赤い部屋
続きです、よろしくお願い致します。
――椎野達一行が渦に飲まれる五分ほど前。
「アドヌクチトオムオケ、ザヌ……クチト」
静かに凪いだ海の上――その体中に海藻を巻き付けながら、ラッコ男は海面に寝そべり空を見上げていた。
「――っ!」
「アダナナ?」
どこか遠方から、自分の耳に向かって来る何かの音が聞こえ、ラッコ男はむくりと起き上がる。
――そして、遠方で手を振る影を見つけ、ラッコ男は思わず、口が裂けたかの様な、凄惨な笑みを浮かべた……。
「ブゥルゥァァァ……」
ゆっくりと気合を入れて、海面を足の指で掴み、立ち上がる。すると、向こうにいる一人の少女がこちらに気付いた。
「アドロコタチエチスツキアトヅオヨツクク……」
そして、ラッコ男は喜びの余り――。
「ぶぅるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
思いっ切り叫んでしまった……。
次の瞬間――海が震え、波が立ち、渦を描き始める……。
「ウム……」
そして、ラッコ男が相手に近づこうとすると、目の前でその相手が渦に飲まれてしまった……。
「アカテアギタマ……?」
静けさを取り戻した海面を見つめながら、ラッコ男はポツリとつぶやいた――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――ん……?」
頭がぼんやりする……何で、俺、寝てたんだっけ……? 寝起きで視界もはっきりしないが、何か聞こえる――。
「せんせい、しゅじんはなんなんでしょう?」
主人……? なんなんでしょう?
「残念ながら……」
「そんな、まだちいさな子どもがふたりもいるのに!」
「……ビューイ!」
「……ばぁぶぅ……」
――本当に何なんでしょう……。
「えっと、何してんの……?」
「あ、おじちゃん、まだだめ!」
――どうやら寝てる間に、良く分からんお遊びの小道具にされていたらしい……。どうでも良いが、タテの演技力だけ高い気がする。
「あら? 旦那さん、お目覚めどすか?」
「ああ、ハオカ……ここ、どこだ?」
漸く覚めて来た目で辺りをを見渡してみるが、全く覚えのない景色だ……。
「多分ですけど……海の底なのかな、と」
俺の質問に答えてくれたのは愛里だった。愛里は俺の頭をその膝に乗せ、俺の目が覚めるまでずっとスキルを掛け続けてくれていたらしい。
「――ああ、思い出して来た……」
確か、いきなり海が荒れだして、そこから更に渦が出来て、それに飲まれたんだっけか? 俺は、頭を振って完全に目を覚まさせ、立ち上がる。
「それは良かったです……どこか、具合の悪い所はないですか?」
愛里が、正座したまま膝をポンポンと叩き、俺の顔色を確認する様に見つめてきている……もうちょっと、寝転びたい気持ちはあるが……あるが!
「きょ、今日は、取り敢えず大丈夫だよ……」
「はい、分かりました」
――状況がもう少し良ければな……。
「で? 羽衣ちゃん達は、何してたの?」
「う? あのね? おじちゃん、起きないからおいしゃさんごっこしてたの!」
どうやら、ハオカ、愛里、羽衣ちゃん、タテ、ピトちゃん、パルカ以外のメンバーは周辺の探索に向かっているらしく、暇を持て余し過ぎた羽衣ちゃん達は、気絶したままの俺で色々遊んでいたらしい……。
「――もうちびっと起きるんが遅かったら、手術いうて髪を剃られてましたよ?」
「え、なにそれ……」
「……ぴと……」
パルカがピトちゃんを指差し、呟く……。そして、告発されたピトちゃんは珍しく俺に笑顔を向ける――。
「――てへ?」
「危ないとこだったのか……」
――それから二十分程して、悠莉達が戻って来た。
「あ、おじさん目ぇ覚めたんだ?」
「あら? 髪が残ってますわね?」
「む、もも缶、負けた……」
「これで、帰ったらもも缶のおごり決定っスね?」
四人は少し、傷を負っていた様だが割と明るい表情で戻って来た――と言うか、俺の友達を賭けの対象にするなよ……。
「心配かけて悪かったな?」
「ん、『モモ缶』、よろしく」
――ギリッ!
「――お前……賭けの負けを補填しようとしてないか……?」
「ご、誤解、エサ王、誤解……」
顔を逸らす、もも缶のこめかみを両拳で挟み込みながら、俺はミッチーの顔を見る――。
「それで、何か分かったか?」
ここが、海の底だとしたら何とか地上まで戻りたいところだが……。
「んー、それがっスね……ここ、何かの遺跡っぽいんスけど、どうやら妙な魔獣がうろついてるんぽいッスよ」
「――妙な魔獣?」
――ギリギリッ!
「あ、うん……何か鎧みたいな?」
「鎧……か?」
――ギリギリギリッ!
「――ア、ごめん、エサ王、許して……」
「あ、悪い、忘れてた」
慌てて、もも缶のこめかみから拳を離し、涙目のもも缶にやり過ぎた事を謝る。
「と、ともかく、何と言うか……生気が無いと言いますか」
ペタリューダが困惑した様子で言い淀んでいる……生気が無いって、もしかしたら……。
「――ハオカ!」
「そうどすなぁ……実際に見てみらな、なんとも言えまへんね」
ゴンガの街での事を思い出し、俺はハオカに確認を取ってみる。
「あ、おやっさん、自分達もそれ考えたんで、もう試してみたんスけど……」
「あ、そっか……ミッチーは出来るんだっけ?」
成仏系スキル――俺と悠莉は仕えないからな……。
「そうそう、それで確認してみたんだけど全然効かなかったの」
悠莉が言うには、幽霊とかそう言うのとは違う感じだったらしい……。
「そっか、まあ考えていても仕方ないか……」
「そっスね、それで何か大きな扉があったんで、取り敢えず戻ってきたんスよ」
――と言う事で、皆で散策する事に。
「――で、あれが?」
「そう、鎧の魔獣よ」
ガチャガチャと音を立てながら、十体ほどの鎧が俺達に向かって来ている。
「何だか、マリオネットみたいですね……」
「マリオネットって、人形の?」
愛里が言うには、手足の動きが何となく操り人形っぽいとの事。
「――もしかして、誰かスキルで?」
「どないやろか……うちは今んトコ、なんも感じまへんけど?」
――ゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴインゴゴゴゴゴゴ……。
「ところで、あれ良いんスか?」
ミッチーが、俺達の手前三メートル程の所で足止めを喰らっている鎧たちを指差している。
「え、ああ……どうしよう?」
まさか……まさか、『塗り壁』を突破してこない魔獣と出会えるなんて……。今まで、大体ぶつかると同時に破壊されてたからな……。
「エサ王、動揺?」
もも缶の質問に、素直に頷く。正直、ちょっとどころか、かなり動揺している――。
「えっと、取り敢えず殲滅するね? 『一等星』ォ!」
悠莉が横薙ぎの蹴りを放ち、最前列の鎧達を俺の『塗り壁』毎、蹴り砕いて行く……やっぱり、こんなもんだよなぁ……。
「う? おじちゃん、何か嬉しいの?」
「……うれし……?」
俺の頭の上から羽衣ちゃんとパルカが聞いてくる。――俺、そんな顔してたのか……?
「そらもう、満足そうどしたなぁ? ――っと『大太鼓』!」
「そうか……」
「――これで、最後ッス! 『ノコギリソウ』!」
お、どうやら終わったみたいだな……。
「本当に、何だろうな……これ」
地面に転がり、ガラクタと化した鎧を調べてみる。――どうしよう、サンプルとして衛府博士辺りに送ってみるか?
「そう言えば、椎野さん……ここの遺跡って、ルセクギルドで受けた依頼の遺跡に似ていませんか?」
「あ、そうだな……言われてみれば、壁の模様とか――ああ、そのまんまだな」
携帯の画像データと見比べてみても、やはり同じに見える。もしかして、同じ文明が作った? 取り敢えず、こっちも撮影しておくか……。
「――で、これが例の扉か……」
よっぽど、この遺跡を作った人がひねくれ者でない限りは、この奥が遺跡の最奥なんだろうけど……。
「んふふ……宝物とかあったら、どうする、おじさん?」
「おお、ロマンだな……」
「あ、おたからをまもるガーデアンをたおすんでしょ? パパが言ってた! うい、知ってる!」
「そう言われると、胸が高鳴るッスね……扉、開けるッスよ?」
――そして、ミッチーがゆっくりとその大きな扉を開く……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
扉の奥は、体育館程の大きさの広間だった……。その広間は、薄っすらと赤い光に照らされ――。
「ねえ、おじさん……」
「ん、ん? 何かな?」
悠莉と俺は、デジャヴを感じながら、冷や汗を垂らす――。
「あ、おやっさん……あそこ……」
「あ、水晶……ですね」
――またしても、デジャブ……。
「ん? エサ王、あの中、何か、ある」
「あ、こら、もも!」
もも缶が指差す先には……水晶に閉じ込められたチョウチンアンコウ――では無く、赤く光る宝石の様な物が埋め込まれていた――。




