は……どうしたいんだろう? 助けたいけど、非戦闘職の俺に何が出来る? 何だろう? 顔が熱い……興奮して熱でもでたのか?
そんな事を考えていると、ふと、羽衣ちゃんと目が合った。
「おじちゃん……おこってるの?」
あぁ……そうか、俺は今……怒っているのか……
心臓が落ち着きを取り戻し、すとん何かがハマった様だった。
俺は今、怒っている……サッチーに? いや、違う! ダリーさんに? 違う! ギルドに? 違う! では、蜘蛛に?
俺は今、確かにその蜘蛛の魔獣に怒っている、皆を襲ったことに、捕まえたことに、傷つけたことに……だけど……この怒りは、蜘蛛に向けたものでさえなかった……
俺は、何よりも俺に怒っていたんだ……俺は少しだが、自分が非戦闘職だから何も出来やしないと、皆を助けに行かない事の言い訳を考えてしまった。その事に怒り、同時に、自分が戦う能力が無い事に怒っていたんだ……
だが、今、俺はあの夜の森での出来事を思い出していた……確かに、俺は非戦闘職だ、戦っても、確実に負けるだろう……でも、あの時の俺は、非戦闘職どころか、ジョブすら持っていなかった。それでも、時間稼ぎ位は出来た……
俺は、勘違いしていたのか……
ギルドの蜘蛛討伐隊が編成され、出発するのは、確かに明日なんだろう……捕まった人達の生存は、その時点では絶望的かもしれない……
なら、今から救助に行けばいい……確かに、今から俺が蜘蛛を討伐なんて、無理だろうが、捕まっている人を助けて、逃がして、時間を稼ぐ位なら出来るかもしれない。最悪、皆を助け出せなくても、時間を稼いで討伐隊が来るまで、犠牲者を一人でも減らせるかもしれない……
我ながら、後ろ向きな……他力本願だな。
だけど、俺の意志は決まった。今、俺がすべき事……いや、やりたい事は、皆の元に行って、一人でも多くを逃がす事。方法や、可能かどうかは正直分からない……
けど、あのラッコ男相手に出来た事が蜘蛛相手には出来ないというイメージが、俺にはない!
俺は、ヒーローじゃない……御伽噺の勇者様でもない……ただの騎士団手伝いの事務職員、サラリーマンだ、戦闘で敵に勝つ必要はない! 只々、守るんだ! 「家族と生活を守るために二十四時間戦う」って羽衣ちゃんが言ったじゃないか!
あぁ、守って見せるよ! 家族を! 生活を!
自分のやりたい事が決まりスッキリすると俺は、サッチー、ダリーさん、そして羽衣ちゃんの顔を見てニッカリと笑った。
「まぁブロッドスキーさんもいるし、愛里さん達はきっと大丈夫だよ……サッチー、ダリーさん、俺はちょっと、散歩がてら煙草を吸ってくるよ。羽衣ちゃん、もう夜も遅いから、良い子は早く寝るんだよ? ……ダリーさん、羽衣ちゃんをよろしくお願いします……」
「ツチノっち……もしかして……」
「ツチノさん……羽衣ちゃんの事は任せて下さい。それと……外に私達が使おうと思っていた一番早い馬が繋いであります。少し、様子を見てやってくれますか? 蜘蛛と遭遇した場所と、予想される巣穴の場所までの情報を『調教師』のスキルで記憶させてますので、何かあったら大変です……」
「おじちゃん、お休みなさい!」
「あぁ、お休み! 明日の朝には皆帰ってくると思うから、そしたら、皆で買い物でも行くか!」
俺はそう言うと、食堂を後にした。食堂を出る間際に、ダリーさんとサッチーが、「ごめんなさい、ありがとう」と言っていた。
外に出ると、『幻月』――地球が真上に青く輝いていた。
俺は煙草を一本取り出し、火をつけると少し、背伸びをして体をほぐし、すぐ傍に繋いであった馬の背を撫で……
「よろしく頼むな?」
夜の街を後にした――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「本当に……良かったのかな、ツチノっちは非戦闘職なのに……オレ……今からでも……」
ツチノっちが出て行った食堂で、オレはダリーちゃんにポツリと呟いた。
「私も、本当に良かったのか……分かりません……ただ、彼を死地に向かわせたのではないか、そんな決断を強いてしまったのではないかと……でも……」
「二人ともどうしたの?」
「羽衣……あのな、オレとダリーちゃんがもしかしたら、ツチノっちに無理なお願いを……したんじゃねぇかと思ってよ……」
オレとダリーちゃんのそんな、罪悪感丸出しの弱気に、羽衣は「ふふん!」と鼻息を荒くしながら言った。
「大丈夫だよ! 皆がどんなにピンチになっても、おじちゃん助けてくれるもん! おじちゃんはさいきょーなんだよ! 皆のヒーローなんだもん! うい、知ってるよ!」
オレとダリーちゃんは、互いに顔を見合わせ、ポカンとした顔を晒し合った後――
「「あぁ、オレ(私)も……知ってるよ!」」
そう言って、笑った。
別視点と言うものをやってみたかったので、少し試させて頂きました……
ちょいちょい、試してやり方が分かってきたら、完全別視点で一話くらいやってみたいのですが……
※幸君は支部長と共に戦闘中→三知君は支部長と共に戦闘中に修正しました。