侍蟻
続きです、よろしくお願い致します。
――目の前には、いつか見た様な水晶……そして、その中には更に、赤い石みたいな何かが埋め込まれている。
「椎野さん……あれ、何だと思いますか?」
「何だろうな……」
「自分は……下手に手ぇ出さない方が良いと思うッス」
愛里や、他の皆の反応を見る限り、以前のアンコウの時みたいに変な行動を取らされる様な事は無いみたいだけど……。どうにも、良い予感がしないんだよな……。
「んー、おじさん、この先に通路も無いみたいだし……見なかった事にして戻らない?」
「そうだよな……そうしようか?」
「それじゃ、さっさとここからおさらばしましょうか?」
ハオカがパンッと手を叩いて、子供達を連れてこようとしたその時――。
「まーるっ!」
「じゃあ、僕ここで!」
「……ここ……」
「ピュ……バツ!」
「ここ、まる」
「あー、マジかぁ……じゃ、オイラ、ここバツで!」
リュックにペンを持っていたのか、羽衣ちゃん達が三組に分かれて丸罰ゲームをしていた……。
「――なあ……?」
もしかしたら、俺の見間違いかも知れない……。俺はそう考えて、ミッチーに問い掛けてみる。
「な、何スか?」
「アレ……誰?」
何故か、羽衣ちゃん達に混じってゲームをしている奴がいる。
見た感じ、二十歳前後位のその男は、褐色の地肌に薄手のカーディガンを羽織って、子供達に混じって遊んでいる。
「誰……なんスかね?」
――良し、俺の見間違いじゃないみたいだな……。
「あのぉ……」
幻でもないなら問題無い……そう自分に言い聞かせて、俺はその男に話しかけてみる。
「あ? なに?」
「失礼ですが……どなたでしょうか?」
「いや、そら、オイラのセリフだ……お前さんたち、どっから来た?」
目の前の男から、ピリピリする感覚がする。この感覚……こいつ、ヤバイ奴か? 見れば、ハオカ、タテ、もも缶、ピトちゃん、ペタリューダ、パルカが反応している――と言う事は……。
「え、えっと、俺達、突然の大渦に巻き込まれて……気が付いたら、ここにいたんですけど……」
――そう言った瞬間、目の前男から感じるピリピリが収まっていく感じがする……。
「そっか、大変だったな? 俺は、一応冒険者のリンキってモンだ……そこの嬢ちゃん、坊ちゃん、戦う気はねぇから、落ち着け? んで……アンタは……?」
目の前にいる男――リンキは、ハオカ達に笑顔を向け、敵対意思が無い事を証明する様に両手を上げる。そして、俺の顔をジロジロと見ている。
「あ、俺達も……一応、冒険者で、俺は『ツチノ=クスリヤ』です」
俺に続く様に他の皆も、名乗りを上げていき、俺達が今ここに迷い込んで出口を探している事や、ある人物を追い掛けている事などを世間話程度に話していく――。
「へぇ……暫く世界情勢とか気にしてなかったけど、そんな事がねぇ……」
「あれ? そう言えば、リンキはどうやってここに?」
「ん? オイラは秘密の通路からさ、後で地上まで送ってやっから、安心しな? 取り敢えず、今は色々話聞かせてくれよ!」
――そう言うリンキの要望に応えて、色々と雑談を重ねていた時だった……。
まずは、もも缶、続いてハオカ、パルカ、タテ、ピトちゃん、ペタリューダの表情が突然険しくなる。
「――へぇ……中々敏感じゃん? 虫と鳥の嬢ちゃんは何か、中途半端だけど……」
「皆、どうした?」
「旦那さん……多分、『伯獣』どす」
ハオカの言葉を肯定する様に、険しい表情のまま、五人が頷く。
「ん? ツチノは感じねぇの?」
「感じる? 何を……」
リンキの言葉を遮る様に、広間の扉が吹き飛ばされた――。
「おやっさん!」
ミッチーの叫びで、俺は身構え、扉の方向を見る。すると、そこには、二本足で立つゲンゴロウっぽい奴がいた。
「ん……? 何だ、人間か? 何でこんなとこに?」
そのゲンゴロウは、平べったい手で頬を掻きながら俺達の事を見ている――何だ? 俺達を追って来たわけじゃないのか?
「まあ、良いべ、人間よぉ……大人しくしとったら、殺しはせん」
どうやら、本当に俺達とは関係ないみたいだ……。
「……半端モン、お前、ここに何しに来た?」
すると、リンキが先程俺達に向けていた様な、ピリピリを出してゲンゴロウを睨み付けている。
「――へぇ、これには反応出来んるだ? ――大丈夫なのか?」
リンキは少し意外そうに俺を見ると、再びゲンゴロウに向き直る。
「あ? 人間、調子乗るんでねぇぞ? 俺はお前らの後ろの封印に用があんだ、邪魔すんじゃね!」
――やっぱり、これ……何かの封印か。手を出さなくて良かった……。
「さ、仕事の邪魔すんじゃね、どけどけ!」
「――ちっ!」
「……ひ……」
リンキが更にゲンゴロウを強く睨み付けると、恐怖からかパルカ、ピトちゃん、ペタリューダがプルプル震えている……。
「ん……お、何だべ……足が……」
どうやら、ゲンゴロウも同じようでプルプル震えている……。ただ、こちらは何故自分が震えているのか理解出来ていないみたいだが……。
「なあ、もも缶……これって、もしかして?」
「ん、エサ王、多分、アレ」
こっちに来てから、何回か味わった感じ……多分、合ってると思うんだが。
「おじさん、もも、どうしたの?」
「何かあの『伯獣』……動かないっスね?」
「椎野さん、いつでもいけますけど……?」
――睨み合い状態が暫く続いていると、悠莉達が、動かない俺達と相手を不審に思い、戸惑っている様だった。
「いや、今回、俺達がする事……無さそうな感じ?」
「そう、どすなぁ……」
「父上ぇ……」
ピリピリ感に耐えられなくなったのか、タテが俺の腹に突撃して来た。リンキとゲンゴロウはまだ睨み合っている。
「何でだべ……何で動かねえんさ!」
ゲンゴロウは既に恐慌状態らしく、ひたすらに自分の足を叩いている。それを見ていたリンキはやがて、ため息を一つ吐くと、ゲンゴロウに向かって話しかける。
「なあ……半端モン? 今なら見逃してやっから、とっととどっか行け?」
「ふ、ふざけんな! そったら事、このスカサリ様が出来る訳ねえべ!」
「――はぁ……あんま、弱いモンいじめはしたくねえんだけどな……」
そう言うと、リンキは両手を自分の口――正確にはその犬歯に手を触れ、それを勢いよく引き抜いた。
「――『大顎鎌』!」
引き抜かれた犬歯はリンキの手の中で一つとなり、次の瞬間には大きな黒い鎌へと姿を変えていた。そして、犬歯が大鎌に変化するのに合わせる様に、リンキの姿も徐々に変わっていく――。
「――っ! お、おやっさん、アレ……」
「最近、バーゲンセールみたいよね……」
「椎野さん……?」
ミッチー、悠莉、愛里が驚きながら、呆れながら、迷いながら――と言った感じで俺の目を見てくる。
「――ふぅ……久々の客人の前で……つい、興奮しちまった……」
リンキの姿は、全身が黒褐色の甲冑を着込んだようになっていた。
「うー……? あ! そうだ! おじちゃん、おじちゃん……」
俺が「バイクに乗るヒーローみたいだな」とか考えていると、何かを思い出そうとしていたらしい様子の羽衣ちゃんが、俺のスーツの袖を引っ張ってきた。どうやら、何かを思い出した様だ。
「どうしたの?」
「あのね、アレ、変態って言うんでしょ? パパが言ってたの、うい、知ってる!」
――羽衣パパ……間違っちゃいない、間違っちゃいないが……。
「うん、まあ……そうだね……」
間違っちゃいない以上、肯定するしか無い訳で――と考えていると――。
「――変態……」
ドヤ顔で胸を張っている羽衣ちゃんとは対照的に、リンキが非常にショックを受けた様で、地面に両手を付けて沈んでいた。まあ、その気持ちは分かるよ……。
「――はっ! 今だべ! 隙あり!」
リンキからのピリピリが無くなったせいか、スカサリがドタドタとリンキに襲い掛かる――多分コイツ……海中戦とかなら、得意なんだろうな……。
「――隙なんざ……ねえよ……」
リンキが手を地面に付けたまま、ボソリと呟く。
「死ぬべや!」
スカサリがドタドタとその手をリンキに向けて振り下ろすが――既にリンキの姿はそこになく、スカサリの背後に回り込んでいた……。
「ぬぁ?」
「――大盤振る舞いだ……『顎』、『顎』!」
リンキは振り下ろし、振り上げの順に大鎌を振ると、二回目の勢いを殺さない様に頭上に高く掲げ、クルクルと大きく回転させ――。
「止めだ! 『咢』!」
そのまま、横一閃――スカサリの身体を通り抜けていった。
「――? んだべ?」
――俺は咄嗟に近くにいた羽衣ちゃん、タテ、パルカを抱き寄せその目を塞ぎ、愛里にピトちゃんの目を塞ぐ様に合図する。
「――ん? ああ、悪いな……そこまで、気ぃ回んなかったわ」
リンキがその姿を人のモノに戻し、両手を合わせて謝罪すると同時――スカサリの両腕と両足がその胴と別れを告げた……。




