サラリーマンは狩りに行かない
続きです。
あれから五日ほど訓練を行い、俺達は皆自分のジョブの基本スキルを使いこなせる様になっていた。
俺は、考えている事と表情をちぐはぐに出来る様にポーカーフェイスの錬度を上げ、スムーズな名刺交換をマスターしていた。
愛里さんは、近距離と遠距離での回復スキルを習得していた。更に、自己回復力を強化するスキルで、一時的な肉体強化も出来るとの事だった。
悠莉ちゃんは、基本的な肉体強化を習得し、秒間五発のパンチを目標に叩き込むスキルを習得していた。
ミッチーは、剣にオーラ(魔力?)を纏わせて、離れた距離の目標に斬撃を飛ばしたり、強力な剣技スキルを習得していた。
一番意外だったのはサッチーで、元々地球でのゲーセンの影響なのか、火水風土を始めとした様々なスキル……と言うか、攻撃魔法を習得していた。
そして、訓練終了日となる本日。後回しにしていた今後どうするかの話題となっていた。
「君たちの選択肢としては、まずこのまま、騎士団の客人として国の保護を受けるのが一つ、この場合は行動に結構な制限は付くが、生活の心配はしなくても良いぞ。もう一つがギルドの依頼などを受けて生活費を稼ぐだが、これに関してはよほど危険度の高いもの出ない限りは大丈夫だと私が保証しよう……ツチノ以外だが……」
申し訳なさそうに、俺を見るブロッドスキーさんに「気にしないで下さい」と言いつつ、俺は他の皆の顔を見渡した。
「まずは、それぞれ希望を言ってみようか?」
「なら、あたしは、そのギルドの依頼を受ける……冒険者? として活動してみたいかな?」
「自分も、体を動かす方が良いっす」
「オレも! 魔獣とかに魔法ぶっとばしてぇ!」
悠莉ちゃん、ミッチー、サッチーが答える。愛里さんは、俺をじっと見ながら。
「あの……椎野さんはどうするつもりなんですか?」
と、聞いてきた。
「俺は、非戦闘職だから……このまま、騎士団で事務処理の手伝いでもしながら生活費を稼げれば良いなって感じかな? もちろん、ブロッドスキーさん達の許可がもらえればだけど」
「うん? 騎士団としては問題ないぞ? と言うか、私が助かるからな! はははははっ!」
「そう……ですか……」
愛里さんは暫く何かを考え込んでいたようだが、それを迷っていると見たのか、悠莉ちゃんが口を挟んできた。
「だったらさ……おじさんが騎士団で働いている間にあたし達がギルドで稼いで、皆で住める家を買うか借りるかしない? 流石にずっと、騎士団の宿舎で泊まるっていうのも申し訳ないし……」
「え! そしたら、羽衣ちゃんも行っちゃうんですか!」
俺達が答える前に、ダリーさんが泣きそうな顔で悠莉ちゃんに迫っていた。悠莉ちゃんは、その勢いに涙目になりながら。
「だ、だったらさ! ダリーさんも一緒に住んじゃおうよ!」
と言ってしまった。あーぁ、もう知らね。
そんなやり取りの後、取り敢えずの俺達の方針は決まった。
まずは、戦闘職組と非戦闘職の俺で、それぞれ金を稼いで皆で住めるような家を購入すると言う事になった。幸い、ダリーさんが「羽衣ちゃんと暮らせるなら!」と大量の資金を投入してくれる事が決まったため、残りの金は、俺達みんなで二月も働けば貯まるだろうという所だ。
そして、戦闘職組は前衛二人に、後衛二人と、理想的なメンバーが揃っていたために、そのままパーティを組んで冒険者として活動するとの事だった。
冒険者のメインの仕事は魔獣を対象とした狩りとの事で、俺達はラッコ男を思い出し、不安に思っていたが、ダリーさん曰く「あんな化物級の変異種はそうそういませんよ」との事だった。
戦闘職組は、この会議の翌日、早速それぞれのジョブに合った装備を購入しに行っていた。
愛里さんは、右手にエメラルドの指輪をはめ、服装は僧侶と言った感じになっていた。
悠莉ちゃんは、今までセーラー服だったのが、白い長袖のシャツに、長ズボンを履き、手にはナックルガード、脚にもガードを着けて、革鎧っぽいので所々ガードしている様だった。
ミッチーは、金属の軽鎧を着て、大剣を担ぎ、サッチーに至っては、「ザ・魔法使い」といった感じのローブと杖を持っていた。
――――そして、二週間ほどが過ぎた。
戦闘職組は、初日こそ魔獣狩りに戸惑い苦戦していた様だが、ジョブの恩恵で自分たちの身体能力が向上している事と、スキルの有効性を確認できてからは、順調にギルドの依頼をこなしている様だった。
俺は、当初の予定通り、騎士団の財務会計などを始めとした、事務処理の仕事を行っていた。騎士団員は皆、机仕事が苦手だったらしく、ブロッドスキーさん曰く「もう、お前は逃がさん!」だそうだ。
そして現在、俺は午前中の業務を終えた後、ここ暫く騎士団に溜まっていた書類仕事がひと段落したため、午後から時間が大幅に空いてしまい、暇を持て余していた。
「地球にいた時からその傾向はあったけど……俺って仕事が無いと本当に時間を持て余すんだな……」
だから最初から社畜の称号があったのか? と考えていると、事務室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい、どうぞー」
俺が入室を促すと、「失礼します」と言って、ダリーさんが羽衣ちゃんを抱っこして入ってきた。どうやら、羽衣ちゃんも暇だったらしく、宿舎から詰所にやってきて、ダリーさんに泣きついたらしい。ここ数日、俺は詰所で事務仕事、他の皆は外で狩り仕事だったために、かなり寂しかったらしく、「耐えきれなくなったんでしょうね」とダリーさんは言っていた。
羽衣ちゃんは、俺の姿を確認すると、勢いよく飛びついて来て、暫く泣き続けていた。
「ごめんな? おじちゃん、ちょっと考えなしだったなー?」
俺がそう謝ると、羽衣ちゃんは涙で顔をびしょ濡れにしながらも、ニッコリと笑って「もー! おじちゃんはしょうがないなぁ!」と言って許してくれた。
と言うわけで、本日の午後は羽衣ちゃんの相手をする事が俺の仕事に決まった! ダリーさんも午後は暇(と言う事にした)らしく、一緒に飯を食いながら、午後の予定を話し合っていた。
「羽衣ちゃんは、何かしたい事ある? お姉ちゃん、どこでもお供しますよー?」
「うーん、ダリお姉ちゃんには悪いけど、ういにはだいじなお仕事があるの!」
羽衣ちゃんは、ダリーさんに右手のひらを向け、「ふぅー」っとため息をつきながら言った。どうやら、何かやりたいことが有る様だ。
「昨日ね? サッチーがういに「新しいスキル覚えたぜ! オレ、まじさいきょー」って言ったの、ういが「さいきょーは、おじちゃんだよ!」って言っても、ぜんぜん聞いてくれなかったの! だから、今日はおじちゃんをさいきょーにするの!」
どうやら、サッチーにからかわれたらしく、かなり不満に思っていた様だ……俺とダリーさんは目を合わせると、互いに無言で頷いた、今晩はサッチーにお仕置きだべ。
「羽衣ちゃんの頼みならおじちゃん頑張っちゃうけど……どうすれば良いのかな?」
「もちろん! サッチーみたいに新しいスキルを覚えればいいとおもうの! ちょーじゅうりょくでのしゅぎょーは、さいきょーへのちかみちだってパパが言ってたもん! うい、知ってるよ!」
……パーパァァ! 本っ当に適当なこと教えやがって……
――――二時間後、俺は何故か腕立て伏せをさせられている。
曰く、腕立て伏せは修行の基本です、by羽衣パパ。だそうだ。
……いつか、いつの日か絶対! 俺がそんな事を考えていると、流石にダリーさんも俺を哀れに思ってくれたのか。
「羽衣ちゃん、修行も休み休みでないと効果が無いんですよ? ちょっと休憩して皆でおやつにしましょうか?」
と言ってくれた。羽衣ちゃんもおやつの魅力には勝てないらしく、目を輝かしてダリーさんに飛びついた。
「しかし、実際問題、俺のジョブって新規なわけですが……スキルの開発ってそんな上手くいくんですかねぇ?」
「そりゃ、簡単にはいきませんよ。既知のジョブでさえ、開発されたスキルは、何代もかけた挙句に最大で十とかですから」
「……狭き門なんですね」
「ダーメ! 今日スキル覚えるのー!」
俺達は、テーブルの上のクッキーをつまみながら、スキルについて話し合っていた。
「一番手っ取り早いのは、ジョブに関連する事からイメージする事ですね。拳法家なら、拳をどうこうする! みたいな感じで。後は、自分の武器を使いこなす事ですかね」
「うーん、ならやっぱ武器を使いこなすところから始めようかな?」
「うん! それでいいよ!」
こうして、方針を決めた俺達はそれから更に二時間、修行を続けた。
その結果――
「おじちゃん! すごいすごい!」
「ツチノさん……私は正直、貴方はもう、事務とかじゃなくて曲芸か何かで稼いだ方が良いかと思うんですが……」
「はっはっは……人間、諦めが肝心だと思うんですよ……」
修行の結果、スキル開発は出来なかったが、ギルドカードの扱いにはかなり慣れてしまった。つまり……
結果その一、ギルドカードの分裂数の増加。これは、まぁ使い慣れて、出力が上がったって感じだ。
結果その二、ギルドカードの硬軟を自在に出来る様に。元々、俺のギルドカードは武器化した影響で非常に硬くなっていたが、それを元々のギルドカードの固さにしたり、ぺらっぺらの軟らかさにしたり、ダイヤモンドでも砕けないような硬さに出来る様になった。
結果その三、ギルドカードの色……というか透過率? 光の反射率? の制御が出来る様になった。お蔭で、ギルドカードをスケルトンっぽくしたり、ピンクにしたり、ラメラメに出来る様になったりと、羽衣ちゃんに大好評だった。
結果その四、分裂したものを含めて、ギルドカードを遠隔操作出来る様になった。
そして、修行の結果、残念ながらギルドカードの大きさは操作できない事も分かった。あくまでも、「名刺大の大きさ」である事が前提であるらしい……
今は、分裂させたギルドカードをラメラメにして、五枚ほど浮かせながら、羽衣ちゃんの頭上でクルクル回しているところだ。名刺ゴーランドってところか?
「羽衣ちゃん、どうかな?」
「うんっ! やっぱり、おじちゃんがさいきょーなの!」
よしっ! 満足してくれたらしい。
気付けば、もう日が暮れようとしている、今日は修行のお蔭で結構疲れたな……
そう言えば、いつも夕飯前には皆帰ってくるのに、今日はまだ帰ってこないな……そう思って、ダリーさんに聞いてみると。
「あぁ、今日はジーウの森に行くと言っていましたから。移動とか考えると結構時間かかると思いますよ?」
との事だった。
ジーウの森か……ブロッドスキーさんは、あのラッコ男は見かけなかったと言っていたが大丈夫だろうか……
「心配しなくても、今の彼らならあの魔獣に勝てはせずとも逃げるくらいは出来ると思いますよ」
俺の不安が顔に出ていたのか、ダリーさんはそう言って、励ましてくれた。そうか、なら安心かな……
――――結局その日、俺の心配を他所に彼らは夜更けになってから帰ってきた。
どうやら、ジーウの森で魔獣を狩っていたらしいのだが、少し手ごわい、蜘蛛型の魔獣と何匹も遭遇したそうだ。お蔭で、森を出る時間が遅くなってしまったとの事だ。
ダリーさんによると、同型の魔獣が同時期に複数体発生する事は、珍しいが、年に数回はあるとの事だった。
「そうは言っても、ダリーさん。蜘蛛が何匹も出てくるのは正直、気持ち悪くて仕方ないですよ? 私は出来ればもう二度と会いたくないです」
「そうそう、あたしなんてまだ少し鳥肌たってるもん」
「確かに、魔法使いのサッチーはいいんすけど……前衛の自分と悠莉ちゃんは正直、相性悪いわ、見た目怖いわ、体液が気持ち悪いわで生きた心地がしなかったっす」
「まぁ、そう言うなって! そう思って、なるべく体液が飛び散らねぇ様な魔法選んだじゃんか!」
愛里さん達の話を聞いたダリーさんは、何やら思うところがあるらしく、ブロッドスキーさんの所に相談しに行ってしまった。
そして、数分後戻ってくると、念の為、明日の朝一番で、ギルドに調査依頼を出し、明後日、複数の冒険者パーティと共にジーウの森に再調査に行くことになったらしい。愛里さん達が、自分たちが魔獣と遭遇した場所などを覚えているから案内するとの事だった。
次の日は、森の調査依頼を受注した愛里さん達は、調査の準備のため、一日街にいるとの事だった。久しぶりに皆揃って過ごすことが出来て嬉しかったのか、羽衣ちゃんは終始ご機嫌だった。
そして、騎士団主導によるジーウの森調査の日、事件が起こった――